第9話「黒天狗との決戦」
黒天狗は余裕のある声で紫蓮たちに語りかける。お前たちがここにいる必要はもうない、無駄死にしたくなければ帰れと言う黒天狗に紫蓮は笑った。
中鬼がいない間なら少なくとも黒天狗の能力以外、注意する点がない。康家は美月と香苗と共に黒天狗を四方で囲む形をとった。そして美月と香苗に周囲に注意するように言う。
黒天狗は訝しんだ。四人で襲ってくる気配もない。まるで紫蓮だけで戦うと言ってるような四人の配置に、まず能力を使う。
それは鉄の刃の羽。鋭い無数の羽を飛ばしてくる。当然康家と美月と香苗の方にも飛ばし近づかせない。
鬼刀で防ぎ切れない数の刃の羽に四人の皮膚は裂けて血が出る。だが紫蓮は関係なしに突っ込んだ。
黒天狗は羽を自在に操り一点集中させ、紫蓮に向けて飛ばした。それを易々と鬼刀「紫鬼」で防いだ紫蓮。
黒天狗は慌てて三点集中で紫蓮の正面とサイドから攻める。紫蓮は構え直し居合斬りで大きく弾く。
羽をばら撒き手数で勝負する黒天狗だったが、正確に弾きながら多少の手傷は関係なく向かってくる紫蓮に恐れを抱いた。
首を横に振る黒天狗。人を恐れるなんてことがあるはずがない。囲まれているため後ろに退がることも出来ない。
否、後ろに退がろうと考える間もなかった。とにかく自慢の羽で紫蓮を殺そうとする。黒天狗は必死になっていた。人間なんかに負けるはずはない。
実際多くの羽が紫蓮に飛んできていたが、紫蓮は致命的な攻撃以外を無視して走った。やがて距離が詰まる。
後ろから迫る羽を回転斬りで防ぎながら黒天狗を斬りつけた。
ガッツポーズをする康家。それに不快を感じる黒天狗だったが、康家がガッツポーズをしたのには理由がある。これで心置き無く「紫鬼」の能力を使えるからだ。
黒天狗が退るのに対し美月と香苗は挟み撃ちにしようとするが、黒天狗も既に退きながら羽を展開し直している。易々とは近づけない。
黒天狗は一度退いて他の中鬼と連携するべきだと考えた。そして羽を集め飛んで逃げようとしたのだ。
人は自分の力で空を飛べない。だが黒天狗は飛んで退くことができる。
だからこそ、空にいたまま戦うべきだったのだ。それは油断だった。人と同じ高さにいても黒天狗に敵うものなどいないだろうという。
だから『紫鬼』で斬りつけられてしまった。致命傷にならなくても、それは確実に紫蓮の勝機だった。
紫蓮は『紫鬼』に血を吸わせ能力を使う。そして黒天狗同様、鉄の羽を作り出し飛んだ。飛ぶ原理は分かっている。足の下に少し大きめの刃を作り出し浮くのだ。
それに驚いた黒天狗はある鬼を思い出す。必死に抵抗する黒天狗だったが、同じ技で打ち消し近づいた紫蓮の回転二撃で心臓と首を切り裂かれ、首は地に落ちる。
落ちた体の心臓を復活しないように突き刺す康家は、美月と香苗に彼らを二人きりにするように言う。
最後に紫蓮が一鬼であることを知った首だけの黒天狗は、飲み友達でもある自分を何故殺すのかと紫蓮に問う。彼が鬼でなければもっと楽しい余生を送れただろうと紫蓮は言った。
鬼であるのはお前も同じだろう? と問う首だけの黒天狗に笑った紫蓮は、ただ遠くを見る。
何故俺たちは鬼にされなければならなかったのだろう? と紫蓮は言う。人間で十分だろうと。
もう戻らない日常、人を食う鬼は死ぬべきだと言う紫蓮に鬼を食う鬼は死ぬべきではないのか? と問う黒天狗。
どちらにせよ勝てば官軍だと言う紫蓮に黒天狗は目を瞑る。
紫蓮は最期に、さらばだ友よ……と言って黒天狗の脳を割った。
紫蓮はしばしの間目を瞑って思い出していた。鬼だった頃、酒を飲み交わし共に語った、各々が人間の頃の話。
黒天狗は本当は心優しい人間だったはず。それでも人間だった頃の事を捨て人を食う鬼となった彼は殺されるべきだった。
黒天狗の討伐は成功した。美月と香苗は紫蓮に駆け寄り抱き合った。
