P18:墓標には長い髪と悲しみを【02】

「えっ……まさかっ」


 もう一度確認しようとするが、画面は次のニュースに変わってしまった。


(ホテル・メサイヤ……違うホテルよね……)


 アリアは泊まったホテルの名前を覚えていなかった。ただ、ローズの自己紹介の声はしっかり覚えている。


『はい! ローズです。ローズ・メサイヤでーす!』


 その声を思い出すだけで胸がキュッと押し潰されそうになる。

 見間違いであって欲しい。

 ただ、それだけを祈りながら画面を見続けていると、再度同じニュースが表示された。


『ホテル・メサイヤが襲撃。ロケット弾が直撃して全壊』


 先ほど見た記事と同じ内容が繰り返された。


「あぁ……そんな、嘘よ……」


 小声で呟くことしかできなかった。


◇◇


 どこをどう戻ったかアリア本人は覚えていなかったが、いつの間にかオリハのコクピットに座っていた。キャラバンのトレーラー近くにカミナ機とロイド機と並んで止めてある。



「ねぇ、大丈夫だよね」

「……」

「ローズちゃんやパティオさん、お母さんとお父さん、みんな元気よね」

「……」


 返事をせずに黙りこくったオリハ。


「なんとか言ってよ! お願い、あんなニュース、嘘だと言って!」

「コウイウトキ……ナンテ、イエバ、イイカ……ワカラナイ」


 コンソールを見つめる。顔文字はいつもと一緒。でも、まるで本当の表情を隠しているよう。


「えっ……」


 正面モニターに報告書が写し出された。更新されたばかりの軍の報告書らしく、数時間前の事件のことが詳細に載っていた。


◾️××月××日 ニューベイ市街地に於けるテロ攻撃


被疑者:バイパー団 構成員

被害者:ホテル・メサイヤ、及び従業員、宿泊客


概要:

 盗賊団バイパー団の構成員が乗機したBMが前日の報復の為に傭兵団ワイルド・スカンクと関係の深い宿泊施設を狙って襲撃したと思われる。

 昼営業で賑わうホテル・メサイヤに上空から強襲したBM二機が正面玄関に向かってロケット弾、及び三十ミリ機関砲を乱射。被害者のほぼ全員が、最初の射撃行為で即死したとみられる。

 建物の全壊を確認すると速やかに撤退したが、前日の襲撃に警戒して軍のBMが駐留しており街からの脱出に失敗。二機とも破壊されBMは大破。被疑者は即死。


被害者詳細:

ネイト・メサイヤ 四十二歳 死亡

リリー・メサイヤ 四十四歳 死亡

ローズ・メサイヤ 十二歳 死亡

…………


「あぁっ……そんな」


 顔色が青くなり、歯の根が合わないほど震え始めるアリア。


「き……気持ち悪い……」


 オリハがマジックハンドを出すと、そっとエチケット袋を差し出す。それを開いた瞬間、アリアは胃の中身を全て吐き出した。


「アリア……ダイジョウブ?」


 優しく背中をさするマジックハンド。アリアの顔は真っ青のままだ。

 突然にコンソールを両手で掴み画面に映る顔文字へ真剣な顔を向ける。


「ねぇ、嘘よね……嘘だよね?」

「……」

「ねぇ!」


 マジックハンドがそっとアリアの頭を撫でた。


「AIハ、ウソガ、ニガテ……」


 その言葉の意味を噛み締めるような沈黙が少し続くと、俯いたアリアは暫くの間静かに泣いていた。

 

◇◇◇


「慣れねーけど……慣れるしかないよ」

「そうだな。俺もカミナもこんなことは沢山経験している」


 サン・クルーズには傭兵団ワイルド・スカンクの定宿があるので三人同じ場所に宿泊となった。夕食で同じテーブルを囲む三人。カミナとロイドもニュースを聞いてアリアを慰めようとしていた。


