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P17:墓標には長い髪と悲しみを【01】

「はっ! 着替え、海の家のロッカーだ……」

「ダカラ?」


 辺りは祭りの縁日のような人だかり。


「シャワー浴びたいけど、部屋まで水着で行かなきゃ……これは辛い。まるで羞恥プレイよ!」

「アリア、ソウイウノ、スキデショ」

「ぶっ! こら、オリハ。変な趣味に目覚めさせようとするな!」


 ほんのり上気したアリア。先ほどまでの情事を思い出して、人混みの中で水着を脱ぐ自分を想像してしまう。みるみる顔が真っ赤になっていく。


「オリハ! どうにかしなさい!」

「メンドウダナ……ジャア、メダタナケレバ、イインデショ」


 少しだけ不機嫌なオリハと売り言葉に買い言葉のアリア。


「そうよ! 目立たなきゃ良いわよ。どうにかしてよ」


 コクピットの中でシートに座ったまま両手に腰で目の前のコンソールに映る顔文字へ顔を近づけて威圧。すると、顔文字がニヤリと一瞬笑う。

 突然に悪い予感がするアリア。


「あっ、オリハ、変なこと考え――」

「――ハイ、コレデ、アリアハ、メダタナイ!」


 熱光学迷彩がオフの表示に切り替わると、突如宿屋の通りの前に姿を現すBM。通りで酒盛りしていた人々は呆然としていたが、数名の客が騒ぎ出した。


「ビーチで俺たちを救ってくれたBMだ! 救世主の御帰還だぞー!」

「おぉ、これが……」

「中にはどんなパイロットが……」


 盛大に注目を浴びるオリハとアリア。一斉に集まる視線にビクッとするアリア。


「ちょ、ちょっと、余計に目立ってるじゃん!」

「モデル、ミタイニ、フルマッテ」

「はぁ?」


 通りで酒盛りする人達の皆が注目している中、オリハが皆に叫ぶ。


「レディースエンドジェントルメーン、シュヤクノ、トウジョウデス!」

「ちょっと、どうするのよ!」


 焦るアリア。コンソールを両手で持って全力で揺らす、が強度が凄い。ガタガタしない。流石はオーバーテクノロジーの塊。


「キャンギャル――」

「――はぁ?」

「モーターショーノ、キャンペーンガール、ミタイニフルマッテ」


 少し考えると、ふと思い出した。前世で何となくモーターショーのお姉様達をスマホで眺めながら、想像で自分と置き換えてニヤニヤしていたことを。


「はっ、な、な何でオリハがキャンガルのこと知ってるのよ? この世界にもあるの?」

「アリアノ、スマホノ、キャッシュヲミタ。アレヲ、イメージシテ、ヘヤマデ、アルケバ、ダイジョウブ!」


 少しだけ想像。水着でモデルウォークするアリア。皆の羨望の眼差しを受ける自分を想像して顔がだらしなくなる。


「ハッチ、アケルネ」

「えっ、うわっ!」


 期待の眼差しを向ける人々。ハッチが開き始めると、街の熱気がコクピットに入り込んできた。人々のどよめきや拍手と共に興奮がアリアにも伝わり自分も高揚するのを感じる。


「ホラ、モジモジシテル、ホウガ、ハズカシイヨ」

「オリハ〜、覚えてなさい!」


 覚悟を決めた涙目のアリア。開いたハッチに立ち上がり、右手はコクピットの上の方を持ち、左手は腰。両足を肩幅くらいに開いて胸を張ってモデル立ちを決める。


(こうなりゃ、やり切るしか無い! アリア、恥ずかしいと思ったら負けよ!)


 左手で髪を掻き上げ、顔は横を向いてポージング。一瞬の沈黙。


(だ、ダメよ。恥ずかしい……しゃがみ込んじゃいそう!)


 限界を迎えるその瞬間、拍手と口笛と歓声が鳴り響いた。


「イイぞー! ヒーローの登場だー!」

「ヒューヒュー!」

「アリアちゃん、カワイイー!」


 老若男女問わず歓声が鳴り止まない。ここで少し調子に乗ったアリア。足をクロスさせてポーズを変えてドヤ顔。

 反応して大歓声の客達。


「ホラ、アルイミ、メダッテナイ」

「オリハ、後でコロス。降りるから手、出して!」


 小声で凄むとオリハはBMの右手をコクピットの前に出してくれた。足を右手の掌に乗せると右手が数十センチ滑らかに下がった。アリアはそのまま気取って地上に降り立つ。

 もはや逆に注目の的のアリア。


(私はキャンギャル、私はキャンギャル――)


 気取ったニコニコ顔を辺りに向ける。一瞬、先ほどのオリハとの情事を思い出しかけるが、ポーズを変えて必死に違うことを考える。


(ここはモーターショー会場。私はコンパニオン!)


