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P14:海と水着と盗賊団【01】
「サン・クルーズに立ち寄るの? あっ、痛い……私、買いたい服があって――」
BMのコクピット内でストレッチ中。マジックハンドに腕を伸ばすのを手伝ってもらっているが少し力が強い。痛すぎて時々変な呻き声が出しながら、このミッションの隊長に任命されたロイドに無線越しで訴える。
『――違う。その近くの街に寄るだけだ。ニューベイって小さな港町だ』
「へー、港なんですか? 海見たいー」
『――キャラバンが荷物を降ろしたり燃料補給する筈だから半日くらいは滞在すると思うぜ』
今度はヨガのポーズを取りながら、この世界では未だ見たことがない海に想いを馳せる。
『――アリアちゃん、港町だから、新しい商品とか有るかもよ? サン・クルーズの商品もニューベイの港を通ったものも多いからね』
「えっ、それは楽しみっ……あっ、痛た、オリハ強すぎよ」
「ヘーイ……」
今回のようなキャラバンの護衛任務は遠隔地へ行くことが多いため日数の割には儲からない。その代わり移動だけで終わる可能性の高い安全な任務なの。息抜きがてら偶に参加、というパターンが多いらしいわ。
ロイド、カミナとアリアという見知った顔の三人なのよ。アリアにとってはバカンス気分だった。
「ヤバイわねー。サン・クルーズの店舗より先に新商品見られるなんて最高よ」
「マタ、アリアノ、ナガイ、カイモノ……」
「何よ? ダメなの?」
無線から呆れるような声がする。
『――痴話喧嘩は後でやってくれ。周囲への警戒は怠るなよ。この辺りは盗賊団が多いんだ』
『――そうよー。BMだって持ってるんだから気を付けてね。捕まったらエッチなことされて売られちゃうわよ』
「えっ、怖い!」
『――ははは、売られれば良い方だ。殆どは殺されるからな。気合い入ったか?』
「えーーっ、分かりましたー! ほら、オリハ、遊んでないで見張ってなさい!」
スルスルとマジックハンドが仕舞われていく。不満そうな
「……アソンデルノハ、アリア、ダケー」
「何か言った?」
「イエ、ナンデモナーイ」
自動で動く操縦桿や勝手に押されるスイッチをじっと見るアリア。実は、最近オリハが何をしているか分かるようになってきた。だから、今、センサーをフルに使って警戒中なのは何となく理解できている。
その内に突然操縦桿を奪って操縦して驚かせてやろうと画策中だ。ニヤリとほくそ笑む。
(だから今はコンソールの表示の意味くらい、大体分かるのよ〜。付近数キロに稼働するものは見つかりませんっと)
「ロイド隊長、辺りに怪しいもの有りません!」
『――よし! 警戒を継続。街まで二時間だ。頼むぞ』
「了解でーす!」
◇◇
「という訳で、無事にニューベイに到着、とうちゃくー!」
ロイドとカミナは依頼主と一緒に事務所に入っていった。まだ午後三時くらいだから遊びに行ける時間だ。早く戻らないかと焦る気持ちを抑えて待つしかない。
というわけで、港で沖を進む船を見ながら潮風に吹かれているしかない。髪をかき上げる待ちぼうけのアリア。
「んー、潮風が気持ち良いわー」
「サビル、カラ、キライ……」
「あら、偶には機械っぽいこと言うのね。うふふ!」
「テンション、タカイナ……」
「ははは、そう落ち込むな。キャラバン護衛は大体予定通りに進まない。それも客側の都合でな!」
「だからって、『帰りを空便に出すわけにいかないから二日待て』は無いだろ!」
「その分も報酬はくれるんだ。大人しくしたほうが儲かる。バカンス延長だ」
「えっ、連泊なんですね! やったー、買い物するぞー。動画も上げちゃおうかなぁ」
ニコニコのアリア。横で音も無く浮いているドローンを相手にダンスを始めた。
「あはは、それクルクルーっと!」
「ドローンと踊れるのか……器用だな。まぁ良い。各自、BMを指定のハンガーに置いたら明後日の午前七時迄は自由時間だ」
「明日が完全フリーか。さーて、早速飲みに行くかな。アリアちゃーん、一緒に行く? ロイドは?」
カミナが笑顔でこちらを見ている。ロイドを見てみると顔も向けずに手を振っていた。
「お前と飲んでると身体がいくつあっても足らない」
「私もご遠慮しておきまーす」
「二人とも薄情だなぁ……」
少し寂しそうなカミナを無視してロイドは私に声を掛けてきた。
「アリアはこの街、初めてだろ? 大丈夫か? 宿屋探してやろうか?」
「心配しすぎですよ。いざとなったらコクピットで寝ます!」
「それが心配なんだけどな……まぁ良い。何かあったら連絡くれ」
「はい! ありがとうございます」
ロイドには故郷に歳の離れた妹が居るらしく簡単に言うと
しかしアリアは一人っ子だったので、過保護に扱われる感じが、何となく兄妹になったみたいで嬉しいらしい。
(ふふふ、心配してくれるのはありがたいわねー)
「変な店行くんじゃないぞ。カミナが行くような店とか」
「うるせーよ! じゃあ一人で飲んでこよっと」
カミナが手を振りながら去っていった。
「じゃあ、事務処理してるから、何かあれば連絡くれ」
「心配し過ぎですよ。では、また明後日に!」
「おう、ゆっくり休めよ」
各自、自由行動となった。
◇◇
早速、ハンガーから歩いて数分の所にある商店街の衣料品やアクセサリーのショップをはしご中。早速ビーチは諦めたらしい。
「ウミ、イカンノカーイ」
オリハの文句は小さな片耳ヘッドセット越しで聞こえてくる。ドローンと並んで歩いていたら、街中の子供達が集まってきたことがあってから、人が多い通りでは熱光学迷彩で姿を消して隠密飛行モードで着いて来て貰っている。
飛行音も殆どしないからアリアも何処に居るか分からないほど。
「良いのよ。明日ゆっくり行くんだから。ビーチもあるらしいじゃない? 先に可愛い水着買わないとね!」
気候的にも温暖で天気予報によると明日の日中は摂氏三十度を上回るらしい。鼻歌混じりでクルクル回りながら次のショップに突入する。
「エッ? ソレ、ダイジ!」
水着と聞いて動きが機敏になるドローン。入った店は、割と小さめのセレクトショップだが、センスはアリアと似ているので店主は同年代と想像する。
「いらっしゃいませー」
店員さんの挨拶を聞きながら店内を見回すと店の真ん中のコーナーでは見覚えのある映像、『ファッションチェック・アリア』のワンシーンが適当にループして流されているようだった。
「わー、なんか照れるわね。でも、これは嬉しいわよ!」
急にモデルウォークを始めてみるが、隣にある商品を見て思わず叫んだ。
「えーーっ! これ、知らない商品よー!」
そこには謎な白スカートと微妙な黒いコートが飾られていた。ポップには『アリアちゃんも注目のアイテム』と書かれている。プンプンしてると店員さんが寄ってきたわ。明るく緩いウェーブの掛かった長い髪が特徴的なミニスカの若い女の子。
(少し年上かな。ギャル店員っぽいわよ)
「いまー、注目でー、アリアちゃーんも密かに注目ーって…………ホンモノー!」
間延びするやる気のない接客が、思いっきり大声の叫びに変わる。警戒心丸出しでビックリ顔のまま固まるアリア。オリハからはスタンロッド準備完了の声がイヤホンに入った。
「アリアちゃーん、大ファンでーす。今日はサイコーよ! ほらほら、写真一緒に撮ってー!」
「えっ、えっ……ファンの方なの?」
「そうなのよ! ほら、写真いいです?」
本当に『ファッションチェック・アリア』のファンらしく、心の底から嬉しそう。これにはアリアもご満悦だ。
「ふふん、しょうがないなぁ。良いよー!」
