オムツ体験をしてもらいます!
明鏡止水
第1話
それはわたしが無職の時。はっきり言って高齢者は避けたい対象だった。前職であまり良い思い出が無かったし。
しかし、わたしは求人の多さと連日落ちていく面接から逃れる為、いよいよ介護の道を選び取ることになる。女社会で辛いだろうと周りに言われます。
わたしだって嫌です。
介護が苦手だった理由は実際に介護職についていた父から食事中に「今日はお股の黄色いおばあちゃんを洗ったよ、なんで見栄張ってTSUBAKIとか高いシャンプー置いとくんだろうなあ」とお酒を飲みながら父の愚痴に付き合わされたこと。それから職場での若者への陰湿なイジメを嫌と言うほど聞かされてきた。
「俺のいるところは入った新人は一年間、マスクつけちゃいけねえんだ」
今だったら、もう、コロナを鑑みると軽い暴力に感じる。コロナ・ハラスメントとか名付ければ良いか? マスクハラスメントか?
そう言うご時世じゃなかったにしても意味不明な根性論マスク禁止令である。
まあ、十年以上は前の話だ。
また、うつ病を患っていてフリーターしか道のない私にかかりつけのプライドの高そうな女医が「介護は〜?」と提案してきた時に怒髪天を突いた。
介護現場がどんなところか知っているくせに、私のような病気で高校を留年していたり、職に迷っている人間をとりあえず介護に回す。きっと行ってみれば看護師と介護士、医師の連携なんてなく地獄絵図。
そんな十年ほど前の苦い経験から、なぜ、介護にわざわざ。准看護師でもなんでもとにかく看護師になりたくて受験するも落ち、眼科クリニックで正社員になるも三回のパワハラで統合失調症になり、三年ほど寝ていたらコロナが流行っていて。気づけば三十二歳。
わたしの二十代は終わっていた。
転職や正社員は厳しい。病気もあってそもそも動けない。しばらくは作業療法士のお世話になって内職のようなものをしていた。
一年のうち早朝コンビニアルバイト、寿司屋のアルバイト、六ヶ月は派遣でシリンジポンプのリアカバーの組み立て。そして、初めての一人暮らしから派遣切り。一ヶ月で急に切られた。その時もうつ状態だった。
わたしは運転も苦手で遠くの工場へも通えない。
そんなことをたらたらと書いている場合ではない。
オムツ体験だ。
話は介護に戻るが、わたしはハローワークでハロートレーニングを受けることにした。
だが、その前に選考があった。クリアした。
真夏だった。
わたしのコースの人たちはどの人も熱心で社会人経験もしっかりあって、主婦の方も多い。家族の介護から、元々の職歴から学ぶ人もいる。
自分だけが異質な気もしたが歩んできた道はこう言うわけなのだから仕方ない。
個性豊かな面々の話をプライバシーの関係でここに載せられないのが残念だ。
担任の講師からカリキュラムの説明などがあり、どんな授業があるか教えてもらった。
とある先生の授業では、高齢者の気持ちを理解する為、紙オムツの着用と、実際の、使用があると。
ふーん。
である。
紙オムツ体験か……。それくらいの感想しか思い描かなかった。
そして、紙オムツ担当の先生が十月十八日。
とうとうひとりで沢山のキャスター付きの机と、その上に乗せる数多の種類の紙オムツを用意した。
「では、みなさんに、紙オムツで用を足してもらいたいと思います!……って、言われて、みなさんどう思います?! そのとき! その時の感情を忘れないで!」
わたしはもう担当講師から授業のネタバレをくらっていたので「やってもらいます!」→「しよ」くらいのドライな気持ちでオムツに用を足す気満々でした。
場所は好きなところでいいらしい。リビングでもいいし。大なり小なりお好きに。
しかも昔は学生にやってもらってレポートを出してもらったけれど、いまはいしていないらしい。でも、もし、よければ感想を聞かせて、と。やるかやらないかは、もう、ほんとうに、みなさんにお任せします。
そういう真摯な講師でした。
やってもやらなくてもいいなら、と二十人近い訓練生のうち、四人くらい以外はすぐにいつもの教室へ帰っていきました。パンツタイプや尿取りパットタイプがあり、わたしは尿取りパットタイプを選び、講師に貰っていく旨を伝えました。
さて。
わたしは果たして尿取りパットで高齢者の気持ちがわかるのか。
自宅に帰り、考えました。家には誰もいません。いたとしても排尿、排便の旨を懇切丁寧に伝えるだけです。
また、講師はこうもおっしゃってました。
できれば誰かに拭いてもらって。
母に頼むかなー、と腕組みをしながらリビングでうーん、と考える。場所を選ぶことにした。どのみち母の帰りは遅い。
リビングで排尿したとして、それが癖になってお漏らしするようになったらどうするんだ?
