第33話「カゲチヨの覚醒」

 トウコも心臓を潰され吹き飛ばされる。カゲチヨとトウコは離されている。トウコは死を覚悟した。

 山丸童子はトウコの方にゆっくり向かっていた。なぶり殺しにしようと考えているようだった。

 カゲチヨは必死に起き上がろうとした。中鬼である彼の心臓は中々回復しない。立ち上がることもままならないカゲチヨは自分の弱さを怨んだ。そして弱い自分自身に怒りを感じた。

 紫蓮にトウコは守ると誓ったのに、守れない……そんな自分が嫌だった。トウコの事を恋愛対象とみている訳ではない。それでもトウコの事を愛していた。家族愛、それが正しい。トウコは妹のような存在だった。

 トウコを守れる、守れない、守れる、守れない……否、守れる! カゲチヨは自分の脳に雷を溜めていく。

 そうこうしてる間に倒れているトウコのところにたどり着いた山丸童子はトウコの両足を踏み潰す。苦痛に顔を歪めながらもトウコは睨みつける。あの子を殺した山丸童子を、力が入らないため小さな氷柱で殺そうと足掻く。

 山丸童子は簡単に氷柱を砕いてトウコの両腕を潰す。トウコは諦めて謝った。カゲチヨごめんと。

 次の瞬間、空から地上へと雷が落ちる。そこはカゲチヨのいる場所だった。カゲチヨの自分の弱さへの怒りは頂点に達して遂に大鬼に進化を遂げた。

 カゲチヨの角は額に一本だったが、右顬にもう一本生えてきていた。

 そして凄まじい速さで山丸童子を吹き飛ばした

カゲチヨはトウコを助けた。彼女を抱きかかえた彼は、一度紫蓮たちの元へ行く。

 トウコを紫蓮に預けたカゲチヨは、山丸童子を今度こそ倒すと向かった。

 一方、驚きはしたものの、カゲチヨの身体能力が上がったわけではないと踏んだ山丸童子は笑った。久しぶりの大鬼同士の喧嘩になると。


 紫蓮はそれを聞いてほくそ笑んだ。奴の大鬼の喧嘩相手なんて六王内でくらいだろうと。だがカゲチヨも進化したばかりで力が及ぶかは分からない。

 山丸童子は本気で行くと言った。山丸童子は相撲の立合いの構えをとった。そして、はっけよいと言った後、突っ込んできた。カゲチヨは溜めた雷撃で攻撃する。だが衝撃波で受け流される。

 完全に掴まれたら終わると考えたカゲチヨは素早く避ける。だが山丸童子も速く、カゲチヨの腰を掴んだ後投げ飛ばした。カゲチヨは上手く着地する。

 再び立合いの構えをとる山丸童子。カゲチヨはクラウチングスタートの構えをとった。空が眩く光りカゲチヨに雷が落ちる。

 もう日は暮れてきていた。そんな中電気に光るカゲチヨは山丸童子を倒すために極限まで雷を溜めた。

 山丸童子が突っ込む、カゲチヨは斜め九十度直角に曲がって攻めた。カゲチヨの攻撃が山丸童子に当たる瞬間、衝撃波で弾かれる。

 だが天がカゲチヨに味方した。雷が山丸童子に落ちる。咄嗟の事に揺らいだ山丸童子にカゲチヨは心臓を潰そうとした。だが山丸童子も学んでいた。

 狙いが心臓ならくれてやると、カゲチヨの心臓を狙った。同士討ち、互いの心臓が潰れてどちらも動けなくなる。同時に回復した二人は距離をとる。

 カゲチヨはトウコがいてくれさえすれば、コンビネーションで勝てるかもしれないと考えていた。だが、トウコは負傷し過ぎていて、回復に時間がかかる。

 山丸童子ももう油断はしてくれない。次がラストチャンスと思ってカゲチヨは体中に雷を溜める。山丸童子は立合いの構えで受け止める覚悟を決めた。

 カゲチヨは全力で向かいながら、まるで夢を見てるように昔を思い出す。


──────


 人間の頃、多くの兄妹たちと戯れていた景利かげとしは、鬼に襲われ逃げ惑う時には絶対に兄妹を死なせないと誓っていた。

 そんな彼も鬼にされてしまい死に別れするのだが、せめて鬼の世界では自分の守りたいものを守ろうと思っていた。トウコと女の小鬼と出会い、トウコと逃げてから出会ったのはチヨ婆だった。

