第11話 森暮らしの少女

 タイラー村でのお遣いの帰り道、私たちは森の中を進んでいく。

 こんなところに何があるのだろう?


「もう少し行ったところに、猟師さんが住んでいてね。お肉を譲ってもらってるの」

「ああ! そうなんだ」


 不思議がっている私に、お姉ちゃんが教えてくれた。

 そういえば、タイラー村で譲ってもらったのは野菜と加工品ばかりだったな。

 生肉は村の外の、猟師さんに譲ってもらってるのか。


「私が王都に行く前は、いなかったよね。その猟師さん、若い人?」

「ふふっ。若いどころか――」


 話しながら歩いていると、茂みからガサガサと音がしてきた。

 それは音量を上げながら、どんどん近づいてくる。 


「イリーナ、荷台に乗りなっ!!」

「は、はいっ!!」


 ドリンダさんがチビちゃん――レッグバードにまたがり、お姉ちゃんに指示を出す。

 次の瞬間、茂みから私の倍ぐらいある熊――フォレストベアが、襲い掛かってきた。


「グワァァァァァッッ!!」

「避けるよ!!」

「ピィィッ!!」


 襲い来るフォレストベアを掠めるように、チビちゃんは荷台ごと旋回する。

 かなり遠くで距離をとって、フォレストベアの背後に回った。

 次の攻撃が来ても、回避でやり過ごすつもりね。

 ――と、言うか……


「私は!?」

「自分でなんとかしな! でこ娘っ」


 ああ、哀れ。巨大な熊の前に取り残されてしまった、可憐な乙女。

 フォレストベアの標的が、すばしっこく逃げるババァから新妻へと移る。

 こうなったら――


「やるっきゃないわねっ!!」


 宮廷魔術師を舐めないでよ! 元、だけど!

 私は拳に、最大火力の炎をまとわせる。同時に、腕力と素早さ――ありったけの身体強化魔法をかける。


「グワァァッ!!」

直火焼きぃぃぃ!!フレイムナックル


 振り下ろされた魔獣の爪をかいくぐり、懐へと潜り込む。

 そして腹部ド真ん中に、拳をめり込ませた。

 拳からは、グツグツとフォレストベアの体の水分が沸騰してる感覚が伝わってくる。


「――!!」


 こうして巨大な熊は、断末魔を上げる間もなく丸焼きと化した。

 なんとも香しく――獣臭い……。


「クゥゥン……」

「キャッ!!」


 突然、背後から予期しない動物の声。驚きのあまり、飛びのいてしまった。

 そこに佇んでいたのは、巨大な砂漠狼。(カーランドウルフ)

 襲ってくる気配はなく、悲しそうな顔で丸焼きベアを見つめている。


「チャ―!!」


 いつの間にか近くに戻ってきていたドリンダさんが、砂漠狼に抱きつく。モフモフの毛に埋もれながら、ワシワシと頭を撫でる。

 名前も付いてて、飼われてるのか、この子。


「ふふ、猟師さんのところの猟犬よ」

「りょ……猟犬……」


 荷台の上から、イリーナお姉ちゃんが教えてくれた。

 砂漠狼って、カーランドでは馬代わりになってる大型獣なのに。

 これはまた……豪快な猟師さんが、住んでいるのだなぁ。


「チャ―、どうした?」


 森の奥から、女の子の声が近寄ってくる。

 声の方を見ると、十六歳ぐらい――ナディネちゃんぐらいの年頃の少女が、駆け寄ってきた。


「あ、コンニチワ。ドリンダと、イリーナと……」


 少女がジッと、私を見つめる。

 真っ赤な瞳がとても印象的。肌や髪の色は、シュンミア人のものなのに――。


「この子はアルルだよ、オリーブ」

「はじめまして!」

「ハジメマシテ。……えっと……」


 ドリンダさんが彼女に――オリーブちゃんに、私を紹介する。

 軽く挨拶をすると、オリーブの関心は熊の丸焼きに移っていた。


「マルコゲ……」


 オリーブは砂漠狼の隣に立つと、悲しそうな顔で熊を見つめた。

 彼女たち一人と一匹は、首を傾ける角度も、眉をしかめる溝の深さも同じで……。

 こんなに飼い主に似ることって、ある?


「よかったら……お譲りします?」

「えっと……エンリョシマス」


 もしかして、狙ってるフォレストベアだったのかな……と思い、譲渡を提案。

 しかしオリーブには、丁重に断られてしまう。


「処理シナイ肉、不味イ。不味イ肉、猟師ノ腕ガ不味イ、思われる。仕事減る。ごめんなさい」

「そう……なんだ。こちらこそ、ごめんなさい」


 処理に困った丸焼き熊は、荷車に乗せて村に持ち帰ることに。

 思いのほか重くなってしまい、チビが辛そうな顔をしている。

 準備を終えた私たちに、オリーブが話しかけてきた。


「ドリンダたち、お肉買いにきた? 小屋にくる?」

「ああ、よろしく頼んだよ」

「鶏肉、イッパイある。イッパイ買ってね」


 なんだか最初は片言交じりで他所他所しく感じたけど、オリーブはかなり人懐っこい性格だ。

 彼女の小屋までの移動中、ひっきりなしにドリンダさんやイリーナお姉ちゃんに抱き着いていく。

 私に対しては様子を伺っているものの、距離を詰めようとしているのを感じる。


「ドウダ! 好きなのを選んでくれ」


 オリーブの猟師小屋は、二軒連なって立っていた。

 おそらく片方は居住用で、もう片方は解体などの仕事用だろう。

 案内された小屋には、大量の鶏肉が吊るされている。そして、外気に比べてかなり涼し――寒い。

 一体、どういう構造になっているのか――


古代遺物アーティファクト……!?」


 部屋の片隅に、冷気を発している球体が置かれている。

 カーランド地方で出土するという、不思議な力を秘めた魔道具――アーティファクト。

 こんな貴重なものが、片田舎の森の中にあるなんて……。

 ジロジロ見すぎてしまったせいか、オリーブが声をかけてきた。


「ソレ、母の形見。部屋、寒くする」

「そう、なんだ。すごいね」

「フフン。スゴイぞ!」


 素直に自慢するオリーブ。不審がられたわけで、はなさそうね。

 おそらく彼女は、カーランド人と地元の人との間に生まれたのだろうが――あまり詮索するのも、よくないか。

 オリーブから鶏肉を買い取ると、私たちはビス村へ帰ったのだった。



■■■


 ――その夜。


「今日は、私が夕餉を作ります!!」


 結婚後初の手料理を、レフィに食べてもらうぞ!!

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