「アリアちゃーん、どっか行っちゃったから心配してたよー!」


 突如聞こえた見知った声。目の前にはローズが居た。刹那に思い出したのは盗賊団との戦い。ローズが生きていてくれたことと、盗賊の男を殺したこと、それらが混ざり合ってアリアの瞳からは涙として溢れ出す。


「ローズちゃん! ローズ……うわーん」


 エプロンドレスを着た中学生くらいの少女の前に跪いてお腹に頭を押し付けて大泣きする。


「ろ、ローズちゃん……ひぐっ、良かった、良かったよー!」

「アリアちゃん……」


 ローズはアリアの頭を優しく撫でてあげた。暫くそのままだったが、この羞恥プレイの状況に気付いて、すくっと立ち上がった。

 そのままローズと手を繋いで宿屋に入っていく。それを万雷の拍手で見送る観客達。宿の中の食堂も皆が立ち上がって拍手をしていた。


「アリアちゃん、部屋に行く?」

「うん。着替えたいから……」

「着替えたらご飯食べましょ! アリアちゃんのお腹ぺたんこよ」


 ここで少し笑みが溢れるアリア。


「食べる前で良かったわ。お腹がポッコリしてたら恥ずかしかったもの」


 笑い合いながら階段を登る二人。アリアとローズの姿が見えなくなると、皆が席に座り酒盛りを再開した。賑やかさと共に日常が戻る辺りの通り。

 そこにポツンと残されたオリハ。


「デ、オレハ、ドウスレバイイノ?」


 通りに居た子供達は、既にBMの腕や脚に登り始めていた。



――その時、怪しげな男達が今の騒動を睨みつけていたが、それにはオリハも気づくことはなかった



◇◇◇


 今日はローズの部屋で二人寝ることになった。ご飯を食べ終わって部屋でおやつを食べたりしていると、ドアがノックされた。そっと開けると、そこにはドローンがフラフラと浮いていた。


「ツカレタ〜」

「AIのクセして。どうしたの?」

「ガキドモニ、オイカケマワサレタ……」


 やはり小さな機械が空中に浮いていると、どうしてもお子様は追いかけたくなる習性があるらしい。迎え入れたらフラフラと机の上に着陸した。二人で見ていると、マジックハンドを伸ばしてコンセントに挿し込んだ。どうやら充電しているらしい。


「まるでスマホ……」

「コウガクメイサイ、オンミツモード、ガキドモハ、ナゼカ、ミツケテクル……スコシ、ネマス」


 するとパワーランプがオレンジ色に点滅を始めた。スリープモードに入ったらしい。


「オリハちゃん、寝ちゃったね」

「そうみたいよ。じゃあ私達もそろそろ寝ましょうか」


 アリアがあくびを噛み殺しながら提案するがローズはちょっと不満そう。


「まだ喋り足りないです! もっと話ましょうよ」


 可愛く上目遣いでこちらの腕を手に取り揺すってくる。


(きゃーーー! 妹みたい。カワイイわ……でも眠い……)


