第32話「四王、山丸童子への挑戦と敗北」

 知夜里は中鬼相手にも負けていなかった。『小手払い』で中鬼の手を払い斬った後、数歩下がった知夜里は横一文字斬り『千空』で中鬼の首を斬る。そのまま『兜割り』で脳を砕いた知夜里は皆に向けてガッツポーズをした。

 鬼は逃げていく。山丸童子はいないのかと思ったが違った。重い腰を上げた山丸童子は人の肉を食べながら牧場の広場に現れる。

 カゲチヨとトウコが前に出る。紫蓮と康家と美月と香苗と知夜里はニャーコを連れて後ろに退がる。

 トウコは自分たちを覚えてるか? と問う。雑魚の顔なんぞ覚えてないと欠伸をする山丸童子。歯ぎしりしたトウコは思いっきり地面を凍らせていく。

 それが開戦の合図となった。カゲチヨが駆ける。トウコの氷を利用してスケートのように滑りながら走る。だが山丸童子は鼻をほじりながら動かない。

 カゲチヨが迫った時、ようやく山丸童子が動いた。相撲の構えで張り手をした山丸童子。手に触れてもないのに吹き飛ぶカゲチヨ。だがカゲチヨもこの能力はわかっていたから、後ろにすぐに飛んで軽減していた。

 衝撃波を出す鬼、山丸童子。射程距離はあるもののその威力は中々強い。だが山丸童子の力はこんなものではない。

 カゲチヨの元へ凄いスピードで跳んだ山丸童子は、カゲチヨを突き飛ばす。避けきれずぶち当たったカゲチヨは更に吹き飛ぶ。それを追撃しようとした山丸童子の足が凍る。トウコは大きな氷柱で山丸童子を突き刺そうとする。

 氷柱を簡単に破壊した山丸童子は標的をトウコに切り替える。トウコは氷上のスケートのように山丸童子の突進を躱そうとした。

 一撃目は外れる。だが二撃目、三撃目と掠った後、四撃目がトウコの横腹を捉えた。トウコは吹き飛んで転がる。

 だがこの程度で負ける気はなかった。トウコはすぐに起き上がる。自分の体から氷柱を作り出して山丸童子を刺そうとする。現実は残酷で衝撃波であっけなく潰された氷にトウコは、山丸童子の攻撃を躱すので精一杯になる。

 その間カゲチヨは溜めていた。トウコが頑張ってくれている。その間に全力の雷で突撃する。クラウチングスタートの格好で溜めていたカゲチヨは溜めきった後、トウコに叫んだ。

 これが最初で最後の賭けだった。ここまではある意味想定通りだったのだ。カゲチヨへの注意をトウコに変えさせ、意識を逸らした後カゲチヨが全力の攻撃をする。

 カゲチヨは高速で詰め寄った。トウコが山丸童子の足を止める。山丸童子は衝撃波を放つが、雷のカゲチヨの一撃を防ぎきれなかった。

 カゲチヨは自分の攻撃では山丸童子の首を切るのは難しいだろうと考えていた。だから全身全霊を込めて、まず心臓を狙った。心臓の位置に突き刺した腕で山丸童子の心臓を握り潰す。これであとは首を切り脳を潰すだけ。

 だがカゲチヨは弱っているとはいえ山丸童子の地力の強さを侮っていた。山丸童子の心臓に突っ込んだ腕が抜けない。仕方なくそのまま首を切ろうとするが、張り手の衝撃波で軽く吹き飛ばされる。

 大鬼は再生力が高い。心臓とはいえ、いつ治るかわからない。トウコに山丸童子の足を止めてもらい、再度首を切りに行く。これがいけなかった。焦らず溜めるべきだったのかもしれない。

 山丸童子は必死に抵抗する。徐々に心臓が再生して力を取り戻してくる。トウコも必死に戦ったが山丸童子は完全に復活してしまった。

 敗因はカゲチヨしか前線で戦えないこと、カゲチヨだけでは勝てないことだった。

 復活した山丸童子は怒りのままに突っ込んで来る。それを何とか躱すことしかできない。もう一度溜めようとするカゲチヨだったが、山丸童子はもうトウコを相手にしてなかった。

