第6話「作戦前夜」

 いよいよ作戦が明日に迫る中、康家チームも順調な仕上がりを見せていた。

 信頼関係も深まり準備は万端。そんな作戦前夜、康家はチームメイトである副隊長の美月と、香苗と紫蓮を隊長室に集めた。

 士気を高めるためかと思っていた香苗だったが、康家は首を横に振る。ある物語を康家は話すのだった。


──────


 昔々あるところに神鬼という人を食べる神の鬼がいた。彼のそのあまりの残虐さに人々は恐れおののく。

 彼を討伐することはどんな兵器でも叶わず、更に彼は人間を自分と同じ鬼にすることができた。

 やがて人々の抵抗虚しく鬼は増える一方で人は減る一方。神鬼も馬鹿じゃなく、人牧場なんてものを作り出し人の肉を食す。

 誰もが絶望する中、人々は鬼刀という鬼の血肉から作った刀を生み出した。最初は小鬼の血肉から作った鬼刀。それは中鬼を斬るのに最適だった。そして中鬼を殺した後作られた鬼刀なら大鬼を倒せると思われていた。

 中鬼で作られた鬼刀は使用者の血を吸わせることで中鬼の能力を使えた。だがその鬼刀では大鬼を殺すことは叶わなかった。能力が桁違いすぎた。また身体能力も桁違いだった。

 大鬼を深く斬りつける間もなく死んでいく隊員たち。最早何もなす術もないと思われた。

 康家が『彼』に出会うまでは。『彼』は康家が天照大御神を祀る廃屋の神社に祈りに来ていた時に出会った鬼。

 康家は『彼』に殺されると直感した。だが『彼』は康家に、何故そんなにも神に祈るのかを尋ねた。

 いくつかの問答があり、意気投合した二人はやがて互いの思いを言う。

 『彼』は人を食わぬ鬼だったそうだ。鬼を食う鬼で名を一鬼と名乗った。

 康家はある鬼に副隊長である妻の魂を取られ、その鬼を殺したいと言った。

 一鬼は神鬼を殺し、鬼を殺して回る旅をしたいと言った。この言葉に康家は驚いた。


 一鬼のような鬼は見た事がない。康家は勝算はあるのかと聞いた。

 一鬼は神鬼が人間を鬼にする際、逆らえないようにする呪いのようなものをつけることを話す。

 だがその呪いは呪鬼という鬼に上書きさせることでこっそり解いたと一鬼は笑った。

 康家はそれならば武器があれば勝てるかもしれないと悟る。だがそんな強力な鬼の血肉などこの世にはないだろう。

 そう話すと一鬼は笑った。自分の右腕を千切り、差し出す一鬼。康家は青ざめた。大きいが足りぬと言う康家に一鬼は再生した右腕をもう二本渡した。

 康家は大まかな刀の制作期間と、協力可能な日取りを計算し一鬼に提案した。

 一鬼は協力を買って出た。そうして作戦が始まった。何事もなかったように神鬼の元へ戻った一鬼は、計画の日を待った。

 また康家も密かに知り合いの職人に一鬼の腕三本を持っていき刀を作ってもらう。

 その刀は一鬼の人間だった頃の名前を取って『紫鬼』と名付けられた。そして、計画当日が迫る。

 その日、神鬼は意気揚々としていた。久々に一鬼が大人しくついてくる。神鬼にとってここ数日は、怒りのままに突っ込んでくる彼を抑えるのも面倒だったからだ。

 大人しくついてくる彼を愛おしく思い彼の頭を撫でる。それに対して三鬼さんきは嫉妬する。三鬼は神鬼のことを好いていて、彼の世話係をしていた。

 一鬼に手を焼いていた、彼の世話係である二鬼にきは、ようやく大人しくなったかと安堵していた。


 一鬼の能力はとても厄介なものだった。神鬼にとって、自分に逆らえないようにしているからこそ抑えられるものの、それが牙を向けばどうなるかわからない。

 それは特殊能力もそうだし、身体能力もそうだった。身体能力は神鬼の方が上だとは思う。流石に体の作りが原初である神鬼とは一鬼は違うからだ。

 だが特殊能力が合わされば話は別だ。全鬼で抑えなければならなくなるだろう。

 とはいえ逆らえない呪いがある上、身体能力も上な事もあり、神鬼には余裕自体はあった。

