P20:墓標には長い髪と悲しみを【04】

 その瞬間、無線にカミナとロイドから音声が入った気がしたが、モニターや無線の電源が落ちてしまった。静寂の中、オロオロする顔文字。


「アリア……デモ……」


 あくまでBMの操縦支援AI。パイロットの意思に真っ向から反する行動はできない。


「もう……ここで終わっても良いの……」

「アァ……アリア……タタカオウヨ」

「もう、イヤ! 怖いのイヤ!」


 ギュッと体をすくめて膝を抱えて顔をうずくめる。


「もう……放り出してくれても良いわ。もう人を殺すのはイヤ……」

「アァ……ソンナコト……」


 自ら死にたいなんて感情、オリハには全く分からない。掛ける言葉が見つからない。暫く無言の二人。ボソリとアリアが呟く。


「私を放り出して。オリハ、あなただけ生きて」


 今、アリアから発せられた台詞について分析する。


『自分だけ生きろと、このパイロットは言っている?』


 オリハには初めてだった。今までの長い学習の中で、そんな選択をするパイロットは初めてだった。理解出来なかった。


『オレ達で食い止めるぞ』

『絶対に生き残る』

『二人で一緒に逃げようか』


 オリハ自身、搭乗するパイロットを、そんな選択をして戦ったこともある。


『オリハ、あなただけ生きて』


 生まれてから初の選択肢。自らは犠牲になっても、この自分AIを救うパイロットが存在した。オリハはある種の奇跡を感じていた。


「アリア……」


 このパイロットを離してはいけない。あたかも本能のような、あまりにも強烈な欲求がオリハに芽生えた。そして、オリハのスピーカーから出たセリフは全く逆のことだった。


「……ワカッタ。ココデ、トモニ、オワロウ」


 自分はどうでも良い、そんな弱い自分の我儘に巻き込みたくないアリア。しかし、オリハの出した選択はAIの持つ基本的な原則を打ち砕くような、『ロボット三原則』や『生物の生存本能』にも反する選択。

 アリアは一瞬固まり、勢いよく顔を上げた。


「そんな! オリハ、だ、ダメだよ! あなただけでも生きて!」

「アリア……ソレハ、イミガナイ、ト、キヅイテシマッタ。イヤ、キヅケタンダ」


 いつもの顔文字をじっと見つめる。飄々としたいつもの顔文字。


「オリハ……」


 いつもより精悍に見えた。

 コンソールに映る顔文字の背景には、アリアだけに色とりどりの花々が見えた。


「オリハ……す……」

「アリア?」


 体温が数度上がったかのように身体が火照る。瞳は潤んで艶やかな視線を顔文字から外せない。


「……き……だい……す」

「キ……ダイ……ス? アリア、ダイジョウブ、カ?」

「ん……ひゃーー!」


 吐息混じりにとんでもなく恥ずかしいセリフを口走ったことを思い返して悶えるアリア。シートに正座して両人差し指をツンツン合わせている。


「アリア? トモニ、イキヨウ」

「あんっ……オリハ」


 まだアリアの精神は確変中だ。そんなアリアを襲うマジックハンド。男前のセリフを吐きながら力強く抱きしめた。


「あぁ……オリハっ!」


 潤んだ瞳を見ていると、オリハも燃え上がってしまう。


「アリア、アリア!」


♡♡……


「ッテ、コンナコト、シテルバアイ、ジャナーイ!」

「オリハ、お願い……だ・い・て」


 変わらず上目遣いで熱っぽく身をマジックハンドに任せるアリア。正気……というより通常モードに戻ったオリハ、マジックハンドが震え始めると、顔文字が高速で首を振り始めた。


