第17話 手紙と魔道具屋

 チーヨフの町に着いて、二日目の朝。

 泊っている部屋に、太陽の光が降り注ぐ。とても良い天気で、絶好の買い物日和ね。

 窓から下の大通りを見ると、仕事へ向かう人たちが行き交っていた。


「う~……す―……す―……」


 ベッドの上のレフィは、まだまだ起きる様子は無い。

 慣れない長旅で疲れているだろうし、無理やり起こすのも可哀そう。


「今のうちに、手紙でも書いちゃおうかな」


 せっかくチーヨフの町に来ているから、ライラートへの手紙を送ろう。

 大きな町には国営の書簡局があって、手紙や小包を配送してくれる。

 ビス村から行商人や冒険者に頼む方法もあるのだけど、ちゃんと届く保証はないのよね。


「さて、どう書くか……」


 部屋の備え付けの便箋をテーブルに広げ、私は椅子に座った。

 王宮への手紙は、個人宛であっても必ず検閲が入る。

 つまり、書いた内容は王宮内で共有されるということ。


「結婚報告と今の仕事について書きつつ、ライラを心配してる旨を書く感じかな」


 ザっと内容を組み立てて、筆を走らせる。


≪親愛なるライラートへ


 お久しぶりです、アルルです。

 仕事でチーヨフの町まで来たので、筆をとったしだいです。

 ライラはその後、元気にしていますか?


 私は故郷のビス村に帰ってから、すぐに結婚しました。

 今は夫と共に、ビス村の顔役の仕事をして過ごしています。


 チーヨフの町で、ライラが魔物討伐をしたという話を聞きました。

 貴女が宮廷魔術師として益々ご活躍だと知り、とても嬉しく思います。

 任務は大変なことも多いと思いますが、どうかお体を大事にしてください。


 もし、ビス村の近くへ来ることがあったら、ぜひ村へ寄ってくださいね。

 その時は、たくさんお話しましょう。


 ビス村のアルルより≫


「うん、こんなものかな」


 これなら検閲が入っても、特に差しさわりないだろう。

 書きあがった便箋を折り、封筒に収める。


「う……んんっ……あれ、もう起きてたの? アルルちゃん」

「おはよう、レフィ」

「うん、おはよう」


 丁度いい頃合いで、レフィが目を覚ました。

 そろそろお腹も空いてきたし、朝食を食べに行きたい。

 私たちは身支度をして、町へと出かけることにした。


「いらっしゃいませ―! 焼きたてのパンはいかがですか―!」

「朝摘み野菜―! 新鮮な朝摘み野菜だよ―!」


 大通りはたくさんの人が行き交い、お店の呼び込みの声がそこかしこから聞こえてくる。

 チーヨフは大陸の中央にある町で、とにかく旅人が多い。

 だから朝食の屋台もたくさんあって、種類も豊富なの。


「ねぇねぇ、何食べようか?」

「えっ!? えぇっと……人が多すぎて、何が何だか……」


 何を食べるか決められないまま、私たちは中央広場まで出てしまった。

 ここから先は、高級なレストランばかりなのよね……大通りに戻った方がいいかしら?

