第36話「飽きた」

 人の姿になっても大鬼を殺せることに初めは楽しみを覚えていたが、段々薄れゆく楽しさ。

 強い敵を求めて鬼を相手にし、人間の味方をしてきたがそれに意味があるのかすらわからなくなる。

 紫蓮はこの状況に飽きていた。鬼が強くなくて人が弱いだけ。自分は孤高の存在なのかと思ってしまう。人になっても『紫鬼』さえあれば鬼を倒せる、本来ならそれが良い事であるはずなのに、何も楽しくない。

 だが人は紫蓮を頼ってくる。『紫鬼』を頼っているのかもしれないが、紫蓮の腕も頼ってくる。

 紫蓮が飽きていても、戦わなければならない。人間の味方をするとはそういうこと。

 それが今は嫌になっていた。だから新たな『紫鬼』と共にもう一つのものを作ってもらっている。

 それは刃のない鬼刀。斬れない鬼刀だ。木刀のようなもの。

 何のためにそれを作るかは想像がつく人にはつくだろう。それが出来上がった時、紫蓮は人を試そうと思っていた。


 『鬼殺街』に戻ってきた紫蓮たちは暫しの休息をとる。康家は注文しに二番街の工場へ向かう。志織は経過報告のため三番街の病院で念の為診てもらう。

 街に入る前にチヨ婆に鬼の力だけ封印してもらったカゲチヨとトウコとニャーコと知夜里は、街には入らないというチヨ婆と堅爺と別れ、一番街の中を美月と香苗に案内してもらう。紫蓮は全員と別行動をとった。

 カゲチヨたちは美月と香苗に人間のお菓子を紹介してもらう。これ昔食べたことあるなぁと笑いながら食べ歩く。

 不意に知夜里が人とぶつかった。鬼の状態なら躱せたはずだが、お菓子に夢中になって注意力も散漫になり避けられなかった。

 その二人の酔っ払いのオジサンは知夜里に突っかかる。カゲチヨとトウコは助けようとしたが香苗に止められた。

 オジサン二人の前に立った美月はこの方々は鬼狩り隊の一員です、文句があるなら斬られても知りませんよ? と言った。知夜里は刀を抜いて迫る。子供だからと侮った二人の男は一目散に逃げていった。


 街の店の入口はガラスで出来ている。それは近代技術で鬼にも割れないように作られている。とはいえそれは小鬼の場合だけ。商店が立ち並ぶ通りは、住宅地より街の外側に位置している。

 二番街、三番街にも当然商店はあるが、それらにある住宅地よりもやはり外側に位置している。

 それだけ嗜好品を扱う商人の人達は危険な場所で商いを行っているのだ。

 勿論買い物のためのスーパーは住宅地の近くにある。必要なものはスーパーで取り寄せられる。それでも嗜好品を扱うお店に通う人が減らないのは、いつの日も美味しい物が人を魅了するためだ。

