P13:スリーポイントは外せない【03】
見るとBMの掌を後ろに向けている。全員止まったことを確認すると、開いた掌をグーの形に握る。
『――どうした、何か見えたか? コチラはまだ何も視認できていない』
「ロイドさん、アリアです。地面に糸が見えました。糸が木と木の間に張ってあるんです」
「何?」
ロイドはBMのカメラを下げてズームすると、確かに糸が張られているように見える。しかし、数が多すぎる。まるで古い幽霊屋敷の蜘蛛の巣みたいだ。森全体に張られているように思える。
『――ロイド、蜘蛛の巣じゃねーか?』
『――植物に見えるぞ。あまりに多すぎる。人工物だとして昨日の今日でこれだけ設置できるか?』
そう思う。しかし、悪い予感は消えない。
「警戒域に入って一キロほどだ。まだベースらしき場所まで一キロほどはある……はずだが」
これがセンサーだったら既に終わってる可能性もある……さて、どうする?
ここでドローンから無線が入る。
『――イッタン、イトガ、ナイ、バショ、マデ、モドルノハ、ドウ?』
「そうだな……安全策か。アリア、お手柄だ。一旦進軍中止。糸の設置が無くなるまで後退する」
オリハの顔文字がグッと親指を上げた。ホッとするアリア。直ぐに、自分の報告で進軍を止めてしまったことに怯える。
「ねぇ、大丈夫かな? ただの蜘蛛の糸だったら、どうしよう?」
「ベツニ。キニシナーイ」
いつものオリハだった。昨日は凄く寂しくて、少し怖かった。良かった、仲直りできて。
最後尾のボッジからBMが方向を変えているのがアリアからも見えた。徐々に後退を始める。オリハも、そのままの向きで警戒しながら後退を始める。
しかし脚を踏み出した正にその瞬間、うるさいほどのアラーム音がコクピット内に鳴り響いた。
「ECM! マズーーイ!」
◇◇◇ ワイルド・スカンク本部の作戦ルーム
「ナッシュ副長、正規軍から解析依頼の回答来ました」
「ボラれたか?」
「はい。前回から二割り増しの料金でした」
「クソッ! ぼったくりバーより悪質だ。で、結果は?」
ナッシュは『排気口の画像』を正規軍に調査依頼していた。前回もかなり費用が掛かったようで苦虫を噛み潰したような顔をしている。情報士官のヨハナが無言で渡してくれたレポートを読み始めると、顔色がみるみるに悪くなった。
「ゼブラ小隊に後退を要請!」
そこには『巨大ECM施設の可能性大』と結論づけられていた。
ECMとは
「アイツら全滅しちまうぞ! 早くしろ!」
◇◇◇ ゼブラ小隊
『――何が起きた!』
『――操作が……』
無線が途切れ、ザリザリとしたノイズだけが響いている。顔文字は驚いた顔のまま止まっている。
「オリハ、どうしちゃったの?」
暫くすると、コンソールやモニターの電源が落ちて外の様子が見えなくなった。
「えっ? オリハ……どうしたの?」
数秒するとモニターに映像が映り始めた。しかし、いつものコンソールには『
「オリハ……オリハ? ねぇ、何処行っちゃったのよ! 早く出て来なさいよ!」
アリアが叫んだ言葉がコンソールに表示されると直ぐに『
「ぺ……ペルソナ? それは何なの?」
また『Answer.』の後に『人格AIで現在の名称はオリハ』と表示される。
「オリハ? オリハを、オリハを出して!」
しかし、その回答は無情にも『重篤な電子妨害を受けた為、ペルソナ退避モードです』が、繰り返されるだけだった。音一つない森の中で孤独に打ちひしがれるアリア。オリハと会ってから初めての心細さに震えながら身を
「オリハ……助けてよ……」
コンソールに浮かぶのは『
(どうしたら良いのか……全く分からない。怖い。怖くて逃げ出したい、初めてこの世界に来たときのように、あてもなく逃げ出したい)
「オリハ……たすけ……ひっ!」