 少しだけ困った顔をすると、ローズがふと首を数回横に振った。


「はい、ごめんなさい。アリアちゃんは仕事してるもんね。じゃあ寝ましょう!」


 こうも素直に言われると、それはそれで寂しいし健気さが可愛すぎて放っておけなくなる。今度はアリアが首を数回振ると、ニコッと微笑んだ。


「じゃあ、良い子のローズちゃんには何かプレゼントしましょう」

「えっ!」


 ここでアリアはスーツケースを持ってきて露店やマリーの店で買ったモノをベッドに並べた。アクセサリーを二人で物色する。


「ペアになってるのが良いです」

「うーん、ペアかぁ……」


 同じ種類を二つ買ったのは謎なゴム製の生物がついたペンダントだけだった。それを同時に手に取る二人。微妙な表情で一瞬見つめ合うと、笑い出すのも同時だった。


「あはは、キモかわいい」

「そうですよ。これはこれでカワイイですよ!」


 ここでニッコリとローズに微笑むアリア。


「よーし、次のファッションチェック・アリアで紹介して売れ筋ナンバーワンのアクセにしちゃおう!」

「えっ……えっ?」


 少しビックリ顔のローズ。徐々に震え出すと破顔一笑、元気にスキップし始めた。


「わーいわーい。私、明日から学校に付けて行っちゃおっと。公開後に自慢してやるんだ!」


 ニコニコのローズを見ながら、立ち上がって背伸びをする。


「さーて、片付けたら寝ましょうか。また来るわ。今度はちゃんとしたプレゼント持ってくるわね」


 目がキラキラのローズ。


「はいっ! ローズは公認ファン第一号として、宿泊先を確保して待ってますね」

「んふふ、近いうちにメールするわ」

「約束ですよ」

「はい、約束されました!」


 ここでお喋りはお終いにして二人で一緒のベッドに入った。二人で向き合って少し話していると、ローズの瞼が閉じそうになってきた。


(うぷぷ、ローズちゃん眠そうよ。あんな怖い目にあったら、そりゃ疲れるわよね)


 何も言わずにローズの頭を優しく撫でてあげると、子猫のように目を細めた。


「アリアちゃーん……一緒に……おやすみ……嬉し……」

「あら、寝ちゃっ……」


 思わず小声で呟いてしまうが起こさないように口を閉じる。そーっと毛布を肩までかけてあげると、アリアも毛布の中に包まることにした。

 平和なひと時。そんな細やかな幸せが、一瞬で崩れ去るところだった。それを救えたのは嬉しいこと。


(でも……それは正しいことなの?)


 アリアの中では、まだ答えは出せていなかった。その時、ふと小さな声が聞こえてきた。


「アリア……ネタカ?」

「まだ起きてるわよ……」


 ローズを起こさないようにそっと上半身だけを起こしながら小声で返答。ドローンを見るとオレンジ点滅はいつの間にか赤点灯に変わっていた。怪しく強弱させながらハートマークのついた蓋をパカパカ開け閉めを繰り返している。


「ゴホウビ〜、アリア、ト、ローズ、フタリイッショニ――」

「――ローズちゃんに触ったらコロス。ローズちゃんの前で変なことしてもコロス」


 アリアの両目が暗闇の中でギラっと光る。

 それを見たドローンはビクッと震えたと思うと、赤点灯が緑点灯に変わった。


「ゴホウビ〜……」

「スリープしなさい」


 小声で威圧感たっぷりに告げると、ドローンも諦めたらしく、パワーランプはオレンジ点灯に変わった。


「ケチ〜……」

「おやすみ」


◇◇◇


 翌朝、テラス席でアリアはローズの働きっぷりをぼーっと眺めていた。


(こんな生活も良いかもしれない……)


 それはこの街に来て、より強く思うようになったこと。


(普通の街娘としてウエイトレスやショップの店員として生きるのも良いかもしれない)


 そんな普通の生活に憧れている自分がいる。アリアの中で殺伐とした戦いから離れたい、そんな気持ちが生まれ始めていた。

 それでも、子供達に追いかけ回されるドローンオリハを眺めると胸がズキンと痛む。


(でも……オリハと別れれば、普通の生活をして、普通の恋ができるかもしれない)


 街で評判のウェイトレスとして羨望の眼差しを受けたり、年に一回のお祭りでダンスの相手になるのを男達が争ったり、カッコいい男の人が月夜の夜に跪いて指輪をプレゼントしてくれたり。


(ふふふ、調子良すぎるかな?)


 普通で良い。汗水流して働いて、心の優しい普通の男の人とお付き合いして、皆から祝福されながら結婚する。子供も二人くらい作ったりして穏やかに歳を重ねていく。

 そんな細やかな幸せを手に入れたい。

 踊るように、楽しそうに、幸せそうに給仕するローズを羨望の眼差しで眺める。




『お前……面倒だな。死んどけよ』




 突如として頭に浮かぶ盗賊共のBMが銃をこちらに向けているイメージ。銃を乱射し始めて、細やかな幸せが無惨にも破壊されていく。

 街娘のアリアは、ただ嘆き悲しむだけ。

 そんな自分を暗闇の中からオリハと共に眺めている。理不尽な暴力から護る手段を持つアリア。


(分からない。どちらに進むべきかなんて)


