第11話「羅奉」
黒天狗が死んだ噂は瞬く間に各地に広がった。とうとう神鬼以来の大鬼が討伐されたのだ。
神鬼を倒してから電波塔を建て直し、通信機も使える時代だ。当然大鬼も通信機を奪っていて情報を得ている。
黒天狗を倒した者の名前だけが各地に広まる
。神代紫蓮とは一体何者なのか、皆興味津々だ。康家は名前が出回ることで一鬼の情報に繋がらないか不安を覚えたが、紫蓮はその心配はないと言う。
情報サイトを運営しているのが鬼狩り隊本部のみのため偏った情報が拡散される。
五王である羅奉は噂を聞きつけた時、黒天狗を殺した人間は殺さないと危険だと感じていた。
通信機から得られる情報は限定的で、確実と言える物は少ない。人々は一昔前のように掲示板で盛り上がり、かつてない熱気に包まれている。
この状況は良くないと感じた羅奉は、人牧場を中鬼に任せて、情報収集のために単独行動に出る。流石に留守は任さなければならないため一人で行動したのだ。
ここまで羅奉が積極的に動いたのには訳がある。人牧場の管理をしていた彼は牧場内ならほぼ無敵と言っていい。それでも黒天狗のように自分の陣地で陣取っていては負けると
能力的には申し分ない羅奉が陣にどっかり座っていれば紫蓮たちに勝ち目はないと紫蓮は思っていた。広大な人牧場では分が悪いのだ。
紫蓮はもし羅奉が街を襲い、街の中で戦闘したなら……何とかなるかもしれないと思っていた。
正直言うと一鬼であれば羅奉は瞬殺できる相手である。羅奉の能力なんて一鬼からしたら余裕で跳ね除けられる。
だが人間の姿では話が別だ。羅奉の能力は猛威になり、障害物がなければ上手く戦うことが叶わないだろう。
それなら一鬼で殺せばいいと言うのは紫蓮には無粋な話になる。
羅奉は情報収集のために熱心に人を脅して殺して食べて回った。通信で得られる情報では黒天狗を殺した人間にたどり着けない。
そもそも不快だった。黒天狗が死んだことは羅奉にとってどうでもいい。だが人牧場を管理する羅奉を殺せるかもしれない、あわよくば鬼のいる世界を全てなくせるかもしれないと人々は噂した。
それが羅奉にとって不快だった。人間如きが騒いではしゃいで、鬼は舐められたものだと。だから見せしめに人を殺していく。出てこれるものなら出てきてみろと言わんばかりに暴れる羅奉。
警報は鳴り響き続け人は逃げ回る。首根っこを掴まれた人は涙を流し、殺さないでくれと嘆願した。
それを聞いた羅奉は神代紫蓮を連れてきたら見逃してやると言った。
それならば鬼狩り隊本部に迎えばいいと言う人に羅奉は渋い顔をした。
鬼狩り隊本部のある『鬼殺街』には一度攻め入ったこともある。その時は黒天狗も一緒だった。
だが黒天狗と羅奉は敗走した。正確に言うと攻めきれなかったのだ。多くの人間を殺せたが、多くの同胞を失った。
羅奉の能力は守りに向いていて攻めに向いていない。黒天狗もそうだ。入り組んだ建物や障害物をいくつも置いている『鬼殺街』を攻め切るのは難しかった。
小鬼はともかく中鬼の浪費は厳しい。もう神鬼はいない。鬼が増えることはない。黒天狗のように同胞を大切にするべきだ。
だから羅奉は人牧場に戻り守りを固めた。腹の減った鬼たちに人間を提供するために。
そんな過去があるからこそ、今の羅奉は異常だった。とはいえ準備は怠らない。周囲を焼け野原に変え、攻められるものなら攻めてこいと言う姿勢で人を襲う。
これは鬼狩り隊にとって不測の事態ではなかった。特に本部の人間には願ったり叶ったりだ。
人々が襲われることは申し訳ないが、これも羅奉討伐のために康家が立てた計画のうち。
人牧場には沢山の中鬼がいる。当然のことだが人牧場は森より範囲が狭い。そんな中に中鬼が沢山いるのだ。