何回目かの泣き言は、また森の木々が動き始めたことで遮られた。徐々に姿を現す無数のBM達。熱光学迷彩を解除するや、こちらにライフルの銃口を向ける。無数の敵意を浴びせかけられるアリアは瞳孔が開きっ放しで息が荒くなる。恐怖で頭が真っ白になって全身が震えだすと失禁してしまい股間の辺りに出来た染みがどんどん大きくなる。両手で顔を隠し身を縮めて震えることしかできない。
「助けて……助けて……」
永遠に続くかのような静寂と恐怖。アリアの精神は壊れる寸前だったが、突然の轟音と衝撃が襲った。オリハは敵BM達の銃撃で背中から仰向けに倒れてしまう。
「きゃーーーー!」
コクピットの中で座席ごと倒れているアリア。目に映るのは森の木々と青空だけ。敵が見えなくなって我に帰ることができた。
「あっ……う、撃たれたの? うぅ……あっ!」
倒れている中、思わず
「み、みんなも動けないんだ……」
誰も助けてくれない……誰も。また恐怖に押し潰されそうになるが、オリハの『デハ、オマエガ、タタカエ』のセリフ。恐怖の中に、とぼけたオリハの顔文字も思い起こされて少しだけイラッとする。
涙が溢れ出てくるアリアの瞳。右手の袖で拭くと操縦桿を握り締める。
「うぅぅっ、オリハのバカ! どうなっても知らないからね!」
操縦桿を前に倒すと銃撃の中、オリハは起き上がった。チラッと背後を確認する。棒立ちのBMの光景は変わっていない。ここで自分が逃げれば全ての攻撃が仲間達を襲う。その事実に背筋が凍るようにゾッとする。
「私が護るなんて……無茶だよ」
おっかなびっくりで攻撃しようとトリガーを引くが『
ここでアリアの中で何かがキレた。
「こらーーっ! ライフルくらい自分で構えなさい!」
すると、『
「ほらっ! これじゃあ狙えないでしょ! 早く頭にスポッと被せなさいよ!」
泣きながら叫ぶと
「ぎゃーーー! もういやーーー!」
泣きながら操縦桿を右に倒すと起き上がってくれた。迫り来る敵意の塊からは容赦の無い攻撃が続く。
「もう、近づくなーーーー!」
トリガーを引くと轟音と共に間近でマズルフラッシュが瞬く。数体のBMと森の木々がバラバラになっていく。トリガーを握り締めているので、四十発のマガジンが数秒で空になり、カラカラと音がするだけになった。
「ほら、弾がないよ、どうするの? 早くしなさい!」
文字しか映っていないコンソールに文句を言うと、また『I follow the instructions.』と表示されて給弾を始めた。
「無くなったら直ぐに弾くらい込めなさい! この役立たず!」
その間も銃撃は止まらない。敵BMに向かって叫び始めるアリア。
「もーーっ! アンタ達も調子に乗ってバンバン撃ってんじゃない! ほら、なんか盾とか無いの? ほらほら、早くっ!」
アリアの叫び声にも反応して左腕のシールドを展開する。
「気が利かないわね! それくらい考えてやりなさい!」
前面のモニターには無数に映る敵BM。操縦桿を思いっきり左に倒すと、足元のローラーが空転する音が聞こえた。刹那にジェットコースター並みの横Gがアリアを襲う。
「ぎゃーーーー! 速い速い、速過ぎーー!」
大きな木にぶつかって、また横倒しになってしまう。
「いたたた、もー!」
シートベルトが緩いのか操縦席から落っこちそうになっているアリア。操縦桿に何とか触れるとオリハも起き上がってくれた。
「ほらっ、気が利かないわね。もっとしっかり私を固定しなさい!」
すると、ベルトが締まって座席に固定された。
「よしっ!」
その瞬間、今度は逆方向から砲撃を喰らって横倒しになってしまう。
「きゃーーー! またぁ!」
直ぐに操縦桿に力を込めると反応して起き上がる。
どうする? こんなこと繰り返していても、埒が開かない。もう汗や涙や色んなモノで全身グチョグチョで気持ち悪い。ここで初めて自分の股間の染みに気付く。
私、漏らしてるじゃん!
