第9話 行商人と子供たち

「確かに預かりました。お疲れ様です」


 顔役の仕事を始めて、数日。レフィはすっかり、事務業務に慣れてきた。

 今では表情も明るくなって……ちょっとカッコよくなった、かも?


「あぁ」


 意外だったのは、エルグの反応だ。

 結婚当初は、レフィを陰湿とか言っていたのに……仕事に関わってからは、割と普通に接している。

 ぶっきらぼうではあるけど、それは元々の彼の気質というか……。

 まぁ、私に対しては相変わらずなんだけどね!


「そういえば、今日はまだ、ロギス君たちが帰ってきてないんだけど……」


 何か知らない?と、レフィがエルグに尋ねる。


「俺が鉱洞を出るときに、三人とも一緒に出した。その辺で遊んでるんじゃないか?」


 仕事を始めて数日の傾向から、どうやらエルグは自分が帰るときに子どもたちも鉱洞から帰らせているようだった。

 子どもたちも、そのことを愚痴っていたから確かだろう。

 おかげで、子どもたちの安全が守られている。


「少し心配ね。私が、ちょっと外の様子を見てこようか?」

「うん。お願いするよ、アルルちゃん」


 私はレフィに受付の仕事を任せて、子どもたちを探しに出た。

 鉱洞から出たら、村長の家に直行して報告をするのは絶対の決まり。

 今まで子どもたちも、ちゃんと守っていた。

 寄り道をするなんて、考えられないんだけど……。


「ボクはいらないっ!」

「なんでだよ!」


 村長の家から鉱洞へ向かう途中で、子どもたちが声を荒げているのが聞こえた。

 あたりを見回すと、廃屋の陰に子どもたちの姿が。何か揉めてるみたい。

 ひっそり近づいて、物陰から様子を伺う。


「そういわずに、この特大の飴はどうだい? 今日は特別にお金が無くてだ。魔石と交換してあげるよ」


 聞きなじみのない、しゃがれた大人の声が聞こえる。

 のぞき込むと、行商人のような風貌の老人が子どもたちと話していた。

 行商人の入村の受付なんて、してない。あいつ、もぐりね。


「特に坊や。坊やの魔石は、すごい上玉だね」


 ヤール君の手元を、指さす老人。

 確かに、彼は中玉の綺麗な魔石を持っていた。

 あの魔石なら……売ったら一か月分の生活費にはなるだろう。

 よく掘り当てることが出来たものね。


「君のその魔石となら、この箱のお菓子、全部と交換してもいいよ」

「スゲ――!! ヤ―ル、交換してみんなで食おうぜ!」

「絶対ダメッ!!」


 詰め寄る老人と、口車に乗せられているロギス君。

 必死に魔石を守ろうとするヤール君から、奪い取らんとばかりだ。

 その様子をヨナン君は、オロオロと見ている。


「ほら、その魔石をこちらに渡しなさ――」

「わぁ―っ! 行商人さんだ!」


 私が声をかけると、老人はサッと身を引いた。

 ……悪いことをしてるって、自覚はあるみたいね。


「何を売ってるんですか?」

「えぇ、えぇ、お菓子を売っております……」


 老人は急に弱々しい声になり、こちらの様子を伺っている。

 彼の商品の箱を覗くと……中身は王都の下町で売られている、安い駄菓子じゃない。

 例え箱一杯分でも、魔石と交換するような金額の代物じゃないわ。

 駄菓子を一つ手に取り、私は大げさに話し始めた。


「まぁ、懐かしい! 下町の駄菓子じゃない。これ、一個五十ゼニカなのよね」

「えぇっ!? さっき、千ゼニカの魔石と交換って言ってたのに!」

「こっ、これっ!!」


 ずっとオロオロしていたヨナン君が、驚きの声を上げる。

 この子は読み書きや計算ができるから、異常なぼったくりにビックリしたのだろう。

 そして漏れ出た言葉で、言質は取れた。


「あらぁ? 魔石と交換するのは、村長の家でだけのはずですが……」

「ほ……ほっ、ほっ。そ、そうでしたかな?」

「よろしければ、ご案内しますよ?」


 私の言葉に、老人の目が泳ぐ。

 そそくさと荷物をまとめると、急いで立ち去ろうとする。


「いや、わしはこれで……」


 背を向けた老人の腕を掴み、そのまま地面へと組み伏せた。

 このまま逃がすわけにはいかない。


「ご案内します」


 抵抗する老人を、私は腰のリボンを縄代わりにして拘束する。

 もうちょっと、気の利いたものを持っていればよかったわ。

 それと、子どもたちも連れ帰らないと……。


「あなたたちにも、しっかり事情を話してもらいますからね!」

「うげえええ!!」

「そんなぁ……」

「なんでボクまで」


 口々に文句を言う、子どもたち。

 怒られるのを回避するために、うるさく屁理屈をこね続ける。


「魔石の取り扱いは、村のみんなで守らなきゃいけないの! 三人は、守れてなかったでしょ!!」

「アルルのオニ!!」

「ボクはいらないって言った!!」


 子どもなりに事情はそれぞれあるのだろうが、今回の件は見逃せない。

 村長の家に着くと、老人と子どもたちはベンリックさんに引き渡した。

 村の番人である本気のベンリックさんに、きっちり絞ってもらう。


「それにしても……村の中でも安全とは限らないのね」


 まさか子どもを狙って、詐欺を行うなんて。

 これからは、対策のために……教育も、しなくちゃなぁ。

 ヨナン君はともかく、ロギス君とヤール君はまともに字も書けなかったような……。

 毎日の仕事も大変なのに、読み書きのできない子の教育か……。

 何か方法を考えないと。

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