第18話「月鬼戦」

 北の大地にたどり着いた紫蓮たちは、早速月鬼の捜索を開始する。先手を取れるように近隣の街から情報を得るのだ。

 実際には突然現れた大鬼に二番隊は苦戦していたようだ。死傷者も沢山出ている。

 封印された当時のまま出てきたため、月鬼は完全に浦島太郎状態。神鬼がいる時から封印されていた彼だからこそ、神鬼が死んだという情報が信じられない。

 封印を施したチヨ婆を探そうとしていたが、チヨ婆は最初に月鬼を封印してから遠く離れている。

 月鬼にしてみればどこにいるのかわからない。とにかく人を食わなければ腹が減ると街で大暴れしていたのだ。

 

 月鬼の大体の位置を把握していたチヨ婆。封印したものは封印が解けても位置がわかるようになる。それはチヨ婆の能力の特性だった。

 とはいえニャーコのミサイルでも到着までには時間がかかってしまう。その間も月鬼は暴れ回り移動する。

 荒れ果てた街並みに美月と香苗は口を押えた。頭だけ食われた者、足を残して食われた者。それはまるで神鬼が生きていた頃を想像させる。

 月鬼はどうやら湖の方に向かったようだった。やや南に向かっている。チヨ婆が遠い南西方面にいることを知ったのかもしれない。

 月鬼からすれば現状的に危険なのは封印の能力を持つチヨ婆のみ。

 ちなみに一鬼である紫蓮は会ったことがない。だがら月鬼は一鬼の脅威を知らない。


 紫蓮は一鬼の時、チヨ婆に十二将鬼の恐さを知らされていた。一鬼からしてみれば結局二本角でしかない鬼だったが、無理に封印を解こうとしなかった。

 チヨ婆と堅爺が鬼を食うようになってくれたのも大きい。鬼としての知り合いがいる事は一鬼にとっては大きなことになっていた。

 勿論一鬼本人は否定するだろうが、チヨ婆と堅爺の年長者としての意見は紫蓮にとっては大きな言葉となったのだ。

 だから油断しないと決めていた。月鬼は強力な能力を持っていて、強敵であると。

 