「ウヒャー、オレ、ガンバレー! システム、オン」


 全周囲モニターには周囲の背景が映り無線からは爆音と焦るカミナとロイドの叫び声が入ってきた。


『――アリア、オリハ、トラブルか? どうした、生きてるか? 応答しろ!』

『――ロイド、こうなりゃ仕方ない。粒子ビームでトップアタックを仕掛ける』

『――待て、焦るな!』


 カミナ機が飛び出すタイミングを見計らっている。ロイド機は左手の盾で防御に手一杯だ。


「オリハぁ……来て……」

「ウグゥ〜、モッタイナーイ。デモ、ガマン!」


 操縦桿が自動で動き始める。


「カミナ、ロイド、30ビョウ、モタセテ。ジュンビスル」

『――オリハか? なんだって、倒せるのか?』

「タオス! アリア、ヲ、マモルヨ」

『――へー、オリハ、男前だな! あはは、じゃあ援護は任せな!』


 直後にHMDヘッドマウントディスプレイ付きのヘルメットが出てきた。正座したまま素直に被るアリア。


「フツウニ、スワッテ!」

「はい!」


 少し強めに命令すると素直に従った。それと同時にいつものように身体がシートに固定される。


engage enemy now.

(現在、交戦中)

detect a Big enemy at short range.

(大型の敵勢力を近距離に検知)

move to counter attack sequence.

(反撃態勢に移行する)

target lock.

(目標を固定)

mode change snipe type LANCE.

(狙撃モード『ランス』に移行)

are you ready?

(準備を確認する)


「オリハ……あれ? はっ、私は何を……」


 精神の起伏が激しすぎて意識障害を起こしていたアリア。ここでアリアも正気に戻る。状況を思い出して震え始める。


「ねぇ、オリハ、どうするの?」

「フタリデ、イキノコロウ。コウカイ、ハ、アトデ、シヨウ」


 優しく語りかける電子音声。


「えっ?」

「イッショニ、カンガエヨウ」

「一緒に……オリハ……」


 命令されない。

 拒絶もされない。


(このAIは、私のことを本当に真剣に、大事に考えてくれている)


 だから、アリアはオリハに任せてみよう、そう思えた。


「アリア。イキタケレバ、ハイ、ココデ、オワリタケレバ、イイエ。ドチラニスル?」


 答えは決まっていた。


「あなたに任せるわ。だから答えは、よ」


 背中に装備された折り畳み式の銃身を展開して構える。


「アリガトウ。ケイヤクハ……セイリツシタ!」


ok.

(了解)

the order has been approved.

(指令を承認する)

mode change snipe type LANCE complete.

(狙撃モード『ランス』移行完了)

ready ……

(射撃準備……)


 大型BMが接近して、またフレイムランチャーを撃とうとして火炎放射器を構える。それを撃たせない為にカミナ機が高速ホバリングでスライドしながら粒子ビームを放つ。


『――最後の一発、当たれー!』


 粒子が流れながら降りかかると火炎放射器が爆発した。残存する盗賊のBMが一機ハード・フーリッシュを残して火だるまになった。


『――オリハー! 花道は作った、やってやれ!』


 岩陰から姿を出して砲身を向ける。アリアのHMDに写るレティクルの中心が敵BMを捉えた。


「アリア、shottt!(撃てー!)」

「当たれー!」


 トリガーを引くと、刹那にオリハの背部バックパックから砲身に巨大な電力が注入された。レールガンの仕組みでタングステン弾頭が超高速で撃ち放されると、浸徹により分厚い装甲を最も簡単に貫通する。高温で液状化したタングステン弾頭はコクピット内を跳ね回り内部構造ごとパイロットを跡形も無く破壊し尽くした。


「お……終わったの?」

「サスガニ……オワッタデショ」


 直後にギギッと前方に動き出す。顔文字とアリアが同時にビクッとするが、そのまま前に倒れてしまった。同時に盛大にため息を吐く。

 これで大型BMは完全に動きを止めた。辺りを索敵するが、立っているBMは三機だけだった。


「アリア、イコウ」

「うん、オリハ」


 キャラバンのトレーラーと合流するとニューベイに向かった。


◇◇◇


 とっぷり日も暮れてからも真っ暗な砂漠を横断して、なんとか日を跨ぐ前にニューベイに到着した。街の入り口では、未だ数機のBMが警護している。重武装で重装甲の軍正式装備のBM。一目見て分かる、狩の道具ではなく、戦争の道具としての威圧感。


「お前らが、アレを倒したのか?」


 ピカピカの機体の横にはパリッとした軍服姿の将校らしき男が立っていた。対照的に三人は戦闘後ということもあり、疲労困憊でボロボロだった。ドローンすらフラフラと浮いている。


「そうだよ。因みに緊急無線で連絡したのも私達だ」


 カミナが一歩足を踏み出して胸を張っている。ロイドは早くキャラバン側と交渉したそうでソワソワしている。


「他に何かある? 休みたいんだけど」

「ふむ……」


 しかし、将校は背後のBMを見ながら黙ったままだった。


「ねぇ、休みたい――」

「――このBMは?」


 BMオリハを見ながらさりげなく呟く。


「私のです」


 アリアが不安そうに上目遣いで答えると、将校の顔が一瞬微笑んだ気がした。


「そうか。よし、ご苦労。街への駐留を認めよう」


 その後、数枚の書類を(ロイドが)書かされると、三機とも港近くのハンガーに入れる許可が出された。その頃には既に日も跨いでいて、近くのホテルに宿を決めると三人ともすぐに寝てしまった。


◇◇


「軍がいると面倒なんですね……」


 翌朝、港のカフェでアリアが不満そうに呟いた。カミナは肩をすくめるだけ。


「そんなモンだよ。さて、行ってくる!」


 ロイドは残ったコーヒーを一気飲みするとキャラバンのオーナーの元へ駆け出して行った。


「しかし……」


 若干呆れたような視線をビーチに向けるカミナ。

 襲撃を受けた海の家だが、既に営業を再開していた。瓦礫の前でテントを張っている。


「御休憩はこちらでどうぞー」


 ジジイが赤ちゃんを背負いながら大声で客を呼び込みしている。


「一昨日のビーチ襲撃で娘婿夫婦が幼い子を残して亡くなったんだって。で、ジジイが張り切って『ワシが孫を育てる』だとよ」


 夫婦の葬式は昨日終わったばかり。『追悼セール』や『応援セール』の看板も立っていて、客の入りも悪くなさそう。


「まぁ、生きている人は立ち止まってられねーからな」

「あの……」

「どした?」


 優しい顔。これからアリアが何を言い出すか分かっているかのよう。


「今日のお葬式……私も出ようと思います」


 ホテル・メサイヤ襲撃の犠牲者のために葬儀が行われるとのこと。憔悴しきっていたアリアを心配して二人とも、オリハでさえ、それを話題に上げることはなかった。

 アリアも葬儀の開催のことを知ってから、そればかり考えていた。昨晩は微睡の中でもローズの笑顔が思い浮かんでばかり。そのたびに飛び起きていたので寝ついたのは明け方だった。

 未だに疲れが残っているのがありありと分かる。


「やっぱり……やっぱり、きちんとお別れしたいから」

「そうだね。じゃあマリーの店で落ち着いた服でも買いに行こう」

「はい!」


◇◇◇


(喪服はやっぱり黒なんだ……)


 黒色フォーマル姿のカミナ。アリアはマリーの店で大人しめな紺のワンピースを購入していた。マリーも参列するとかで、三人一緒に葬儀会場に出向いた。

 穏やかな陽気の中、公園に併設された墓地の片隅にパイプ椅子がたくさん置かれていて、まばらに街の人々が座っていた。


「まだ十二歳だってよ」

「元気な可愛い子だった」


 口々に早すぎる別れを惜しむ声が聞こえる。ホテルで食事をして巻き込まれた十名ほどと合わせての葬儀が始まった。町長らしき人が挨拶したり、教会の神父らしき人が何か喋っていた。