ひとしきり互いに写真を撮り合うと、店員さんがお茶を準備してくれた。レジ前にある接客スペースのソファーに二人座って自己紹介。店員さんはマリーさんって言う同年代の女の子。話が弾む弾む。
「アタシさぁ、去年念願のお店を開けたんだけど、仕入れは難しいわよねー。このスカートとコートも試しに仕入れてみたんだけど……なんか微妙なんだよねー」
「見た見た。ちょっと季節感とかサイズ感が絶妙に変よね。マリーさん、あんなの仕入れちゃダメよー」
「だよねー。でも、サンプルはよく見えたんだよねー」
サンプル写真を見せてもらう。正直、オバサン看護師みたいなスカートとブラッ○ジャックみたいな黒コート。頭にコーディネートを浮かべる。
「ふむふむ……これは……イケるかも」
「えっ?」
「エーッ、マサカー」
見えないドローンからも不満気な一言が聞こえてきた。
◇◇
「ほら、ライトしっかり目にお願いね」
「ヘーイ…………ハイ、キュー」
熱光学迷彩を切って姿を現したオリハを撮影助手にして撮影がスタートした。隣には緊張しきりのマリーがゲストとして立っていた。
「はい、今回の『ファッションチェック・アリア』は特別編ですよー。ニューベイのとあるショップで気になるアイテムをチェックしますよ」
「き、き、き今日は、このコートと、すすスカートをアリアちゃんにチェックしてもらいます。アリアちゃんに試着して、もも貰いましたー」
クルッとオリハのカメラの前で回ると黒いコートが
「着こなし次第でこんなにカワイイよ。コツはスカートを腰で巻いて短くすることと、コートはフワッとさせることかな。でも両方ともワンサイズ小さめがオススメよ!」
小物やベルトを合わせながらショップの紹介もしている。オリハも慣れたもので時折商品をズームにしたり、値段をテロップに表示させたり大活躍。
「ど、どの商品も在庫は沢山あるので、き、き気になる方はチェックしてね」
「マリーさんの紅茶も美味しいよ。沢山買うとサービスあるかもよ! それじゃあ、またチェキするからね。バイバーイ!」
撮影が終わっても、まだ鼻息の荒いアリアと固まってるマリー。
(こんなもんかな。生配信だけどグダグダにはなってないと思う。割としっかりできたと思うから成功ね!)
「ふふふ、明日から激売れしちゃったりしてね!」
「ありがとう! なんか感激よ! 生ファッションチェックは凄く嬉しい!」
二人でキャピキャピしていると、ショップに一人の少女が飛び込んできた。アリアとマリーを見るなり震えている。
「あら、ローズじゃない?」
マリーも顔馴染みっぽい。
「ホンモノのアリアちゃんだーーー!」
(ローズ……? あっ、もしかして……)
「えっ、いつもお便りくれてるローズちゃん?」
「名前知ってくれてるーーー!」
自分の名前を知っていてくれていることに感激のローズ。潤んだ目をキラキラさせながら私の手を握る。
「はい! ローズです。ローズ・メサイヤでーす! 自称ファン第一号のローズでーす。今日は最高の一日ですよーー!」
今日から公認ファン第一号になったローズちゃんはニューベイに住む十三歳の女の子でした。そこからはマリーとローズと同じソファーに座って紅茶を飲みながら三人で大騒ぎ。
「明日ね、海行きたいの」
「はいはーい、私が案内します!」
「ふふふ、しょうがないなぁ。このマリー様がとびきりスポットを案内したげる。アタシに任せなさい!」
「わー、楽しみー、マリーさんとローズちゃん、一緒に行きましょう!」
暇してるオリハ。ドローンを待機モードにして三人を撮影だけしながらレジ台の上でスリープモードかな。
「ハヨ、オワッテー……」
「まだよ!」
アリアは皿の上のチョコレートを摘みながら心底楽しそう。
「久々の女子トークよ! まだまだ話し足らないわ」
「そうよ! アリアちゃんとマリーさんと海行くんだから、気合い入れないと!」