 勿論堅爺にも出会っているのだが、何よりチヨ婆との出会いが彼を変えた。チヨ婆は強かった。

 鬼を狩る時、一撃で頭を粉砕するチヨ婆に憧れて、今まで名乗っていた名を捨てて、カゲチヨと呼んでくれと頼んだくらいだ。

 そんなチヨ婆を守るのは嬉しかったが、同時に悲しかった。どうやっても越えられない壁がある。チヨ婆の強さには到達できない。

 トウコを真の意味で守るためにはチヨ婆の強さに到達しなければいけないと感じていたカゲチヨは、いつも特訓を止めなかった。


──────


 昔を思い出したカゲチヨはフッと笑って山丸童子に正面から突撃して一撃を食らわせようとする。

 狙うは首。心臓狙いではないことに気付いた山丸童子は咄嗟に腰を下げる。

 その一撃は空を切った。だがカゲチヨは諦めなかった。更に縦に振った手刀が山丸童子の頭を割る。山丸童子の脳に到達しそれを破壊した。

 カゲチヨはガッツポーズをとった。やった! やったぞ! と叫ぶカゲチヨに紫蓮が何かを叫んでいる。

 見れば山丸童子の体は逃げている。しまった! と考えたのも時遅し、山丸童子は背を向け逃げる。

 心臓を潰さないといけない、カゲチヨは走って追いかけながら雷を溜め雷撃で追撃する。

 だが今度は頭が再生していた。大鬼の恐るべきところはその再生能力にある。首を切って心臓と脳の接続を切らなければ簡単に再生する。勿論首を切ってもその後すぐに、脳と心臓を潰さないと、首をくっつけられたらまた再生してしまう。厄介な相手なのだ。

 心臓を突き刺したカゲチヨだったが、同時に衝撃波で心臓を潰し返されてしまう。

 これではイタチごっこだ。なんとかして山丸童子の首を切らなければいけない。カゲチヨは苦悩する。

 もう日は沈みかけていた。夜がくる。鬼は夜目がきくが、人間はそうではない。鬼に明かりは必要ないが人間は明かりがないと困るのだ。


 紫蓮は焦っていた。このままでは危険度が増す。カゲチヨは攻めあぐねている。やはり大鬼には基本的に二人以上で挑むべきなのだ。

 いつの間にか鬼たちも集まってきていてその処理に追われていた紫蓮たちは、ここが限界かもしれないと思っていた。

 紫蓮の顔を見た瀕死のトウコは悲しそうに笑った。ここまでだね、と。それを聞いた紫蓮は日が落ちる前に走る。

 戦いを止めないカゲチヨに山丸童子は最高の遊び相手だと笑った。そこへ紫蓮が割り込む。

 流石にカゲチヨと紫蓮二人の相手をするのは面倒だと思った山丸童子は退こうとする。カゲチヨは追いかけようとしたが、紫蓮が止めた。

 そして紫蓮は叫んだ。次は人間が相手になる、首を洗って待っていろ、と。それを聞いた山丸童子は振り返りながらほくそ笑んだ。

 人間如きが山丸童子に勝てるわけがないと思っていたから、いくらでも相手してやると彼は叫んだ。

 ニャーコのミサイルの能力で飛んで戻る紫蓮。トウコはカゲチヨに抱きかかえられていた。堅爺の鉄壁の明かりが見えた時、トウコが泣いた。私のせいで負けたと。カゲチヨの胸に抱きついたトウコの頭を撫でるカゲチヨ。


 とにかく堅爺の鉄壁のところに着いてからトウコの治療に当たった。幸い潰されたのは心臓と両手両足のみ。鬼を食えばすぐ回復すると言ったチヨ婆。

 堅爺はカゲチヨは何をしていたんだと叱るが、彼の角が二本になっていることを見て驚く。トウコの方を見て、カゲチヨだけが進化できたんだなと頷いた。

 そして堅爺は自分が甘やかしたからトウコは進化できなかったんじゃないかと後悔した。

 カゲチヨと知夜里は夜目がきくから鬼を狩りに行く。そして鬼の肉を持って帰ってきたカゲチヨは、トウコに食べさせながら謝った。

 大鬼になったのに勝てなかったこと、そしてトウコの復讐を果たせなかったことを。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る