とはいえまだ中鬼の討伐も残っている。他の部隊はきっと苦戦している。戦死者も出ているかもしれない。
康家は状況を確認する。それぞれの箇所に配置された四番隊調査報告部隊に連絡をとった康家は、一番苦戦を強いられている北東にいる隊員たちをまず助けることを決めた。
救援に向かった紫蓮と康家と美月と香苗の活躍で、中鬼を切り崩していく。
『紫鬼』の能力で鉄の刃の羽を作り出す紫蓮を見て、中鬼たちは黒天狗が裏切ったのかと思うが、黒天狗の姿はどこにもない。
紫蓮は黒天狗の死を知ったら中鬼たちは逃げていくだろうと思った。弱い奴らを相手にするのは面倒だ。中鬼程度なら美月や香苗でもなんとか勝てる程度。
だから紫蓮は知らせてやった。黒天狗は死んだ、俺が殺したと。鬼刀の能力が黒天狗の死を確かに告げた。
それを知った中鬼たちは怒り狂い、紫蓮を襲う。
その意気込みを買った紫蓮は、笑って戦った。黒天狗の能力は強力だ。羽をばら撒き傷をつけるなんてちゃちな真似はしない。そんなのは人間に通用する手段だ。
一本の線のような刃の羽が中鬼の首を切り落とし、更に集中豪雨のように中鬼の脳を壊す。
紫蓮は『紫鬼』を鬼に当てないように気をつけた。気を抜けば斬りかかってしまいそうになるが、抑える。
退屈な能力だ、紫蓮はそう思った。だが便利な能力でもある。この森の鬼を殲滅するまでは使わせてもらうことにする。
鬼刀『紫鬼』は斬った鬼の能力をコピーする事が出来る。小鬼は能力を持たない鬼なので意味ないが、中鬼以上なら能力を奪える。一鬼の触れた相手の能力をコピーする能力と同じだ。
ただしコピーした能力をストックしておくことが出来ない。別の中鬼以上の鬼を斬ると上書きされてしまうのだ。能力の大きさは関係ない。
黒天狗の能力を維持させたまま、『紫鬼』の能力を使う紫蓮は、黒天狗が昔この能力で戦闘機を何機も堕としたことを思い出した。
万能なこの能力は人に恐れられ、戦車の砲弾すら壁のように集めた刃の羽を貫通しない。
流石に戦車や戦闘機を破壊するまでには至らない能力だったが、戦闘機のエンジンや戦車の機動能力を潰した後、中の人を殺す光景をよく見ていた。
黒天狗は間違いなく人々に恐れられる大鬼だった。そんな彼はもうこの世にいない。
怒りのままに襲い来る中鬼たちを黒天狗の能力で殺しながら感慨に耽ける紫蓮。
だが最早、鬼側の勢力は少なくなっていた。小鬼はほとんどが逃げ出した。黒天狗と忠誠を誓った中鬼たちだけが逃げなかった。
彼らは黒天狗がいたからこそ一大勢力を築けたと思っている鬼たちで、弔い合戦と思っていたのかはわからないが一匹も逃げることはなかった。
やがて敵がいなくなる。紫蓮たちの完全勝利だ。隊員たちは雄叫びをあげ喜んだ。
歓声の中、一番の功労者である紫蓮は注目された。紫蓮にとってそんなことはどうでもいい事であり、さっさと帰ろうと言う。
康家は紫蓮の頭にポンと手を置き撫でる。嫌がる紫蓮にこっそり、これで実証されたねと言った康家は彼にウインクした。
大鬼を人の手で殺すこと、それが実証されたのだ。今まで絶対に不可能だと言われていたこと。
神鬼が一鬼によって殺されたのは鬼狩り隊本部の者も知る事実。それは大鬼よって大鬼が殺されたというだけの事だった。
大鬼は人の手、まぁ仮の体とはいえだが、紫蓮の手によって殺せることが実証された。
勿論『紫鬼』の存在が大きい。この鬼刀がなければ黒天狗には逃げられていただろう。
そして紫蓮の類まれなる剣術もまた大鬼を狩るに適している。彼の技があるからこそ『紫鬼』が刀として上手く働く。
勝利の旗を掲げて帰る三番隊の康家の運転する車の中で、遠くの空を見つめる紫蓮を、香苗はただ無言で見つめていた。
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