第三話 求職

2025年12月8日『日本連邦共和国・関東州東京特別行政区、神田職業安定所』


『日米両大統領、真珠湾で共同声明』

『南西州公爵(天皇家当主)、連邦の安定と八紘一宇を訴える』

『北海州・東北州、仙台で合同軍事パレード。保守派ソ連政府要人も参席』

『四国州政府、戒厳令布告。民族対立激化』

『国連中華地域代表、米・ソ両国の日本介入非難、米ソ抗議、国連拍手喝采』

 反共記念日(8月15日)に終戦記念日(9月2日)、そして今日と建国記念日(4月28日)。

区切りとなる日は毎年同じようなタイトル、内容のニュース、いや、オールズが、セル(携帯電話)の画面で、がなり声を上げる。

 毎年毎年、逢って、喋って、見せつけ、殴りつける。会談、声明、パレード、暴動。

これが、1941年以来、かれこれ84年間続いてきた、殆どかわらない年中行事だ。

会う相手がナチスから米ソになったこと。声明を出すのが大臣から大統領になったこと。見せつけるのが帝国軍でなく、ボリシェヴィキの衛兵になったこと。殴る相手からアメリカ人とイギリス人が消え、逆に多種多様な日本人が追加されたこと、中国人は未だ殴られること。

それを除けば、戦時から全く変わっていない。

 ローカルニュースを見れば、毎日のように載っている、「帝国党」やら「日本蜂起軍」と名乗る極右に殺された華人の名前。前線の兵士ならわかる、州境線に張り付く仙台のパレードと同様の規律をもった東北州の共産政府軍。BBC West Japanに毎週日曜に掲載される公爵の寄稿文。

それをさも、昨日今日で、反共記念日だから、終戦記念日だから、建国記念日だから、リメンバー・パールハーバーだから————だから、突然起きたことだと報道する。

 この国のメディアは、大本営やプラウダよりマシなだけで、根底や性質はそれらとなんらたがわない。カタロニアのオーウェルや、アジェンデの声を最期まで流したラジオ局のようなジャーナリズムは一切存在しない。

 古かろうが新しかろうが、中央政府にとって都合の良い情報を持ってきて、それを今まで報道してきた『真実』と矛盾の生じぬよう調整する。

元々あった純粋な一次情報を『社説』や『コメンテーター』で、アジテーションに変える。

 そのような手法を、カフェインと香料、炭酸と砂糖、カラメルが入っただけの飲料を、『コカ・コーラ』と、清涼飲料の代名詞として売り込むようなマーケティングを、実世界でやるのがこの国のメディアだ。


 私は一つ溜息をつき、駄文とヒトラーのなり損ないを映すセルの電源を切った。天井のモニタに目をやる。まだかかりそうだ。

 今日もどうせ駄目なんだろう。そう悲観的になりながら、ポケットからソフトケースを取り出す。『New order』と書かれたケースを指で叩き煙草を一本。口で咥え火をつける。

自宅なら天井に向かって揺れ昇る紫色の煙も、ここでは霧の中に消える。

ふと、No smokingと書かれたポスターが目に入ったが、途中で消す気にはなれなかった。

 そもそも、字が黄色く染まっている時点で、窓口の人間ですら右手にはペン、左手にはラキスト、チェリー、パシフィック、ローズベルトといった具合なのだから、禁煙などあってないようなものだ。それに、あと何日吸えるかわからないバージニア葉の、一箱60JPドルの煙草を無駄にしたくなかった。

 ソフトケースを、紺色のそれをそっと握ったあと、切り口からあと何本あるか確かめる。

10本。前は一日二本だったが、最近は大体四本。そうなるとそろそろ切れる。買いたしが必要だが財布が淋しい。買えないことはないが、現状、残り僅かの貯金から、約2000JPドルから煙草代を捻出するのは厳しい。既に来月の家賃を払えるかも怪しいのだから。

 今日面接を取り付けること、それは諦めてはいる。だが、それでも次の職に繋がるような、そんな成果、紹介でも情報でも……兎に角、再就職のため何かを得なくては……煙草代の為に、何より、家賃、食費の為に、腐っていても、末法であってもこの連邦で生き続けるために、そして、弟の所在を、せめて生死だけでも知るために、弔うために。