 立ち止まってレフィと相談していると、頭上からパンパンと軽快な音がした。


「ひゃっ……!?」


 急なことに驚いて振り向くと、そこには深紅の髪と瞳を宿した美人が微笑んでいる。 

 妖艶な衣装をまとった、しなやかな肉体。

 すらりと伸びた指先が私の手をとり、その甲にキスをした。


「ひえぇぇぇ……」


 驚きとは別の、力が抜けるような情けない悲鳴が出てしまう。

 同じ人間とは思えないほどの美人を前に、手足の力が抜けへたり込んでしまった。

 その人は悪戯っぽく微笑むと、軽やかに広場の中央へ舞ってゆく。


「キャ―ッ! イヅさまよ―!!」

「イヅさまぁ!! イヅさまぁ!!」

「なんだなんだ?」

「有名人か?」


 踊り子の後を、歓声を上げる若い子が追いかける

 さらにその後を通行人たちが追いかけ、あっという間に人だかりができた。


「大丈夫? アルルちゃん」

「う、うん……踊り子さんだったんだね。美人を見て腰を抜かすことって、あるんだ……」


 レフィの手を借りて、ゆっくり立ち上がった。

 広場の中央は、すっかり踊り子の舞台となっている。


「このへんは、カーランドの商隊が屋台を出しているのね」

「言われてみれば……前にアルルちゃんが作ってくれた料理と、似た香りがするな」

「そこのお二人さん、カラホロサンド! 赤カーランドスパイスたっぷりの、ジューシーなカラホロ鳥のサンドはいかが?」


 今度はパンが山盛りになったカゴを、首からぶら下げたお姉さんが話しかけてきた。

 カゴのパンには、とても大きなお肉が入っていておいしそう。

 気が付くとそこら中の人が、そのパンを食べながら、踊りを見たり買い物をしたりしている。

 なるほど。きっと踊り子さんでお客さんを集めて、一気に売りさばいているのね。


「おいしそうだし、これにしようよ。アルルちゃん」

「そうね」


 お姉さんからパンを二つ買うと、私たちは広場のベンチに腰かけた。

 そして遅くなった朝食を、食べ始める。

 カラホロサンドに噛り付くと、トマトの甘みと香辛料の辛さを纏った肉汁が口いっぱいに広がっていく。


「あの踊り子さん、すごいね。まだ踊ってる」


 食事をしながらも、遠くの踊り子さんの動きを目で追ってしまう。

 レフィもきっと、同じなのだろう。


「あんなに至近距離で手拍子されるまで、気配に気づかないなんて。元宮廷魔術師として、恥ずかしい……」

「あはは。でもあんなに驚くアルルちゃん、珍しくて可愛かったよ」

「もぅ……」


 レフィってば、拍子抜けするようなこと言うんだから。

 まぁ、夫に可愛いと言われるのは悪くない。


「カーランドって、冒険者と傭兵の国なのよ。あの人もきっと、凄腕の冒険者なんでしょうね」

「へぇ、そうなんだ」


 パンを食べながら屋台を眺める夫に、語り始める。

 国土の大半が砂漠のカーランド。

 立身出世を目指す者たちが向かう先は、二つ。

 一つは、北のトウギン王国。魔族と対峙するかの国へ、傭兵として旅立つのだ。

 もう一つは、海を越えたフォートナ島。珍しい動物に溢れ、古代遺物の出土するかの島で、一獲千金を狙う。

 任務で何度も行ってるせいか、ついつい話し過ぎちゃうわね。


「アルルちゃん、よくカーランドの話をするよね。冒険者や旅暮らしに憧れたりするの?」

「まさかっ! 絶対嫌よ!!」


 力いっぱい首を横に振って、否定してしまう。

 無理無理! もうあんな思い、したくない!!


「旅暮らしって本当に大変なんだから! 好きな物食べられないし、何日もお風呂に入れなかったり、荷物も制限されるから本も持っていけないんだよ!!」

「う、うん……」

「所持品が全部燃えたり、馬車ごと谷底に落ちたり、そんなのばっかりなんだから!!」

「た、大変だったね……」


 あらゆる災難の記憶と共に、ネストルの顔が浮かんでくる。

 あのボンボン貴族めがぁぁぁぁ!!

 はっ、落ち着け私。今は平和な村の、ご婦人なのよ……!!

 愛する夫との新婚旅行中に、クソガキの顔を浮かべてる場合ではないわ。


「私はビス村でほどほどに稼いで、悠々自適で平和な生活を手に入れるんだから」

「あははは」

「レフィにも、頑張ってもらいます!」

「あ、はい」


 食事も終わろうというとき、人だかりの方から大きな歓声が上がる。

 音のする方を見ると、三階建ての建物の上で踊り子が舞っていた。

 いつの間に、あんなところまで登ったのだろう?