 カゲチヨは溜める暇もなく戦うことになり、能力で上回れないため勝ち筋が薄くなっていく。

 紫蓮はもう手助けするべきだと考えた。康家と美月と香苗もそう感じたようだ。刀を構え、カゲチヨとトウコに退がるように言う紫蓮だったが、トウコはまだダメ! と叫んだ。

 康家はこっそりトウコの過去について、カゲチヨとトウコと話した志織から聞いていた。トウコの思いを汲んだ康家は、もう少しやらせてみようと言う。

 あいつらが死ぬかもしれないぞ? と紫蓮は言う。それでもやらせるべきと言う康家はトウコの過去について語る。


──────


 トウコは人間の頃、ある女友達といつも一緒にいた。神鬼に鬼にされた時、もうその子は死んだのではないかと思っていたが、その女の子は小鬼にされていた。

 トウコもその女の小鬼も過去のことを覚えていて、仲良しだった。ただその女の小鬼はあまり朧気な記憶しかなかった。能力もない彼女を絶対守ろうと思っていた。

 やがて山丸童子の元に連れて行かれた二人はカゲチヨと出会う。その女の小鬼はカゲチヨに惚れたらしかった。そういえば彼女は面食いだったなぁと思い出しながら、微笑ましく見ていた。

 人間を殺しては山丸童子のところへ肉を持っていく日々。カゲチヨも逆らわなかったし、トウコも逆らわなかった。ただ彼女だけが逆らってしまった。

 彼女は山丸童子の目を盗みカゲチヨに肉を持っていく。カゲチヨは山丸童子に逆らってはいけないと忠告したが、それでも人の肉を渡す彼女の心に負けて食べた。

 だがそれが目撃されていた。腹が空いているのは皆同じ、告げ口を聞いた山丸童子はカゲチヨに迫った。カゲチヨは俺が食べたと言ったが、彼女が私が渡したと言った。

 そして山丸童子はカゲチヨを突き飛ばして、女の小鬼に問う。俺に逆らうのか? と。皆お腹が空いていると答えた彼女をトウコは庇った。彼女は小鬼なんです、許してくださいと慈悲を乞うトウコ。

 邪魔するなとトウコを突き飛ばした山丸童子は、女の小鬼の頭を掴み衝撃波で潰した。怒りの針が振り切ったトウコは叫びながら山丸童子に突っ込んで行く。それをカゲチヨが止めた。

 山丸童子は中鬼であるトウコはまだ利用価値があると不問にした。カゲチヨに抑えられ、ここから逃げ出すことを提案されたトウコ。

 トウコは、今は殺せなくても絶対いつか殺してやると誓ったのだった。


──────


 トウコにとって友の復讐でもある。どうしても自分で決着をつけたいのはわかる。だがトウコが自分で殺せないのだから、一緒ではないか? と紫蓮は聞く。

 それはカゲチヨの願いなんだと言う康家。あの時トウコしか救えなかったカゲチヨもまた、山丸童子を恨んでいるんだと。

 落ち込み沈むトウコに昔の『お笑い』というエンターテインメントで笑顔にしたいとカゲチヨはトウコに『お笑い』を仕込んだ。そしてトウコを笑顔にすることが彼の生き様になっていた。

 トウコは山丸童子を殺したらやっと心から笑えるはず、そう言ったらしい。友の供養に山丸童子の死は必須だ。

 それを叶えるのはカゲチヨであって欲しいと願うトウコと、それを為したいと願うカゲチヨの、二人の我儘わがままだ。

 カゲチヨとトウコは、こうやって紫蓮たちが話している間にも戦っていて、ピンチが続いていた。もう負けは確定してるようなもの。だが二人が納得するまでは助けに入る訳にはいかないと康家は言った。

 康家の時も助けに入らなかっただろう? と笑う彼に、それとこれとは違うと紫蓮は怒った。勝つ可能性があるのが分かっているのと、負けるのが確定しているのとでは話が違う。

 やがて戦局が動いた。トウコが衝撃波で吹き飛ばされる。トウコはほぼ無視していた山丸童子はカゲチヨの心臓を衝撃波で狙った。吹き飛んだカゲチヨの心臓は潰れる。

 立ち上がれないカゲチヨに山丸童子がゆっくり迫る。だがトウコが必死に叫びながら能力を使っている。鬱陶うっとうしくなった山丸童子はトウコの方を向いた。

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