第34話「引き分け」
紫蓮はカゲチヨとトウコに言った。お前たちは負けたのではない、山丸童子と引き分けたのだと。
トウコはカゲチヨを見て言った。謝らないで欲しいと。一番悔しいのはカゲチヨだが、トウコは自分も大鬼になりたかったと嘆いた。
紫蓮は、次は俺たちが戦う、いいな? と尋ねた。頷いたトウコはとても悲しそうだった。お前の怨みは俺たちが晴らすと言った紫蓮は、とにかくトウコに回復に専念するように言う。夜は更けていき、トウコは徐々に回復してきた。
紫蓮は堅爺とチヨ婆に話をする。山丸童子は大人しく待っているだろうかと心配する彼に、トウコが絶対待ってるはずと言う。
プライドの高い山丸童子が人間相手に逃げ隠れするなんてトウコには考えられなかった。だが中鬼を更に集めて迎え撃ってくるかもしれないとカゲチヨは話す。
作戦を練ろうと言った康家は、見た範囲での地図を描いて鬼の集落を指さす。人牧場の周囲の全ての集落を潰して回ったはずだが、奥地にまだ集落がある可能性を考えて、そこから中鬼を集めるだろうと言う康家。
中鬼が減ったことから次は中鬼と連携して襲ってくるかもしれないと言う美月と、前に出る山丸童子が中鬼に援護させるかもと言う香苗。
能力的に前に出てくることがわかっていたからこその読みだったが、カゲチヨとトウコはそれはないだろうと言う。中鬼を使い捨てた後、自分が出なければいけなくなったら出てくると。そして最悪の場合は死ぬ気はないから尻尾を巻いて逃げるだろうとの事。
逃げられないように四方から囲むべきだなと言った康家は姿をしっかり見られている紫蓮を囮にするという作戦を組んだ。
トウコは自分も一緒に戦えないか懇願する。だがカゲチヨとトウコが出ると引っ込む可能性もあると紫蓮は言った。
諦めろと言う紫蓮に俯くトウコ。カゲチヨはトウコに山丸童子が死ねばあの子も浮かばれるはずと言った。
康家は大きめの鞄から何かを取り出した。そこにはカゲチヨとトウコ、チヨ婆と堅爺、知夜里とニャーコ用の隊服があった。
白と黒の半々の地のマントのような隊服にはそれぞれ様々な花が印刷されている。
紫蓮の着ている隊服には赤いカーネーションが印刷されている。康家の隊服には
カゲチヨの隊服には
ニャーコの隊服には
チヨ婆の隊服には
康家はこれらのカゲチヨたちの隊服を志織がリハビリしてる間に作ってもらっていた。ニャーコと知夜里以外は目算だがきっちり着るものでもないので大きすぎなければいいと言う見立てだ。
念の為サイズの調整をした後全員に着てもらう。ニャーコは脱ぎたがったが、必要ない時はちゃんと脱がすからと言う康家を、睨みつけながら大人しくしていた。
全員の着用で揃った『特別隊』は、人と鬼の垣根を越えて作られたもの。元々紫蓮が鬼だからと作られた隊だったが、今や大きなワンチームになっていた。
康家はこれを今着せた意味を語る。元々もっと早くカゲチヨたちに渡そうと思ってたのをここまで渡せなかったのもあるが、このタイミングがベストだと思ったのだ。
それは皆の思いをそれぞれが背負っているということだと言う康家。だからこのチームで山丸童子を倒す事はトウコの思いもチームが受け継ぐ事だという。
因みにこの隊服は特別隊仕様なのだという。元々紫蓮も美月も香苗も康家も、隊服には同じ柊の葉が印刷されていた。大昔、魔除として扱われたその葉が描かれた隊服が鬼狩り隊の隊服だったからだ。
だが特別隊が作られた時、康家は職人に言ってそれぞれの個性に合った花を印刷して貰えないか頼んだ。
職人も腕を鳴らして作ってくれたのだ。そうして出来上がったのがこの隊服だった。
トウコは感動した。皆が自分のために動いてくれる。だからこそ自分も皆のために動ける。そんなチームが完成したのだ。
紫蓮はもう休めと皆に言う。明日には再度、山丸童子のところに向かい戦うことになる。康家と美月と香苗には休むように言った。
志織がご飯を炊いてくれていたので、遅い夕食にした康家たち。魚料理を食べながら明日の決戦に向けて休むことにするが、ここで問題が一つ。人里を一切通ってないからお風呂に入ってないのだ。
流石に匂いが気になる。鬼は排泄行為も、発汗や皮脂の分泌もされない。そのため常に臭わない。
康家は気にしませんよと言ったが、美月と香苗には大問題だ。志織は昼に待ってる間、川で水浴びして来たというが、流石に夜に水浴び出来るほど二人は丈夫に出来ていない。
仕方なく堅爺に頼んで色の付いた鉄壁で風呂釜を作ってもらい、鬼刀『羅烈』の能力で水を出し、火を焚いて簡易風呂を作る。
服を脱いで風呂に入った美月と香苗は知夜里とニャーコに風呂番を頼んだ。大勢が入れるような余裕のある風呂釜を作った堅爺に甘えて、志織も入浴する。
心配せんでも誰にも覗かせんと言った堅爺だったが、それじゃあ甘えようかねとチヨ婆が服を脱いで入ったことに驚いた。
チヨ婆は知夜里とトウコも入るように言う。それじゃあと知夜里とトウコも入る。女性組は温かい風呂に話が弾む。堅爺は声も聞いてはいけないと鉄壁で防音の防壁を作ったのだった。
風呂から上がった女性陣は、次に男が入ってもいいと言った。紫蓮と康家とカゲチヨと堅爺は風呂を温めなおし入る。その際、美月と香苗は堅爺に防音を外すように言った。
訳が分からなかったが、防音を外した堅爺。その後風呂に浸かってゆっくりする男性陣。静かな時が流れる。聞き耳を立てていた美月と香苗は、ちぇっと離れようとした。
紫蓮がふと笑った。俺はこっちで良かったのか? と。美月と香苗がすぐさま聞き耳を立て直す。ああ、と言った康家はこう言った。確かに紫蓮は
美月と香苗はまさか紫蓮が女だったなんて……とトボトボ歩いていった。それを遠目に見た康家は笑って言う。良かったんですか? と。
これで良いと言った紫蓮。紫蓮は恋愛なんてする気はない。それならば彼女らをいたずらに傷付けるだけだ。
紫蓮の優しさがそうさせた。後でチヨ婆にも忠告しておこうと思った紫蓮。鬼と人とは交われない。
紫蓮は風呂に浸かりながら夜空を見る。あの頃あの人と見た夜空もこんな風だった。昔いた村はよく星が見えた。あの人はもうこの世にいない。
それならば星になった彼女の思いをいつか、世に具現化させられればいいなと思う紫蓮だった。
それは彼女の夢だった。世界平和。世界を周りながら旅して回って音沙汰がなくなった、紫蓮の村出身のあの人の願い。
鬼が現れ泡と帰したその願いは、いつか紫蓮が叶えられたらと彼は思う。
だが彼もまた鬼だ。人と相容れぬところがある。何故ならそれは、人もまた傲慢さを持つ生き物だったからだ。
夜空を見ながら風呂から上がった紫蓮は、勢いよく飛び出してきた美月と香苗の悲鳴を聞いて、ため息をついた。
着替えた後、質問攻めをされる紫蓮と康家。紫蓮はもう休めと言うが二人は聞かない。
悪かったと謝った紫蓮に大人しく寝付いた二人を見て、彼はゴロンと寝転んだ。
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