第2話 神話の真実
「まぁ、実話とはいえ、この絵本はあくまでもこの地に住まう者たちの視点じゃ。故にご主人様たちにとっては身に覚えのない内容で溢れ返っておる事であろう?」
「うん、もうほぼ全部」
「ねー」
「というわけで此処は一つ、絵本の視点を〝この地に住まう者たち〟から〝ご主人様たち〟へと置き換えた際の例を一つ挙げるとするかの」
「うむうむ! 例を聞けばご主人様たちの疑問もきっと解決すると思うのだ!」
確かに、一見すると身に覚えのない話でも、視点が変われば見え方も違ってくるものだからね。
「それじゃあ、お願いします」
「しまーす」
「例えば……あぁ、そうじゃ。かつてアルム様はこの地を脅かす者共が現れる度にその尽くを蹂躙しておったであろう?」
「あー、懐かしいね、やったやった! 何てったって、あの頃はシスティレシアの環境がそのままラティナの命に直結しちゃうような状況だったからね。だからこの地の環境を害そうとする奴らに対しては、それはもう徹底的に蹂躙してたよ!」
私は〝ふふんっ!〟とドヤ顔をキメながら最愛のラティナを更に抱き締める。
実はあの頃のラティナは重度の病弱・虚弱体質で、システィレシア――それも最奥地の以外の環境では生きることの出来ない程に繊細な身体の持ち主だった。
そんな当時のラティナにとって〝システィレシアの環境が少しでも変化する〟という事象はそのまま〝体調を酷く崩してしまう〟ことに直結してしまっていた。
なら私がやるべきことは決まっているよね。
まずはこの地の環境を維持する為の植林活動!
そして、この地の環境を害そうとする奴らに対する可及的速やかな蹂躙活動だ!
これら二本柱によって当時のラティナの体調をほぼ健やかな状態で維持していた。
「ふふっ。実はの、アルム様のその行為が結果としてこの地に住まう者たちをも守護する形となっておったのじゃよ」
「私の蹂躙活動が!?」「ほへぇ」
「うむ」
「その蹂躙活動、見方を変えると〝この大森林を大切にしている限りは豊かなこの地に住むことを許され、更にはこの地を害する様な行為をする野蛮な者共から身を守る事すらも出来る〟とも捉えられるのだ!」
「なんと!」「おー!」
まぁ、確かに捉えようによってはそう言えなくもない……気がしてきた!
現にかつての私はこの地の環境を害さない生命たちの存在は気にも留めること無く完全スルーしていたわけだし。
ちなみに私は植林・蹂躙活動の際は最奥地から出てきていた。
とはいえ、早急に事を済ませて速攻で最奥地で待つラティナの元へ戻っていたから、その際に誰かと関わりを持つ機会なんてのもほぼ無かったんだけどね。
「加えて、アルム様という存在そのものがこの地で悪事を働こうとする者共への抑止力ともなっておったのじゃ。もっとも、アルム様の蹂躙は飽くまでこの地の〝環境〟が害されそうになった場合にのみ行われておったわけじゃが――その徹底ぶりを偶然にでも目の当たりにすれば、この地で悪事を働こうと考える者共は必然的に去ってゆくというものじゃよ」
「結果的にこの地には争いを好まぬ者、且つ自然を愛する者たちが多く集い、穏やかに暮らしていく道を切り開いて行ったのだ! 客観的に見ればこの一連の流れこそまさに〝絶対的な安住〟の享受! うむうむ、まさに絵本に画いてある通りだのう!」
「だって! お姉ちゃんすごいね!」
「そっ、そうかなぁ……えへっ、えへへ」
まさか〝ラティナの為〟だけに行っていた行為が、私たちの知らないところでそのような結果をも同時に齎していたとは驚きだった!