そう考えたわたしはトイレで「紙オムツ体験」をすることにしました。
令和五年。
十月十八日、水曜日、午後十八時四十分頃。
ピンクの、夜用ナプキンのような尿取りパットをサニタリーショーツにつけようとしました。その時のわたしは生理終わりかけだったのです。少し月経血のついたナプキンを丸めてトイレットペーパーでくるんで捨てます。ナプキンは汚物。開いたりしてはいけない、と小学校で教わった気がする。わたしの間違いかも。
ところが、さて。尿取りパットのシール面はとても小さくて、ナプキンのように全体がシール状態になっていない。500円玉が正方形になったくらいのシール面でした。
ズレないか心配でしたね。
更に、わたしは驚くべき行動をします。尿取りパットを装着はしましたが、ズボンと下着を下げたまま、トイレの汚物入れの掃除を始めたのです。
汚物入れが汚い音に聞こえるならサニタリーボックスですね。その間ずっと尿意を感じていてトイレ内で漏らすかと思いました。
講師が心配してくれていたのですが、出そうと思っても出ないで膀胱炎になることもあるから、そこだけはほんとうっ、無理しないで! と。
余談ですが、全部吸い取ってくれるなら誰もいないリビングや、布団に寝たまま排尿することも考えたのですが(布団のシーツは防水シーツ)。
やはり癖になって漏らしてしまうようになったら困る。
と。
着衣トイレ排尿の道を選んだのです。服を着たままトイレの便器に座って「紙オムツ体験」をしようとしたのです、が。あれだけ、さっき丸出しの時に感じていた尿意が下着とジャージを着てトイレに座っただけで尿管からすう、と膀胱へ上がってしまったかのような「戻り」、を感じたのです。
え?! なんで?! 出そうとしても出ない。でも出したい。これがあの優しい講師の言っていた膀胱炎の手前なのかもしれない!
焦りました。いますぐ脱いで、通常の排泄をすべきか。もう少し様子を見るか。将来尿失禁に自然と老化でなってしまう場合はともかくとして、自分は高齢者になってから紙オムツで排泄できるのか。
そんなことを考えながら便座にそのまま服を着たまま過ごしていると二番目の尿意の波が来た。
一生懸命に頭で脳から命令するように
(パット)あるから出てきていいぞ!来い!来い!
と叱咤激励していると、少しずつちょろりと出て。
様子を見て、
(このまま出しても大丈夫だから出そう)
と思ったら思っていたより通常量がじゃー!! とパットへ。溢れるのでは?!
お尻に向かってあたたかく広がっていいのかわからない温度が伝わっていきます。
(これって、不快かもしれない)
という思いもあり、排尿のリラックスと、できた、という感想で複雑な心境となる。
オムツによっては何回か吸い取れるものもあるらしいので、このまま着け続けて何回か試すか?
と思いつつも、温度の伝わり方から漏れているのではと思えてしょうがない。
確認。
……漏れていなかった。感激した。パットはむくむくに膨れていた。講師のお話では紙オムツは本当に物凄く水を吸って重たくなるのでうっかりトイレに落とそうものならパンパンになって業者を呼ぶレベルらしい。
それにしても下着もピカチュウのジャージも濡れていない!
ただ、わたしの鼻のせいか、スパッツとジャージはアンモニア臭がするような気がしてフローラルファブリーズをかけた。
前述の通り、生理終わりかけなので安くて通気性が悪くすぐ匂うナプキンをショーツに付けて、下着、スパッツ、ピカチュウジャージの順に履く。
重くなった役目を終えた尿取りパットぴんくちゃんを見て
(これは貴重な体験をした、母に言おう)
と思って大きなゴミを空のサニタリーボックスに捨てる。通常の介護ではオムツはどう処理しているのか。子育てだと赤ちゃんはオムツ専用バケツがあるし、大きくなってちゃんとした便がでればトイレにポイしてオムツは丸めて大きなゴミ箱にポイしたりする。
自分のも大きい蓋付きゴミ箱に放り込んだ方がいいかな。
そう思っていると母が帰宅。
まさかのっけから
「わたしオムツ体験した! 母さんに拭いてもらおうと思ってたんだよね!」
とは言えない。
母がベルクの水ボトルや重たい買い物エコバッグをドカドカ車から運び込む。
こういう重いものを持っただけで尿もれして悩む人もいるんだよね、としみじみ考えた。
結局、母には何も言わずに、わたしの「紙オムツ体験」は幕を閉じた。
余談だが、最近の紙おむつはとてもさらさらしていて通気性とかも進化している。
わたしは体験した後、ナプキン付きのショーツなどを履いてから。
あれ、わたし、トイレットペーパーで、拭いてない……
介護用品や自助具も手に入りやすくなればいいし、
良い発明が生まれるのを待っている。既にわたしが知らないだけでセンサーマットなどもある。
介護士たちのお給料の問題もある。
現場で働いたことのないわたしにはわからない派閥とかがあったら怖い。
それでも体験してみてわかることがある。
オムツに用を足したらすぐ替えたい。
個人的にはパンツタイプも買ってみて就寝していても漏れないか試したいが、ちょっとお金がかかるのと好奇心の問題なのでそこを追求していいのか気になる。
以上。
わたしの「紙オムツ体験記」でした。
オムツ体験をしてもらいます! 明鏡止水 @miuraharuma30
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
「天国」はわからない/明鏡止水
★6 エッセイ・ノンフィクション 連載中 1話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます