第4話 レフィールの魔石加工

「けけけけ、けっ、けっ、けっこん!?」


 甲高い声が、冷え切った台所に響きわたる。

 頭を抱え、表情をコロコロ変えるレフィ。嬉しそうな、恥ずかしそうな、困ったような……。

 感情を処理しきれないとき、人はこのようになるのか。


「レフィは私と結婚したくないの?」

「結婚したいです!!」


 結婚したいんだ。

 予想外の勢いで即答したな。


「良かった~! 望まぬ結婚というのは、さすがに気が引けるから」

「いや、そうじゃなくって……そうじゃなくってね!?」


 再び頭を抱え、レフィは悶え始める。

 顔を白黒させながら、部屋の中を不規則にウロウロしてまわり……最後には泣きそうな顔で、こちらを見上げ言う。


「その……ぼくなんかと結婚して、本当にいいの? 家はこんなだし、お金もないし……」

「家は私の実家に住めばいいわ。イリーナ姉さんもいるけど、大丈夫でしょう。お金だって、そこそこ貯金あるし!」

「それにしたって……! ぼくの何が良くて、結婚す――」

「私を女神さまって呼んでくれたところ!」

「うぅっ……またそれ……」


 さめざめとしていた顔が一気に赤くなり、レフィは両手で顔を覆い隠す。

 なんだか新鮮な感覚だわ……王宮の中では、とにかく風当たりがきつかったからなぁ。

 こんなに可愛い反応なんて、絶対に見られなかったもの。同郷の人と話すのって、楽しい!


「本当に嬉しかったんだから。一生胸に刻んで、語り継いでいくわ!!」

「や……やめてぇ……!」


 情けない声を上げて、レフィはゆるゆるとへたり込んだ。

 その頭上に、魔石の小鳥が舞い降りる。羽を広げ、頭を撫でているよう。


「それに、こんな魔石の生き物を作っちゃうなんて。本当にすごいわ」


 小鳥の頭を撫でると、本物の動物のように柔らかい。

 毛並みの部分だけではなく、腹部からは鼓動も感じられる。


「……別に、何の役にも立たないよ……」

「そうかしら? 可愛いし、キレイじゃない」


 役に立つかどうかはともかく、すごい技術力だわ。

 これほどまでに精巧な魔石の加工、宮廷魔術師でもできるかどうか……。

 なにより、こんな動力や知能を持たせるなんて。


「ねぇ。この子ってどうやって作ったの?」

「え……えぇっと……あの…………こっち……」


 途中でレフィは説明をあきらめたのか、私を別の部屋に案内した。

 着いた先は、机と椅子が一つずつ置いてあるだけの簡素な部屋。

 机の上には魔石が盛られたカゴと、杭とハンマーが置かれている。


「見てて……」


 レフィは机の上に転がっている、小さな魔石の欠片をつまみ上げた。

 そして、指を使ってゆっくりと伸ばしていく。微量の魔力を通して、変形させているのね。

 魔石はスルスルと伸びていき、あっという間に一枚の羽根ができあがる。


「すごい……」


 出来上がった羽根は、本物のみたいで……。

 毛綿のふわふわした感じまで再現され、とても魔石とは思えない。


「ねぇ、私もやってみて良い?」

「うん。どうぞ」


 椅子から立ち上がったレフィは、私に座るように席を譲る。

 席に着いた私に、彼は先ほどと同じくらいの魔石の欠片を選んでくれた。

 魔力を込めて魔石を触ると、意外なほど柔らかく簡単に伸びる。


「んん……」


 はじめは簡単そうに感じた加工作業も、厚さが薄くなるにつれ難しくなっていく。

 明らかに割れそうな感覚が、指先にヒシヒシと伝わってくるのだ。


「ん――……あぁっ!! ダメッ、ここが限界!!」


 伸ばしていた魔石から、魔力を送っていた指を放す。

 一応、羽の形には出来たが……素人の彫り物のような代物である。

 レフィの羽根とは、似ても似つかない。

 

「初めてで、そんなに出来るなんて……さすが、アルルちゃんだなぁ」

「そ……そう?」


 それでも、レフィは素直に褒めてくれた。

 私の作った羽根を手に取り、出来具合を確認している。

 羽根一枚で、こんなに大変なんだから……魔石の小鳥が出来上がるまで、どれほどかかったのだろう?


「レフィはここまで出来るようになるのに、どのくらいかかったの?」

「うーん……三年くらい?」

「さっ…………」


 このビス村で、三年――


「あ、でも動くようにするには、五年くらいかかったかも?」

「なる、ほど……?」


 思わず、声がうわずる。

 それはそれは……村の人たちに、気味悪がられるワケだわ。

 人手も金銭も貧しい村で、お金にならないことを続ける人間を養う余裕はないだろう。

 だがレフィは、我を通して魔石加工に打ち込んでいた。

 これは、どう評価したものか――


「――私には、とても続けられることじゃないわ。レフィだから、ここまで極められたのね」

「え……あっ……ありがとう……」


 すごい技術なのは、間違いない。この村の、運命を変えるほどに。

 だけど、それをどうすれば――


「……もう少し、続けてみてもいい?」

「うん。だったらこの石とか――」


 これからのことを考え、魔石に魔力を込める。

 夫婦となる、朝を待ちながら――

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