第7話 顔役の仕事

「起きて~、アルルちゃ~ん。レフィールく~ん」


 ぼんやりと、イリーナお姉ちゃんの声が聞こえる。

 まだ眠くて、体が重い。手探りでレフィの腕を掴むも、彼も起きる気がなさそうだ。


「う~ん……ごめんなさいねぇ、ナディネちゃん。お待たせしちゃって」

「いえ。私こそ、お部屋にまであがってしまって……大丈夫でしょうか?」


 お姉ちゃんと一緒に、誰か居る。

 丁寧な言葉遣いに、とても可愛らしい声――


「なでぃ……なでぃ……ね……ナディネちゃん!?」


 ベンリックさんの娘の、ナディネちゃん。そういえば今日、仕事の話があるって――

 村長さんの家に夫婦で来るようにって、ベンリックさんに言われてたんだ!!

 私はベッドから飛び起きて、部家着のまま扉に駆け寄る。

 慌てすぎて、音がするほど勢いよく扉を開けてしまった。


「ぁっ……おはようございます」


 扉の前に立っていたナディネちゃんと、バチッと視線が合う。

 一瞬の躊躇いがあったが、スッと表情を戻すナディネちゃん。そして、丁寧に挨拶をしてくれた。

 十歳以上も年下なのに、しっかりした子だぁ……。


「おは、おはよう!! あ、あははは……」


 急激に恥ずかしくなって、つい自分の頭を撫でる。

 その感覚から、私がかなりの寝ぐせ頭になっているのが分かった。

 ――情けない。


「お休みのところ、申し訳ありません。父からの伝言を伝えに参りました。今後の村の仕事について話がしたいので、家に来てほしいとのことです」


 こちらを気遣いながら、ナディネちゃんが言う。

 ごめんね、私たちが寝坊したから家まで来てくれたんだね。


「わ、わかりました。すぐ行きます!」

「あ、あの――」


 申し訳なさそうに、部屋の中を覗き込むナディネちゃん。

 視線の先には、ぐっすり眠り続けているレフィ。


「父もまだ事務仕事をしていますので、どうぞごゆっくり準備なさって下さい。話も長くなると思いますので、お食事をすました方が良いかと」

「お……お気遣い、痛み入ります……」


 ナディネちゃん、なんて気遣いの出来る子なの……!?

 さすがベンリックさんの娘さんだわぁ。


「では、私はこれで失礼いたします」

「ありがとう、ナディネちゃん」


 彼女を見送ると、私は大急ぎでレフィを叩き起こしたのだった。



■■■



「やぁ、呼び出してすまないね」


 村長の家に着くと、私たちはベンリックさんの執務室に案内された。

 部屋の中央には、ゆったりとしたソファと大きなテーブルが設置されている。

 応接室を、兼ねているのだな。


「いえ、遅くなってしまいすみません」

「ははは。新婚さんだからね、仕方ない」


 いやぁ、仕方ないほどのことはしてないんだけどね。

 まぁ、レフィは横で顔を真っ赤にしてるけど。


「さぁ、二人とも座って。これからの話なんだけど――」


 私たちが席に着くと、ベンリックさんはすぐに本題に入る。


「二人には僕に代わって、村の顔役になってもらいたいんだ」


 優しいけれど、とても真剣な声。

 ベンリックさんにとっても、大きな節目となる話だからだ。

 隣から、レフィの息を飲む音が聞こえる。


「私は先の病災で、妻を亡くしてね。それに子供たちも、まだ幼い。それで――村の若い夫婦であるレフィール君たちに、今の仕事を引き継いで欲しい。もちろん、僕も全力で補佐するよ。お願いできるだろうか?」


 村に若い夫婦ができたら、顔役の仕事を引き継ぐ――

 前々からベンリックさんは、村のみんなにそう伝えていた。

 隣のレフィに視線を向けると、彼も私の顔を見ている。その顔は、すでに覚悟を決めていた。

 私がうなづくと、レフィは姿勢を正してベンリックさんの方を向く。


「……はい。ぼくたちで良ければ、謹んでお受けします」

「よろしくおねがいします」


 レフィ、意外なほど気合が入ってるわね。

 とはいえ、これから本格的に仕事が始まるわよ!