 知夜里はある店に立ち寄った時、キラキラ光るその店のアクセサリーに惹かれた。美月と香苗が、お金を出すから欲しいものを選びなさいと言う。

 知夜里はネックレスを欲しがった。トウコと美月と香苗も同じものを買って着けるように言う知夜里。お揃いの物に満足した知夜里はご機嫌で歩く。

 やがて一番街から二番街に移る場所にやってきた美月たちは一度結界を出て走る。小鬼はいない。二番街に着いた。

 美月たちは工場のある場所まで向かう。康家はまだ日本刀製造工場で何かを話していた。それは紫蓮の注文の品の謎。


 何故そんなものが必要なのかという職人。同じだけあるなら二本刀を作った方がいいはずだ。康家は困っていた。

 説明しようにも、康家にとってもわからないからだ。何故木刀のような、刃のない鬼刀が必要なのか。鬼の頭を砕くとでも言うのか。

 とにかく作ってくれと言う康家は焦っていた。出来ないなら即このチームを抜けると紫蓮が言っていたからだ。

 腕六本用意してもらった意味も、紫蓮なりの考えあってのことなのだろうと思っていた康家は頭を下げていた。

 そうしてる姿を見た美月は一緒にお願いする。職人は当人を連れてきて説明したら作ると言って、『紫鬼』のみの制作に入っていった。

 困ってしまった康家は、一度紫蓮と話そうと言う。三番街に向かって志織と合流することを決めた康家は美月たちを連れて行く。

 三番街の病院に向かうと、女性たちが出てきた。彼女らもリハビリを終えたようだ。すっかり元気になっている。

 中に入ると志織が看護師さんと話していた。志織は康家を見て、もう完全復活だと言われたと話す。三番隊副隊長だった頃と同じくらいではないかと言われたらしい。

 紫蓮はどこに行ったか知ってるかと問う康家。彼なら本部に行くと言っていたと志織は語る。何故本部に向かう用があるのか、不思議に思った康家は、皆に急いで一番街に戻ろうと言う。

 本部のある一番街まで走った康家たちは息を切らしていた。本部のビルに着くと受付に走り、紫蓮は来たかと問う。

 本部長に会議するように伝えた彼のことを聞いた康家は、急いで会議室に向かう。


 そこでは叫ぶ紫蓮がいた。どういう状態なのかを尋ねる康家たちは、紫蓮が一番隊と二番隊と三番隊と四番隊の隊長及び副隊長と戦わせろと言っているのを聞いた。

 隊長たちがそれぞれ大切な任務に就いている事を話す本部長と言い争いになったらしい。康家は何故そんなことをするのかを紫蓮に問う。

 紫蓮は、丁度いいから特別隊も俺と戦えと言う。どいつもこいつも弱い、鬼も人間も俺にすがる、そんなのはもうごめんだと言った紫蓮は、束になっても人の姿の俺に勝てないような人間の味方なんて辞めたいと叫んだ。

 それでかと康家は気付く。あの木刀のような鬼刀の注文は、人を傷つけず打ち負かすためのもの。勿論打撲は負うだろうが殺さずに戦うなら丁度良い。

 康家は紫蓮との約束の一つを思い出す。強い奴と戦いたいと言っていた。彼には今、鬼は弱い者だと感じている。鬼は沢山いるが今まで多くの中鬼や大鬼すらも倒してきた。

 強い奴と戦いたいと願う彼の意志を尊重した康家は、本部長に頭を下げた。集まれるだけの戦力を整えて、紫蓮に挑戦したいと。

 それは志織を助けたいという康家の願いを叶えてくれた紫蓮への恩返し。そして人間の底力というものを彼に教える機会。

 本部長は康家の様子に、大鬼刀を全力で人間側が使えるのなら許可すると言った。

 本部長は隊長たちを招集するのに時間がかかると言う。どの道武器が出来上がるのにも時間がかかる。紫蓮にとっては好都合だ。

 本部長が招集をかけてる間に武器を作るように言った紫蓮に、康家は二番街で職人に説明をして欲しいと言った。


 紫蓮は事情を聞いて、それなら早く行こうと言う。知夜里は不安そうに尋ねる。私も師匠と戦わないといけないの? と。

 お前の好きにすればいいと言った紫蓮は二番街へと向かう。特別隊も戦うなら美月や志織は戦うべきだ。カゲチヨは走りながら紫蓮に言う。カゲチヨとトウコとニャーコは紫蓮と戦わないと。

 頷いた紫蓮はまだ迷いながら走る知夜里に言った。殺しはしないから剣の稽古だと思ってかかってきたらどうだ? と。知夜里は頷いてまっすぐ前を見た。

 二番街に着いてから工場の職人に説明する紫蓮。自分が鬼であることを告げた時、康家はヒヤヒヤしていた。

 だが職人たちは鬼でありながら人の味方をしてくれる紫蓮に感謝を伝え、同時に腕を献上してくれた事にも礼を言う。

 そして彼の心の迷いに頷いた。刀を持つものならば強い者と戦いたいという気持ちは分かると言った職人たちは、注文の品を作ると紫蓮に伝える。

 最高の出来の物を作ってやるから隊長たちを負かしてやれと言う職人たちに、隊長たちが負けたら紫蓮は味方にならなくなるんですがと苦笑いする康家。

 その時はその時だと笑う職人に、少しだけ笑みを浮かべる紫蓮だった。

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