第5話 お披露目の朝

 カンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンッ!!


「んひゃっ!!」

「ぅぅん……」


 突然の金属音で、目を覚ます。

 いつの間に、眠っていたのだろう。家の中には、日の光が差し込んでいる。

 毛布一枚で、床に寝てしまったのね。ものすごく冷え切っていて、首や肩など体のあちこちが痛い。

 レフィは……この音が気にならないのか、毛布にくるまって床にころがったままだ。


「起きな―っ!! レフィ―ルッ!! あと、でこ娘!! 居るんだろうっ!?」


 外から大声で呼びかけられる。この声は――ドリンダおばさんね。

 彼女は村一番の世話焼きなのだけど、レフィのことも気にかけてくれてたのかしら?


「は――い!! 今行きま――す!! ほら、レフィ。起きて!」

「うん……? あれ……アルルちゃ……んんっ!?」


 目覚めたレフィは、目が合うや否や動揺した。どんどん顔が赤くなっていく。

 共に一晩過ごしたのが、そんなに恥ずかしいのかな?

 実際は、魔石いじってただけなのに。


「レフィ――――ルッ!!」

「はいぃぃ!!」


 ドリンダさんの声が、更にレフィを追い立てた。

 もうレフィの顔は、赤いを通り過ぎて青くなっていく。混乱が頂点に達し、ガタガタ震えている。


「ほら、しっかりして! ドリンダさんが来てるみたいなの」

「う……うん……」


 玄関の戸口へ向かうと、鉄鍋とおたまを持ったドリンダさんが腕を組んで立っていた。

 あの音は、鉄鍋を打ち鳴らしてたのね……。


「おはようございます」

「あっ……お、ぉおはようご、ざいますっ」

「……はあぁぁ。まったく」


 私たちの顔を見たドリンダさんから、特大のため息が吐き出される。


「……まさか本当に、ここにいるなんて……」


 ぼそりと独り言をもらす。彼女は私たちの結婚に、反対なのだろう。

 本音をこぼしつつ、ドリンダさんは本題にうつった。


「村長がお呼びだよ。理由は、わかってるね?」

「はい」

「え……えっ……?」


 村長の呼び出しに、明らかにうろたえるレフィ。

 怯えた目で、私とドリンダさんを交互に見ている。


「結婚のご報告」

「あっ……ぁっ!?」


 私と動揺したままのレフィは、ドリンダさんに連れられて村長の家へ向かった。

 役場を兼ねている村長の家には、朝は多くの人が集まっている。


「コホン……さて、二人に来てもらった理由なんじゃが」


 軽く咳ばらいをして話始める、村長のホワゾンさん。その声はとても穏やかで、優しいおじいちゃんのそれだ。

 横に控えている息子のベンリックおじさんも、ニコニコしている。

 どうやら、村長一家は私たちの結婚を受け入れてくれてるみたい。


「レフィ―ル、昨夜は何があったのかね?」

「はっ、ぼぼぼぼぼくですか!?」


 レフィの顔面からは汗が吹き出し、声が震えている。

 突然の呼び出しに、頭の中が真っ白になっているに違いない。

 これは、結婚しましたという宣言をすれば良いだけの形式的な場なのに……。


「よ……夜、アルルちゃんが家に来て……魔石を――」

「結婚の申し込みにうかがい、朝までご一緒しました!!」

「たっ!?」


 素直に、出来事を時系列で話しそうなレフィ。

 横から助け舟を入れるも、レフィは恥ずかしさからか声が裏返っていた。


「ふざけるなっ!!」


 背後から突然、罵声を浴びせられる。

 振り向くと、激しい剣幕のエルグが立っていた。

 まさか、こんな場でも突っかかってくるなんて。


「アルル!! お前、本当にそんな奴と結婚する気なのか!?」

「ええ、本気よ」


 間髪入れずに答えると、エルグはさらに血が上っていく。

 いっそう荒々しい、大きな声をあげた。


「なんでそんな……仕事もロクにしない、陰湿なヤツなんだよ!! なんで――」

「人の夫を、悪く言わないでくれる!?」


 エルグって、本当に失礼だな。

 それに何よりも大切なのは、レフィは――


「女神って言ったの」

「…………は?」

「レフィは私のことを、女神さまって言ってくれたのよ」


 この答えは、エルグには理解してもらえなかったようだ。

 怒りと失望と困惑と……そういった感情が渦巻いた顔で、こちらを見ている。


「そんな……そんなことで……」

「出戻り呼ばわりした人に、そんなことって言われたくないわね」

「ぁ……アルルちゃ……」

「くっ……」


 私たちのやり取りに心配して、レフィが仲裁に入ってきた。

 しかしエルグの怒りは、鎮まることができなくなっているようで――


「俺は……お前のことを思っ――」

「あっ――」


 頭上にエルグの腕が振り上げられる。

 その手がどういう意味かは分からなかったけど、私は反射的にその手を掴み――背負い投げをしていた。


「ぐあッ!?」


 床に叩きつけられ、うめき声をあげるエルグ。

 結婚衣装のドレス姿で、おそらく村一番の体格の若者を投げ飛ばす――なんとも破壊力抜群な絵面である。


「アルルちゃん……」


 先ほどまでと一変して、やたら冷静な声のレフィ。

 宮廷魔術師は、武器種二種の習得も必修なの!

