第8話 営業所と鉱夫たち

「まさか新しい営業所を建てろとはなぁ!」


 豪快に笑いながら、ラギスさんが私の渡した設計図を見る。

 今朝は建設予定地の下見と、建設予定の相談だ。

 新しい営業所は、ビス村の鉱洞の入口の目の前に建てようと思う。


「ずいぶん色んな設備を入れるのだな……」


 一緒に来ていたラギスさんの弟、リギスさんが設計図ののぞき見て言った。

 リギスさんは、主に家具を作る大工さん。うちのベッドも、彼が作ってくれたのだろう。


「食堂に四十脚も椅子が必要なのか? この村、二十人も住んでないし――何より金がかかる。大丈夫なのか?」


 お金のことを言われると、少し気が重い。

 支払う分は十分にあるのだが、貯えの大半を失うことになる。

 それでも――


「それだけ、村を発展させたいの。支払いはちゃんとします!」

「こんなに広い食堂を、子どもで満席にしてくれるんだろ? こいつぁ、楽しみだ!」


 ラギスさんが見当違いなことを言いながら、豪快に笑い飛ばす。

 そういう田舎っぽい冗談は、やめてもらいたいんだけどなぁ……。

 とはいえ、リギスさんには効いているようで――頭を抱えながら、代案を提供してくれた。


「はぁ……二十脚分は、壁に建てつける長椅子にしよう。そうすれば、かなり予算を抑えられる」

「リギスさん……ありがとうございます!!」


 私の設計図から希望を汲み取りながら、二人は建設計画を立てていく。

 あれこれと話しているうちに、鉱夫たちがちらほら鉱洞に向かい始めた。

 最初に訪れたのは、鉱夫の中で最年長のワグースさんだ。


「ワグースさん、おはようございます!」


 近くを通り過ぎようとするワグースさんに、挨拶をする。

 反応は無し。一瞥もせず、完全完璧な無視を決め込んで鉱洞に入っていく。


「どうぞお気をつけて―!」


 その背中にも声をかけるが、やはり反応はなかった。

 これは……相当嫌われている。

 ワグースさんは昔、私が宮廷魔術師になるために村を出るのを反対していた。

 ビス村に帰ってきてからも、一度も言葉を交わしてくれない。


「あいつも頑固だからなぁ。まぁ気にしないでくれよ、アルルちゃん」

「はい……心配してくれてありがとう、ラギスさん」


 冷たい対応は、王宮使えで慣れたと思ってたんだけどな。

 やっぱり、完全無視って堪えるわ。

 そうこうしているうちに、エルグが前を通りかかる。


「あ……おはよう、エルグ」

「……んだよ」


 挨拶をすると、悪態で返された。

 エルグとはお披露目の朝に、背負い投げしたっきり初めて会ったかも。

 もしかして、まだ怒ってるかな……


「今日はずいぶん大人しいじゃねぇか、じゃじゃ馬」

「なっ……それ、どういう意味よ!!」


 売り言葉に買い言葉で、言い返してしまった。

 いけないいけない……顔役として、みんなの様子を見守らなきゃいけないのに……!


「がははっ! お前も素直じゃねぇなぁ、エルグ」

「……狭い村だ。いい加減割り切らんと、後で辛くなるぞ」

「う、うるせぇ!」


 ラギスさんとリギスさんにたしなめられ、捨て台詞をはくエルグ。

 顔を真っ赤にして、プンプン怒りながら鉱洞へ向かって行った。


「や―い! 出戻り―!」


 エルグの背中を見送っていると、背後から悪口をかけられる。

 そこには、村の男の子たち――悪ガキ三人組が立っていた。


「おはよう。ロギス君、ヨナン君、ヤール君」


 一番うるさくて口が悪い、ロギス君。彼はラギスさんの息子さんだ。

 ベンリックさんの息子さんの、ヨナン君。そこそこ身なりが良い。

 そしてドリンダさんの息子さんの、ヤール君。彼は――鉱夫という面持ちをしている。


「三人も、鉱洞に入るの?」

「当たり前だろ! オレたちは、一人前の男だからな!」


 へへんっと、胸を張るロギス君。

 確かに村長の家に、三人の魔石台帳もあったけど……まぁ、子どものお手伝いって感じだったわね。


「なぁにが一人前の男だ! ロギス! お前は俺たちと一緒に、大工仕事の勉強だ!」

「ええ!? やだよ!!」


 ラギスさんはロギス君を捕まえようとするも、すり抜けるように逃げられてしまう。

 なかなかの身のこなしね。

 息子を追いかけながら、ラギスさんの説教が始まる。


「家を一から建てるなんてな、なかなか体験できないんだ! しっかり学んでおけ!!」

「うっせ―!! こんな村、魔女ぐらいしか家を建てないだろ! 行くぞ、お前ら!」

「あっ、おい!! コラ!!」


 おっと……これはかなりの、侮蔑。

 魔女とは平民出身の宮廷魔術師、とりわけ女性に対して使われる言葉。

 基本的には貴族が、平民の相手を見下すときに使うのだけど……。

 平民から言われることも、稀にある。往々にして、『裏切者』という意味を含んで。


「……俺たちじゃ、ないぞ」

「わかってますって」


 ぼそっと、リギスさんが釘を刺す。

 実際に、ロギス君も深い意味を知って言っているわけではない。

 誰かが口にしているのを聞いて、私に対する悪口ということだけ感じ取ったのだろう。

 ……まぁ、ちょ~っとお仕置きをした方が、いいかもしれないけど。


「まったく……逃げられちまった」

「はは……お疲れ様です」


 息をあげながら、ラギスさんが戻ってきた。

 鉱洞の方を見ると、三人の子どもたちの姿が小さくなっていく。


「悪かったな、アルルちゃん。ロギスのバカ息子は、あとでみっっっっっちり叱っておく」

「はい、よろしくお願いします!」


 知り合いだからいいものの、他所の人に間違って使ったら大問題だからね。

 それにしても、ビス村で魔女と呼ばれるとは。

 これから、大変そうだわ。

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