「ありがとう。いやぁ、これで肩の荷がおりるよ。あ、二人とも、もっとくつろいでくれていいからね」


 気が緩んだのか、ベンリックさんはダラリとソファにもたれかかる。

 奥さんが亡くなってから、一人で村の仕事も子育てもしてたんだもの……本当に大変だったんだろうな。


「それにしても、不思議な縁だな。レフィール君に、顔役を引き継ぐ日が来るとは――」


 感慨深げに、ベンリックさんが言葉をこぼす。というのも、レフィはビス村の出身ではない。

 旅をしている途中、村の近くでレフィとご両親は盗賊に襲われたのだ。

 レフィはなんとか村に逃げ込んで助かったけど、ご両親は――


「いや、話がそれてしまったね。辛いことを思い出させてしまったら、申し訳ない」

「大丈夫です。正直……子供過ぎて、ぼくもよく憶えていないので」


 少し困った顔をしながら、レフィが言う。

 確かレフィが村に保護されたのは、五歳くらいの時だったっけ。

 いつも寂しそうにしていたのを、憶えている。


「では実務的な話をしようか。僕はね、レフィール君にこそ顔役が向いていると思うよ。つよ~いお嫁さんも、一緒だからね」

「私は暴力担当ですか?」

「ははは」


 それから、仕事の内容をざっと説明された。

 鉱夫たちが採ってきた魔石の管理、王都での魔石売却、村の人たちに頼まれる買い出し、村を出入りする行商人への対応、などなど。

 しばらくベンリックさんに教えてもらいながら、これらの仕事を覚えていくことになる。


「そろそろみんなも、鉱洞から帰ってくるころだろう。少し、事務仕事をやってみようか」


 一通り話が終わるころには、すっかり日が傾いていた。

 私たちは執務室を出て、広間へ向かう。そこには、ナディネちゃんとラギスさんが居た。


「お疲れ様です。お父さん、お話し中にワグースさんとエルグさんの魔石を預かってます」

「もう帰っちゃったか。ナディネ、留守番ありがとう」


 ベンリックさんに褒められて、嬉しそうに微笑むナディネちゃん。

 本当にしっかり者で、しかも可愛いなぁ。


「おう! じゃぁ、若夫婦の初仕事は俺のだな。しっかり頼むぜ!」

「は、はい!」

「じゃぁ、二人とも。カウンターの下に台帳があってね――」


 ラギスさんに見守られながら、私たちは魔石の預かりを始める。

 魔石を売りに行くのは、月に一度。それまでは、村長の家で預かっておくのだ。

 支払いに間違えがあってはならないから、正確に記録しておかなければならない。

 ベンリックさんに教えられる事務手続きを、レフィが積極的に覚えていく。

 仕事もしないって村の人は言ってたけど……こういう仕事は向いているのかしら?


「た……確かに預かりました」

「おつかれさまです!」

「あっ……お、おちゅかれしゃまです!」


 事務手続きと覚えることに集中していたからか、挨拶が嚙み噛みのレフィ。

 顔を赤くしている。可愛い。


「お疲れさん! いいねぇ、新婚って感じで!」

「あ、はっ、はいぃっ!」


 ラギスさんの労いの言葉に、レフィは更に顔を赤くする。

 そんなに、ちゃかされるのが恥ずかしいのかしら?


「ところで、お二人さん。新居は建てないのかい?」

「あっ……えっと……」


 突然の、ラギスさんの提案。困り顔になったレフィが、私とベンリックさんを見る。

 先に答えたのは、ベンリックさんだった。


「実はラギスさん、もう新居用の建材を購入しちゃっててね」

「えぇっ!?」

「がはははっ!! このままじゃ、食いっぱぐれってことよ!!」


 なるほど。

 結婚翌日にベッドをくれて、準備が良いなと思ったら――もう家の準備までしていたのね。

 私が村に帰るとき、ベンリックさんが行商のついてに迎えてくれたから……その時点で私が結婚すると見越して、材料を買っていたというわけだ。

 相手を誰と想定いていたかは――気づかなかったことにしよう。


「あの、それだったら――」


 その建材は、私の理想のために有効利用させてもらおうじゃない!

 これからの村の発展のために――


「営業所を建ててください!」

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