それと同時に、〝最愛のラティナ〟と〝家族であるショコラとミルフィ〟以外の全てが等しくどうでもいい存在として映っていたあの頃の私の行動によって守られていた命が沢山あったとは何とも皮肉な事だとも若干思ってしまう。
「まぁ、その様な感じでな、ご主人様たちにその気が全く無くとも、結果的にはこの地に住まう者たちに慈愛や寵愛を与える形となっておった行為が沢山あるわけじゃよ」
「〝見る者の視点が変わればその行為の見え方も変わる〟というやつであるな!」
「「ほへぇ」」
「それに、この地に住まう者たちの暮らしは最早ご主人様たちの存在あってこそのものじゃ。そんなご主人様たちという存在を敬愛し、やがて崇拝し信仰してゆく流れとなるのも必然であると言えよう」
「こうしてご主人様たちはこの地の皆の〝主〟にして〝象徴〟にして〝王〟となった――というわけなのだ!」
「はへぇ」
「私たちの知らないところでそんなことが――」
二人が今話してくれた内容は絵本で言うところの〝絶対的な安住の享受〟という部分に対してのものだった。
ということは、絵本の内容のその他全てに対しても今みたいな感じで私たち視点の裏話があるのだろう。
そして二人の話を聞く限り、その裏話の全ては〝私たちの為だけの行為〟だったものが巡り巡って〝この地で暮らす生命たちへの慈愛や寵愛〟になっていた――という内容なのだと思うけど、その辺りの裏話については私たち自身で実際に調べてみるのも面白そうだからお楽しみに取って置くとしよう。
ともかく纏めると、そんな感じで知らないうちにこの地で暮らす生命たちからの好感度を稼ぎまくっていた結果、私たちは皆に愛され祀られる〝主・象徴・王〟のような存在となってしまった――ということらしい。
「どうかの? 疑問は粗方解消されたかの?」
「「うん!」」
「それはよかったのだ!」
ちなみに〝主・象徴・王〟の三択だったら、温かみがあって柔らかい感じがする〝システィレシアの主〟って呼ばれ方が一番好きかな!
もっとも、私たちをどう呼ぼうとその生命たちの自由だけどね。
それに、この三択以外だとしてもラティナを中傷するような呼び方じゃなければ私は特に気にしない。
「ところでさ、二人ともさっき〝失念してた〟とか〝忘れてた〟とかって言ってたけど、あれって結局何のことだったの?」
「あぁ、丁度あの時に、お手製絵本の読み聞かせを始める前にする予定であったご主人様たちへの事前説明を失念しておった事に気付いたのじゃよ」
「事前説明……というと?」
「ほれ、そもそもご主人様たちは神域故に誰も立ち入らぬ最奥地で長年暮らしておったうえに、つい今朝まで長い眠りに就いておったであろう?」
「「うん」」
「そうなって来ると、ご主人様たちはこの地に住まう者たちと交流する機会自体が無く、同時に自らがどのような存在として見られておるのかを知る機会自体もそもそも無かったという事になってくるわけじゃ」
「「うんうん」」
「つまり! そんなご主人様たちへ向けていきなり〝この地に住む者たち視点〟で画いた絵本の読み聞かせ会を開催したところで、初めから実話だと思って貰えるはずがなかったというわけなのだ!」
「そうならぬ様、前もって〝この地に住まう者たちにとってご主人様たちがどの様な存在なのか〟などを説明する事で混乱を防ぐ手筈だったのじゃが――久方ぶりに目覚めたご主人様たちと過ごす時間が非常に心地良くてのー。それに釣られて説明をすっかり失念してしまったというわけじゃよ」
「わらわもなのだ!」
二人に〝一緒に過ごす時間が心地よい〟と言って貰えて凄く嬉しい!
