第14話 ベンリックさんとの旅
日が上り始めたばかりの早朝。
ベンリックさんの幌馬車に乗って、私たちはお仕事兼新婚旅行に出発した。
チーヨフの町へは、馬車で二日ほどかかる。今夜は野宿だ。
「アルルちゃん、出番だよ!」
町への道のりは、森の中を通過する。
道中、何度か野生化したカーランドウルフに襲われた。
飼い主だった猟師や冒険者とはぐれた個体が、森に巣くっているのよね。
「任せて! ベンリックさん!」
多少群れていても、大して強い魔物ではない。魔法を使えば、難なく倒せてしまう。
旅は支障をきたすことなく、順調に進んだ。
日暮れ前には、休息地の湖に到着。明るいうちから、野営の準備にとりかかれた。
「おつかれさま、アルルちゃん……」
夕食のスープとパンを食べながら、レフィが小声でつぶやく。
初めての長旅で、疲れてしまったのだろう。横に腰かけている夫は、すっかり気落ちした顔をしている。
「レフィもおつかれさま!」
「いや、僕は何も……」
黒髪をフルフルとさせながら、レフィは首を横に振った。
そんなに否定すること、ないのに。レフィだってベンリックさんに教えてもらいながら、御者をやっていたんだもの。
「レフィ君も、頑張ったよ。最後の方は、一人でも馬を扱えるようになってたじゃないか」
「そうよ、頑張ってたわ!」
「……ありがとう……」
向かい側で焚火に薪をくべながら、ベンリックさんが褒めてくれた。
顔は伏せてしまったが、嬉しそうな小声でレフィは答える。
「ベンリックさんは、すごいです……御者も、商売も、剣も……なんでもできて……」
「いやぁ、どれも基本だけだよ」
そんなに褒められるのは慣れていないから照れちゃうな、と。ベンリックさんは、照れたように笑う。
実際、ベンリックさんはすごい。
魔物が出たときは、レフィと馬車を完璧に守ってくれた。それも、私の支援もしながら。
まわりの状況を見ながら、適切な指示を出してくれる……なかなか、出来る人は少ないと思う。
「それって、ベンリックさんが、西のシュークリモ王国に留学してたからですか?」
シュークリモ王国は大陸で一番、豊かで平和な国。
そのためか、一般の市民も通える学校が各地にある。
民間の学校のないシュンミアの留学生も積極的に受け入れており、ベンリックさんは村の支援で留学していた。
「学校でも色々学んだけど……卒業後に奉公に出た商会で、やっとサマになったかな」
「そうなんですね」
確かその商会で奥さんと出会って、結婚したのよね。
奥さんは商会のお嬢さんだったから、色々苦労したんだろうなぁ。
「ナディネちゃんや、ヨナン君も……留学、するんですか?」
レフィの、何気ない質問。
ナディネちゃんとヨナン君は、とても賢くて良い子たちだ。
正直この二人は、今のビス村では持て余してしまってるというの事実。
その辺はベンリックさんが一番わかってるだろうし、留学も当然考えているだろう。
「ああ、そのつもりだよ。将来、どこででも生きていけるように――」
答えの中に、本音が漏れた。
ベンリックさんはそのことにハッとすると、慌てて謝罪する。
「すまない、君たちが村の仕事を頑張ってくれているのに」
ビス村が現状のままでは、時期に滅びることは誰もがわかっていること。
生き延びるための手を打つのは、何も悪いことではない。
「村が終わろうが、続こうが、お勉強は大事ですよ! ナディネちゃんとヨナン君の、将来のためなんですから!」
「ははは。ありがとう」
私の答えに、安堵の苦笑いをするベンリックさん。
そして一呼吸おくと、真面目な顔になって頭を下げた。
「――本当に、ありがとう。君たちのおかげで、肩の荷がおりたよ。私の代で、村を終わらせずに済んだ……」
しばしの沈黙。
村の顔役の仕事も、村長であるお父さんの介護も、子育ても、ずっと一人で頑張ってきたベンリックさん。
滅びゆく故郷、ビス村で――
「気を抜くのが、早すぎますよ。ベンリックさんには、まだまだ頑張ってもらうんですから!」
「おお。これは、手厳しいお言葉だ」
私はレフィの手を取り、苦笑するベンリックさんに宣言する。
「レフィは私を世界一幸せにするって言ってくれました。つまり、ビス村も世界一の村になるってことです!」
「ええっ!?」
「これはこれは、大事業になりそうだ」
そこまでは言ってないと、慌てるレフィ。
でも私を世界一幸せにするというなら、そのぐらいやってもらわなくては!
「ではまず、今の仕事を終えなくてはね。明日は早朝から出発して、昼前には町に着きたい」
大見得を張った夫婦に、ベンリックさんはこれからについて説明する。
とんだ夢物語を聞かされたと言うのに、とても嬉しそうな顔で。
「到着したら、魔石の売却と物資の発注だけは終わらせたい。大変だけど、一緒に頑張ろう」
「は―い!」
「頑張ります」
夕食を片付け、私たちは交代で見張りをしながら夜を明かしたのだった。
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