第12話 アルルの手料理と指輪

 結婚して、初めての手料理。

 村に帰ってきてからというものの、ずっと忙しかったからなぁ。

 しばらく食事は、お姉ちゃんに頼りっきりだった。

 今日はタイラー村から譲ってもらった食材が、たくさんある。

 私でも、ちゃんとした料理が作れるはずよ。


「あらあら。何を作ってくれるのかしら? 楽しみね」

「任せて! お姉ちゃんはゆっくりしててよ」


 なんといっても、私には最強の武器【カーランド・スパイス】――通称・カレー粉があるのだ!

 独特な風味であらゆる食材を美味しくする、冒険者必携の香辛料。

 過酷な遠征任務の際、このスパイスにどれだけ救われたことか――

 おっと、今の私は田舎で穏やかに暮らす新妻だったわね。


「お姉ちゃん、トマトソース使うよ」

「ええ、どうぞ」


 大き目のボウルに、甘く煮込んだトマトソースを大匙で山盛り二杯ほど。

 そこへ、ニンニクとショウガをたっぷりすりおろす。

 これだけで、もう良い香り!


「あら、そこにヨーグルトを入れるの? えぇっ!? そんなに……」

「大丈夫だって! 美味しい料理、作るから!」


 ボウルにヨーグルトを、たっぷり大匙四杯加える。

 そしてカレー粉を、大匙で軽く一杯ほど。入れすぎると、粉っぽくなっちゃうからね。

 はちみつも入れて、コク出そう。さらに塩と胡椒で味を調えていく。


「うん、美味しい!」


 混ぜ合わせたソースは、なかなかの味だ。

 ここにぶつ切りにした鶏肉を入れ、しっかり揉みこむ。


「これをしばらく付け込んで、オーブンで焼いたら完成!」

「アルルちゃん、お野菜は?」

「あ……」


 メインにばかり気を取られて、すっかり忘れていた。

 言葉を詰まらせる私に、お姉ちゃんが指示を出す。


「スープにお野菜を入れて煮込みましょう。お願いね」

「はーい」


 このスープは、ドリンダさんとお姉ちゃんが調理してくれたもの。

 私が倒したフォレストベアで作った、熊肉の塩スープ。

 塩スープは大きな寸胴いっぱいに仕上がった。村のみんなに配られ、美味しくいただくことに。

 無駄にしないで、ありがたく、ちゃんと食べるよ!


「野菜を入れた塩スープ、美味しい……」

「ふふ。そろそろお肉を焼きましょう。レフィ君が帰ってくるころに、焼きあがると思うわ」


 お肉を乗せた鉄板をオーブンに入れ、食卓の準備にとりかかる。

 なんだか結局、お姉ちゃんに助けてもらってる気がするけど……。

 それでも初めての手料理を食べてもらうの、楽しみ!


「ただいま。 うわぁ、美味しそうな香り……」


 肉の焼ける香りがするころ、レフィが家に帰ってきた。

 つかみは上々、と言ったところかしら。


「さぁ、夕餉にしましょう!」


 黄色いスパイスのソースに包まれた鶏肉と、野菜たっぷりの熊肉のスープ。

 私たちは温かい食卓を囲み、食事を始める。


「うんっ! 美味しいわぁ」


 鶏肉を、恐る恐る口に運ぶお姉ちゃん。

 だがその不安は杞憂だったようで、お肉と一緒にソースまでスプーンですくって食べていく。


「味はどう? レフィ?」

「うん……」


 レフィはというと、静かにゆっくりと咀嚼している。

 表情は、何か考え込んでいるようで……美味しいのか不味いのか、判別することが出来ない。


「ねぇ、レフィってば!」

「アルルちゃん、レフィ君はじっくり味わう子だから、少し待ってあげて」


 感想を急かす私を、お姉ちゃんがたしなめた。

 そんなこと言われたって、美味しいのかそうじゃないのか、早く聞きたいじゃない!

 訴えるような私を、仕方ないなという目でお姉ちゃんが見る。

 今度はレフィに、言葉をかけた。


「ふふ。今日の料理、アルルちゃんが作ったのよ」

「んんっ!? おぃ……あつっ! ふっ!?」


 お姉ちゃんの言葉に、明らかに動揺するレフィ。

 すぐに話そうとして、口の中が大変なことになってしまったようだ。


「ちょっとレフィ、大丈夫? はい、お水」

「んっ……んっ……はぁ、ありがとう。料理、美味しいよ」

「もう……なんか無理やり言わせたみたいじゃない」

「本当に美味しいよ! ありがとう、アルルちゃん」

「……うん。どういたしまして」


 あらあら~っとお姉ちゃんに茶化されながら、夕食の時間は過ぎていった。



■■■



 夕食が終わり、寝室へと向かう。

 ベッドに寝転ぶと、今にも寝てしまいそうだ。

 今日は一日、頑張ったわぁ。


「アルル、これ」


 少し遅れて部屋に戻ってきたレフィが、手を差し出す。

 手のひらの上には、私の指輪が乗っていた。


「台所に置いたままになってたよ」

「ありがとう! 料理をするときに外して、忘れちゃってた」

「いつも着けてるね、その指輪」

「えっ……そういえば、そうね」


 この指輪は、クライブ様にいただいたもの。

 危険な任務に際して、魔法付与を施してくれていた。

 現在は魔法付与効果の殆どを、失ってしまっている。

 それでも魔力を多少高めてくれるので、いまだに装着していたのだ。


「……誰かに貰ったもの?」

「えぇ、上司のクライブ様に」

「えっ!?」


 質問に答えると、明らかに声が裏返るレフィ。

 そんなに動揺するなんて……ちょっと可愛い。


「個人的にってわけじゃなくて、任務の人員みんなにだよ。お守りとしてね」

「そ、そうなんだ……」


 答えの補足に、レフィは安堵の息をもらす。

 これってもしかして……やきもち?

 嬉しいような、くすぐったいようなレフィの反応――もう少し楽しみたいけど、あまり不安にさせるのは良くないわね。


「あなたが憂うなら、この指輪はもう着けないわ」

「えっ……そこまでしなくても……」


 困ったような反応をしながらも、レフィはこの申し出が本心では嬉しかったようだ。

 目を泳がせながらも、口元がにやけている。まったく、すぐに思ったことが顔に出るんだから。

 仕方がないから、もう一押ししちゃうぞ。


「言ったでしょう? 夫としてレフィだけを愛するって」

「ちょっ……う……う~っ!」


 顔を真っ赤にして、レフィは言葉を失う。

 恥ずかしさを隠すように、私をベッドに押し倒す。


「アルルちゃんのそういうとこ、ズルい!!」

「ひゃっ!? ちょっと、照れ隠しにくすぐらないでって――あひゃひゃひゃっ」


 私たちはベッドの上でじゃれあいながら、いつの間にか眠りについていた。

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