第7話「紫蓮(一鬼)の過去」
紫蓮は斬りかかってくる香苗の気持ちがわかると言った。人にとって鬼は全て敵。だが紫蓮からすれば好きで鬼になったわけでも、好きで人と敵対してるわけでもない。
それを理解してもらうために、紫蓮は康家がした神鬼を殺した当時の話より、更に昔の話をする。
それは彼が鬼にされた時の物語。
──────
神鬼が日本に現れて間もない頃、ある田舎町を拠点として様々な剣術道場の技を会得した神代流剣術道場の師範代である紫蓮は、最近増えてきた鬼の処理に追われていた。
紫蓮は神代流剣術の全ての技を継承した凄腕で、日本刀も合わされば生半可な鬼は敵わなかった。その頃はまだ小鬼ばかりだったからだ。
何故こんな生き物が世界中に現れ始めたのか、学者も頭を悩ませていた。銃でなかなか殺せない小鬼に、紫蓮は日本刀が最適解だと思っていた。
食べる気も起きない腐臭した小鬼の肉を燃やし、日々を送っていた。
その日は突然訪れる。人が鬼にされる様子を偶然映したカメラが拡散され、何故鬼が現れるようになったかを世界中の人々が知る。
その様子はテレビに映り、場所も知らされる。紫蓮と家族のいる場所の近くの街だった。
紫蓮は師範である父に、体の弱い母を連れて逃げようと言った。だが父は戦うことを選んだ。紫蓮と母だけで逃げることを言う父に、せめて武運をと父にお守りを渡す母。
紫蓮と母は逃げるが、方向が良くなかった。鬼の大軍がやってくる。紫蓮は技の限りを尽くして母を守った。
四方八方からくる鬼を薙ぎ倒しながら母を逃がす。流石に鬼を完全に殺す余裕はなかったが、その剣術は凄まじく鬼を寄せつけなかった。それが後ろからやってきた神鬼の目に止まった。
神鬼は紫蓮を見て惚れ惚れした。連れてきていた大鬼一人と戦わせる。紫蓮は互角に戦ったが、日本刀でも切れない大鬼に苦戦した。
それでも健闘した紫蓮に神鬼が拍手する。そして紫蓮に近づいてきた神鬼は斬りつける彼をものともせず、頭を掴んで紫蓮を鬼にした。そこから紫蓮の記憶が少し途切れる。
次に気付いた時、紫蓮は母親の体を持って何かをしていた。意識がはっきりし、それが食事だと知った時、絶叫した紫蓮は叫び声をあげながら走った。そして自分の体が大きくなっていることに気付いた。
百六十センチ程の体だった紫蓮は二メートルを超えるだろう体躯になっていた。水面に走り自分の顔を見る。
肌は焼けたように黒く、
せめて父を探そうと、鬼の群衆から抜け出し走ると、お守りを持った首と胴の離れた死体を見つけ、涙も出ない体に紫蓮は絶望した。人を食わないと腹が減ると神鬼に言われたが紫蓮は人を食べなかった。
代わりにイラついた拍子に殺した小鬼を食べると腹が満たされた。
それ以来、神鬼を殺したい衝動が、強い者と戦う衝動に変わり、人間だった頃の記憶と共に鬼食い鬼として長く生きることになる。強大な力を持つ紫蓮は神鬼から一鬼と名付けられた。
やがて襲ってくる人を跳ね除けながら、神鬼を殺すために挑み続けた。
鬼となって一番の恨みは母を食べたこと。美味しいと感じてしまった彼には、死にたい程の屈辱だった。
だからこそもう二度と人は食べないと誓いを立てた彼は、鬼を殺したいと言うよりは人の側に立ちたいと思っていた。
更に彼の性格から、強い者との勝負を好んだ。彼にとって鬼なんていくら殺したって構わない存在。
それは神鬼を殺した時強く出た。このまま一鬼として鬼を殲滅して回ってもいいのだ。だがそれはとてもつまらない。神鬼を殺すまでの間を長く生きた彼は、退屈さも感じていた。
それをある親しい鬼に相談した一鬼は、彼女の能力をコピーしてストックした。
そして人として生きる道を選んだ紫蓮は、鬼を倒す道に就く。それは彼にとってとても楽しみなことだった。
