第38話「紫蓮が敗北から学んだこと」
敗北から知ったのは、人もまだまだ捨てたものではないということ。ただそれでもやはり危うい。『神代流剣術』を学んで人間の味方になった知夜里の力あってこその鬼狩り隊の勝利だったからだ。
でも彼女に人の形を見た紫蓮は、自分は鬼ではなく人として生きて鬼と戦う道を選び続けても良いのだと考えたのだ。
志織は言う。戦うだけが全てではないと。もっと他の事にも興味を持ってみてはどうかと言う彼女に、紫蓮は首を横に振る。
強い相手と戦いたいという気持ちは、自分が強くなりたいという気持ちからきてるのだと気付いた紫蓮は、もっと腕前を上げて今度こそ勝つと言った。
その時は勝ち負けに何も賭けることなく、純粋に勝負を楽しみたいと紫蓮は言った。
鬼狩り隊の隊員たちも、もっと剣を学んで強くなりたいと言い合った。そして紫蓮に、剣を教えてくれと頼む彼らを一蹴して、隊長たちから学べと紫蓮は笑った。
紫蓮たちは再び特別隊として前に進むことになる。街の外に出てチヨ婆と堅爺と合流した彼らはチヨ婆と堅爺を元いた拠点にニャーコのミサイルで送っていく。
二人は危険度の増す旅にはついていかないようだ。拠点で鉄壁を張り直す堅爺を見ながらカゲチヨとトウコが自分たちも残った方がいいのかどうかをチヨ婆に尋ねる。
自分で決めないといけないよと言ったチヨ婆に迷うカゲトウ団の二人。別に食事には困らないよと言うチヨ婆だったがトウコは抱きついて寂しがる。
ニャーコはずっと知夜里の頭に乗っていた。紫蓮がニャーコを掴み離す。そしてニャーコも決めないといけないと彼は言った。
だがニャーコは即決だった。再び知夜里の頭に登り乗る。紫蓮は笑った。カゲチヨとトウコはその様子を見て自分たちも紫蓮について行くことを決める。
こうして鬼狩り隊特別隊の指南部のチヨ婆と堅爺が外れて、康家を隊長に志織と美月が副隊長、香苗と紫蓮と知夜里、カゲチヨとトウコとニャーコで旅することになった。
一同は『鬼殺街』から東にある拠点から出発することになる。朝一で見送りに来たチヨ婆と堅爺に抱きつくトウコ。別れを惜しんだ。
堅爺はトウコとニャーコを守れよとカゲチヨの胸を叩く。もう大鬼であるカゲチヨだから、堅爺の肩を掴んで、任せとけ! と大声で叫んだ。その行動に、調子に乗るなと拳骨を入れた堅爺。
ニャーコは知夜里の頭から降りて、チヨ婆と堅爺のところへ行く。寄ってくるニャーコを屈んで撫でたチヨ婆と堅爺に頭を擦り付けるニャーコ。
堅爺は、寂しいなとボソリと呟いた。ならばついて来ればいいだろう? と言う紫蓮にそうもいかないと言う堅爺。十二将鬼は
それは昔、チヨ婆と堅爺に預けられた予言。十二将鬼が一体、封印から解かれたら、それ以後封印は固く守らねばならないという。最低でも一年は解いてはいけない。さもなくば一度に全ての鬼が解き放たれて、最悪の事態が訪れるという。
全部の鬼と戦えるならそれでいいんじゃないか? と笑う紫蓮だったが、流石に彼が冗談を言ってるのは誰にも分かった。
一鬼ならば勝てるかもしれない。だが紫蓮では全部を一遍には相手にできないし、オマケに人間に被害が出る。
ならば今は得策ではないということだ。堅爺はカゲチヨの修行の時は許したが、流石に今回の旅にはチヨ婆を連れていくのは反対する。
それは堅爺のビビりであったが、堅爺の嫌な予感はよく当たるとカゲチヨとトウコは言った。
だからここで別れる。トウコはまた会えるよね? と聞いた。チヨ婆は生きていれば必ず会える、そう言った。
ニャーコが知夜里の頭に乗る。出発する紫蓮たちはいつまでも手を振るチヨ婆と堅爺を背に進む。