そんな温かい家族との時間をこれから先も大切にしていきたいと改めて思う。
それはそうと、この事前説明云々の話……どこか引っ掛かるんだよね。
具体的に何がとかは説明出来ないんだけど、何か違和感があるというか……。
……あっ、そういえば〝失念した〟って言ってた時のミルフィ、不自然に微笑んでたような気が――
「――もしかしてだけどさ、実はミルフィ……わざと事前説明しなかったんじゃないの? ショコラは一旦置いておくとして」
「あー! アルム様酷いのだ!」
「ラティナもそんな気がする!」
「ラティナ様まで!?」
「さて、どうかの♪ ただ、事前に伝えるよりも何かと盛り上がった事であろうし、何より〝さぷらいず感〟というものが増した様な気がするであろう?」
「うん!」「それはそう!」
「あれ、ミルフィはわざとだったのだ? 共に仲良く忘れてたわけでは無かったのだ!? もーなのだー!」
「ふふっ、良いのー和むのー」
なるほど、ミルフィのことを両手でポカポカしているショコラは以外と弄られ役で、一方のミルフィは案外お茶目さんなのかもしれない。
そんなことを思いつつ、私たちは目の前で繰り広げられている微笑ましい光景を眺めながら思わず頬を緩ませた。
さて、一通りこの温かな余韻に浸ったところで――
「ねぇねぇ、私たちってこの地の生命たちの為に何かした方が良いのかな……? ほら、一応はこの地の〝主〟なわけだし……?」
――私は微かに気になり始めていたことについて聞いてみることにした。
というのも、私たちは知らず知らずのうちとはいえ、この地の主という立場になってしまっていたわけだ。
という事は上に立つ者として何かしら行ったりした方が良いんじゃないかという杞憂が、私の頭のほんの片隅に芽生えてしまっているわけで――
「特に何もせずとも大丈夫じゃよ」
「あっ、そうなの?」
「うむ。何せ極論言ってしまえば、この地に住まう者たちが勝手にご主人様たちという存在を頂点に置き、勝手に崇拝し信仰しているだけに過ぎんからのー。勝手にやらせておけば良い」
「本当に極論だね!?」
何かミルフィが元も子も無いようなことを言い出した!
「じゃが、事実そうであろう?」
「それはそう」
「ふふっ。まぁ実際のところな、ご主人様たちは存在してくれておるだけでこの地に住まう者たちの心の拠り所となっておる。即ちそれは〝システィレシアの主〟としての役目を既に果たしておるということ。故に、ご主人様たちは何も気にせず自由気ままにしておるだけで良いのじゃよ」
「いわゆる〝生きてるだけで偉い〟という奴なのだ! ご主人様たちは生きてるだけで偉いのだー!」
「そっか。それじゃあ私たちは特に何もしない!」
ミルフィから詳しい話を聞くに、私たちという存在そのものが主としての務めを既に果たしているらしい。
だとすると、確かに私たちが何かをする必要性は現状ないと言えそうだ。
だったら何もしないに限る!
だって私たちって率先して上に立って何かするような柄じゃないからね。
況してや王として為政者の真似事なんてのも以ての外だ。
物凄く面倒臭い! 今の私たちの売りは〝自由〟なのに!
よし、私たちは〝君臨すれども統治せず〟――つまりは〝上に立つは立つけれど、本当にただ立ってるだけ〟というスタンスで行こう。
この言葉の正しい意味合いなんてのは知らないけど、少なくとも文字列だけ見るならばこれ程までに相応しい言葉は他に存在しないはずだ!
と、まぁそんな感じで、私の頭の片隅に芽生えた微かな杞憂は跡形も無く霧散していった。
ちなみに先程からラティナの声が聞こえない原因は、手持無沙汰な私がラティナの頬っぺたを両手でむにむにしているせいだと思う。
むにむに……むにむに――
むにむにむにむにむにむにむにむに――
あぁ……なんて柔らかい頬っぺたなんだろう……。
このまま食べてしまいたい――
「はむっ!」
「うみゅ」
んー! 温かもちもちで良く伸びる!
