P15:海と水着と盗賊団【02】

◇◇


 通りを並んで歩く二人。ローズは時折私の周りをクルクル回っている。


(これは嬉しい! まるで妹ができたみたい)


「急に行って満室だったらどうしよう?」

「大丈夫です! 満室だったら私の部屋に泊まってください」


 自信満々のローズ。今もアリアと腕を組んでニコニコ顔でくっついているのが何ともカワイイ。


「あぁー、満室になってないかなー。でも満室なんて新年祭の時位だからなぁ……」


(やっぱり可愛いわ。頭撫でちゃおっと)


 という訳で安心しながら歩いて十五分ほど。部屋数は十部屋位の石造りのお屋敷。この辺りはまるでヨーロッパの風景のよう。しかも前の道路はオープンカフェになっていた。


「オシャレすぎよ。動画撮りたいな……」

「賛成でーす。後で撮りましょう!」


 高校生に海外リゾートで一人宿泊なんて経験があるわけない。興奮して鼻息がフンフン荒くなるアリア。

 ローズについて観音開きの扉を通ってフロントへ行くと、そこにはローズと同じ顔をした(少し太り気味の)美人が立っていた。見た目通り母親とのことで、こちらも動画のファンで熱烈大歓迎してくれた。


「ネットの動画は破廉恥か残虐がどちらかだったんだけど、アンタの動画は見ていて飽きないんだよね。ウチの宿屋も紹介してくれよ!」

「はい! また遊びに来て撮影させて貰います!」


 ニコニコと握手する二人を置いて慌てて着替えに行った。ローズは宿屋一階の食堂とカフェで給仕をするらしい。アリアの動画の面白いところをマシンガンのように喋りながらチェックインを済ませてくれた。アリアは部屋の鍵を貰うと早速お部屋に突撃した。

 小降りな部屋だが清潔感があり、ベッドメイクもしっかりされている。湯船は無いがしっかりとした水量のシャワーが完備されている。アメニティもオシャレっぽい。


(うん、小綺麗で可愛い。これは優勝ね!)


 ニコニコしながら荷物を置いて、一階に向かおうとすると不満そうな機械音声マシンボイスが聞こえてきた。


「ゴホウビーー……」

「ご飯が先!」

「ヘーイ」


 今のやりとりを思い浮かべ『ご飯の後はナニするの?』と考えてしまい勝手に照れてしまう。火照る頬を両手で押さえながら階段を降りて一階に向かう。


「いらっしゃーい!」


 エプロン姿の元気なアリアがそこに居た。

 やっぱりカワイイわね、と眺めながら案内に従ってオープンカフェのテーブルに着く。


「ふー、風が気持ち良いわ。あっ、何が美味しいの?」

「はーい、パパの料理は何でも美味しいですよ!」

「お父さんが作ってるの?」


 オープンキッチンになっているので窓越しに厨房を覗くことができた。そこではローズに似ているといえば似ている(恰幅の良い)男が鍋を振るっていた。


「じゃあスペシャル定食持ってきまーす」


 オーダーを通しに厨房に向かって踊るように歩くローズ。其処彼処で声が掛かる。


「ローズちゃん、ビールお代わり!」

「トムおじさん、飲み過ぎ注意よ」

「パンをもう二つお願いできるかしら……」

「はい、サラさん。あれ? もしかして痩せました?」

「えー、本当かい? じゃあデザートまで食べようかね」

「はい、コースにデザート追加ー」


 すると、後ろの方から酔っ払いの大声が聞こえてきた。


「ビール! あとワイン!」

「お客さん、飲み過ぎですよ……」

「パティオ〜、今日泊まるから私の部屋に来てよー」

「100パーセントノ、カクリツデ、カミナ、ダナ」


 座ったままずっこけるアリア。


「それくらい分かるわよ……同じ宿だったか」


 カミナはもう一人の給仕の少女にちょっかいを出していた。


「あれ、パティオって言います。あ、姉です」

「あら、お姉ちゃんなんだ。しかしスタイル良いわねー」


 百七十五センチはありそうなほっそりモデル体型。アリアも背は高い方だがスタイルでは負けてそうだ。ここでハッとする。カミナの餌食になるのを放っておいては仲間達ワイルド・スカンクの末代までの恥。


「うへへー、部屋で一緒に寝ようよー」

「ちょっと、手を離して下さい。まだ仕事中ですからお客さん、後で……」

「カミナさん! ウェイトレスさんに手を出しちゃダメですよ!」


 両手を腰にプンプン顔で注意すると何故か固まるカミナ。


(あれ? カミナさん……泣きそうに見つめてくるわよ?)