 呆気に取られていると、踊り子はお辞儀をして屋根伝いにどこかへ去ってしまった。


「行っちゃったね、踊り子さん」

「うん。私たちも、そろそろ行こうか」


 朝食を終え、私たちは広場を後にする。

 ゆっくり観光しながら、今朝書いた手紙を出すために書簡局へ。

 手紙を出したあとは、さらに町の中心部の商業地区に向かう。


「うわぁ……可愛い……! アルルちゃん、あれ見て」


 商業地区に近づくほど、路面店に並ぶ品も上等なものになっていく。

 意外にもレフィは、動物や花といった可愛いモチーフのものが好きなようだ。

 気になるものが目に付くと、隣にいる私に逐一報告してくる。

 こんなに楽しそうにしているレフィは、珍しくて可愛い。


「何か欲しいもの、ある?」

「ん……ううん、大丈夫。ただ見てるのが、楽しい」

「そう」


 町の様子を目に焼き付けるように、レフィはあちこち見つめている。

 そんな夫と一緒に、目的地の魔道具屋に向かう。

 村でレフィに書いてもらったメモには、魔石加工に関する困りごとがビッシリ書かれていた。

 その内容の大半は、専用の道具があれば解決するもの。

 今日は、それらを買い揃えたい。


「ようこそ、トゥール魔道具店へ」

「わぁ……」


 目的の店に入ると同時に、レフィが感動の声をもらす。

 エントランスの壁一面に、指輪や首飾りといった装飾品の魔道具が美しく煌めいていた。

 トゥール魔道具店――王都に本店のある、シュンミア最大手の魔道具店である。

 チーヨフの支店とはいえ、その品揃えは申し分ない。


「本日は、何かお探しの商品がございますか?」


 店内を眺めていると、すぐに女性の店員が案内にきた。

 専門の魔道具は見てるだけでは性能がわからないので、助かるわ。


「ええ、魔石の加工に使う道具が欲しくて。ああ、使うのは夫なのですが」

「魔石の加工ですか」


 店員さんはレフィの方に体を向け、接客を続けた。

 こういったことに慣れていないレフィは、私に身を寄せてタジタジとしている。


「どういった魔石の加工されるのですか?」

「あの……ビスルビスマ鉱を……」

「ビスルビスマ鉱ですね! それでしたら、リィナの木で作られた細工棒はいかがでしょう? 魔力の伝導率が安定していて、初心者でも扱いやすいですよ」


 丁寧に説明しながら、店員さんはサッと商品を取り出す。

 細工棒はペンより少し短いスティックで、先端が球体や円錐など様々な形状をしている。


「あ……えっと……」

「奥の作業台で、お試しもできますよ。ささ、どうぞこちらへ」

「え? えっ!?」

「せっかくだから、体験させてもらいましょうよ」


 戸惑うレフィを連れて、奥の部屋へ向かう。

 用意された作業台には、先ほどの細工棒とビスルビスマ鉱が用意されている。

 さすが大手の魔道具店。色んな素材も、用意してくれているのね。

 レフィは緊張しながらスティックを一本手に取り、魔石の表面に当てた。


「すごい……なにこれ……!?」


 細工棒はスルスルと飴細工のように、魔石を伸ばしていく。

 それに素手で加工するよりも、キレイに形が整っているみたい。

 一度使い心地を確認すると、レフィは次々と他の細工棒を試していった。

 先ほどまでの様子とはうって変わって、夢中になってスティックを試している。


「お気に召していただけましたか?」

「はい。あ、でも……もっと細い針状のものや、鋏の形状のものはありませんか?」

「では、エルリ鋼で作られたこちらの品はいかがでしょう。魔力の扱いは少々難しくなりますが、より細かい形状や刃物の種類も豊富ですよ」


 こうして魔道具店での道具選びは、閉店間際まで続くのだった。

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魔石王の嫁 ~宮廷魔術師を辞めた私は、故郷の村を再生します~ 明桜ちけ @hitsukisakura

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