第3話 婚礼の食事

「はい、お茶どうぞ。これを飲んで待ってて」

「あ……ありがとう……」


 まだ呆然としているレフィに、ひとまずお茶を飲ませる。

 その間に、私は食事の準備を進めた。

 テーブルの上にバスケットを包んでいた布を敷き、食事を並べていく。

 食事といっても、ちょっと贅沢な夜食程度のものだけど。

 パンとハムとチーズと……あとは果物を少々。


「そういえば、この子は何を食べるの?」


 食卓の中央に、魔石の小鳥がちょこんと鎮座している。

 ぼんやりと光っているのが、燭台のようで可愛らしい。


「ああ……えっと……」


 レフィはガタガタと、戸棚から小さな瓶を取り出した。

 瓶を開け、フタをお皿の代わりにして中身をのせる。フタにはキラキラとした粒がひろがっていく。

 どうやら、魔石を砕いたものみたい。魔石を差し出された小鳥は、すごい勢いでついばんでいる。


「さぁ、私たちも一緒に食べましょう」

「い……いいの?」

「もちろんよ」


 レフィはおずおずと席につき、私と料理を交互に見ている。

 私はワインをグラスに注ぎ、お互いの前に置いた。


「久々の再会に、カンパイ!」

「か……カンパイ」


 グラスを掲げると、こちらにならってレフィもグラスを交わす。

 率先して私が食事を始めると、彼もようやく食事に口をつけた。

 ほどなくして、レフィから小さな笑い声がこぼれる。


「なに?」

「うん……本当に、アルルちゃんなんだなって。それ……」


 レフィは、私の持つパンを指さした。

 笑いをこらえながら、理由を説明しようとする。


「パンに、ハムとイチジクをはさんで食べてる」

「この甘じょっぱいのが、美味しいのよ」


 なんだ、そんなことか。あまりに笑うから、もっとすごいことかと思った。

 そういえば子供のころ、変な食べ方をするなって大人たちに怒られてたっけ。

 美味しいから、やめる気はないけど。


「レフィだって、相変わらずなんじゃない? 家がこんなになってて」

「ははは……返す言葉もない……」


 子どものころから、レフィは好きなことに集中しすぎる人だった。

 寝食を忘れ、まわりも全く見えなくなってしまうほどに。

 つまり家が崩れていようがお構いなしで、何かにふけっていたのだろう。


「ふふふ……あははは」

「そんなに笑わなくっても……へへへ」


 思い出話で勢いづいて、お互いすごい勢いで話始めた。

 とても楽しくて、食事も会話もどんどん進んで……十年以上も会わなかった時間が、あっという間に埋まっていく。


「そんなキラキラした綺麗なベベを着てるから、てっきり……」

「女神様と見間違えちゃったの?」

「……うん」


 ニコニコ笑っていたレフィが、少し恥ずかしそうに目を逸らす。

 自分から言い出したのに……でも困った顔をしているのが、なんだか可愛い。


「ふふ……女神さまって呼ばれて、実はちょっと嬉しかったんだ」

「そうなの?」

「だって……」


 今朝、村に帰ってきてから散々な言われようだったからなぁ。

 村の人たちは、言いたい放題の小言祭り。

 やれ、村娘に宮廷魔術師なんか務まらなかった。

 もう嫁の貰い手もないだろう。

 今更戻ってきて、これからどうするのか。

 誰よりも面と向かって罵倒してきたのは、同世代のエルグだった。


「エルグなんて私のことを、出戻り呼ばわりしたのよ!」

「そうなんだ……」


 出戻りの貰い手なんていなだろうから、俺が結婚してやる……なんて言ってきて!

 本当に失礼しちゃうわ。

 誰と結婚するか、私にだって決める権利があるんだから!


「村の人はみんな、アルルはもう村に帰ってこないって思ってたから……その……嬉しかったのかも……」


 私の苛立ちを察してか、レフィが気遣ってくれている。

 別に彼が悪いわけではないのに、なんだか申し訳ない。

 なんとか気持ちを落ち着けなきゃ……。


「それにしても、本当に綺麗なベベだなぁ。王都の人たちは、そんなべべを着てるんだね」


 続いてしまった沈黙を埋めるように、レフィが会話を切り出した。

 彼はほとんど村を出たことがないから、よほどドレスが珍しかったのだろう。

 思い返してみれば、レフィが村に来てから結婚した人、いないのよね。


「やだもう! これは私の、とっておきのドレスよ」

「……へ?」


 きょとんとした顔で、レフィは私と料理を交互に見る。

 彼も、村の婚礼について理解しているようね。


「私、結婚を申し込みにきたの!」

「えええええ!? じゃ……じゃあ、この食事は……?」

「婚礼用の食事よ」

「ひえぇぇぇぇ!?」


 ガタンッっと勢いよく立ち上がると、レフィはバタバタと台所へ向かった。

 慌てた様子で、戸棚という戸棚を開けて回っている。


「なななな、何か代わりの食べ物を……!?」

「ちょっと、落ち着いてレフィ! 何してるの?」

「だ……だって……」


 とても青ざめた顔で、私の顔を見るレフィ。

 まぁ、何を勘違いしているかは想像がつくんだけど。


「これから、エルグの家へ行くんだろう……? ぼく、その、こんなに食べちゃったから……」


 レフィの口から勘違いの答えが出ると、途端に笑いが込み上げてきた。


「ふふ……あははははっ!」

「え? え?」

「これは、レフィが食べていいのよ」

「へ?」


 状況を理解できず、レフィはまだ混乱している。

 コホンと咳払いをして、私は彼の目を真っすぐ見て言った。


「レフィ、私はあなたと結婚したいの」

「あっ、なんだ……そういうコト……」


 よかったぁっと、レフィは胸をなでおろす。

 でも、落ち着いたのも束の間で――


「ええええええええええ!? アルルちゃん一体何考えっんんっ……」


 あまりに大きな声で驚くレフィの口に、私は人差し指を当てた。

 話は、まだまだこれからなんだから!


「朝まで、よろしくね?」

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