黒天狗戦のように戦力を分散できない。その上で羅奉の能力に襲われてしまうと、全滅する恐れもある。
羅奉の能力はよく目立ったためよく知られている。康家も計画を立てるのに、おびき出せないかを考えていた。それを本部に相談した時、この作戦を言われたのだ。
それは康家が選択したくない方法だった。だが同時にこれしかないと思えた。紫蓮の名を人々の希望に羅奉をおびき出す。
羅奉ならば人牧場は放棄できないと、部下を置いていくだろうという考えだ。それは正しかった。
鬼狩り隊本部の人間たちはすぐさま情報を流した。世間の口に戸はたてられぬ。羅奉は躍起になって人を襲いに来るはずだ。
羅奉が暴れていることを四番隊の情報網から知った本部は羅奉討伐の作戦を立てるように康家に言う。
既に二番隊にも被害が出ている。予想通り羅奉が『鬼殺街』より遠くにいることを鑑みて、徐々に近づいて来ながら様子を見てくるだろうと予想した康家は、羅奉が通るだろう町のルートを思案して作戦を組んでいく。
今回は少数精鋭で行くことを決めた康家は、羅奉を取り囲むのではなく待ち伏せする形にする。
地図を見ながら頭を悩ます康家。この間にも人々は殺され続ける。焦りのままに悩む康家に紫蓮は言った。
下手な鉄砲数打ちゃ当たる、康家に少数精鋭は少数精鋭でも、いくつかの街に配置した鬼狩り隊に、逃げながら誘導する部隊を作れと。
紫蓮の名は知られている。ならばその名を利用して、紫蓮はこちらに居ると誘導すればいいのだ。
鬼さんこちら手の鳴る方へ。まさに鬼相手に有効だろう。康家は頷いて作戦を部隊に言い渡した。
三番隊だけでなく四番隊にも協力してもらい羅奉誘導作戦が始まる。
紫蓮含む康家チームは、現在羅奉がいる町とは少し離れて配置する。
勿論人々には退避してもらって待ち構える。三番隊の隊員たちと四番隊の隊員たちが必死になって防壁を組む。彼らは以前羅奉と戦ったことのある人達だった。
羅奉の能力の恐ろしさを知るからこそ、紫蓮に少しでも全力で戦ってもらうために障害物を組む。
彼らにとって紫蓮は希望の星だった。勿論任せきりにするつもりはない。それでも自分たちは体を張った防御にすらならないとさえ思っているからこそ、羅奉の能力から一時でも凌ぐ壁を作り続けた。
ちなみに康家と美月は以前の羅奉襲撃時、別の任務に就いていて能力を知らない。康家は紫蓮から聞いていて何となく想像がつく程度。
美月は共に戦うために情報共有を求めた。それは香苗も同じだった。
紫蓮は羅奉の能力を説明する。それはまるで魔法使いのような能力だった。
まず火。巨大な炎を操るその能力は人を一瞬で丸焼きにする。
次に水。躱しても濡らし人の体力を奪うような水鉄砲は近距離なら水圧カッターにもなる。
そして風。強力な突風を巻き起こす風の能力は人を近づかせず吹き飛ばす。
更に雷。一瞬の攻撃は躱すことが困難で、動けなくする。ただこの雷は範囲が小さく、強力であるが故の弱点もある。
これらを聞いた時、美月と香苗は攻略が不可能ではないかと思った。
もし風で近づかせないようにしながら水に濡らせ雷で足止め炎を撃たれたら、ひとたまりもない。
だが紫蓮は言う。羅奉はこれらの能力を同時に使うことができないのだ。そこにつけ入る隙がある。
とはいえ切り替えは直ぐに可能なので、焦りは禁物である。一瞬でも気を抜いて炎で丸焼きにされたら元も子もない。
一番火力のあるのが炎の能力だと言った紫蓮は、隊員達が鉄パイプで防壁を作っていくのを見て感心した。
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