 あまりに現実感が無い。淡々とプログラムが進んでいくのをぼーっと眺めるアリア。

 ふと気付くことがあった。


「パティオちゃん……居ないね」

「ん……まぁ、まだ心の整理がつかないんだろうよ」


 すると、カミナの声に反応するようにマリーが泣き始めた。


「パティオね。ずっと瓦礫を漁ってるの。形見を探すって。不憫で不憫で悲しいの……」


 黒いヴェール越しにマリーは涙ながらで答えてくれた。足がすくんでしまうので未だアリアはホテルに近づけなかった。


「そうなんだ……」


 形見、そんな言葉にも上手く反応できない。因みにオリハも近くを飛んでいるが、ステルスモードにしているし何も語りかけてこないので、アリアですら何処に居るかは分からなかった。

 葬儀は進み、埋葬も終わると殆どの参列者が帰路に就いた。残っているのは亡くなった人々の家族や関係者ばかりだ。ここで初めてローズのお墓の前に近づくアリア。周りのお墓より一際献花が多くローズの人柄が偲ばれる。胸がキュッと締め付けられる思いだった。


「ローズちゃん……」


 老婦人が名前だけ呼ぶと、花を置いと立ち去っていく。人の流れが途絶えたところでアリアも祈りを捧げようとしゃがむと、何処からともなくパティオが現れた。


「もう葬儀は終わったよ」


 カミナが声をかけるとパティオは軽く頷いた。


「こういう場は苦手だ。今日はここに来るつもりはなかったけど……」


 十字の墓石にアクセサリーをそっとかけた。


「それは……」

「宝物らしいから。すぐに渡してあげたかった」


 煤や土埃で汚れた謎なゴム製の生物。そっとアリアもポケットから傷一つない同じものを取り出す。


(こんなものが形見に……こんなアクセサリーしか残らないなんて……)


 この街に来て、アリアの瞳から初めて流れる涙。ずっとアリアはローズのことを深く考えないようにしていた。


「あぁぁ……ローズちゃん……」


 名前を呼ぶとローズが屈託なく笑う顔が頭に浮かんだ。悪意なんてものの存在をまだ知らない笑顔。とても大事な存在、それを亡くしてしまった。

 その時、横でブツっと何かを切る音がした。パティオが自分の長い髪をナイフで切り落としていた。その姿を呆然と見つめるアリア。


「ローズ、これは俺からの手向けたむけだ」


 切り落とした髪の毛の束を乱雑にまとめると、ローズの墓石に投げ捨てた。


(皆が後悔してるんだ)


 唐突に気付いた。口数少なく墓を見つめていた皆が考えていたこと。


『昨日、外に連れ出せれば』

『一昨日、もっと遅くまで一緒に居れば』

『最後に会った時、気を付けて、と伝えられれば』


 皆が後悔して、そして諦めていた。


「これは俺の覚悟だ……約束する。これからは俺が街を護るよ」


(パティオはお兄ちゃんとして沢山考えたんだと思う。だからこその約束。それはローズが大好きだった、この街を護り続ける決意)


 墓石越しに街の姿を見つめるパティオ。それを泣きながら眺めるアリア。



『アリアちゃん、お兄ちゃん、ありがとう!』



 ふとローズの声が二人に聴こえた。そよ風が偶々そう聴こえただけかもしれない。でも、二人には確かに聞こえた。


「ろ……ローズちゃん……うわぁぁ〜ん」


 険しい顔で拳を力強く握り締めるパティオと、お揃いのアクセサリーを握り締めて泣き崩れるアリア。二人は暫くの間、ローズの墓の前から立ち去ることはできなかった。



――ローズは天使のように穢れを知らないまま虹の橋を渡り旅立った。パティオは深い後悔の中、自らを修羅の道に投げ込む



――アリアはどちらにも決断できなかった



――だからオリハに全てを任せてみよう。それだけを心に決めた



Sector:06 End


二人の絆の回数:五十一回

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ワタシの彼氏はAIで、愛の巣はコックピットなの? 〜異世界に飛んだ女子高生アリアは機械生物との戦争の最中にAIオリハに命を救われる〜 『戦闘が終わる度にゴホウビってうるさーい。夜まで我慢しなさーい!』 けーくら @kkura

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