「アリアちゃーん、やっと見つけたー! 一人で飲んでても楽しくないのよー」


(あら、寂しかったのかな?)


 ちょっと可哀想に思えてしまう。ローズに目配せしてから同じテーブルに座ることにした。


「じゃあ今日は早めに切り上げて寝て下さい。明日は一緒に海に泳ぎに行きましょうよ」

「えっ、誘ってくれるの?」


 どうもお酒によっては泣き上戸になるらしい。目がウルウルして正直可愛い。


「はい。良い子にしてたら一緒に明日遊びましょう」

「分かった! もう寝るね。お勘定よろしく!」


 レシートの束をパティオに渡すと颯爽と宿屋の中に入っていった。カミナの姿が消えるとパティオと呼ばれた給仕がアリアにペコリと頭を下げた。


「ありがとうございます。あんまり荒っぽい方は苦手で……」


(あら、声もか細くて可愛いわね)


 思わず変な扉が開いちゃいそうなアリア。


「良いのよ。同性同士ああいうのには気を付けないとね」

「はい……」


 パティオはレシートを宿代につける為、フロントに小走りで走っていった。


「ほんと、可愛いお姉ちゃんね」

「あ、姉には気をつけて下さいね……」

「えっ?」


 横で静かにしていたローズ、意味深な言葉を残して去って行った。若干の違和感を感じたが、その後の料理の美味しさに忘れてしまった。


◇◇


「じゃあまた明日ね」

「モーニングコールしますよ。おやすみなさいー」


 階段を登って部屋に向かうと何故かパティオと呼ばれた少女が立っていた。


「あの……お礼したくて……」

「あら、ローズちゃんのお姉ちゃん。そうだ、明日一緒に海に行きましょう!」

「えっ、私も良いんですか?」

「そうよ! 良い考えだわ。うししっ、ローズちゃんをビックリさせましょう。部屋入って。多分私の水着なら大丈夫だと思うから合わせてみましょう」


 二人(と一機)は部屋に吸い込まれていった。


「やっぱり、コレなら大丈夫そうね。はい、プレゼントよ」

「えっ、くれるの? 嬉しい……」


 予備の水着の一枚を渡すと胸に抱えてウルウルしているパティオ。むふーっと鼻息が出るほど満足なアリア。


(これは明日が楽しみね。さて、寝る前に残りの水着を片付けましょう)


 パティオに背中を見せる形でスーツケースに他の水着を片付けるアリア。


「さーて、では明日は早いから寝ましょう……えっ?」


 そっと後ろからパティオに抱きしめられた。


「あら、パティオさん、そんなに嬉しかった?」

「……」


 じっと黙っているパティオ。ここで少しだけローズの違和感や不審な感じを思い出して不安になる。


「パティオさん? 明日は早いから――」

「――お礼させて、アリアちゃん」


(百合っぽい展開来たー! しまった、読者サービス回だったか?)


 離れようとするが見た目より力が強く振り解けない。


「ちょっと、やめてくださ――」

「――私、上手なの。任せてね……」

「ひーっ! オリハ、やめさせて!」


 突然鈍い音と共にパティオが後頭部を抑えて蹌踉よろめく。


「痛ーい! えっ、何、何?」


 すっと姿を現すドローン。


「オトコ、ト、オナジヘヤ、ヨクナイ」


 少し怒った機械音声が辺りに響く。


「えっ、パティオさんは女の子だよ?」

「あら、バレたわ。実は元男なの」


 スカートをピラっと捲ると、女の子向けの可愛い下着の一部が怪しげに膨らんでいた。


「でも大丈夫よ。TSトランスセクシャルレズビアンなだけよ」

「それって……」

「ジョソウズキ、ノ、オンナズキ……」


(私ね、ジェンダーにも理解あるの。だからこそ裏切られた気分よ)


 アリアの顔が怒りでみるみる顔が赤くなってきた。


「オリハ、お仕置き!」

「ガッテン」


 スタンロッドを出すと電撃をパティオに与えた。しかし悶えるだけのパティオ。


「あぁん、これはこれで……」

「エッ、コワイ」


 部屋からポイっと追い出すことにした。


◇◇


 翌朝、朝食も食べられるということなので一階に降りていく。天気が良いので屋外の方は満席らしい。まだ空きの有る屋内のテーブルに決めて欠伸をしながらオーダーを取ってくれるのを待っていた。

 ふと外に目を向けると、オープンカフェで給仕中のパティオの姿がガラス越しに見えた。同じように近くに座る常連っぽい客も、それを肴に朝からビールを飲んでいる。


「見た目は本当に美人だな。間違いを起こしそうになるぜ、ははは」

「ホントだよな。でもパティオは女好きだからなぁ」

「女っぽい格好してると警戒が緩むらしいからな。部屋に入っちまえば大体ヤレるらしいぞ。ホント、羨ましい……」


 パティオの過去の犯罪歴について偶然の密告を受けて怒り心頭のアリア。


「女の敵に認定よ!」


 アリアに気付くと事態の悪化に気付かず近づいて来るパティオ。


「あっ、アリアちゃーん」

「オリハ、やっておしまい!」

「ラジャー」


 隠密モードのままスタンロッドで電撃を喰らわすと、床に倒れて悶えるパティオ。


「あぁーん、ビリビリ電撃……刺激的、好きー」

「ヤッパリ、コワイ……」


◇◇◇


 マリーの店に向かうアリアとローズとバイクに乗るカミナ。新型バイクを衝動買いしたらしい。


「カミナさん、お金遣い荒過ぎですよ!」

「良いんだって。全く……お婆ちゃんかロイドみたいな堅いこと言うなよ」


 ロイドはお金に厳しいらしい。


(ふふふ、イメージ通りよね)


 因みに今日も顧客と交渉に燃えているとのこと。


「しっかし、晴れて良かったわ。絶好のバイク日和よ」


 水素エンジンで転倒防止のジャイロが搭載されている最新バイクは歩くくらいのスピードでゆっくり走行している。それに跨るカミナはキャップとサングラス装備でビキニの水着にジーンズのショートパンツを合わせていた。


(ふむ、バイクとその格好はフェミニンで大変よろしい!)


「ホントですね。日頃の行いが良かったかしらね」

「はい、アリアさんとビーチに行くんですから。沢山お手伝いしましたよ!」


 可愛いことを言うローズの頭を撫でるアリア。猫のように目を細めて喜んでいる。


「はぁはぁ……アリアちゃん……ごめんなさい。でも一緒に連れてってくれて……あ、ありがとう」


 少し強めに睨むアリア。

 そこには全員の荷物を抱えて少し後方を歩いてヨロヨロしてるパティオも居た。因みに荷物は着替えと飲み物にパラソルとビニールシートだが、重さの七割はカミナの持ち込んだアルコールだ。


「おに……お姉ちゃん、皆さんの優しさに感謝しなさいよ! 牢屋に入ってもおかしく無いんだからね!」

「はぁ、はぁ、ローズ……わ、分かってるよ……」


 息も絶え絶えのパティオを『姉』と呼ぶローズ。仲はとても良いのだろう。変態と呼ばれても可笑しくない兄を認めているように見える。


「ローズちゃんは優しいのね」

「えっ、何でですか?」


 流石に『変態の兄を見捨てないから』とは言えない。とりあえずニコニコしておいた。


 なんてやっているとマリーさんのお店の近くに辿り着いた……が店の前に少なくない行列ができていた。まだ開店前の筈だが楽しそうな若い女性が二十人は居そうだ。どうしようかと思案に暮れていると、裏口からマリーが出てきてそっと此方に来てくれた。


「ごめんなさいね。あんなに楽しそうに並ばれるとお店を今日閉めるわけにはいかないわ……」


 困ったフリをしているが、自分のショップに行列ができているのを見るのは嬉しいらしい。顔が半分ニヤけている。


「じゃあ、マリーさんは時間が出来たら合流しましょう。どうですか?」

「そうねー。じゃあ暇になったら合流するわ!」


 そう言い残すとお尻フリフリ颯爽と裏口へ戻っていった。


「そりゃ嬉しいわよね。自分のお店に行列出来てたら」


 カミナも少し嬉しそう。同年代の同姓が頑張る様を見るのは楽しそうだ。それ以上に上機嫌になるアリア。


(私もインフルエンサーとしての影響力を目の当たりにさせてもらって嬉しいわ。んふふー)


「アリア、カオ、ニヤニヤシスギ」

「はっ! オリハ、うるさい! ほら、ビーチに行きましょうよ」

「はい、行きましょう! こっちの海の家で着替えられますよ! オリハちゃんもこっちにいらっしゃい」


 ローズが先頭になってビーチ前の建物を案内してくれる。因みに今は透明になっているドローンオリハをローズはアリアの助手として認識していた。カメラを持った妖精のイメージらしい。

 更衣室に入る三人と一機。すぐに一機オリハ一人パティオは追い出された。


「おに、お姉ちゃんは私たちの着替えが終わったら一人で着替えて!」

「エロドローンも出ていけ!」


 ドアの前では、最初から水着姿のカミナがパティオとオリハが覗かないように睨みを利かせていた。


◇◇


 水着姿の三人、その後で一人パティオも合流した。

 私とローズは同系色の水着に揃えていた。カミナのボタニカル柄のビキニと、パティオに渡した水着の色合いが偶然似ていたので、双子コーデが二組と言っても過言ではなかった。

 四人が並んで歩くと周りからは感嘆の声や冷やかしの口笛が鳴り止まない。そんなわけで、浜辺に進むうちに全員がモデルウォークになっていた。


◇◇


 パラソルやビニールシートを引いてのんびりする四人と一機。目に映るのは白い砂浜に青い空、青い海。正真正銘の映え映えスポット。


「うーん、天気も良いし、酒も美味い。サイコーだ!」


 缶ビール片手に背伸びするカミナ。横からじっと迫力ボディを眺める。筋肉に裏打ちされた整った肉体は、やはり憧れ。自らのボディと比較して少し不満そうなアリア。


「マリーさんのダイナマイトボディのビキニと並んだら世の男どもを黙らす写真が撮れそうね……」


 突然立ち上がると腕を回しながらバイクに向かうカミナ。


「よし、座ってんの飽きた!」


 じっとしていられないカミナは早速バイクでビーチを走り回っていた。飽きるとビーチで泳ぎまくり、疲れると酒を飲み、酔うと、またバイクで走って風を浴びていた。



――それをひたすら追いかけて動画を撮るオリハ。ダイナミックなバイクとのチェイス動画に編集して早速公開。『水着とバイクとスピード』の三点セットはやはり世の男子には強いコンテンツだ



 残った三人。パティオは炎天下の中で大荷物を担がされたので飲み物片手にグッタリしている。アリアとローズは波打ち際で遊んだりジュースで乾杯したりと健全に楽しそう。


「アリアさん、ローズと並んで写真撮りましょうよ。あっ、動画も撮ってくださいよー」


 腕を絡めてきたローズをじっと見つめる。

 ローズがパティオに対して『男性用更衣室で着替えろ』とは言わないことに少し感心していた。


「優しいわね、ローズちゃん!」

「えっ? 分かんないけど嬉しいです!」

「よーし、動画は撮りまくりましょう!」

「やったー!」

「オリハ、どこー!」

「ヨンダ?」


 叫ぶと思ったより近くから声が聞こえてビックリのアリア。


(音もしない透明なドローン……ノゾキされ放題じゃん)


 後で問い詰めることにして、まずはこの楽しい時間を精一杯楽しむことにした。


「写真に動画に撮りまくるわよ。編集は後で考えれば良いわ! オリハ、撮りまくって!」


 オリハは更衣室の中が撮れなかったのが不満だった。だからこそ、このチャンス、全ての『ラッキースケベ』を確実に撮影しようと気合に燃えていた。


「アイアイサーー!」

「よろしい!」


 アリアもインフルエンサーとしての魂が燃えていた。


「準備よろしくねー」

「アッ、セナカニ、オイル、ヌリタイ……」

「それは後で!」


 バイクのカミナと回復したパティオも合流して全員ノリノリでニコニコだ。楽しそうな水着姿の四人を前には流石にオリハのテンションも鰻登り。

 ズームに赤外線にと全力で撮影中だ。


「ハイ、キュー」

「みなさーん、今日の――」


 記念すべき第一声を上げた瞬間、突然大きな水飛沫が上がり二機のむさ苦しいBMが登場した。


『――あーあー、聞こえるかー? オレ達はバイパー団だ! 金はあるから女を貰う……って、お前ら四人イイな。死にたくなかったら動くんじゃねー!』

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