第13話「周囲にバレる」
決死の覚悟で突撃したため羅奉の攻撃をモロに受け致命傷となってしまった紫蓮は、皆のいる前で鬼に戻ってしまう。
鬼刀『紫鬼』を持った香苗と、康家と美月の連携で羅奉を倒した喜びも束の間、紫蓮が大鬼だった事を知った隊員たちがパニックになる。
一鬼のところに駆け寄った康家は皆に、彼が敵ではない事を説明するが、多くの隊員は鬼が味方なんて信じられないと言った。
康家にとっても誤算だった。黒天狗を倒した時に説明出来ていればもっと混乱は収まっていたかもしれない。
羅奉を倒した後にでも、いやもっと後に……という思いだった康家は後悔する。だがどの道信頼は得られ辛かったかもしれない。
神鬼を倒した鬼であるとは流石に一般隊員には言えない。少なくとも本部の許可を得ない限りは。
やがて時間が経ち、一鬼は紫蓮に戻るがどう足掻いても信頼は戻らない。人の姿であっても中身は鬼なのだ。
やがて三番隊と四番隊に囲まれた紫蓮だったが、康家に抵抗せずにこのまま連れて行かれて説明した方が良いと言われて従う。
美月と香苗とは離され四番隊隊長と副隊長に両手を縛られる紫蓮と康家。紫蓮は香苗に目線で『紫鬼』を任せた。香苗は頷いて『紫鬼』をしっかり握りしめる。
鬼狩り隊本部に康家と共に連行された紫蓮。『鬼殺街』の中心地に着いた紫蓮は面接の時のように本部のビルを昇っていくのかと思った。
だが本部の幹部はそんなわかり易いところにはいない。エレベーターは地下へと降りていく。やがて地下の会議室に着いた。
幹部を守る一番隊隊長と副隊長、街を守る二番隊の隊長と副隊長と、四番隊隊長と副隊長が紫蓮に席に座るように言う。
席に着いた紫蓮に幹部たちはゆっくりと話をした。紫蓮の目的と何故人間の味方をするのかを。
本来ならば康家が話していればスムーズだったのかもしれないが、康家も自身の目的のために話すのを渋っていたのだ。紫蓮が本部の言いなりにされては困るから。
紫蓮は康家と約束を交わしたことと、自分が人を食べない鬼食いであること、そして鬼を恨んでいて人の味方をしたいということを話した。
幹部はそれなら何故、一鬼の姿で鬼を殺して回ってくれないのかを問う。紫蓮はそれが酷く単純作業でつまらない事だからだと言った。
やはり鬼かと呟いた幹部の一人。だが康家は鬼の力を封印した状態なら、紫蓮は協力してくれる事を強く言う。
また『紫鬼』は一鬼の腕を三本使って作った強力な鬼刀。勿論現在制作中の黒天狗の血肉を使った鬼刀にも期待できるし、これから作られるだろう羅奉の血肉を使って作られる鬼刀も強力なものになるだろう。
それらも重要ではあるが、やはり『紫鬼』の能力は強い。だが幹部たちからすれば、それさえあれば勝てるのではないか? と考えてそれを言う。
紫蓮は勝手に使われるくらいなら一鬼に戻ってでも取り返し、もう人間には協力しないと言った。『紫鬼』は紫蓮の物であり、自分が大鬼たちとの戦いを楽しむために所持している物だ。
そんな紫蓮を見た本部最高司令官のお爺さんは、唐突に大爆笑した。笑い声は数十秒間に及び、むせ返ったお爺さんは言った。
一鬼は神鬼を殺してくれた英雄でもある。彼の働きがなければ、いつか人の世が終わっていたかもしれない。だから今回のことに関して不問にすると。
不満のある幹部もいたが、最高司令官が言ったことは事実だ。確かに紫蓮を敵に回すのは得策ではない。
だが康家には隠匿の罪がある。紫蓮の事をもっと早く本部にだけでも知らせていれば混乱は避けられた。
康家にも言い分はあるだろうが、これは許される事ではない。康家は三番隊隊長の座を退くように言われた。
紫蓮はそれならばどこに就けばいいのかを聞く。幹部は紫蓮に三番隊隊長に就くように言うが、紫蓮は康家のいない場所には就く気はないと答えた。
そもそも鬼であることがバレた紫蓮に信頼される場所がない。幹部は頭を悩ませた後、鬼狩り隊特別隊という隊を作ることにした。
今は特別隊の隊舎はないが本部のある『鬼殺街』から少し離れた四番街に作ってくれるという。
どの街にも二番隊の隊舎はあるから、そこを借りてもいいんじゃないかと問う康家に、鬼と一緒に寝られる者がいるなら探してみろと、ある幹部は怒鳴る。
それなら各街に特別隊が安心して寝泊まりし作戦を練る事が出来る場所を作るよう頼んだ紫蓮に了承した最高司令官は、隊舎ができるまでは宿で寝泊まりするように言う。
一般の人々は紫蓮が鬼であることをまだ知らない。人の口に戸は立てられないと言う言葉があるものの、とはいえまだ隊員たちも混乱の中でどうしたらいいのかわからず、今は口を閉ざしていた。
黒天狗を殺してくれたヒーローが実が鬼だったなんてどう説明したらいいか分からないし、見た者にしかわからないためホラ吹き呼ばわりされるかもしれない。
美月と香苗は本部の一階のロビーで、紫蓮と康家がどうなるのかを、ソワソワしながら待っていた。
話し合いの後に解放された紫蓮と康家の元に駆け寄った二人は、康家から三番隊隊長剥奪の事を聞き、口を押えて驚く。
だが特別隊という隊が作られて、康家と紫蓮がそこに配属になることを聞いた美月と香苗は、自分たちも入ると志願する。
元々四人のチームだから希望するなら入っていいという事を確認していた康家はにっこり笑った。
三番隊北支部に戻った四人は、荷物を整理して片付ける。康家は書類を作り、異動願い四人分を本部に提出した。
隊員たちに迷惑がかからないように一番街から少し離れた二番街の宿に移る。
三番隊隊員たちの多くは主に康家と美月を、敬礼で見送った。
二番街に着いてから、宿をとった時にはもう辺りが暗かった。一番街である『鬼殺街』とは違い、暗くなると人は
一番街は暗くなっても飲みに騒ぐ人々が多かった。二番隊の隊舎に囲まれる中心街は特に毎日騒がしい。
だがこの二番街は守りが少し薄くなる分、人も鬼の恐怖が残っているため、出歩く人も少ないのだ。
代わりにここは職人の街だった。工場だけは一番隊の管轄で守られていたし、職人たちは多くの武器を作る。鬼の血を研究して、より強い鬼刀を作る。
康家は職人のところに訪ねて、黒天狗の血肉で出来た鬼刀の出来具合いを聞く。職人はもうすぐ出来ると言った。美月はふと気になって尋ねた。
神鬼の血肉で出来た鬼刀はないのかと。もしそんな物があれば脅威だ。神鬼の能力は人間を鬼に変える能力。
刀で斬りつけ人を鬼に変えることが、もし出来てしまったら……。だが康家は首を横に振る。
神鬼の脳は行方不明だし、体は一鬼が食べてしまったと。
美月は少しだけ安心して康家と共に工場を後にする。香苗は紫蓮を見ていた。それは杞憂だと香苗は信じようとした。
一鬼の能力は触れた鬼の能力をコピーしてストックする。いくらでも蓄えられるらしい。勿論一鬼の時に触れていなければならないが。
当然神鬼には触れていたはず。それならば彼は……。
香苗は歩いていく紫蓮の後ろ姿を見ながら考える。彼は人間の味方だ、きっと鬼をこの世から消してくれるだろう。
だが彼は人を食わない代わりに鬼を食べる。今は鬼で溢れている世の中だから大丈夫かもしれないが、もしこの世から鬼がいなくなってしまったら、彼は何を食べるだろうか。
もし……もしもだ。彼が神鬼のように人に牙を向いたら。人間は一鬼に勝てるだろうか?
そんな日が来ないことを香苗は祈る。宿について窓の外を見ながら風に当たる彼女は、同室の美月に相談した。
真剣な面持ちで話を聞く美月は、話し終えた香苗の頭を抱き撫でて言った。その時は命を
殺そうと言わないところに、香苗は美月の甘さを感じていた。だが何となく香苗自身も一鬼を殺したいとは思えなかったから、頷いて床についた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます