第5話「康家、作戦を考える」
三番隊隊長室で資料を広げ、少しの休憩に窓から外を眺める康家。彼は誰もいない部屋の中でポツリと呟いた。いよいよ人の世の復興を大きく進めるための第一歩が始まる。
三番隊はこれまで多くの鬼の殲滅に貢献してきた。辛勝ながらも中鬼にも勝ってきたのだ。だが大鬼だけは倒せなかった。
幾多の犠牲の上に今の三番隊がある。康家は隊長として果たさなければならない。あの時神鬼を殺した『彼』と同じ道を歩めたことを誇りに思う。
あの作戦は『彼』なしでは成功しなかった。そして……今は紫蓮がいる。ここだけの話、紫蓮と『彼』は無関係ではない。その話もしなければならないが、康家はまずは整理する。
紫蓮はちゃんと鬼刀『紫鬼』を大切にしていてくれた。『紫鬼』は神鬼を殺した時使用された鬼刀。とても強力な能力を持つ。
紫蓮がいれば間違いなく大鬼を討てる。大鬼は出逢えば撤退の一手しかない災害級の鬼。だが『紫鬼』があれば対処も可能で、紫蓮の剣の腕は間違いなくトップクラス。
合わされば人の手で大鬼を殺すことができるはずだ、と康家は考えていた。
康家が作戦を考え始めて三時間、美月は心配になってお茶を煎れ、康家に休むように言う。康家はとある人物から入手した情報である、地図と文書とにらめっこしている。
美月は一緒に考えようとそれらを見て驚いた。それは大鬼である黒天狗《くろてんぐ》と呼ばれる鬼の情報。美月はまだ大鬼を狩りに行くことを知らされていなかったため、康家を止める。
康家はちゃんと話を後ですると言って美月を部屋から追い出した。
今はある森に住んでいる黒天狗とその取り巻きである中鬼の情報。
彼らは間違いなく大食いで人数も多い。そのため定期的に何人かの鬼が群れを生して森を出て、人を襲っている。
今は人牧場の管理は他の鬼がしているため、人の売買をしながらその森に黒天狗は滞在しているようだ。
そもそも今はもういない神鬼も含めて鬼は人食い鬼。家畜の肉も食えるが、腹を満たすためには人を食わないといけない。
鬼は何も食べなくても基本的に死なないらしい。排泄行動がないらしいのだ。全ての体のエネルギーを循環するように働かせ生き延びる。
だが腹は鳴るらしく、やはり人肉は食べたくなるようだ。鬼が人を食べる理由は欲望に忠実なためでもある。
鬼になる前の記憶はある者とない者がいる。大鬼のほとんどは記憶があるが、小鬼はほとんど人を襲う食欲しかない場合が多い。
黒天狗もまた人間の時の記憶があると記されている。だが彼は人を食べることに躊躇はしない。それは彼らにとって美味であり、美食であるからだ。
だからこそ討伐しなければいけない。鬼を殲滅する役割を持つ鬼狩り隊三番隊の役割だ。
死ぬ気は誰にもない。ただたとえ死んでも次の人に繋げて鬼を滅ぼせれば良いというのが多くの隊員の思いだ。
その思いに応えるためにも、今組んでいる作戦は必ず成功させなければならない、康家はそう思っていた。
次の日の朝、康家は任務から帰ってきた隊員たちも含めて西支部の会議室に一同を集めた。
紫蓮と香苗は隊長である康家と副隊長である美月のチームメイトだが、他の隊員たちと同じ場所で話を聞く。
森を全員で囲み小鬼を討ち漏らさぬように進軍するという作戦。相手は黒天狗、これを聞いた一部の者は反対した。
彼らには戦力不足だと思ったからだ、いくらなんでも無謀すぎるという声を聞き、康家は勝機はあると叫んだ。
康家は香苗と紫蓮を前に呼び説明する。康家と美月と紫蓮と香苗とで黒天狗を討伐すると言う声に、遂に隊長と副隊長が前に出るのかとザワつく隊員たち。
本来隊長と副隊長は後方で指揮を執り、危なくなったら撤退するというスタイルが殆どだった。これに二人の実力不足を唱える隊員は多くいたがことごとく打ち負かされ今に至る。
隊長と副隊長の命は大切なもの、そう扱われてきた以前と違い、康家は自分が最前線に立つ事を約束したのだ。
これには更に強く反対する者と希望を持つ者の二つに分かれた。強く反対する者は隊長と副隊長の命を重んじるものと、何故今更になって前に立つと言い出したのかを問う者がいた。
康家は紫蓮を前に立たせ説明する。紫蓮は一人で康家と美月を相手に勝つことが出来る。それだけの実力者。
ここで勝ちに行かなければいつまで経っても大鬼を殺すことが叶わず、この先ずっと怯えて暮らすことになると康家は言う。
徐々に希望を持つ者が増えたが、やはり反対する者は多かった。この作戦は人が多ければ多いほど勝てる確率があがる。何故なら敵の兵力を分散できるからだ。
黒天狗の兵力は多い。不満だからついて行かないと言う者もいるだろう、そんな意見を通していては負けに繋がる。
ならばと紫蓮が提案する。文句のある者は南支部へ来いと彼は言った。
西支部の会議室にはチームリーダーが主に入っていた。彼らは相談し反対意見のあるチームが南支部に集まった。
彼ら全員を相手に紫蓮が一人で戦うと言う。そこには新人も入れて百名程の隊員がいた。一撃でも紫蓮に当てられたら意見を聞くという。
怒り心頭の隊員たちが多く木刀を構える。紫蓮は構えて待ち、いつでもかかって来いと言った。
隊員たちは怒りのままに振るうことしなかった。皆が皆、一息ついて襲いかかる。
紫蓮の腕前は知られている。だから彼らは中央に紫蓮をおびき寄せ全員で叩こうとした。
だが紫蓮は背中に目があるように全体を見極め木刀を振るう。紫蓮は躱し振り、構えずに力任せに木刀を振る。それはダンスのような舞いにも見えた。
やがて全員を倒した紫蓮は言った。来たくないなら指をくわえて待っていればいい、どの道この程度なら足手まといだ、と。
足手まといという言葉に萎縮してしまう隊員たちも少なくなかったが、殆どの者は彼なら大鬼を倒せるかもしれないと希望を持ち、紫蓮と共に戦いたいと思ったのだ。
再び西支部の会議室に集まったメンバーは改めて作戦を聞く。
どうやら森の南西部の守りが薄くなりやすいようだ。各部隊はその場所以外の周囲に車で向かい、散開する。
全員到着の合図が来たら、康家チームは南西部に車で向かい、森の入口から突入する。そして守る中鬼を倒しながら黒天狗へと目指すのだ。
南西部を攻めてる時、そちらに戦力が集まりやすい。そのため各部隊は南西部を攻める康家チームになるべく鬼を近づかせないように動く。
特に南と西の部隊が要だ。もちろん他の部隊も大変だが、南と西は集中的に防ぐ必要がある。その場所にはなるべく多めの人員を当て対処する。
作戦を聞き終わった全員が雄叫びを上げた。それは勝利祈願の雄叫び。全員生き残れるとは思わない。せめて黒天狗を討伐できるなら、やってみせようじゃないかという意気込みだ。
各自宿舎に戻り作戦を練ることにする。それぞれが腰に提げる鬼刀に思いを乗せて戻っていく。これが成功したら大きな転機となる。
神鬼以来の大鬼の討伐。康家は美月と香苗と紫蓮を呼び北支部へと向かう。
時間はもう遅いがチームとしての取り組みも必要だ。何せこの前出来たばかりのチームなのだから。
隊長室のある北支部には訓練場もある。普段康家と美月が使っているものだ。
そこでチーム内の配置なども相談しながら、談笑により結束を固める。康家は無愛想な紫蓮に、もっと笑った方が楽しいよと伝えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます