第2話 理事長と秘書

 翌日、校舎六階にある理事長室。


 私は、この学園の理事長なのニャ。


 理事長室にある執務用の机の上で、私は猫らしく寝てたのニャが、近づいてくる人物の足音を察知して、目を覚ましたのニャ。


 これは、よく知ってる者の足音なのニャ。


 私が机の上で伸びをしていると、理事長室のドアがノックされて、ネイビーカラーのスーツを着た女性が入ってきたのニャ。


 秘書のカワサキなのニャ。


 片手にはアバターロボを抱えているのニャ。


「暴走したアバターロボの修理が完了したので、持ってきました。部品の発熱が原因だったようです。この程度で問題が起きるとは、やはり、地球の科学技術は未熟ですね」


 カワサキはそう言うと、抱えていたアバターロボを机の上に置いたのニャ。


 実は、私と秘書のカワサキは地球人ではないのニャ。


 カワサキは外見が地球人とそっくりな秘書型宇宙人で、私は地球にいる猫と外見がそっくりな猫型宇宙人なのニャ。


 今、机の上にいる私は、アバターロボなんかではなくて、本物の喋る猫、つまり宇宙人なのニャ。


 高齢の理事長が自宅から遠隔操作でアバターロボを操作している、というのは、人間の理事長が学園に現れなくても、怪しまれることがないように作った偽りの設定なのニャ。


 本当は、この学園には、もとから人間の理事長は存在しないのニャ。


 私と秘書のカワサキが宇宙人であるということは、もちろん、学園の生徒、教職員、誰も知らないことなのニャ。


     ◇


 われわれ、猫型宇宙人は、たくさんの子供を産む種族なのニャ。


 数は力なりという言葉もあるから、仲間が増えるのは、よいことなのニャ。


 でも、あまりに増えすぎて、住んでいる惑星が過密状態になって、いろんな問題が起きるようになってきたのニャ。


 そこで、先祖代々、国の要職を担ってきた私の一族が、調査隊を結成して、移住に適した惑星をさがすことになったのニャ。


 長い年月をかけて、われわれは移住に適した、この地球という惑星をさがし出したのニャ。


 惑星にはすでに住人(地球人)がいたので、われわれは、彼らとの共生を前提にして、移住計画を立てることにしたのニャ。


 まず、最初に、われわれは彼らの生態を観察することにしたのニャ。


 共生するには、相手のことをよく知る必要があるから、これは当然のことなのニャ。


 いろいろ考えた結果、学園という組織をつくれば、若い地球人(生徒)と若くない地球人(生徒の親)を効率よく観察できることに気づいたのニャ。


 そして、学園をつくって、私が理事長となったとき、私の手足となって、実務を代行できる、この秘書型宇宙人のカワサキを雇ったのニャ。


 秘書型宇宙人は、主人となる者に仕えて、奉仕することを至上の喜びとする種族ニャから、私とは利害も一致していたのニャ。


 頭がよくて、仕事もできるし、有能なのニャ。


 でも、少々、神経質なところがあって、口うるさいのが玉にキズなのニャ。


     ◇


 私は自分の隣に置かれている、自分とそっくりな、修理済みのアバターロボをじっと見つめていたのニャ。


「ダメですよ」


 カワサキが突然、そんなことを言ったのニャ。


「はニャッ? まだ、なにも言ってないのニャ!」


「アバターロボは自分とそっくりだから、アバターロボなんか使わずに、本体のままで校内を歩いても、誰にも正体がバレないんじゃないか、とか思っていたでしょう?」


「そ、その通りニャ。びっくりしたのニャ。カワサキにも、われわれ、猫型宇宙人のようなテレパシー能力があるのかニャ?」


「ありませんよ、そんな能力は。ただ、昨日、生徒と長い間、一緒にいて、正体がバレなかったから、そんなことを考えているのでは、と思っただけです」


「そうニャ。昨日はあの生徒といろいろ話もしたのニャが、私が宇宙人とは全然、気づいてなかったのニャ。完全に私がアバターロボだと信じていたのニャ。で、やっぱりダメかニャ?」