「あはは……早くシャワー浴びたい! だから、倒して帰る!」
叫んでから、ふと横を見ると至近距離に敵BMが居てこちらに抱きつこうとしていた。
「ひぃっ……」
一瞬身を竦めるが操縦桿を逆に倒して距離を取り、そのまま銃弾を数発叩き込む。
「ビックリさせないでよね。ビックリし過ぎて、もう、漏れるものもないよーだっ!」
舌をベーっと出して威嚇する。モニターに未だ無数に映る敵BM、銃口が一斉にコチラを向いた。無数の敵意にあてられて、また少し失禁してしまう。それに気付くと涙が溢れ出てくる。目に映る敵BMがみるみる歪む。
「うわーーん、何で私がこんな怖い目に逢わなきゃいけないのよーー!」
HMDを上にズラして涙を両手で拭く。拭いた側から涙が溢れ出る。
「無理だって! できるわけないよ! 一人で……一人…………無理だよ、もう嫌だよ、怖いよ……」
膝を曲げ両手で顔を抑え操縦席に縮こまる。震えながら泣いていると、アリアのスマホからメッセージの着信音が鳴った。
前世のクセで泣きながら確認する。すると、差出人は…………オリハ!
慌てて飛び起きてアプリを開く。
『ガンバレ』
たった四文字のメッセージ。呆然と眺めるアリア。思い起こされるのは変な顔文字と機械音声。
周りでは未だ激しい砲撃が続いている。
でも、想いは一つだけ。
『会いたい』
もう一度、操縦桿を握る。涙で歪んだ瞳で敵を見る。
もう一度、袖で涙を拭く。もう溢れ出てこなかった。
もう一度だけ、赤く腫れた瞳で敵を睨みつける。
「ターゲットの……排気口を狙える場所を教えなさい。あと、グレネードの準備をして、早くっ!」
コンソールに表示された『I follow the instructions.』の文字。モニターに射撃ポイントの方向と距離が表示される。すると、短いアラーム音と共にコンソールに『mode change ASSULT』と赤く点滅している箇所が出てきた。
迷わず指で押すと『are you ready? Yes or No』とその下に表示された。刹那に聞こえるオリハの声。確かに私には『ハイ、カ、イイエ、ヲ、エラベ』と声が聞こえた。
「決まってるでしょ!『はい』よ!」
ペシっと勢いよく『Yes』を叩くと一瞬だけ何だか分からないモノがモニター一杯に表示される。鼻息荒くHMDを自分の手で降ろして操縦桿を握り締める。コンソールの下にはグレネード用のレバーも出て来ている。
「やってやるわよ、見てなさいっ!」
まるでその台詞がキッカケのように敵BMが一斉にアリアに向けて銃を構えた。
「ひっ……」
身体が
「はひぃーーーーっ!」
タックルしながら突っ込むアリア。敵の第一陣を突破することに成功した。慌てて振り返りながら射撃する敵BM達、高速機動に全く対応ができない。
そのまま操縦桿を傾けてターゲットの方向に近づいた。敵の集団は抜けても抜けても現れる。銃弾が飛び交い鋼鉄が削れる音が響く。
「うぅぅっ……ここ、何処よ?」
スラストレバーを戻し速度を緩めて現在地を確認すると、いつの間にか前回の射撃ポイントまでたった四百メートルの場所に来ていた。
しかし絶望的に長い道のり。辿り着くためには数十体のBMを掻き分けて行くしかない。
また涙で敵の姿が歪む。
「うぅぅ……うわーーーん!」
泣きながら再度スラストレバーを押し倒す。刹那に強烈なGがアリアを襲う。一瞬で敵意の集団に近づくと右手のライフルを進路上のBMに向けて連射する。
「うわぁーーーーっ! どけーー!」
穴だらけになったBMに肩から体当たりして数体纏めて吹き飛ばしながら突き進む。
「わーーーっ!」
叫びながら、前だけを見てレバーを必死に倒しているとポーンとアラームが鳴って『
「んんーーーーっ!」
つんのめるようなGに耐えながらアリアは歯を食いしばる。涙や鼻水でグチャグチャになった顔をターゲットに向ける。何故か頭の中は異常な位にクリアだった。右足を軸にオリハを九十度ターンさせると、回転の強烈な横Gに耐えながらコンソール下のレバーを握った。
アリアがレバーを握るとグレネード射出用のバズーカ砲を構えた。