「でも……信じられない」

「あぁ。あまり深く考えないことだ。肉親や恋人じゃないんだ」

「でも……」

「アリアちゃん、お酒飲む? こういう時は呑むに限るよ」


 そっとグラスを差し出すカミナ。


「こういう時に飲む酒は身体に悪い……あっ」


 ロイドの忠告を無視してグラスをひったくると一気に飲み干した。


「何飲ませた?」

「甘いテキーラ。ホントに一気飲みするとは思わなかったから……」


 二人してアリアの様子を伺う。すくっと立ち上がるアリア。


「イエキ、ギャクリュウヲ、ケンチ」

「はぁ? オリハ、何言ってんの?」


 カミナが机の上のドローンオリハを怪訝そうに見るが、ロイドは頭を抱えていた。


「ゲロしそうってこと。カミナ、世話しろよ」

「えっ?」


 もう一度見てみると、アリアの顔は真っ青だった。


「ぎもぢわるいー」

「カミナ、明朝六時出発。よろしく」

「えーっ?」


◇◇


「ん……ここは……んんっ?」


 ベッドの横には開けっぴろげな格好のカミナが寝息を立てていた。


「はっ、私の貞操――」

「――ナニモ、サレテナイヨ」


 ガムテープでぐるぐる巻きのドローンが机に縛り付けられていた。

 なんとなく覚えているのは一緒にシャワーを浴びたことだ。従姉妹のお姉ちゃんと一緒にお風呂に入ったことを思い出す。


「で、オリハが覗こうとして縛られたのは記憶にある……」


 そっとカミナのおでこを撫でて前髪を整えてあげると、ローズとのことを思い出して涙が溢れてくる。

 目を瞑り悲しみに浸っていると、アリアのお腹が大きな音を立てた。


「昨日の夕方から口に入れたの、変なお酒テキーラ一杯だけだったもの……」


 自分に言い訳。悲劇のヒロインになり切れず少し苛立つ。そして、そんなことを考える余裕があることに少しだけ驚いた。


「私……薄情なのかな……」

「そんなモンだよ。ふと突然悲しくなるんだ」


 声のする方を見てみると、ベッドの上のカミナは既に目を覚ましていた。


「でかい腹の音で目が覚めるのは中々気分が良いぜ」

「ん! もう……」


 お腹を抑えると小さくまた音が鳴った。顔を赤らめてカミナを睨む。


「さぁ、悲しみを癒すには腹一杯食べないとな。朝飯行こうぜ」


 ふと思い出す。

 前世での死別の経験は祖母だけだった。年二回ほど会えば多い方だったが、必ずお小遣いをくれたので大好きだった。そんな祖母もよる寄る年波には勝てず、高校入学した頃には入院してしまい、病院のベッドで寝ている姿を見たのが最後だった。

 それ以降、祖母の座っていた椅子を眺めると、ふと悲しくなった。その感覚に似ている、そう思えた。


(あんな感じに慣れていくのかな……)


「はい。カミナさん、ご飯行きましょう」


 二人は簡単な服に着替えると、食堂に向かう為扉を出ていった。


「……コレハ、コレハ……ラッキー」


 静かにしていたら、二人とも着替え始めたのでランプも消してファンの音も止めて気配を消していたオリハ。高精度のカメラのみを精一杯回していた。

 満足してアリア達を追いかけようとする。しかし、もちろん全身縛られたままだ。マジックハンドの蓋やローターが念入りに縛られているので何もできない。

 数回ガタガタ揺れてみるが、どうにもならなかった。


「マタ、コノ、パターン?」


◇◇◇


 まだ日も上りきっていない六時前。アリアとカミナの二人は既に其々のBMに乗込み出発を待っていた。キャノピーを開けてロイドとキャラバンのオーナーとの議論に耳を傾ける。