 紫蓮たちは現地の車を借りて走らせる。四人乗りの車に乗り込んだ紫蓮と康家と美月と香苗は、車の屋根ルーフにしがみつくカゲトウ団と共に、目撃情報のあった場所に向かう。

 ある湖に着くと車を停めた康家。そこには座って黄昏れる大鬼がいた。

 髪を目口元まで伸ばしたその大鬼は紫蓮たちの存在に気づき笑った。

 チヨ婆が来たと思った月鬼は近くにいない事を確認してガッカリする。

 また鬼狩り隊か……と隊服を見てため息をついた月鬼は、前髪をかきあげて血まみれの口元を歪ませる。

 人を食べた後だと悟った香苗は鬼刀『黒天』に血を吸わせ、怒りのままに鉄の刃の羽を飛ばす。

 黒天狗を知らなかった月鬼は、所詮中鬼の技と油断して技を受けた。首を狙った一列の刃の羽は月鬼の首を刎ねた。

 驚きのまま月鬼は慌てて首を手にしてくっつける。紫蓮は焦りすぎだと香苗を叱った。

 避けられると思って刃を広く取ったのが悪かった。心臓も斬っていればそれで終わっていたからだ。

 月鬼は首をくっつけた後、立ち上がった。油断出来ない相手だと悟った月鬼は、カゲトウ団の方を向く。

 何故鬼が人間に味方しているのかを問うと、カゲチヨは答えた。

 一鬼という名の鬼食い鬼の影響で、人を食わぬと決めた事。それはチヨ婆も同じだと。


 チヨ婆の遣いであることを知った月鬼は、ニヤリと笑う。こいつらを脅せば憎きチヨ婆の居場所を知れると。紫蓮も構える。

 月鬼が能力を使った。月鬼はまさしく月のような能力を持つ。月は太陽の光の反射、太陽の影のような存在。

 月鬼は多数の分身と多数の影分身を作り出し、紫蓮たちを翻弄する。これ自体はチヨ婆に聞かされていたことだ。だが問題はどれが分身でどれが影分身かということ。

 月鬼の分身とは実態のない月鬼の姿をしたモノで、触れることは出来ない。一方月鬼の影分身は実態があり触れることが出来るため、こちらへの攻撃も仕掛けてくる。

 本体はもうどこかに隠れてしまった。おまけにチヨ婆の話では、月鬼は分身にも影分身にも本体と入れ替えさせる事が出来るらしい。

 勿論直ぐに入れ替わるのではないが、仮に本体だと気付いて追いかけても、この入れ替わりですぐ見失ってしまうのだ。

 大鬼であるため心臓と脳を潰す必要がある。香苗は最初に殺せなかったことを後悔する。

 紫蓮としては、あの程度の攻撃で死ぬようなマヌケなら楽しめもしないと思っていたが、月鬼の能力を見て微笑する。

 紫蓮たちは月鬼の分身と影分身と戦う。分身は一撃当てれば消えたが。影分身は首を斬らなければ死なない。

 流石に影分身は中鬼刀を持つ康家と美月には厳しかった。香苗がサポートする。三人がかりで一体の月鬼の影分身がやっとだ。

 対して紫蓮は一人で月鬼の分身と影分身を相手にした。影分身でも斬れれば鬼刀『紫鬼』で能力を奪えるかと思って血を吸わせるが、能力が発動しない。

 正確にはこの前に知夜里と出会った時殺した歌操という名の操作能力が発動した。だが月鬼には当然効かない。


 仕方なく月鬼本体を探すが、いくらでも湧いてくる分身と影分身に苦戦する。

 分身と影分身の身体能力というか、素早さと攻撃力は同じらしい。耐久力だけ違い、分身や影分身は脆いのだ。

 そして美月が何かを叫ぶ。恐らく月鬼の分身全体の総数は変わらないと。そして何処からでも湧くのではなく、本体の傍から湧くのではないか? と。

 それを聞いていたのか月鬼の影分身が美月を襲う。ギリギリで『黒天』の能力で美月を助けた香苗は紫蓮に言う。突破口を開くと。

 香苗は『黒天』の能力で影分身と分身を消しまくった。刃の羽が月鬼の分身たちを切り裂いていく。紫蓮は走った。分身を湧かせている本体が見つけられた。

 それでも分身たちが邪魔してくる。紫蓮は切り崩しながら本体に迫った。本体を斬った、そう思った時だった。

 入れ替わりによって替わった分身だったのだ。背後から襲われる紫蓮。紫蓮は難なく受け止めた。問題なんてないはずだった。

 月鬼の爪による攻撃を、受け流す技『雨雫』で流し、胴に一撃を入れようとする。だが更に入れ替わりが行われ、今度は横から二体の月鬼が襲ってくる。

 どちらかは本体だと踏んだ紫蓮は回りながら斬る『回天』を放つ。だがどちらも影分身だった。

 月鬼は更に後ろに下がる。月鬼からしても鬼刀『黒天』と『紫鬼』は脅威だったようだ。影分身ですら中鬼刀では斬れない。だが容易に傷をつけてくる紫蓮と香苗に、月鬼には焦りすら見えた。


 紫蓮からしても面倒だと思っていた。香苗も紫蓮の隣に来る。康家と美月は後ろに下がった。

 香苗は連携で倒そうと言う。だがその言葉に紫蓮には不安要素があった。とはいえ香苗の気持ちを無下にするわけにもいかない。

 紫蓮は頷いて後方からの支援を任せた。香苗は笑って引き受けた。『黒天』の効果範囲は広い。わざわざ前に出る必要もない。

 香苗による『黒天』の刃の羽で分身と影分身を蹴散らしながら月鬼に詰め寄る二人。

 紫蓮はチヨ婆から月鬼の性格については詳しく聞こうとしなかった。ただ意地を張るやつだったとこぼしたチヨ婆の台詞が頭に残っていた。

 だから背を向け走って逃げることなんてしないと思っていた。それが油断だった。月鬼は紫蓮たちに背を向け全力で逃げようとしたのだ。

 慌てて追いかける紫蓮と香苗。だが月鬼の身体能力は高い。追いつけないと思った時だった。

 月鬼が足を滑らせて転びそうになる。なんとか堪える月鬼だったが不意に雷のツッコミが入る。

 逃げてんじゃねぇ! というツッコミはカゲチヨが放ったもの。一瞬呆けた月鬼はハッとして中鬼程度に止められたことに怒る。月鬼はカゲチヨを殺そうとして殴りかかった。

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