第30話「四王を討伐する準備をする」

 魔境の端に着いた紫蓮たち。知夜里と志織は小鬼の処理をする。中鬼と戦う紫蓮は康家と美月と香苗に能力を目いっぱい使って慣れておくようにと言う。

 鬼刀『月光』の力を使った康家は分身と影分身で、鬼たちを翻弄する。康家が連続の突き技『吹雪突き』を放てば、分身たちも同じ動きをして鬼を突いていく。

 美月も鬼刀『羅烈』の技を使いこなし鬼を丸焦げにしていく。香苗は鬼刀『黒天』の刃の羽に乗って空を飛び、『個天流剣術』で鬼を斬っていく。

 カゲチヨとトウコも負けていない。二人のコンビネーションは完璧だ。

 トウコはニャーコが飛び出さないか心配していたが、知夜里がちゃんと見てくれている。


 先に進む前に一旦食料を確保する。ここより先は鬼の住処。人間の食事などありはしない。保存食はしっかり持ってきている康家たちだったが、やはり海が近いここで必要なものを揃える。飲み水を作りながら、康家は志織の心配をした。

 大丈夫と言う志織だったが、やはり疲れが見えた。奥に進めば休む間がなくなる。紫蓮も頷いて野営をする。『羅烈』の能力で魚を大量に捕った美月は志織に焼き魚を渡す。

 チヨ婆と堅爺は何やら準備をしていた。堅爺が能力で鉄壁を作っていく。ここを拠点にするならば堅爺の能力は役に立つ。

 紫蓮はチヨ婆と堅爺はついて来ないのかと尋ねる。堅爺は念の為チヨ婆には奥に行かないでくれと頼んだと言った。紫蓮はため息をつく。

 カゲチヨとトウコのお守りを任された気分だった。紫蓮は知夜里とニャーコもここに残れと言う。

 知夜里はともかくニャーコは連れていくと言うトウコ。ニャーコはカゲトウ団の一員だ。ニャーコに決めさせろと言った紫蓮はニャーコに言った。ついて来るならトウコの方へ行け、ついて来ないなら知夜里のところでいろと。

 ニャーコは知夜里から離れてトウコのところに行った。決まりだね、とトウコは笑った。紫蓮はやれやれといった顔をする。そしてニャーコが行くなら私も行くと知夜里は言った。


 康家は、志織はここで残って欲しいと言った。守り切れるかわからない。これから戦うのは六王の一角、四王だ。

 今まで沢山の大鬼と戦ってきたから慣れてしまっているが、昔は兵器すら敵わないような相手だったのだ。鬼の研究がされて鬼刀が作られて、少しずつ勝てるようになった人間側に、一鬼が味方について大鬼にも勝てただけ。

 魂鬼戦の時のように負傷してギリギリ勝つような戦いが待っている。まぁ紫蓮は余裕顔だが。

 誰が死んでもおかしくはない。唯一死なないだろうは紫蓮のみ。

 志織は頷いて残ることを決めた。康家はホッとする。鉄壁の守りを固め拠点を作っていく堅爺の守りの中で、皆は休息を取った。

 休む中で紫蓮はもう一度、カゲチヨとトウコを説得する。四王は強敵だ、カゲチヨとトウコだけでは負けると。

 今の自分たちなら勝てると言うカゲチヨとトウコ。どうしても曲げるつもりはないようだった。

 紫蓮は悩む。確かに二人は強くなっていた。だが中鬼から進化している訳ではない。大鬼になったのならば、力は互角になるかもしれない。だが角は以前のまま一本角。


 鬼には角の生え方で力の具合が分かる。小鬼は額に小さく一本。動物鬼も同じだ。そして中鬼は額か顬に大きく一本ある。

 額にあると身体能力が高くて、顬にあると特殊能力が高い傾向にある。大鬼は角が二本あり、身体能力が極端に高いと額に二本ある。逆に特殊能力が極端に高いと両方の顬に一本ずつある。バランスが取れていると額と顬に一本ずつだ。

