P19:墓標には長い髪と悲しみを【03】

『――アリア、アリア! 応答しろ。オリハ、大丈夫か?』

「ヒガイ、ナシ……」


 電子音でも感じる微妙な雰囲気。しかも無線からは啜り泣くような声も入る。ロイドは無線を切ってため息を吐くと、精一杯に優しい声色を作ることにして無線をオンにした。


『――アリア、大丈夫か?』

「ぐすっ……はい……ニューベイをバイパー団が襲撃する計画があると情報がありました」

『――何だって? えっ……』


 予想外すぎる答えに二の句が継げない。


「ニューベイの後はサン・クルーズを襲う、とも言っていました」

『――な……分かった。カミナ!』

『――あいよっ。今、ニューベイ駐留軍に連絡してる。へへへ、正しくエクスクルーシブ特ダネだ。アイツらもビックリするぞー』


 ここでロイド機とカミナ機が近づいてくる。二人とも同時にキャノピーを開けた。


「アリア、カミナ、すぐ出発だ。サン・クルーズに戻るより一気にニューベイまで行って駐留軍と合流したい」

「そうだねー。ロイドの言う通り。私達三機で盗賊団とやり合うのはイヤ過ぎだよ」

「ロイドさん……カミナさん……えっ?」


 展開が速くて少しついていけないアリアがオリハ顔文字に怪訝そうな顔を向ける。


「ニューベイ攻略に失敗した盗賊の残党どもにかち合うのは避けたい。まずは軍と合流だ。理解したか?」

「イソゲ、ッテコト」

「よしっ、二人とも、急げ、ハリアーップ!」


 ロイドの焦る叫びとオリハの呆れるような音声で少しだけ冷静になるアリア。


「り、了解!」


 三機は同時にキャノピーを閉じると、キャラバンのトレーラーへ急いだ。


◇◇◇


『――で、私達、結局間に合わねーでやんの』

『――カミナ、アリア! どうにか突破して軍と合流するぞ。現時点を持って武器使用自由!』


(そうなの……間に合わなかったの。軍に襲撃を阻止されて逃げ出した盗賊団の残党と出会っちゃったのよ)


 キャラバンは急ぎトレーラーを出発させてニューベイに進めたが、盗賊団は先ほどの無線連絡のすぐ後にニューベイを襲撃していた。駐留軍はギリギリ不意打ちを受けることなく撃退に成功したので、盗賊団は次の獲物のサン・クルーズ方面に敗走。結果的にはアリア達とかち合うことになった。


「結局、こうなるのね……」

「アリア、マズハ、イキノコルコト、カンガエテネ」

「うん……」


 操縦桿を何となく握る。その瞬間、自らがトリガーを引いて盗賊二人の命の灯火を消したことを思い出したアリア。胃液が逆流するのを感じ、両手を口に持ってきて吐くのをどうにか我慢する。


「ダイジョウブ?」

「うん……任せて良い?」


 真っ青な顔でぎこちなく微笑むアリア。首筋やおでこには冷や汗も浮き出ていた。


「アイヨー、マカセトイテー」


 気を使ったような明るい声の電子音声。

 操縦桿があたかも生きているように自力で動き始めると、その動きに合わせて滑らかに進むオリハBM。アリアのモニターの左右にはカミナとロイドが映っている。トレーラーは後方の岩場に隠れていた。


『――借りは返さないとな! 弔い合戦だぜ、覚悟しやがれ、三流の傭兵ども。ついでに積荷は頂く』

『――ギャハハッ』

『――サイコーだぜー!』


 オープン無線からはザリザリとしたノイズの混じったガラの悪いやから達の声が次々と聴こえてくる。


「……コイツらが……」


 アリアが無気力に呟いて呆然と前を見つめる。そこには二十機ほどの薄汚れたBMが並んでいた。数機がライフルを上空に向けて撃ち放っている。


『――ローズの弔い合戦だ。アリア、気合い入れろよ!』

『――アリアちゃーん、後でゆっくり悲しむわよ。死んだら元も子もないからね!』


 二人の声がアリアに届くと、ローズの屈託なく笑う顔が一瞬ぎった。鮮烈な悲しみと共に血が沸騰するような怒りが湧く。


「オリハ、ローズちゃんのかたきよ、やっつけて!」

「アイアイサー!」


 気合いの電子音声と共にライフルを構えるとバースト射撃するオリハ。中央に位置していた敵BMの頭部に数発当たった。直後にキャノピーが開いて何かを叫ぼうと身体を乗り出す盗賊の一味。そこにロイドが放った銃弾が飛び込むと、血煙がコクピットに上がりBMも崩れるように膝をついた。

 それを合図に盗賊団のBM達が一斉に射撃を始める。


「ナガレダマ、コワイカラ、ネツコウガクメイサイ、ハ、ムリー!」

「うん……」


 ローラーダッシュで後退するオリハ。三機はそれぞれに、遮蔽物になりそうな近くの巨岩に姿を隠した。すぐに偵察用のカメラを頭部から展開して様子を伺う。


「アイツラ、ソウジュウ、ヘタッピ」

『――ははは、盗賊だからなぁ。前に進むことと弾を撃つことしか出来ないよ』

『――油断するなよ。偶に操縦センスがあるヤツも居るからな!』


 カメラで覗きながら銃だけを岩から出して射撃。肩に設置されたロケット弾に当たって爆発した。直後に火だるまになってコクピットから飛び出てくるパイロットは地上で十秒ほど悶え苦しむと動かなくなった。