人間を見下し弱い奴と決めつけた鬼たちを、人としての力で倒すのだ。ベリーハードモードのゲームを楽しむ人もいるだろう。一鬼ならばイージーモードだからこそ、神代紫蓮として挑戦するのだ。
康家との約束もある。彼は一鬼に手を貸してくれた。神鬼を殺す手段をくれた。鬼刀『紫鬼』は最高傑作で、斬れ味と能力共に最高だ。
鬼刀は素材になった鬼の能力を引き継ぐ。つまり、『紫鬼』は一鬼の能力が使える。ただしストックはできなかったらしい。
とにかく最早神鬼という縛りがなくなった一鬼は、紫蓮として剣の腕を磨き直す日々を送った。
そうして鬼狩り隊へやってきたのだ。
──────
紫蓮の過去を聞いて美月と香苗は黙る。壁にもたれかかりながら話し終えた紫蓮に、美月は同情する。
鬼を恨み人を食うことを避け続けた彼に、香苗は謝罪して改めて協力したいと言った。
紫蓮はもう人間ではない。鬼の力を封印してる間は、センサーが反応しないレベルで鬼としての要素がないだけ。
元々の神代紫蓮同様の身体能力ではある。だがそれでもそれは仮の姿だ。彼は最早人もどきであり鬼ではないと言えない。
だから人間に協力したいとは思うものの、協調しようとは思わないらしい。
敬語を使う気もない。そもそも敬語とは目上の人にするものだ。鬼として長生きした紫蓮にとって美月なんて可愛いらしい子供のようなもの。
人の世に倣うために生きているわけではない。鬼の世を終わらせたいと思いはするが、紫蓮自身が鬼だからそれは傲慢な理屈でもある。
鬼との勝負を楽しみたいというためだけに、鬼のまま戦わない彼の考えは、評価できるものではない。
それでも康家は紫蓮の力に希望を見た。間違いなく台風の目となる。
康家は紫蓮に改めて協力してもらうための頭を下げた。本来なら隊長が隊員にお願いのために頭を下げるのは変なことだ。
だが康家にとっては一鬼である紫蓮は神鬼を殺した功労者。頭を下げねばならぬ相手。
紫蓮は自分の楽しみのためなら、些細なことだと言った。
康家は騒ぎを起こさせないために美月と香苗に、この話を秘密にするように言う。鬼である彼を信頼できない者もいるだろう。
そもそも紫蓮が一鬼であることは鬼狩り隊本部すら知らない秘密だった。上層部には伝えるべきなのだろうが、康家はどうしても踏ん切りがつかない。
せめて黒天狗の討伐が終わった後にでも、しようと康家は思っていた。
理由は簡単。紫蓮が勝てなかった場合、鬼として倒してくれないかと問われるから。
ここまでくるとそんなに拘る必要があるのかと疑問に思ってしまうが、紫蓮にとって重要な事だった。
人の世は人の手で守れ、鬼の世を鬼自身が創ろうとするのだから。それが紫蓮の思い。
神鬼だけは倒すことが不可能だったとしても、大鬼は倒せるはず、それが紫蓮の考え。
人としてなら手を貸そうというのが紫蓮の返答だ。
そして紫蓮は康家の許可を得て、美月と香苗と共に街の結界の外に出る。
人の姿で致命傷を負うと鬼に戻ってしまうことを教え、隊服を脱ぎ、胸に鬼刀『紫鬼』を刺した紫蓮は鬼の姿に戻った。
三鬼からコピーしていた植物を操る能力で小鬼を捕まえて食べる。こうして定期的には鬼を食わないといけない事を二人に伝えた。
香苗は三本角である一鬼の姿を見て恐怖もあったが、角に触れていいか聞いた。許しを得て角に触れた香苗は硬さに笑う。
美月は小鬼を食べる一鬼に、人間を食べる風景を連想し吐き気に苦しむ。
一鬼が人の姿である紫蓮に戻るにはある程度時間が必要で、しばらくの間は一鬼と美月と香苗は談笑していた。
明日は決戦。時間が経ち人の姿になった紫蓮は二人と共に隊長室に戻り休んだ。
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