第9話 睦月の友達

 土曜日。


 僕は普段と同じ時間に登校して、教室で授業をうけていました。


 テストの点が悪かったから補習、というわけではありません(うちの学校の場合、点が悪くても補習はありません)。


 公立校では、土曜は授業が休みですが、私立校である七本木学園高校では、授業時間確保のため、土曜であっても授業があるのです(ただし午前中だけ)。


 ですから、授業をうけているのは、僕だけでなく生徒全員です。


 ちなみに、土曜に限っては、私服登校してもいいことになっているので、僕は、Tシャツにジーンズというラフな格好です。


     ◇


 最後の授業が終わりました。


 先生の退室と同時に、友達同士での雑談がはじまり、それまで静かだった教室が、急に騒がしくなります。


 放課後になると、どこの学校でも見られる、ごく一般的な光景です。


 そんな中、渡辺さんが一人でさっさと教室を出ていきます。


 コスプレの日のとき、渡辺さんは、クラスのみんなにチヤホヤされて、まわりに人が集まるほどの有名人だったのですが、しばらくすると、そのチヤホヤもなくなり、まわりに集まっていた人も自然にいなくなって、いつものように、ぼっちに戻ってしまいました。


 もともと、性格がキツイし、言葉にもトゲがあるから、話しているうちにボロが出て、人が離れていった、ということなのでしょう。


 そりゃそうですよね、コスプレをして外見が変わっても、中身は変わったわけじゃないですから。


 一時的とはいえ、クラスの人気者になれたんだし、いい夢をみれたことでしょう。


 まあ、ぼっちなのは僕も同じですけど。


 僕は、授業で使ったタブレットを机の中にしまうと、教室をあとにします。


 土曜は部活がないので、僕は教室を出ると、部室には寄らず、そのまま校門へと向かいました。


 校内の掃除は専門の職員が行うため、僕たち生徒が放課後に校内を掃除することはありません。


 放課後になれば、すぐに帰れるのが、この学校のいいところです。


     ◇


 校門を出て、僕が歩道を歩いていると、突然、僕を追い越し、僕の顔を覗き込むようにして、声をかけてきた人がいました。


「やっぱ、橋本か! 久しぶり!」


「おっ、斎藤じゃん。珍しいな」


 声をかけてきたのは、中学時代の友達の斎藤です。


 斎藤も僕と同じ、七本木学園高校の生徒です。


 イケメンで、体つきは僕と違ってがっしりしていて、身長は中学三年のときで、百八十センチありました。


 今はもっとあるかもしれません。


 斎藤は、僕とは違う区に住んでいて、徒歩通学をしています。


 中学時代は三年間、同じクラスだったので、よく遊んだけど、高校入学後は、僕とは違うクラスになったということもあって、疎遠になっていました。


「なあ、暇なら、このあと、僕の家に寄っていかないか? いろいろ話したいこととかあるし」


 そう言って、斎藤が誘ってきます。


 このあとの予定もないし、断る理由もないので、僕は久しぶりに、斎藤の家に行ってみることにしました。


 住宅街にある、ごく一般的な一戸建て、それが斎藤の家です。


「おじゃまします」


 僕は斎藤の家に入ります。


「先に、二階の僕の部屋へ行ってて。飲み物を用意するから」


 そう言うので、僕は先に二階へ行くことにします。


 二階の部屋に行く前に、斎藤の母親を見かけました。


 中学時代は、斎藤の家にしょっちゅう遊びにきていたので、母親も僕の顔を覚えています。


 僕は母親に挨拶をして、二階にある斎藤の部屋へと行きます。


 部屋に入ると、以前とは、ようすが大きく変わっていました。


 壁と窓の一部を占拠していた、マンガがぎっしり詰まった本棚がなくなっています。


 様変わりした部屋を見ていると、斎藤がコーラのペットボトルとコップを乗せたトレイを持って、部屋に入ってきました。


 僕は床に座ると、コーラをコップにそそいでいる斎藤に尋ねました。


「あれだけあったマンガ、どうしたんだ?」


「全部、フリマサイトで売ったよ。もう、紙の本を買うのはやめて、電子書籍にしたんだ。電子書籍なら場所もとらないから。また最初から、同じマンガを買い直すのは、バカらしいんだけどさ」


 なるほど、そういうことだったんですね。


「そっか。でも、それでよかったと思うよ。以前はマンガの重さで、床がきしむほどだったからな。本棚が窓際にもあったから、光が遮られて、昼間でも部屋が薄暗かったし。本棚がなくなったから、部屋が広くなったな」


 僕がコーラを飲みながらそう言うと、斎藤が笑いました。


「それでさ、橋本に見せたいものがあるんだけど――」


 斎藤がクローゼットを開けて、ダンボール箱を出してきました。


 箱を開けると、中に入っていたのはたくさんのマンガ雑誌でした。


 一冊の厚さは、週刊のマンガ雑誌ほどです。


 表紙には、小学生くらいのかわいらしい女の子のイラストが描かれています。


「この本、いらないかな?」


 神妙そうな顔をして、斎藤が言うので、手にとって中を見てみると、小学生の妹が、高校生の兄に「お兄ちゃん、大好きだよお」と告白して、そのままエッチになだれ込むマンガが載っていました。


 予想外の内容にびっくりして、もう一度、表紙をよく見てみると「成年向け雑誌」という小さなマークがついています。


 これって、十八禁のロリコンマンガ雑誌じゃないか!