 神鬼と一鬼は三本の角があり、二人とも額に二本、片側の顬に一本だった。

 チヨ婆は額に二本の大鬼、堅爺は両方の顬に一本ずつ。カゲチヨは額に一本、トウコは左顬に一本。

 もし山丸童子が額に一本、顬に一本の大鬼だったならばカゲチヨとトウコにも、勝ちの目はあったかもしれない。お互い足りない部分を補い合い勝てたかもしれない。

 実際、月鬼相手なら今のカゲチヨたちでもいい勝負をしたかもしれなかった。今はもう死んで鬼刀とされた彼は額に一本、顬に一本の大鬼だった。

 だが山丸童子は違う。額に二本の大鬼だったはず。それは魂鬼と同じ角の生え方だ。身体能力が極端に高い。勿論、山丸童子は魂鬼ほどではないが。

 そんな相手だからこそ、トウコはともかくカゲチヨは死んでしまうと思った紫蓮は、ある課題を出した。

 今は日が沈んでいて、やるには好ましくないが、日が昇ってからそれをしようと言った。

 それをクリアしたならカゲチヨとトウコを認めて、山丸童子との対戦を許可すると紫蓮は言った。

 カゲチヨとトウコは喜んだ。まだ喜ぶのは早いだろと咎めた紫蓮は堅爺の守りから出て海を眺める。


 ゆらゆらと揺れる波を見ていると、香苗と美月が起きてきた。さっさと寝ろと紫蓮は言うが二人は笑う。

 先程紫蓮がカゲチヨとトウコに出した課題を聞いていた二人は、ある物を手渡した。

 それは知夜里から受け取ったものだった。元から知夜里に借りる予定だったそれを抜き、素振りする紫蓮。

 美月はどうして紫蓮はそこまで優しいのかと問う。普通の鬼ならば考えられなかった。紫蓮は、最初に食べたのが母親だったのが大きいのだろうなと話す。

 あのショックが脳になんらかの影響を与えて、人としての自我を保てたのかもしれないと言う。それは他の鬼たちもそうだろうと言った。鬼たちの殆どは人を食わないと死ぬと思い込んでいる。

 占鬼のように何も食べなくても飢えをしのげれば死ぬことはない。だが腹は減るのだ。

 そして鬼同士は食べ合わない。共食いは良くないというのが染み付いているのだろう。だから人を食う。動物を食べても腹は満たされない。

 だが知夜里のように嫌々ながら人を食べる鬼もいる。小鬼の知夜里でさえそうなのだ。きっともっと人の心を残していた鬼たちはいただろうと紫蓮は言った。勿論、斬ってきた鬼たちの中にも。

 美月と香苗は悲しそうな顔をした。紫蓮は責めている訳ではないと言う。どうしようもなかったはずだ。人と鬼の戦いはどちらも引くわけにはいかなかったから。

 人からすれば鬼は元人間なのだからこちらの気持ちを察しろと言うだろう。鬼からすれば腹が減るのだから仕方ないのだ。


 全ての元凶は神鬼。そして彼を殺した後、やっと人の未来が見えてきた。鬼も変わりつつあるだろう。これからもっと知夜里のような鬼が増えるかもしれない。

 だがそのためには人食いの大鬼は全部殺さなければならない。そうしない限り、人の平穏は訪れないだろう。

 明日の山丸童子に勝つために、今は休めと言う紫蓮に香苗は隣で寝て欲しいと言った。別に何もしなくていい、ただ手を繋いで隣にいて欲しいという香苗の願いに、頷いた紫蓮。美月は慌てて私もお願いと言った。

 鉄壁の能力で出来た三つのカチカチの布団に並んで手を繋いで寝る。紫蓮はもう人間ではなく仮物の体のため眠ることはない。

 横で眠る二人の寝顔を見て、母の顔を思い出した紫蓮は、目を瞑り時が過ぎるのを待つ。

 ふたりが寝静まった頃。手を離し起き上がった紫蓮は康家の方を見た。志織と仲良く眠っている。

 康家は志織が助かるまでまともに眠ることをしなかった。いつも作戦を考えていた。そんな彼がスヤスヤ眠るのを見て可笑しくなって静かに笑った。

 立ち上がってチヨ婆と堅爺の方へ行くと、眠れないのかい? とチヨ婆に笑われた。それが冗談であることはわかっていたのだが苦笑した紫蓮は、また夢を見れたらいいのにな、と月を見上げる。

 堅爺は紫蓮に、現実で見る夢も悪くないさと言った。その言葉に吹き出した紫蓮は遠くで修行するカゲチヨとトウコを見る。そしてそれを眺める知夜里とニャーコの方へ行きニャーコを撫でた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る