第6話 ベッドの中で

「――ねぇ」

「ハッ! ハヒッッッ!!」

「そんなに離れること、ないんじゃない?」

「アッ、ハィッ!!」


 返事はするものの、レフィはこちらに背を向けたまま。

 結婚生活、初日の夜。私たちは結婚祝いのベッドで、一緒に横になっている。

 夫はベッドから落ちそうなほど、端の方にいるが。


「――ツンツン」

「ヒャッ……」


 背中を指で突いてみると、レフィがビクンッと震えた。

 ……面白い。


「ツ―――……」

「ひゃぁぁぁぁっ……」

「ふふ……あははは」


 今度は背筋を指でなぞってみる。

 予想以上にレフィが変な声をあげるので、思わず笑ってしまう。


「そんな……からかわないでよ……」

「ごめんごめん」


 ようやく振り向いた夫は、猫のような困り顔で。

 その眉間や頬を、思わず指で突いてしまう。


「う―……なんで触るの……?」

「可愛いから」

「ううう……」


 レフィは不満そうに、ささやかな唸り声をあげる。いつもオドオドしてるのに、そんな顔もできるのだなぁ。

 意外な発見の連続に、どんどん楽しくなってしまう。


「レフィだって、私のこと触っていいのよ」

「ひぇっ!?」


 私の言葉に、うわずった声をあげ固まるレフィ。

 硬直しているレフィの目を、じっと見つめる。

 目が合ったままの、沈黙。私は今にも笑い出しそうだったけど、我慢くらべのように見つめ続けた。

 いつもすぐに目を逸らしてしまうレフィが、こんなに目を合わせてくるのが珍しくて。


「――っ」


 意を決したのか、レフィが息を飲む。

 そして次の瞬間、彼の手が私に触れる。


「――ふふ……あはははは」

「な、なに?」

「だってレフィ、すごい真剣な顔して、手……手……はははは!!」


 手を握っただけなんだもの!

 もうだめ! 可愛すぎて、笑いが止まらない!


「そ、そんなに笑わないでよ」

「ごめん、ごめ……うくくく……」

「もう……」


 レフィは不貞腐れて、再び背を向けてしまう。

 それでも、先ほどよりは距離が近い。


「ねぇ、アルルちゃん」

「なぁに?」


 ようやく私の笑いがおさまったころ、レフィが背を向けたまま声をかけてきた。

 返事をするも、しばらく沈黙が続く。何か言いたげに、レフィは体をモゾモゾさせている。


「本当に……ぼくで良かったの?」


 不安そうな質問が、沈黙を破った。

 レフィらしい問いかけだな。


「それは、どういう意味?」


 ゆっくりと、問い返す。レフィの肩が、わずかに震えた。

 疑問のような葛藤が、彼の中で渦巻いているのだろう。

 何を考えているか、おおよそ予想はついているけど――それは本人に吐き出させる必要がある。


「だって……エルグの方が男らしくて、他の人にも納得してもらえ――」

「ベッドの上で他の男のこと考えるな!!」


 ビクリとレフィの体が、大きく跳ね――そのまま、硬直してしまった。

 はたして今、彼はどんな顔をしているのだろう?

 かなり面白い顔に、なっていそうだけど……


「ふふふ。一度言ってみたかったのよね、こういうセリフ」

「えええ……」


 呆れたような声を出して、体の力が抜けていくレフィ。

 でもそれは安堵を含む声で、もう心配はなさそう。


「それ、ぼくが言うセリフじゃないの?」

「残念! レフィに、このセリフを言う機会は、一生ないわよ!」

「え……?」


 私はこの村で成り上がるって、決めているの。

 他の男にわき目を振るような余地なんて、ないんだから!


「私は世界一幸せになるために、夫としてレフィだけを愛するって、腹くくってきたから!」

「い……言い方…………はぁ」


 モゾモゾと体を振り向かせ、ようやくレフィが顔を見せてくれた。

 恥ずかしそうな、嬉しそうな表情で。

 再び私の手を握り、真っすぐに視線を合わせる。


「わかった、ぼくも覚悟を決める」

「ん?」


 震えながらも、視線を外さず。

 握る手に、力がこもる。


「アルルちゃんを世界一幸せにしゅるっ!」

「ふふっ」


 せっかくの決め台詞の最後をかんじゃう、私が夫に選んだ人。

 誇らしくて、愛らしくて。その顔――額に、思わずキスをする。


「なっ、なっ、なにっ!?」


 あんなに熱いことを口にしたのに、額のキスだけでレフィは真っ赤になっている。

 その全てが愛おしく、私は今――


「すっごく幸せだから!」


 これからこの村で頑張っていこう。

 この人と一緒なら、きっとうまくいく―― 


「あ――、もうっ!!」

「あだっ!!」


 急に顔を寄せてきたレフィ。

 キスを受け入れようとした額に、鈍痛が走る。

 勢い余って、頭突きになってしまったようだ。まったく……。


「ちょっと!」

「お……おかえし!」

「物理的な!?」


 不貞腐れてみるも、どちらともなく笑みがこぼれてしまう。

 もう何で笑っているのかわからないぐらい、ずっと笑顔で話し続けて――いつの間にか、私たちは眠りについていた。

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