 私がそう言うと、カワサキが顔を近づけてきたのニャ。


「ダメに決まってるじゃありませんか。校内を歩いていれば、さまざまな生徒や教職員と接触することになります。アバターロボを使っていない場合、そのときになんらかの理由で、理事長が本物の喋る猫、猫型宇宙人だとバレてしまうようなことが起きないとも限りません。昨日、正体がバレなかったのは、たまたま運がよかったから、くらいに思ってください。校内を歩くときに、正体がバレるリスクが少しでもあるのなら、アバターロボを使うのは当然のことです」


 本体のままで校内を歩けたら快適だったのニャけど、やっぱり、ダメだったニャ。


 机の上にいる私は、カワサキに叱られて、尻尾をくったりさせたのニャ。


「理事長にはもっと、自分が宇宙人であるとの自覚をもっていただかないと困ります。昨日は緊急性のあることでしたから、やむを得なかったと思いますが、生徒なんかに助けを求めず、できれば、私の到着を待っていてほしかったというのが本音です。宇宙人の存在を認めていないこの惑星にいる限り、私たちは、惑星の住人に、正体を知られるわけにはいかないのですから」


「正体がバレたら、そいつの記憶を消せば、いいだけじゃないのかニャ」


「そう簡単に言わないでください。記憶操作は理事長しかできないのに、理事長は記憶操作が苦手じゃないですか。以前、正体がバレたこの惑星の住人に、記憶除去をしたら、一時間分だけ消せばいいのに、間違って六ヶ月分も消して、おおごとになりかけたじゃないですか」


「そ、そうだったかニャ」


 言われてみれば、心当たりがあるのニャ。


 私にも、ちょっとした失敗くらいはあるのニャ。


「わかったのニャ。今まで通り、校内を歩くときは、アバターロボを使うことにするのニャ」


 私がそう答えると、


「わかっていただけたようで、嬉しいですよ」


 カワサキは満足そうな顔で答えたのニャ。


     ◇


「そういえば、首輪はどうしたニャ? 用意してあるかニャ?」


 昨日、男子生徒と別れるとき、アバターロボには首輪をつけたほうがいいとアドバイスされたのニャ。


 なるほどと思ったから、昨日、カワサキがアバターロボを回収にきたとき、首輪を二つ用意しておくように言っておいたのニャ。


「はい。用意してあります」


「持ってきてほしいのニャ」


「わかりました」


 そう言うと、カワサキは理事長室から出ていったのニャ。


 私が机の上でカワサキが戻ってくるのを待っていると、頭の中に声が響いてきたのニャ。


(……ルクス、聞こえますか)


「はニャッ!」


 いきなりで驚いたのニャ。


(聞こえますか。母のルーメンです)


「なんだ、母上かニャ。いきなり通信してくるから、びっくりしたのニャ。聞こえるのニャ。なんの用だニャ」


(あなたのすることには、極力、口を出さないつもりでしたが、今の秘書とのやりとりを見て、一抹の不安を感じたので、理事長としての自覚を促すため、通信をしました)


「用というのは、そんなことなのかニャ。母上は心配性なのニャ」


(なにのんきなことを言っているのですか。私たちは、なにをするにしても、この惑星の住人に、存在を知られてはならないという、大前提があるのですよ。それなのに、さっきのあなたの発言はなんですか。学園部門の長として、自分のおかれた立場についての自覚がなさすぎます)


「それは、カワサキから指摘されて反省したのニャ。私とカワサキの会話は、母上には関係のないことなのニャ。母上は母船から、この惑星の住人を観察するのが役目なのニャ。私とは部門も役割も違うのニャ。母上は黙って、私のすることを見ていればいいのニャ。口出しは無用なのニャ」


(まあ、心配する母に向かって、なんて口の聞きかたなんでしょう。反抗期なのでしょうか)