 それで体術を習得してたから、つい反射的に投げ飛ばしちゃっただけなんだから!


「うふふ、私ったら。あははは……」


 とりあえず、笑ってごまかしてみる。

 村のみんなの目が点になってるのが、ものすごく痛い。


「ぐっ!!」


 突然エルグは立ち上がると、こちらの顔も見ないでグングン玄関へ向かう。

 そのあとをベンリックさんが追いかけて、声をかける。


「おい、エルグ君。どこに行くんだい?」

「……仕事だっ!!」


 そう言い捨てると、勢いよく扉を開けてエルグは出て行ってしまった。

 ベンリックさんは指で頬をかきながら、少し困ったような顔で振り向く。


「あ――、なんだ。ちょっと騒がしくなったが、改めて。レフィ―ル君、アルルさん。結婚おめでとう」


 静まり返っていた部屋から、一気にお祝いの言葉と拍手が沸き上がる。

 思っていたよりも、結婚自体は歓迎してもらえたのかも。ドリンダさんも、不本意そうだけど拍手を送ってくれた。

 みんなのお祝いを、レフィは不思議そうな顔で見回す。呆然とはしているものの、照れや嬉しさもあるみたい。

 そんなレフィのもとへ、陽気なおじさんたちが集まってきた。


「レフィ―ル、言うときゃ言うじゃねぇか!!」

「え……?」

「あのじゃじゃ馬を、女神さまとはなぁ」

「あっ……それは……」

「カ――ッ!! 熱いねぇ!!」


 おじさんたちはレフィの背中をバンバン叩きながら、矢つぎ早に言葉をかける。

 悪気はないんだろうけど、からかうような言い方が田舎って感じだわ。

 あっという間に、真っ赤な顔のレフィが出来上がりよ。


「アルルちゃん、結婚おめでとう。とてもキレイで、力強い花嫁さんね」

「あ、イリーナお姉ちゃん! えへへ」


 イリーナお姉ちゃん――母の妹で実際の関係性は叔母なんだけど、私と歳が近くて本当の姉妹のように育った。

 両親が亡くなった後は、一人で私を育ててくれて――だから彼女の祝辞は、格別に嬉しい。


「まさか、村に帰ってきて早々結婚しちゃうなんて」

「へへへ。バタバタしちゃってごめんね」

「それは大丈夫よ。それより――」


 少し寂しそうに、お姉ちゃんは腰の前で手を組む。

 そして一呼吸おいて、話を切り出した。


「私、家を出た方がいいかしら? 新婚夫婦の家には、お邪魔なんじゃ……」

「そんな! お姉ちゃんには居てもらわなきゃ困る!」


 私が宮廷魔術師として城に入った後、お姉ちゃんがずっと実家にいたから村に戻れたの。

 こうしてレフィと結婚できたのだって、お姉ちゃんのおかげでもある。

 家を追い出すなんて、できるわけない!


「あの家を守ってたのは、お姉ちゃんなんだから。ずっと暮らして、いいんだよ」

「アルルちゃん……ありがとう。これからも、よろしくね」


 そういうと、お姉ちゃんは優しく抱きしめてくれた。

 なんというか……この瞬間が他の何よりも、ビス村に帰ってきたのだという実感が沸くな。

 この村で生きていくためにも、これから頑張らないと……。


「おう! アルル!! 結婚おめでとさん!!」


 背後から、野太い声で祝辞が飛んできた。声の主は、村で大工をしているラギスさん。

 さっきまでレフィを、バンバン叩いていたのだけど……どうやらレフィがベンリックさんに保護されたので、こちらに来たようね。


「ウチからちょっとした祝儀を用意してな。もう部屋に運んでおいたから、見といてくれ」

「わぁ――! ありがとうございます!」


 今回の結婚は急な話だったのに、お祝いをくれるなんて! ラギスさんの奥さんが、お菓子を焼いてくれたのかな?


「これからがんばれよ! じゃぁ、仕事行ってくるわ」


 軽くお祝いと挨拶をして、村の人たちは日常へと戻っていく。

 私もヘロヘロになっているレフィと一緒に、自宅へ帰ったのだった。


■■■



「こ……これは」


 自宅の私の部屋に入ると、新しいベッドが設置されていた――とても大きな、二人用のベッドが。

 なるほど……大工さんは、家具も作るからね……。

 ちなみにレフィの顔は――今日一番真っ赤になっていたのは、言うまでもないだろう。

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