第16話 仕立て屋

 カーイット商会を出ると、日がだいぶ傾いていた。

 次はハンバー商店で、村の人たちに頼まれた買い物を済ませる。

 こちらは目録を渡して注文し、村に帰る日に受け取りにくるだけ。今日の仕事は、あっという間に終わった。

 一通り売り買いが終わると、最後に銀行に向かう。

 村専用に借りている金庫に、売り上げや貴重品を預けておくのだ。


「これで今日の仕事は終わりだよ。二人とも、おつかれさま」


 宿に到着し、馬車の荷下ろしをしながらベンリックさんが言う。


「ベンリックさんも、おつかれさまです」

「おつかれさまです。あの……色々教えてくれて、ありがとうございます」


 初日にほとんどの仕事を終わらせたから、本当に大変だったわ。

 それも、観光のための時間を確保するためなんだけど。


「これは、二人の部屋のカギ。私は別の部屋を借りているけど、何かあったらいつでもおいで」

「わかりました」


 ベンリックさんが差し出したカギを、レフィが受け取る。

 これでようやく飲みに行けるぞっと、ベンリックさんは伸びをしながら言った。


「宿には三泊して、三日後の朝に出立する予定だよ。それまで自由行動だ。楽しんでおいで」

「はい!」


 私たちはベンリックさんに挨拶して、渡されたカギの部屋に向かう。

 用意された部屋は三階で、大きなベッドとテーブルのある広めの部屋だった。

 窓は町の大通りに面していて、様々な屋台の料理の香りが漂ってくる。


「それじゃ、夕食を……」

「仕立て屋さん!! 夕食の前に、仕立て屋さん行こう!!」

「えぇ……」


 今から行くの?と、絶望的な顔をするレフィ。

 わかる、私もすごくお腹空いてるよ。

 でも仕立て屋さんには、どうしても行っておかないと。


「明日じゃ……ダメなの?」

「村に帰るまでに仕上げてもらうなら、今日行かないと間に合わないと思うの」

「うぅぅ……」


 夫の手を取り、ジッと目を合わせる。

 次に町に来るのは、当分先のこと。

 レフィはちゃんとした服を持っていないから、今回の旅で買って帰りたいのだ。

 顔役の仕事は、服装も含めた見た目も重要。

 こればっかりは、譲れない。


「……わかったよ」

「ありがとう、レフィ!」


 根負けして、視線を逸らすレフィ。

 終わったらすぐに夕食にしましょうと約束して、彼の手を引いて部屋を出た。


「いらっしゃいませ」


 なんとか滑り込んだのは、ポトルの仕立て屋。針子と思われるお姉さんが、出迎えてくれた。

 ここは町の大手の仕立て屋で、短期間で仕上げてくれることでも有名なお店なの。


「夫の服をお願いしたいんです。三日後までに背広一式、頼めますか?」

「お急ぎなのですね。お直しのものでしたら、可能ですよ」


 お直しの服とは、店の服を買って大きさなどを調整するもの。

 ポトルでは八割ほど完成させた服を用意しており、購入者に合わせて最終仕上げをする。

 だから、異例の速さで仕上げられるのだ。

 本当はもっとちゃんとした、一から作る服が欲しいのだけど……今回は急ぎだから、仕方がない。


「わかりました。では直しの背広を、三日後までにお願いします」

「かしこまりました。準備をしてまいりますので、少々お待ちください」


 そういうと、お姉さんは店の奥のカーテンの中に入っていった。

 お姉さんの姿が見えなくなると、レフィが心配そうに私に尋ねる。


「僕の服だけ? アルルちゃんは新しい服、注文しないの?」

「うん。私は正装、いくつか持ってるから」


 宮廷魔術師の仕事は、身分の高い人との同行も多かった。

 だから正装や礼服も仕立てたし、平服も良い仕立てのものが多い。

 まともな商人や小役人相手なら、服だけで圧倒できるほどだ。


「そんな、僕だけなんて――」

「準備ができました。こちらへどうぞ、旦那様」


 なおも私の心配をするレフィだったが、お姉さんに案内されて採寸に向かった。

 レフィの採寸が終わるまで、町の地図を確認しておこう。

 明日は町を観光しながら、レフィの魔石加工に必要そうな物を見に行きたい。

 そろそろ村の仕事に慣れてきてるし、魔石加工をする余裕もでてくるだろうから。


「おつかれさまでした。では三日後の朝、受け取りにいらしてください」


 採寸や注文は、小一時間ほどで終わり。

 私たちは屋台の料理で夕食をとり、宿へ戻っていった。


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