 表紙のイラストだけ見れば、一見、ロリコンマンガ雑誌とはわからないほどです。


「どうしたんだよ、これ」


 斎藤がこんな性的嗜好を持っていたなんて、知りませんでした。


 それに、斎藤は僕と同じ十六歳なので、本来、こういう成年向け雑誌は購入できないはずなんですが。


 まあ、購入しようと思えばできるかもしれないけど。


「僕に兄さんがいることは、知ってるだろ?」


 もちろん、知っています。


 たしか、三歳上だから、今年、高校を卒業したはずです。


「その兄さんがさ、今年、県外に就職が決まって、家を出ていったんだよ。そのときにもらったんだよ。お前にやるって」


 なんだ、兄のものらしいです。


 びっくりしました。


「やるというより、これって、処分に困って、お前に押し付けたってことじゃないの?」


「そうなんだ。処分を頼まれたようなもんかな。慌ただしく、部屋の荷物をまとめて、出ていったから、処分する時間がなかったみたいで。まあ、これだけじゃなくて、ほかに、兄さんの持っていたマンガもたくさんもらったんだけどさ」


「そのもらったマンガは?」


「僕のマンガと一緒にフリマサイトで売っちゃった。もらっても、読まないからさ。兄さんからもらったマンガはラブコメばっかりで、僕の趣味じゃないんだよね」


 そう、斎藤は、格闘やバトル、アクション系のマンガが大好きなのです。


 以前あった部屋の本棚のマンガも全部、それ系のマンガでした。


 僕は一番、気になることを聞いてみました。


「ロリコンマンガは、そこで売らなかったのか?」


 僕がそう聞くと、斎藤は苦笑いして、答えました。


「うん。というか、アダルト商品自体が出品できないんだ。できるサイトもあるんだけど、そっちは未成年は出品できないし、しかもロリコン系のアダルト商品の出品はできないんだ。今はこういう、子供とか児童を連想させるものは厳しいらしくてさ」


「地元の中古書店で売るとかは?」


「未成年だから、親同伴じゃないと買い取ってくれないんだけど、さすがに親と一緒のときにロリコンマンガを持っていくのはハードルが高いわ。それに、たぶんだけど、雑誌は買い取りの対象外っぽい」


 確かに、親同伴でロリコンマンガを売りにいくなんてゴメンです。


 じゃあ、どうやっても売るのはムリじゃないか。


「そういうわけで、これだけが処分できずに、手元に残っちゃったんだよ」


 斎藤はコップに入ったコーラを飲み干すと、そう言いました。


「そんなら、そのまま保管しておけばいいじゃないか。斎藤が好きなときに読めばいいだろ」


「やだなあ、僕はロリコンじゃないって。それに、万一、親に見つかったら誤解されるから、いつまでも保管しておきたくないんだよ。まあ、勝手に部屋には入らないと思うけど」


「これって何冊あるの?」


「全部で三十冊かな」


 僕はうーんとうなりながら、手元のロリコンマンガをパラパラとめくって考えます。


 僕も一応、健全な男子高校生ですから、エッチなものにはそれなりに興味があります。


 でもなー、これ、ロリコンマンガだし。


 僕はロリコンじゃないし……。


 ロリコンマンガでなければ、もらっていたかも……。


 ……いや、やっぱり、それはないですね。


 今のご時世、紙のエロマンガを部屋に置いておくのは、リスクが高すぎます。


 エロマンガなら、他人に見られないよう、電子書籍で所有しておかないと。


「いやー、僕もいらないなー。ロリコンマンガには興味ないから。それにうち、妹がいるしな。あいつ勝手に僕の部屋に入るから、本を隠しておいても、いつ発見されるかと思うと、気が気じゃないわ」


「そっかー」


 斎藤が肩を落として残念そうに言うので、僕のほうからも、処分案を提示することにします。


「燃えるゴミとして出せば?」


「うちの地区、ゴミの分別、結構厳しいから、ゴミ袋の中に入っているのが本だとわかると、資源ゴミの日に出してくださいというステッカーを貼られて、放置されるかもしれないわ」


「うわー、それは厳しい! 最悪じゃん!」


 さすがに、ロリコンマンガが晒しものになるのだけは避けないといけません。


「そんなら資源ゴミか。出しているところを見られないように、朝早く、出すしかないね」


「そうだね。まとめて処分するには、それが一番、手っ取り早いみたいだね。じゃあ、資源ゴミの日に出すよ。来月の第一月曜が収集日だし」


 そう言うと、斎藤は本をダンボール箱の中に入れて、また、クローゼットの中にしまいました。


「悪いな。もらってやることができなくて」


 僕は斎藤に謝ります。


「いや、いいさ。気にしないでくれよ。橋本に会わなかったら、どうせ資源ゴミの日に出していたんだろうし。あとさ、うちの親に会っても、今のことは話さないでくれよ。僕がロリコンマンガを買っているなんて誤解されたら困るから」


「わかってる。そんなこと話したりしないって」


 そのあと、僕たちは近所のファストフード店へ行って、遅い昼食をとりながら、中学のときの思い出話に花を咲かせたのでした。

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