一度『鬼殺街』に戻った紫蓮たちは、康家から特別製の通信機を渡される。バッテリーが鬼の血肉で出来たその通信機は、物理的に壊されない限り半永久的に動く。二番街でそれらを受け取った紫蓮たちは旅をする準備を整える。
紫蓮は思う、人に負けて良かったと。否、もしかすると心の奥底では負けることを望んでいたのかもしれない。一番上なのは気持ちのいいことかもしれないが、自分を負かしてくれる人がいなければ天狗になり調子に乗るだろう。
紫蓮はそれが嫌だった。常に自分は挑戦者でいたかった。人間であるなら寿命がある。だが鬼には寿命がない。
だからこそ天狗になる鬼が多いのだろうが、紫蓮はそうでありたくないと願う。人であり続ける事とはそういうことなのだろうと考える。
人間の中にも魔が差す人がいる。悪いことに手を染める人は一定数いる。それは鬼が現れてからも変わらない。落園の例が分かりやすいだろう。
女性を攫って悪いことをしていた落園、きっと他の人間も悪巧みしているはず。
どれだけ鬼に住処を追われようとも、人間の本質は変わらないのだ。そして人間の悪い本質こそが鬼に引き継がれていくのだ。
それだけの悪意と戦う善意が、鬼の溢れる世になって大きく光る。大きな光となって闇夜を照らすのだ。
光差すところに影あり。では影が大きいならば光もあるはずではないか?
鬼の溢れる世になったからこそ、人の結束が強くなった気がする紫蓮。人の可能性とは底にあるその力が元にあるのではないかと推測する。
崖っぷちだからこそ火事場の馬鹿力が発動する。追い込まれて初めて最大の力を発揮するのだ。
それでも敵わぬ相手もいる。鬼は、特に大鬼は強大でどんな兵器も敵わなかった過去がある。だが一鬼の橋渡しで人々は希望を掴み始めた。
大鬼刀が増えれば……そして大鬼の血肉を使った兵器が増えれば鬼をこの世から消し去ることもできるかもしれない。
人々は夢物語のように語る。鬼が現れる前の平和な生活を昔話として語る。それを実現出来る日が近いかもしれないと噂する。
紫蓮たちは『鬼殺街』を出発した。多くの希望を背負って出発した紫蓮たちは、東に向かいながら南側の海沿いを進む。海を眺めながら旅する紫蓮たちは北側にいるチヨ婆たちを思う。
カゲチヨとトウコは鬼を食べながら、チヨ婆と堅爺はちゃんと鬼を食べられているかな? と問いかけてくる。
心配はいらないと言った紫蓮は一鬼になって食事をする。相変わらずこの食事風景に慣れない美月は、自分の食事を控える。そのまま吐いてしまいそうだったからだ。
志織が美月に、アレは鶏肉か豚肉だと思えばいいとアドバイスする。それでも美月はダメだった。香苗は昔、散々人が食われるのを見てきたから平気だった。
食事を終えて紫蓮たちは進もうとした。そこで紫蓮が立ち止まった。そういえば今日は何日だ? と問う。十二月二十五日だと言った康家に紫蓮は笑った。
それは昔あった風習。鬼の被害の中、未来には受け継がれなかった風習の一つ。クリスマスだった。
カゲチヨとトウコと知夜里は笑う。歌を歌いながら楽しそうにする鬼の面々に、康家たちは困惑する。
だが紫蓮から色々教わり、昔の人が楽しんだ異郷の地の風習に心躍らせた。
いつかまた色んなイベントで楽しめる日本の風景がやって来るならば、その時は人として楽しめたらいいんだけどなと、そう思う紫蓮。
知夜里は昔を思い出して、笑い泣いていた。あの頃に戻りたい、そう泣いていた。お父さんとお母さんに会いたい、溢れる想いは止められない。
紫蓮は思い出させて悪かったなと、知夜里に謝った。知夜里は首を横に振る。それでも楽しかった日々はいつまでも消えないと。
いつか人としての日常を取り戻せたらいいなと皆で笑いあったのだった。
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