 そう、物思いに耽っていると、天井のモニタが私の番が来たことを、埃を被ったスピーカーのザラついたアナウンスと共に伝えた。

「受付番号Z13番、篠原ユリヤ。6番でどうぞ」

 私はフィルター近くまで吸ったNew orderをそっと椅子の肘掛けで消し、立ち上がった。


 黄ばみと飛沫で薄汚れた防弾ガラス。その向こうにいる職員は手元の紙を見ながら、ここ数ヶ月、他の職員がしたのと同じような、難儀といった表情を浮かべていた。

「篠原ユリヤ、2006年6月22日生まれ、出生地は北海州・釧路区、現在19歳。最終学歴は『官立高崎孤児初等・前期中等教育校』。卒業後は『連邦・戦闘教育所』に在籍。対テロ・野戦過程修了後、『日本連邦陸上自衛軍・第三師団歩兵第三十六戦闘団』に所属。2022年9月1日に少尉昇任。そして、2025年8月21日に不名誉除隊……」

 職員が一度黙りこみ、履歴書を放りなげる。

「何か資格とかはお持ちですか?」

「重機免許を一通り、あと火器も」

それを聞くと、職員はまた黙りこみ、更に難しい顔をした。

「ええと……大学とか専門学校じゃなくても、何か技術校を出たとか、そういうのはないですか?ここに書かれてる以外で」

「いえ、特には。中等教育と戦闘教育のみです」

 これ以上何も言えなかった。私も職員も黙り込む。

職員が手元でタブレット端末を操作しながら、しきりに履歴書を見る。いじって見ては顔を曇らせ、またいじっては唸る。それを数度続けたのち、職員が話し始めた。

「出生地は北海州とのことですが、そちらでは何歳まで居住されていましたか?」

わかってる癖に。そう思いながらも私は答える。

「2013年までです」

手詰まり。そう思っているのだと、そう結論付いたのだと、あからさまに分かる表情を職員が浮かべた。

「そうですね……あくまで提案なのですが」

 一瞬、言葉を詰まらせ、しかし次第に滔々と、流れ作業のような口調で、虚偽の提案、片道切符の発券手続き、その一切に罪悪感などないといった調子で口を切った。

「連邦政府は地方支援、活性化の一環として、移住者に出生地への、出身州への帰郷を推進しています。連邦政府からの支援給付金もあります。一度、考えては如何でしょうか?」

職員の提案に応じる気はなかった。釧路に帰るなど、北海州に行くなど、そんなの自殺行為だ。脱東者の、それも軍役経験者への扱いなどわかりきっている。

 適当な罪状をいくつもこじつけられ、列挙され、形式的な裁判にかけられ、そして最終的に収容所に送られる。それがオチだ。そんな目にあうのだけは御免だ。

 私は敬語を保ちながら、しかし、刻と拒絶の意思を含めた返答をする。

「結構です」

 職員に驚きや、意外といったものはなかった。その代わりに、これも他の職員がしてきたのとよく似た、悩むような仕草を見せた。

フィルターを下にしたローズベルトで数回、テーブルをたたく仕草を。

特に吸うわけでも、葉がこぼれそうなわけでもないのに、じっと黙りこくり、悩まし気に煙草でトントンと軽くテーブルを叩く。

 職員が灰皿に煙草を置き、テーブルの上で、軽く両手を組みながら体を前のめりに、私の方へ傾け、私に諭すように話し始めた。

「篠原さん、失礼ですが、もう関東州に働き口なんて殆どないんですよ。需要に対して供給が多すぎて」

先ほど放り投げた履歴書を捲りながら、若干申し訳なさげに、

「それに、あなたのような経歴の、つまり、後期中等教育を受けていない軍人、特に北海州からの移住者の軍人が再就職するのは、非常に難しい状況です」と。

そして、わざとらしい憐憫を、同情を浮かべながら格式ばった、演技くさい身振りでサッカリンのような、粗悪で作られた甘言を吐く。

「篠原さん、あなたの考えはわかります。でも、ここに留まるより釧路に帰る方が貴方にとっていいと、私はそう強く思います。政府からの援助もあります、州政府にも就職先を提供してもらえるよう働きかけをします。トラウマはあるでしょう。けど、今の北海州はもう、昔とは違って、とてものどかで移住者にも寛容です。どうです?一度考えてはいただけませんか……?」

 話はそこで終わった。私はまた同じ言葉を、前より語気を強く、「結構」と一言。拒絶を示したのち、安定所を後にしたのだった。

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