「またかよっ! 今度はニューベイに戻れだと?」

「はい。輸出すると莫大な売り上げになるブツを手に入れました。ニューベイ迄で料金見積を四割り増しで如何でしょうか?」

「よ、四割り増し……だと」


  カミナが笑い出した。


「ははは、ロイド、負けだよ。ここまで条件が良いのは聞いたことがない」

「カミナ……えーい、最後だぞ!」


 ニューベイ経由で帰投が決まるとキャラバンのトレーラーが動き出した。ロイドも早速自分のBMに乗り込んだ。


『――見積りが大盤振る舞い過ぎて断るに断れない。一戦交えても楽に黒字だ。というわけで……アリア、大丈夫か?』

「怖い……ニューベイに行くのが……凄く怖い……」


 肩を抱いて震えるアリア。立ち直ったかに見えたが、突然のニューベイ行きに困惑していた。


『――とはいえここでお留守番も無理だし……そもそも戦力としてオリハは必要だ。街に入らなくても良いからついて来てくれ』

『――アリアちゃん、近くのオアシスで待っててね』


 皆が心配してくれる。首を数回振って両拳を握り気合いを入れる。


「いえ、私も街まで行きます。心配かけてすみません!」

「ダイジョウブ?」

「た、多分ね……」


 少し目が泳ぐアリア。自分の感情が分からない。会ったばかりの女の子が死んでしまったことを、どのくらい嘆き悲しめば良いか分からない。


「私……薄情なのかな?」

「……AIヨリハ、ニンゲンッポイヨ」

「はは……」


◇◇◇


 キャラバンが動き始めて二時間ほど。休憩のため、オアシスに立ち寄ることになった。小さな商店とガソリンスタンドがある。盗賊団も軍も使うらしいが、このエリアは中立地帯となっているらしい。


