第13話 チーヨフの町へ

「今度、町に魔石を売りに行くときについてなんだけど」


 村長の家で鉱夫たちを見送り、午前の事務仕事が終わるころ。

 ベンリックさんがお茶を出しながら、私とレフィに話しかけてきた。

 ビス村の魔石は、チーヨフの町へ売りに行く。その相談である。


「少し、長めに予定を取ろうと思っていてね。町での仕事を教えたいし、レフィ君たちも新婚で、色々と必要な物もあるだろう」


 首を少し傾げて、ニカリと笑うベンリックさん。粋な計らいをした、と思っているおじさんの顔である。

 これは――村の仕事のついでに、新婚旅行をしようという話だな。

 そしてベンリックさんも、羽根を伸ばすということか。


「僕は特に何も……」

「ちょっと!」


 察しの悪いレフィの返事に、思わず声がでる。

 この様子を見て、ベンリックさんは笑いながら話を続けた。


「そういうのは、アルルちゃんが詳しいだろう。一緒に町まで来てくれるかい?」

「その方が、護衛代が浮きますもんね」

「もちろん。期待しているよ」


 チーヨフの町までは、馬車で二日ほど。道中は、魔物や賊の類も出る。

 普段は護衛を雇うのだが、これがとても高くつく。帰りに至っては、そもそも護衛のなり手が見つからない。

 それが今や、元宮廷魔術師を使い放題。旅の予定も立てやすいというワケだ。


「これから村のみんなに伝えて、必要な物や用事をまとめよう。出発は、三日後くらいを予定している。それまでに、旅の支度をしておいて欲しい」


 なんだか便利に使われてるな。でも、旅行の提案はありがたい。

 自宅に帰るころには、町での買い物のことばかり考えていた。

 色々と欲しいと思ってたのよね、レフィの服とか、服とか、服とか……


「チーヨフに行くの、楽しみだね」


 夕食を済ませ、私はさっそく旅支度を始めた。

 レフィはというと、ベッドに腰かけて魔石の小鳥を撫でている。

 何かを準備しようという様子は見られない。


「レフィは、楽しみじゃない?」

「う―ん……」


 元気の無い声で、レフィが答える。


「新しい仕事を覚えなきゃならなし、不安の方が大きいかも……」


 なんて生真面目なんだろう。

 ベンリックさんのあの様子、どう考えても仕事の方がついでなのに。


「大丈夫だよ! ベンリックさんも一緒だし」

「そ……そうは言っても……」

「それに今回は新婚旅行も兼ねてるんだから、楽しんでこようよ!」

「楽しむって……?」


 きょとんとして、首をかしげるレフィ。

 もしかして――旅行を、ただの移動だと思っていらっしゃる?


「チーヨフの町には、美味しい食べ物がたくさんあるし、色んな物が売ってるよ!」

「……そう、なんだ」


 なおも、レフィはきょとんとしている。

 最愛の妻と! 美味しい食事をして! 買い物をするの! を――もっと楽しみにして!!


「そうだ! 町には、何十種類もの工具や魔道具を売ってるお店があるの。普段の生活や魔石加工で、欲しい物や必要な物とか無い?」

「う―ん……特には、無いかな?」


 ダメだ……全然、響いて、ない。

 何もないこのビス村から、レフィの世界が広がらないのだ。

 折角の新婚旅行を、一緒に楽しみたいのに……。


「わかった、こうしましょう」


 いきなり何が欲しいと聞かれて、すぐに答えられる人は少ない。

 やはりここは、日々の生活に向き合うのが大切なのではないだろうか?


「レフィが何かをしてるとき『これ大変だな』、『面倒くさいな』、『なんか疲れるな』……って、ちょっとでも嫌だなぁって思うことを、書き留めておくの」

「えぇ……面倒くさ……」


 ちょっと! 話、いきなり終わっちゃうでしょ!?

 なんでこういうことは、反応早いのよ!


「別に詳細な内容を、キレイに書けって話じゃないの。『夜、寒い』とかで十分よ」

「それくらいなら、出来そう」


 なんとか、レフィは了承してくれた。

 やや私が勢いで押したという向きもあるが、些末な問題だ。

 こういうのは、ノリである。


「留書きがあれば、買い物もしやすいし。私も、良さそうなお店に案内できるわ」

「ふうん」


 まだどこか、上の空のような返事。

 しびれを切らして、私はレフィに近づく。そして夫の額に自分の額をくっつけ、至近距離で訴えた。


「私、レフィとの旅行がすごく楽しみなの! わかってる?」

「あ……」


 ジッと目を見つめると、レフィの顔がどんどん赤くなっていく。

 泳ぐ瞳がゆっくりと閉ざされ、震える唇から答えがこぼれる。


「今、ワカリマシタ……」

「もう……留書き作り、頑張ってよね?」

「ガンバリマス!」


 真っ赤な顔で宣言する夫に、キスをする。

 新婚旅行をレフィに楽しんでもらうために、私も頑張ります!

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