 自らが『やっつけて』と言ったから、人が死んでいく。その事実を受け止めきれないアリア。


「オリハ……こんなの……」

「アッ、ヘンナノ、ミセテ、ゴメンネ」


 コクピット内のモニターに写る死体にはリアルタイムでモザイク処理が施された。まるでゲームのようだが、小さなモザイクが辺り一面に散らばっている。今まで死体と認識できなかった破片まで丁寧にモザイクをかける高性能AIオリハ。それが、余計に凄惨な現場を意識させた。

 目を背けるアリア。その瞬間、無線からはザリザリとしたノイズと共に男の声が聴こえてきた。


『――ザザッ……よくも部下をぶっ殺してくれたな? クソ傭兵ども、オレが纏めてブチ殺してやる』

『――リーダー! お、お願いします!』

『――やったー、傭兵のクソ野郎ども、覚悟しろよ!』


 無線から威勢の複数の良い声が入ってくると、大型のBMが姿を表した。


『――おいっ、確かアイツはネームド賞金首BMだ。カミナ、アリア、気をつけろよ!』

『――ホントじゃん。あのシルエット……あはは、ハード・フーリッシュど間抜けだ』

「ハード……ふーり……しゅ?」


 重装甲の巨体が前方に見える。砂煙を上げながらホバリングで近づいてくる。


『――その二つ名で呼んだヤツは全員死んでる。オレが殺してるからな!』


 遮蔽物に隠れるでもなく、無防備に近づいてくる。


『――そうかい!』


 ロイドが叫ぶとグレネードを直撃させた。爆炎が上がるが無傷のまま足は止まらない。


「ジャア、コッチモ」


 オリハが三十ミリで関節や頭部を狙撃する。速度変わらず近づいてくる。


「ムー、カタイ〜」

「えっ、どうするの?」


 すると、カミナ機がサッと前に出た。反応するように大型BMもライフルを構える。


『――こーするんだよ!』


 高速でホバリングしながら銃弾を避けつつ右腕の粒子ビーム砲を向ける。光の粒子が砲身から散らばり始めると、刹那に眩い光と共に粒子ビームがコクピットの辺りに直撃した。しかし、装甲が一瞬煌めくとビームは滑るように後方に抜けていく。

 大型BMに隠れて射撃していた数機が巻き添えを喰らって爆散した。


『――マジか! 私の粒子ビームが効かねー!』


 すぐに後退して岩陰に身を隠すと、カミナが隠れる岩に射撃が集中する。


「トウゾク、ノクセニ、アーティファクト、モッテル……ナマイキ」


 オリハが不機嫌そうに呟きながら射撃すると大型BMに隠れきれていない一機が直撃を受けて爆散した。その爆発でもダメージは無さそうだ。


「カタイナ……」

『――オリハ……アーティファクトは本当なのか?』

「ソウダネ。アレハ、リュウシカソクキ、ノ、ッポイ」

『――最悪……またかよ……』

『――やったー! 私の粒子加速機、よこ――』


 呻くロイドとテンションが高くなるカミナ。


「カミナさん! 冷静になってくださいっ!」


 アリアから発せられた悲鳴にも似た叫び。流石にカミナも前回の失態を思い出して冷静になる。


『――そうだったね……ゴメンゴメン』


(仲間が死ぬのが怖い、周りの人々が死ぬのが怖い。でも……盗賊の人達が死ぬのも怖い)


 アリアは祈るように手を組み目を瞑っていた。

 その時、またも盗賊の断末魔が鳴り響いた。ロイドが大型BMの影からライフルを向けていた一機の燃料タンクを狙撃。燃え始めた機体の中でキャノピーが開かず悶えている。


『――うわーーっ! 開かねー、た、助けてくれ! 爆発しちまう、助け――』


 そのまま叫んでいる途中に爆発してしまった。盗賊の絶望に感情移入してしまうアリア。聴き終わってから慌てて耳を塞ぐ。


「もうイヤ……」


 前世では縁遠かった人の死が立て続けに起こって精神がついていかない。モニターに写る凄惨な映像を眺めるアリアの瞳からは涙が流れていた。


『――お前らだらしねーぞ! オレの影から出てけ、ほら、行け!』


 大型BMが後方の数機を手で押して前に出す。


『――いや、無理ですぜ、リーダー!』


 押された一機が無防備に出てくる。すぐにロイドとカミナのライフルの銃弾が襲う。装甲が剥がれる激しい音が無線越しにも聴こえる。


『――くそー、お前ら行くぞー!』

『――おりゃーー!』


 それに合わせて隠れていた数機が飛び出てきた。少し前の岩に隠れているロイドをターゲットに決めたらしく無防備に突っ込んでいく。


『――やばい。流石に多勢に無勢だ。一旦退避する』


 ロイドが身を隠す岩から素早く退避に移る。刹那に大型BMから眩い炎の塊が飛んでくる。間一髪で数機のBM諸共に今まで隠れていた岩が炎に包まれた。


「フレイムランチャー……エゲツナイナ」


 AIの呆れたような感想。


『――ヤバかった! クソッ、ライフルごと右腕が燃えちまってる。パージする』


 右腕を切り離すロイドのBM。直後にライフルが爆発した。


『――うへー……火炎放射器で味方ごととは盗賊とはいえ不憫だね……』


 カミナの呆れたような声が聴こえてきた。それに反応するかのように盗賊団のリーダーの笑い声も聴こえてきた。


『――ゲヘヘ! 役立たずは囮にでも使うしかねー。まぁ、アイツらが死んだのもお前らのせいだからな。復讐させてもらう』

「そんな勝手なこと……」

『――強いヤツが正義だぜ!』


 コクピット内に響き渡る断末魔に耳を押さえて耐えるアリア。ここで精神こころは限界を迎えてしまった。


「アリア、モードチェンジ、シナイト――」

「もうイヤ! 私、戦わない!」

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