第10話「祝勝会」

 黒天狗の二つに割れた頭と体を持って帰った紫蓮たちに祝勝会が開かれた。

 ヒーローは紫蓮だった。本部に近い中央区画で宴会が開かれた。紫蓮は気が進まなかったが美月と香苗に勧められ、渋々参加する。

 実際に血を流しすぎていたのもある。宴会が開かれる前に治療を受ける隊員たちだったが、紫蓮は必要ないと突っぱねたのだ。

 傷なんて舐めてれば治るという紫蓮に、お前は猫かとツッコミを総員から受け笑われる紫蓮は、ため息をついてそれぞれの顔を観察していた。

 誰もが明るい顔をしていた。この宴会を眺めていた時、紫蓮はふとある情景を思い出す。

 それは神鬼が開いた宴会。あれもこんな風な情景だった。ただ違うのは並ぶ料理。何の肉が使われているか。

 それを思い出した紫蓮は目を細めた。豚や鶏や牛の肉を食べる人間と、人の肉を食べる鬼たち。その差は何かと。

 神鬼が開いた宴会では鬼たちはどんちゃん騒ぎをしてはしゃいでいた。今目に映るこの人間の宴会も大差ない。

 豚や鶏や牛を食べて良くて、人の肉を食べていけない理由は恐らく道義的なこともあるが、不味いからというのもあるだろう。

 鬼にとって家畜の肉より人間の肉の方が美味い。ちなみに一鬼にとっても最初で最後に食べた、人間である母の味は吐き気はしたが美味かった。鬼はあまり美味しくない。ただ空腹を満たすだけである。