 それが災いした。一鬼は神鬼と二人で酒を飲みたい気分だと言う。神鬼は喜んでそれを引き受けた。

 三鬼は神鬼の世話係のためついてくる、二鬼も一鬼の世話係のためついてくる。

 酒を飲んでいる時、ふと合図を見た一鬼が切り出した。一鬼は問う、お前は鬼の世を創れると本気で思っているのか? と。

 当然だと答える神鬼を唐突に殴り飛ばした一鬼。駆けつけようとする三鬼と二鬼を近づかせないように吹き飛ばした一鬼は肩を鳴らした。

 神鬼はまた暴れるのかと呆れた。いつも通りだと考えたからだ。だが普段とは違うものがあった。

 クルクルと回転しながら一鬼の手元に投げられたそれは鬼刀『紫鬼』だ。一鬼は自身の記憶にある剣術で神鬼に斬りかかる。

 何とか躱そうとした神鬼だったが、一鬼の身体能力と剣術の腕が合わさり首を斬られる。

 一鬼は、何か言い残すことはあるかと問う。お前に何がわかると怒る神鬼の体が一鬼を襲う。

 だが後ろが見えているように俯瞰して見ていた一鬼は心臓を斬り捨て、さよなら友よと言って神鬼の脳を真っ二つにした。


 その様子に怒り狂った三鬼が突っ込んでいく。植物を操る彼女は一鬼を縛り動けなくしようとしたが、呆気なく力づくで抜け出した一鬼に斬られる。

 三鬼を助けようとした二鬼を蹴り飛ばした一鬼は三鬼の心臓を潰し、三鬼の脳を切り刻んだ。

 二鬼はしばらくの間呆けて、やがて三鬼と神鬼の頭を弔うために使わせてくれと一鬼に土下座した。

 好きにしろと、もう興味もないような顔で吐き捨てる一鬼。二鬼は、三鬼と神鬼の頭を回収して瞬く間に逃げ去った。

 何事かと周囲に戻っていた鬼たちは一目散に逃げ出す。こうして神鬼は討伐された。


──────


 康家は話を終え美月と香苗を見た。二人とも驚いていた様子だった。これは一部の人間しか知らない事実。だが確かに康家が撮った映像もある真実。

 そして康家は神鬼を討った一鬼という鬼の能力を説明する。

 一鬼の能力は触れた鬼の能力をコピーし、ストックすることで何時でも使える能力。

 そして力を封印する能力を持つ鬼の能力をコピーしていた彼は、鬼としての力を封印し人に紛れて人として今生きていると言う。

 美月と香苗は恐る恐る紫蓮を見る。彼はどこか遠くを見ているようだった。

 紫蓮は確かに人間に見えた。肌の色も少し焼けている程度。鬼は肌が濃い場合が多く、大鬼であると肌が黒い。肌が黒いほど身体能力が高いと言われるほど。

 紫蓮は鬼には見えない。だが鬼の能力とは無限である。香苗は、違うよね? と尋ねた。

 それは一縷の望みだったのかもしれない。だが紫蓮は、昔の話だ……何故今話す? と康家に問う。

 香苗は震えた。紫蓮は鬼だった、倒すべき対象だった。惚れた腕前は偽物だったと感じた彼女は、美月の静止も聞かずに紫蓮に斬りかかる。

 紫蓮は易々と『紫鬼』で受け切る。泣き叫ぶ香苗を抑えた康家は彼女を落ち着かせる。

 少なくとも今は人間と敵対するつもりはないと言う紫蓮に、俯きながら涙する香苗。


 香苗は家族や友を鬼によって殺された過去を語る。

 その街は鬼狩り隊支部のある街だった。鬼を倒すヒーローである鬼狩り隊に憧れた香苗は友と共に剣術に励む。

 個天流剣術こてんりゅうけんじゅつ道場で学ぶ彼女は、同世代と比べても見る見るうちに成長していった。

 だが大鬼である何者かによる襲撃。逃げ惑う鬼に食われていく人々。その街のヒーローは呆気なく大鬼に敗れ、食い尽くされる。

 香苗は援軍に来た鬼狩り隊に保護されたが、街の惨劇は酷いものだった。後になって鬼たちが退散した後、家族と友の亡骸を弔い復讐を誓った香苗。

 香苗にとって鬼は全て敵だった。

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