「反抗期なんて、とっくに終わったのニャ。もう、生まれてから一年がたつのニャ。私は一歳なのニャ。赤ちゃんも産めるのニャ。私は大人なのニャ」


(母は後悔しているのですよ。あなたに理事長の座を譲ってしまったことを。本来の計画では、母が理事長をする予定でした。就任の直前になって、あなたが、どうしてもやりたいと、珍しくやる気をみせて懇願してきたので、期待する意味も含めて、あなたに任せたのです。それなのに、今の頼りないやりとりを見る限り、母の判断は間違っていたと言わざるをえません。やはり、一時の感情に流されずに、母が理事長をするべきでした)


「しつこいのニャ。カワサキのサポートもあるし、大丈夫なのニャ。心配はいらないのニャ。母上はいずれ、私の理事長としての仕事ぶりを見て、任せてよかったと思うことになるのニャ」


(あなたは、理事長という地位に就いていますが、まだなにも実績を残していないのですよ。それなのに、そのような根拠のない自信は、一体、どこからくるのでしょうか。思い起こせば、あなたは小さな頃から自信過剰で、そのせいで、まわりとさまざまな問題を起こしていましたね。小さな頃は問題を起こしても、あなた一人の責任ですんだでしょうが、今は違います。理事長をしているあなたの肩には、一族の期待が、いえ、母星の同胞たちの――)


「うるさいから、通信を切るのニャ」


(ま、待ちなさい、ルク――)


 通信が切れて、母上の声が聞こえなくなったのニャ。


 私はやるときはやる子なのニャ、心配なんかいらないのニャ。


 いつまでも子供扱いしないで欲しいのニャ。


 なにかあると、すぐに母上があれこれ言ってくるのニャ。


 私が親離れできてるのに、母上のほうが子離れできてないのニャ。


 困った親なのニャ。


     ◇


 母上との通信が終わると、ちょうど、カワサキが赤い首輪を手に持って、戻ってきたのニャ。


 さっそく、カワサキに指示して、アバターロボの首に首輪をつけてみたのニャ。


 黒い体に赤い首輪はよく似合うのニャ、気に入ったのニャ。


 これで、昨日と同じことが、再び起きたとしても、アバターロボと本物の猫の見分けがつくようになったのニャ。


「もう一つは私につけるのニャ」


「わかりました」


 そう言うと、カワサキは残った一つを私の首につけたのニャ。


 これで、アバターロボと私の区別もつかなくなったのニャ。


 ますます、完璧なのニャ。


     ◇


 アバターロボも戻ってきたことだし、本能がうずいてきたのニャ。


「私はこれから、校内の見回りをするのニャけど、カワサキもついてくるかニャ?」


 私がそう言うと、カワサキはあきれたような顔をしたのニャ。


「見回りは昨日もしていたではありませんか。毎日する必要はありませんよ」


「私は猫型宇宙人ニャから、毎日、なわばり、じゃなくて、校内のようすを見て回らないと、落ち着かないのニャ。これは猫型宇宙人の習性なのニャ」


「……わかりました。では、予定も入ってないことですし、ご一緒します」


 私はカワサキの返事を聞くと、机の上にあるタブレットをタップして、アバターロボにログインしたのニャ。


「ニャア」という鳴き声とともに、机の上にある、修理済みのアバターロボが動き出したのニャ。


 タブレットには、アバターロボの目から見た光景が映っているのニャ。


 私は再び、タブレットをタップして、アバターロボを机の上から床におろすと、理事長室のドアの下にある、猫専用出入口から廊下に出したのニャ。


 一方のカワサキは、ドアを開けて廊下に出たのニャ。


「見回りに出かけるのニャ」


 アバターロボを通じて、私がカワサキに言うと、カワサキは私の後ろからついてきたのニャ。


 それから、私はアバターロボを理事長室から操作して、カワサキと一緒に校内を見回ったのニャ(実際に見回ったのは、アバターロボニャけど)。

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