「ふふっ。あと一点、ついでに伝えたい事があるのじゃが――」
「「んむ?」」
「ほれ、ご主人様たちが長い眠りに就いておった間、わしらが代わりにシスティレシアの守護や管理を担っておったであろう? その件なのじゃが――」
「これが結構楽しくてのう! 初めの内こそわらわたちの力量不足故に何かと大変であったが、今では楽しく熟せるようになったのだ!」
「最早わしらの趣味のようなものじゃな」
「うむ!」
「「ほへぇ……」」
そう……あれは、私たちが長い眠りに就く直前のこと――
私たちは強烈な眠気で薄れゆく意識の中、人化が可能となり初めて会話での意思疎通が出来るようになった二人に対して――
『出来ればこの大森林を守っておいてほしい』
――的なことを言い残していた。
結果、〝守護・管理〟という言葉だけでも大変そうな役目を二人に長期間強いるような形となってしまっていて、ひたすらに申し訳ないやら頭が上がらないやら……。
「さて、本題はここからでな。このシスティレシアの守護や管理――その全てをわしらが正式に請け負おうと思うのじゃ」
「えっ、いいの!?」
「というのもな、ラティナ様が元気な身体となった今、ご主人様たち自らがこの地を是が非にでも守り抜く必要性というのは最早無くなったと言えば無くなったであろう?」
「それは……まぁ、確かにね」
そもそも私がこの地を守り続けていた一番の目的って、システィレシアの環境以外では生きる事が出来なくなってしまったラティナを守る為だったんだよね。
だけど見ての通り、現在ラティナはこんなにも元気になってくれている!
そうなってくると、私たち自身が是が非にでもシスティレシアに執着しなければならない理由というのは必然的に無くなって来るわけだ。
一番の目的だけに絞って語るならば、だけど――
「一方、ご主人様たちがこの地を我が家の様に愛しておるという事もわしらは知っておる」
――そう、それ!
元はラティナの為だけにこの地を守っていたわけだけど、長年住んでいたら流石の私でも愛着というものが湧いてくる。
加えて元々私たちは豊かな自然というものが大好きだ。
それもあって、今ではすっかりこのシスティレシアが大好きな場所となっている。
私たちにとっての〝家〟であり、我が家にとっての〝庭〟であると呼べる程に!
「というわけで、ご主人様たちがこの地を守っておった一番の目的――その根幹が無事に解決された今、これからは代わりにわらわたちがこの地の守護や管理をしていくのだ!」
「ご主人様たちの愛するこの地を守る事こそが、今のわしらにとっての一番の目的であり、同時に使命でもあるからの♪」
「だからな、ご主人様たちは何も憂うこと無く、ようやく手にした本当の意味での〝自由〟を何の柵にも囚われることなく、とくと謳歌するがよいぞ!」
「何せご主人様たちの幸せこそがわしらの幸せじゃ。面倒ごとは全てわしらに任せ、ご主人様たちは自由気ままに過ごすとよい」
「「おぉ……!」」
少なくとも私たちよりはしっかりしている……はずのこの二人がシスティレシアを守ってくれるのならば、これ程までに頼もしいことはない!
「だけど、本当に任せちゃってもいいの……?」
「無理してない?」
「全然してないのだ!」「なに、遠慮など不要じゃよ」
「それじゃあお言葉に甘えて、システィレシアの守護管理は二人に正式に二人に任せることにするよ」
「ショコラ、ミルフィ、お願いね」
「うむ、任されたのだ!」「任されたのじゃ」
斯くして、これからは原初の最高位精霊さんである二人が正式にこの地を守ってくれる運びとなった。
これで私たちの愛するシスティレシアも安泰だね!
「あっ! でもね、楽しみながらだよ!」
「そうそう、楽しくなきゃ辛いだけだからね」
「なに、既に十分楽しみにながら行っておるよ」
「うむ! だからこその〝趣味〟であるからな!」
「そっか!」
何事も楽しくなければ何の意味もない。
その点でも二人ならば大丈夫そうだ!
「――して、ご主人様たちよ」
「ご主人様たちよ!」
話が一段落したところで、二人はおもむろに押し倒された状態のまま寝っ転がっている私たちの方へと再びにじり寄ってくる。
そして――
「わしらが作った絵本、どうじゃったかのー♪」
「どうだったかのう! どうだったかのう!!」
「「むぎゅっ!」」
――先程よりも高い跳躍からの二人分のダイブをかまされて、私たちはものの見事に押し潰された!
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