横Gが
『アリア、カゼ、ヲ、ワスレルナ』
風速三メートルの表示が目に入る。スリーポイントシュートの微調整をイメージしてほんの少しレバーを横に倒す。
「いけーーーーーっ!」
トリガーを引くと『ポンッ』と音が聴こえた。グレネードは放物線を描いて排気口に飛んでいく。すると、今度は爆発せずにグレネードは見えなくなった。
爆発が始まる前に、敵BM達の反撃が再開される。また砲撃で倒れるオリハ。
「きゃーーーーっ!」
そこかしこで警告ランプが赤く点滅している。アラーム音が鳴り響く。ここで、アリアの緊張は切れてしまった。仰向けに倒れたBMの中で、全身をギュッと縮めて泣いていた。
「オリハ……オリハ……私……やったよ。でも、もう、無理だよ……助け……」
両手で涙を拭きながら泣いている。銃弾が装甲を削る音が響く。その音にアリアの精神が削られていく。
「助けてよーーっ! オリハーー!」
その時、地面が揺れ始めた。グレネードは排気口を通ってECMの機関部で爆発し、巨大な電源を巻き込んで誘爆していった。
仰向けに倒れたままのコクピットの中で周りを眺めるアリア。地面からいくつも火柱や煙が上がっている。
「あぁ……私、上手く出来たのかな……」
アリアが呟くと、モニターの電源が落ちた。期待と不安。一瞬の暗闇が終わりモニターが再起動すると、いつもの
「アリア、ヨクヤッタヨ!」
「オリハーー」
操縦桿が勝手に動き始める。
「アトハ、マカセテネ」
コクピット内の機器が一斉に稼働し始めて、モニター全面が文字や記号で埋め尽くされるが一瞬で消えた。いつものFMラジオのDJばりのネイティブ発音が聞こえて来る。
engage enemy now.
(現在、交戦中)
confirm main target is down.
(標的の破壊を確認)
but the threat continues.
(しかし脅威は継続中)
detect multipul little energe.
(複数の小型エネルギーを検知)
move to counter attack sequence.
(反撃態勢に移行する)
targets lock.
(複数の目標を固定)
mode change ATENA.
(高機動モード『アテナ』に移行)
are you ready?
(準備を確認する)
いつもの台詞。いつものオリハ。また涙が零れ落ちる。でも温かい涙。安心の涙。
「もちろん……もちろん、
「マカセロ!」
ここで私は意識を失った。
◇◇◇ 帰投中のコクピットの中
「やめてっ! もう来ないでーー!」
少し倒された操縦席から跳ね起きるアリア。自分の両肩を抱きながら震えが止まらない。
すると、ハートが描かれた蓋がパタンと開き、二本のマジックハンドが出てきた。おっかなびっくりで、そっとアリアを抱き締める。
いつもの温かくて柔らかなマジックハンド。いつも通り私の体に触れる時、最初
「あの時、スマホにメッセージ送ってくれたの?」
「アレガ、セイイッパイ、ダッタ。ゴメンネ」
「そっか……」
言葉と言葉の間の静かな時間が心地良い。二人が互いのことを思いやる時間。
(一生懸命に私のことを考えてくれたんだ。ダメだ……なんか照れちゃう)
「シート、ベタベタ、ダケド、ガンバッタネ」
少しだけの悪戯っぽさと愛情を感じる声色。機械音声なのにアリアにはとても安心する声。
震えは止まっていた。
「汚しちゃってゴメンね。えっと、基地まで二時間くらいあるから少し洗おうか?」
「イヤ、アトデ、イイヤ。ソレヨリ……アリア、イイ?」
「…………うん」
アリアは安心感に包まれながら、目を瞑ってオリハのマジックハンドに身体を任せた。
♡♡♡
――危機を脱したアリアとオリハ。しかし、厳しい戦いの日々は始まったばかりだ
――そんな中、
――イケ、アリア。生きていく為に。イケ、オリハ。大事な存在を護る為に
Sector:04 End
二人の絆の回数:三十五回
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