 紫蓮は一口牛肉を食べてみた。人の姿になって食べる必要はなかったため人の食事をしていなかった。

 それは確かに美味だった。久しぶりに美味しいという感覚に襲われた紫蓮は食事をがっついて食べた。

 腹いっぱいになり皆が談笑する。紫蓮は席を外した。窓の外の月を眺める紫蓮は後ろから声をかけられた。

 それはある隊員だった。媚びへつらいながら近づいてくるその隊員は、黒天狗を倒した『紫鬼』を見せて欲しいと嘆願した。

 紫蓮はその隊員に興味もなかったが、『紫鬼』を貸す。やがてその隊員は、鬼刀を交換してくれないかと言った。

 形見であるため不可能だと答えた紫蓮は『紫鬼』を眺め続けるその隊員に、刀を返すように言う。

 だが隊員はニヤリと笑って刃を紫蓮に向ける。そして血を『紫鬼』に吸わせ能力を使う。死にたくなければ交換しろと言うその隊員に、呆れて殴りかかろうかと思う紫蓮。

 だが様子を影から見ていた香苗が、一瞬の隙に鬼刀をその隊員の喉元に突きつける。慌てた隊員は降参し、『紫鬼』を投げ返し一目散に逃げていく。


 紫蓮は……人も鬼もつまらない奴が多いなと言った。香苗は悲しそうな顔をして、そんなことはない、一部の人間だけだと言った。

 鬼は良い鬼はいないと香苗が言った時、紫蓮が香苗を見ていた。例外もあるようだけど、と鼻をかきながら笑った香苗に思わず紫蓮は吹き出した。

 宴会は終盤を迎え、皆盛りあがっていた。席に戻った香苗と紫蓮は酔っ払った美月に捕まる。

 康家は、美月は普段はこんなに飲む人ではないのですがと釈明した。美月にとって今回のことはとても嬉しい事だったらしい。

 酔っ払いの相手をしながら紫蓮は改めてこの光景を心に残した。

 人の喜ぶ姿を見たのは久方ぶり。神鬼が殺された時もこんな風に喜ばれたらしいが、とにかく紫蓮にとってこの光景は、顔にはほぼ出さないが気持ちのいいものだった。

 宴会が終わり隊員たちはフラフラしながら宿舎に帰っていく。今は香苗と紫蓮も隊長室のある北支部で寝泊まりしているため、酔っ払った美月を背負った紫蓮が香苗と共に帰る。

 康家は先に用事があるからと北支部に帰っている。紫蓮は美月を背負ったまま黙って歩いていた。

 ふと香苗が声をかけた。紫蓮は前を向いたまま話を聞く。彼女は一言、人間の味方をしてくれてありがとうと言った。

 北支部に着き部屋に美月を寝かせた紫蓮は香苗にも休むように言う。紫蓮のことを心配する香苗に、鬼としての食事をすれば良いから気にするなと言う紫蓮。

 眠らないのかと無粋に問う香苗にはもう答えは分かっていた。鬼は寝ることはない。紫蓮の体は仮物で、彼は寝る必要がないのだと。

 紫蓮は香苗の頭を撫でてやり、一人闇の中に消えていく。香苗はその背中を見つめることしか出来なかった。


 皆が寝静まった頃、結界の外に出た紫蓮は鬼に戻り食事を摂りながら、いつの間にか結界の外についてきた康家に言う。

 これでまだ六王の一角を倒したばかり。一神いちじん六鬼ろっき六帝ろくてい六王ろくおうと呼ばれる大鬼たち。一神は神鬼だからもういない。その下に六人の大鬼と、六人の帝鬼と六人の王の鬼がいる。

 それぞれただの名称だが、強さの順もしくは厄介さの順で並んでいる場合が多い。黒天狗は六王のうちの六番目の王。実力としてはまだ低い方だ。

 とはいえ一神六鬼六帝六王は、神鬼が定めた基準だから正確に強さの順かどうかはわからない。だが黒天狗より厄介な奴がこの上に何匹もいるのは間違いない。ちなみにこれらは幹部のみの計算のため、実は他にも大鬼は沢山いる。

 やっと氷山の一角を倒したに過ぎない。この中にも実は鬼食いが他にいると言うことだけ康家には話している。六鬼のうち一鬼は紫蓮、三鬼はあの日殺されていて二鬼は逃げている。残り三匹は所在不明。

 六帝六王に関しては、わかっていたのが黒天狗。分かりやすく陣取っていたのを一鬼だった時に知っていたからこその情報である。

 ここからは後手に回るかもしれないと紫蓮は康家に言う。康家も情報が出ない大鬼たちの暗躍にヤキモキしていたところ。人里を襲っては大暴れし人を食い、囲まれる前に去っていく奴らの尻尾を中々掴めない。

 とはいえ今のところ実はもう一人宛がある。それは五王である羅奉らほう。彼は巨大な人牧場の現在の管理人であり、守りには中鬼が多くいる。

 人牧場は見捨てておけない、そう言う康家に首を横に振る。羅奉が人牧場を放棄して襲ってこない限り、相手するのは困難だと。羅奉の能力はわかっている。それは紫蓮とは相性が最悪だった。

 とにかく作戦を練ろうと言う康家。そういえばと、紫蓮に尋ねる。

 今は彼は一鬼として食事をしているところだ。一鬼に戻る際、彼は『紫鬼』で胸を切っているはず。それは能力の上書き的には大丈夫なのかと、ふと康家は思ったのだ。

 一鬼は鬼を食いながら『紫鬼』を康家に渡した。康家は血を吸わせ能力の発現を確かめる。まだ黒天狗の能力が残っている。


 安心した康家は、一鬼に『紫鬼』を返した。小鬼を貪り食う彼を見つつ、人間 牧場解放の作戦を考える。

 だがそれより何より康家にとって大切な事があった。康家は一鬼に約束の話をした。

 勿論一鬼は忘れてはいない。一鬼は紫蓮の姿に戻り結界の中に入りながら、康家と約束を再確認する。

 紫蓮は北支部に戻る。食事を終えた彼はもうやることがない。眠ることがなくても用もなく街を彷徨く必要もない。

 康家は招集がかかったため本部に向かう。恐らく今後の動きについてだろうと予想していた。

 きっと間違いなく本部は人牧場解放のために動けと命令してくるに違いない。五王の羅奉はどんな能力なのかは、まだ紫蓮から聞いていない。

 いちいち勿体ぶるよなぁ、と康家は半笑いになりながら本部に向かった。紫蓮は全部の情報を一遍に出してくれない。

 それは約束に関してもそうだった。紫蓮は、今言う必要がないと言って教えてはくれないのだ。

 とはいえ、ある意味それも幸をなしているとは言える。康家も約束に関して、知ってしまえば冷静で居続けられる自信はない。常に約束のための作戦を考える事に集中してしまうだろう。

 無駄に情報を出す必要がないという紫蓮の考え方は間違ってはいなかった。

 本部では勝利の労いと共に、やはり人牧場管理者である鬼を討伐するように言われた。

 康家は話し合いの後に北支部に帰る。美月と香苗を起こさないようにしながら、自身も一眠りしておくことにする。

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