 二人のアリア。どちらを選べば良いかなんて――。


「――アリアちゃん、いつ出発ですか」


 暗い澱みの中にでも居るような思考から、明るいローズの声に引き戻された。


「ローズちゃん……後二時間後には出発――」

「――アリアちゃん! どこか痛いの?」


 接客に来たローズが顔を覗き込んで驚いている。

 和かに笑顔を作っているつもりだったが、アリアの瞳からは涙が流れていた。


「えっ? あっ、ごめんね。ちょっと悲しいことを思い出しちゃってたから」


 さっと手で涙を拭いてからニコッと笑顔を返した。少し心配そうなローズ。


「……失恋でも思い出したの?」


 オリハとの別れを、また少し想像してしまう。


「あっ、違う……いや、合ってるかな。そうなの。失恋を想像しちゃって……」

「なーんだ。アリアちゃんはカワイイから大丈夫!」


 納得したのか、そのまま滑るように他のお客のところへ行ってしまった。少しホッと息を吐くと、今度は背後から突然に声が聞こえた。


「ダレニ、フラレタノ?」


 オドオドと不安そうに聞いてくるオリハ。それに安心してしまう。


「オリハ、あなたがローズちゃんに乗り換えて、私がフラれる想像をしたのよ」


 暫し固まるホバリングするドローン。


「アリア、ノ、ホウガ、カワイイヨ」


 ボソリと呟いた。そんな一言で頬が火照るのを止められない。


(私、チョロすぎっ!)


 両手を頬に当てながら、じっとドローンを眺める。


(今はこのままで良いや。怖くなったらBMを降りよう。その時が来るまでは、オリハと共に生きよう)


「オリハ、皆のところに帰ろうか」

「ハイ、ヨロコンデー」


◇◇◇


 また近いうちに来ると何度も約束することで涙目のローズとサヨナラすることに成功した。今はオリハの中で首にかけている変な生き物のペンダントを眺めていた。


「ローズちゃん、可愛かったなぁ……」

「ソウダネ。ローズチャン、カワイカッタ」

「何よ! ローズちゃんの方がカワイイの?」

「ジブンデ、イッタクセニ……」


 痴話喧嘩していると、突然無線から大声が聴こえてきた。


『――ふざけんな! ラベンナとサン・クルーズに立ち寄れだと! 何日遅延してると思ってんだ、このキャラバン!』


 ロイドが誰かと揉めている。


『――すみませんね。報酬は弾みます。それだけの儲け話なんでね。へっへっへっ』

『――ロイド、こんなモンだ。諦めな』

『――ぬーーっ……了解。カミナ、アリア。目的地をラベンナ経由サン・クルーズに変更!』

『――了解』

「了解でーす」


(まだまだ、真っ直ぐ帰れそうにないらしいわよ)


◇◇◇


「サン・クルーズに到着、とうちゃくー!」


 ラベンナという小さな街には商店も少なく、荷物の出し入れだけで直ぐに出立となった。それでも半日ほど余分に時間がかかったので、サン・クルーズに到着した頃には夕方になっていた。

 ロイドは降りるなり、キャラバン隊の方に大股で歩いていった。


「このパターンは商談が始まって直ぐには荷卸しないパターンかな。で、多分、基地じゃないところに出発……」

「ロイドさん、また怒っちゃう」

「いいよ、放っておこう」

「はーい。それにしても移動ばっかりは疲れるわ。んーっ……あっ!」


 背伸びをしたらネックレスがプチンと音を立てて切れてしまった。落ちていく変な生き物。空中でキャッチしようとするが、惜しくも手から零れ落ちてしまった。


「んもう……不吉よ。オリハもそう思わない?」

「……ン、ア、ハイ……」


 降りると最近は直ぐにドローンを起動してアリアの周りをウロウロ飛び回っていたが、何故かBMごと微動だにしない。ふと頭部カメラを見ると、何かをズームして見ているように思えた。


「何よ。なんか美人のお姉さんでも見えるの?」


 カメラの向く先を見てみると、人だかりができていた。何故か背筋がゾッとする。少しの嫉妬、焦燥、不安。それらを打ち消そうと強がる。


「ねぇねぇ、何が見えるの? 掲示板?」

「ミナイホウガ、イイ……」

「ふん!」


 ロイドを真似して大股で近づくアリア。人だかりの中に紛れて前の方に進むと、そこには電子掲示板があった。


「なーんだ、ニュースでも見てたのか……えっ?」


 そこには数時間前に盗賊団がサン・クルーズを襲撃したと速報が出ていた。


『盗賊団のBMがホテル・メサイヤを襲撃。ロケット弾が直撃して全壊。宿泊客や従業員に多数の死傷者か』


 手に持っていた変な生き物のアクセサリーが手から地面に滑り落ちた。


「えっ……まさか」

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