「素敵な場所……」


 カミナが商店の軒先にある椅子に座って缶ビールを飲んでいる。相変わらずロイドはキャラバンのオーナーと交渉していた。


「少し、散歩して来ます」

「気をつけてね〜」


 ドローンをお供に水場に出向く。そこでは水がこんこんと湧き出ていた。


「不思議……」


 少し感情薄くアリアが呟きながらしゃがみ込むアリア。水を手ですくって飲んでいる。それを眺めるドローンオリハ


「アリア……ダイジョウブ?」


 飲み終わると、ドローンをそっと見つめるアリア。暫くすると瞳から涙がポロポロと溢れて出した。手で拭きながら嗚咽が漏れてくる。


「んぐっ、わ、分かんないのよ。この場所だって、『ここで撮影したらバズるかも』って考えてたのよ。ろ、ローズちゃんのこと、悲しいはずなのに」

「アリア……」

「なんか自分が分かんない! どうすれば――」

「――シマッタ!」


 その瞬間、数百メートル先の砂漠の砂が爆発した。砂が落ち着くと、そこには薄汚いBMが二機見えた。

 こちらに向かって余裕そうに歩いてくる。一機のキャノピーが開くと、そこにはいかにも盗賊ヅラした男がニタニタ笑っていた。


「へへ、無線はジャミングした。助けは来ない。死にたくなかったら俺のBMに乗りな!」


 そのまま右手のライフルをアリアに向けると、「へへっ」と笑って空中に向けた。


「殺したくねー。たっぷり可愛がってやるよ」


 目を離さず観察しながら小声で呟く。


「オリハ……聞こえる?」

「ダイジョウブ。ソレホド、ツヨイ、ジャムジャナイ」


 睨み付けながらゆっくり立ち上がるアリア。すると、もう一機のキャノピーも開いた。細身の神経質そうな小汚い若い男が乗っている。


「早く帰ろうぜ。上玉一人で十分だよ。四人も引っ張ろうとして鉛玉を貰ってりゃ世話ねーぜ」

「うっせー、マキシ! てめえは警戒……ん、ドローン連れの髪の長い上玉……」


 少し押し黙ると何かを思い出したのか焦り始めた。


「チッ!」


 無言のままBMを操作して右手のライフルをアリアに向ける。その瞬間、ライフルごと腕が爆発した。


「これじゃあ同じことの繰り返しよ……」


 震えながら小声で呟くと、ヘッドセットをした。


「オリハ、スピーカーをオンにできる?」

「エッ? デキルケド……」


 目を瞑り、覚悟を決めてから二機のBMを真正面から見据える。そしてヘッドセット越しに語りかけた。


『――お願いがあります』


 熱光学迷彩を纏ったオリハから、スピーカーを通して音声が響く。

 盗賊達は音声の発信元を探るが、センサーには何も映らない。目の前の少女以外の何処から音声が聴こえていた。

 時間稼ぎの為に応答する盗賊。


「何が望みだ? 金か?」

『――降伏して下さい。あなた達を殺したくない』


 暫しの沈黙。そして笑い声が響き渡った。


「ガハハッ! バカじゃねーのか? 」

『――何故? 死ぬよりは……』


 楽しそうに叫ぶ盗賊達。


「降伏なんてメンツが潰れちまう。出来るかよ!」

『――何故よ!』

「舐めた真似されて黙ってたら漢が廃る。やられたらやり返す。それが俺たちの流儀だ!」

「そうだぜ! まずヒーローを泊めたホテルは粉々だ。女子供関係ねー、バラバラにしてやったぜ!」

『――何だと!』


 ローズの泣き叫ぶイメージ。刹那に血が沸騰するほどの怒りが湧くアリア。


「ははは、やはりお前が『ドローン連れの魔女』だな。バリーとドミーの仇撃ちだ。お前が関わったヤツらを皆殺しにしてやる」

『――何でよ!』


 アリアの困惑が楽しくて仕方がないのか、ゲスな笑いを浮かべる盗賊達。アリアの視界は怒りで赤くなっていく。


「ゲヘヘっ! オレ達に舐めた真似するからだ。お前らみたいなのは慰み者になって金を渡してりゃ良いんだよ」

「そうだぜ! 大人しくしてりゃ気持ち良いことしてやるのによ。うへへ」

「でも、お前はもう地獄行きが決定だ。もう一度言ってやる。お前に関わるヤツらは皆殺しだ!」

『――もう良い! お前らを許さない! ローズの、ローズのお母さんとお父さんの仇!』

「ははは、あの小娘か。変態野郎に売れば高かったろうが、頭目かしらの言うことが絶対だ。ははは、一撃でバラバラに――」


 アリアの中で何かが振り切れた。ヘッドセットを外し憤怒の形相で叫ぶ。


「オリハ! 来なさい!」


 突如、アリアの後方に砂嵐が巻き起こる。


「な、何だ!」


 空間が裂けるようにコクピットが現れアリアを乗せるとまた消えていった。センサーに目をやると目の前にBMの反応が一瞬出たが既に消えてしまっていた。


「オレのセンサーで……やはり魔女か! マキシ、弾をばら撒け!」


 オリハの中で泣きながら操縦桿を握るアリア。


「もうイヤだ! オリハ、私が決める」

「アリア……」


 コンソールを操作して三十ミリライフルを装備すると、座席後方にあるヘッドマウントディスプレイを右手で正面に持ってくる。


「答えは『はい』だ。お前らなんて……消えてしまえー!」


 アリアはレティクル照準に右手の無いBMを合わせると、トリガーを引いた。刹那にレティクル上のBMは微かに揺れながら穴が空いていく。

 何もいない空間からの射撃。既に右腕が無いBMは退避行動を取ろうとするが、その瞬間に数発の弾丸がキャノピーの開いたコクピットに叩き込まれた。盗賊の一人は血煙と共にバラバラになって消えていった。


「やりやがったな! この『ドローン連れの魔女』め!」


 もう一機はキャノピーを閉じると左手のグレネードを向ける。しかしアリアは見逃さない。オリハのしたように精密射撃で左腕ごと武装を破壊した。


『――降伏しなさい! 既に勝ち目はない』


 一縷の望みを賭けて最後通告をする。


『――ザザッ……ゲヘヘ、もうすぐ頭目かしらが率いてる本隊が手始めにニューベイを襲撃する。その後はサン・クルーズだ』

『――何ですって?』


 戯けるようにBMを動かす盗賊。


『――女子供も関係ねー! 全員バラバラにしてやるよ。そうだな、手始めに……お前からだ!』


 踊るような動きからスムーズに右腕に装備されたガトリングガンを乱射し始めた。僚機を撃破した時の推測射撃ポイントに集中して弾丸をばら撒くマキシと呼ばれた盗賊。しかし、アリアはオリハを既に移動させていた。手応えの無さに焦り始める。


『――魔女ヤロウ! アニキの仇だ、当たれ当たれ、当たれー!』


 レティクルをそっとコクピットを合わせると、容赦無くトリガーを引く。秒間三発で三十ミリがBMに穴を空けていった。


『――絶対にブチ殺して……グハッ!」


 コクピット周りの装甲が耐え切れず崩壊すると、弾丸は盗賊の身体に吸い込まれていった。呪いの言葉と断末魔を上げながら血煙に消えていく。直後に火花が数回散ると、BMは爆散した。

 壊れたコクピットから死体の手らしきもの見える。それが人の手と分かった瞬間、自らの手で明確に人を殺したことを認識した。


「私は……私は……どうすれば良かったのよー!」

「アリア……」


 オリハには、泣き叫ぶアリアにかける声は見つからなかった。

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