「じゃあウチで水着選んできなよ。サービスするよ」
「よーし、ローズちゃんの水着は私が買ってあげる」
「えーっ! 家宝にしまーす!」
早速水着を選ぶ三人。
「お揃いの水着、どうかな?」
「ローズ、それも良いわね」
ローズちゃんは『真っ白フリフリワンピース』、マリーさんは『フリフリ極彩色布少なめビキニ』を手に三つずつ持っている。
(いや、それはどっちもヤバいでしょ。何で二人ともフリフリなのよ。あとマリーさんの水着は流石に布が少な過ぎよ)
口に出さずに長文でツッコミを入れる。
でも二人とも仔犬のように目がキラキラしてる。どう断ったら良いか悩むアリア。
「サンニントモ、タイケイ、チガウ」
ここでオリハが含蓄のあることを呟いた。
――実は、暇を持て余した高性能AI、赤外線で身体のラインを分析すると水着姿の3Dモデルを作って遊んでいた。もちろん目線付きでネットにアップ済みだ。水着無しのモデルは有料コンテンツにしてアリアの口座に直結している。
「そ、そそうよね。体型に合った水着を選ぶことが基本よ」
(ナイス、オリハ。助かったわ!)
オリハにウインクすると、何故か挙動不審になるAI。そして、ぶーぶー言い始めるローズとマリー。
「えー、そうですかー?」
「三人で同じのカワイイと思うけど」
「お胸を綺麗に魅せたいからローズちゃんはフレアトップかバンドゥが良いかなぁ。マリーさんは……大っきいなぁ……」
「お揃いが良いー!」
ローズの中ではお揃いの水着を着た三人が並んでビーチを闊歩する姿が頭に浮かんでいるらしい。
「んふふ、分かってるわ。では色を合わせましょう」
早速二人にも水着を見繕う。ローズにはフリル多めのセパレート、マリーにはシンプルなビキニ。そして自分にはパレオ付きのビキニを選んだ。三人とも白と水色を基調に配色された爽やかセットだ。
そうだ、オリハにも聞いちゃお。彼氏に聞くみたいで照れるわよ、彼氏出来たことないけどね!
「オリハ、どう思う?」
「イインジャナイ?」
――勿論この『イインジャナイ』は別の意味だ。流石は超高性能AI。すでにローズとマリーのモデリングも完了していた。ローズの裏モデルは一瞬で二十四時間売上の一位を叩き出した。
「はーい、では着替ましょう! 覗かないでよ!」
「ヘーイ……」
とはいえオリハはスリープモードでレジ台の上から動かない。少し怪しいけど、疲れたのかな? と思うことにした。
もう少し時間が掛かるけど我慢してね、とウインクすると、やはり挙動不審に焦っていた。
◇◇
三人の水着を選び終わったので明日の約束を題材に二回目のお茶会が始まった。しかし横のエロAIは退屈とも言わず、妙に静かに殊勝に待っていた。
逆に不審な雰囲気を感じる。
「コレハ……イイゾ」
「えっ、何?」
「ナ、ナナンデモナイデス……」
――三人の3Dモデルをアニメーションさせてダンスさせたり、有料コンテンツでは水着無しで絡ませたりして遊んでいた。
そう、この瞬間、ネット界隈では『エロ3Dモデル作成の神が降臨!』とバズっていたのだ
「じゃあ、明日は朝八時にここ集合ね」
「うん、明日は臨時休業にしちゃうよ!」
「あっ、アリアさんって、今日は何処に泊まるんですか? 遊びに行っていいですか?」
ここで今晩の宿泊先を決めていないことを思い出した。外の様子を伺うと、既に暗くなり始めていた。
「やばーい! まだ宿取ってなかったよ。マリーさん、良いとこ知ってます?」
不思議そうにローズとマリーが顔を見合わせると、小声で「ヨシっ」とローズが呟いた。
「私の家、宿屋なんです。やったー! 是非来てください!」
はい、今晩の宿泊先は『公認ファン第一号』の実家に決まりました。
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