P12:スリーポイントは外せない【02】

◇◇◇ いつものハンガー


 帰ってくるや否や自室に行かされるアリア。


「ナッシュト、ハナシガ、アルカラ」


 それだけ言うと、私が部屋に戻るのをじっと待つオリハ。突然、除け者にされたようで、でも原因は私。何も反論できない。アリアの小さな胸が不安と焦りで押し潰されそうになる。


「…………はい」


 一言だけ呟くと部屋に戻った。涙を流さないことだけで精一杯だった。


◇◇◇ 作戦ルーム


 ナッシュとカミナ、後は数名のお留守番組とドローン一機が浮いていた。クーガーとロイド、後数名が参加していた。護衛任務に参加していないパイロット数名が呼ばれていた。

 因みにライナスは護衛側の指揮官をしているので、ここには居ない。


「――という訳だ。オリハ、ありがとう。さて、前回ファクトリーを壊滅させてからオレ達は本格的に目の敵にされ始めたらしい」

「だからって、ペース早くないか?」

「そうだ。だから作戦会議なんてものをしている」

「ナッシュ、状況が不鮮明すぎる。今回の情報だって……どう判断する」


 ここで皆がドローンを見つめる。


「ネツコウガクメイサイ、マデ、ツカワレテイタ。ナニガ、オコッテイルカハ、ヨソクデキナイ」


 皆が沈黙する。だが、何かが起きている。先制攻撃を仕掛けるか、部隊が戻ってくるのを待つか、誰も決められない。

 そんな重苦しい沈黙を破ったのは、またもドローンから聞こえてくる機械音声だった。


「シカシ、ココデ、ツブサナイト、ヨケイニ、ヤッカイニナル、ヨカンガスル」

「ドローンの予感かよ……」


 少しだけ沈黙。その後で皆が笑い始める。


「ははは、よーし、決まったな?」

「これまでも、それで片付けてきたからな。先制しようぜ」

「賛成だ。不気味な排気口はオリハの言う通りだと思う。グレネードでもぶち込んでやる!」

「あはは、流石はAI、流石はアーティファクト、流石はオリハということね。ところでアリアちゃんはどうしたの?」


 最後にカミナが素朴に聞く。


「ケンカ……トイウカ……オシオキ……トイウカ……」

「歯切れの悪いドローンか……」


 また皆で爆笑していた。


◇◇◇ アリアの自室


 こういう時はシャワーに限る。熱いお湯を全身に浴びて気合いを入れる。今日は明らかに調子に乗り過ぎた。アリアにも勿論そんなコト分かっていた。でもムキになるのを止められない。


「だって、しょうがないでしょ! 私の居る意味が……無くなっちゃう……」


 俯いたままシャワーの水流を最大にした。痛いほどのお湯が頭に当たっている。


「わーーーーっ!」


 思いっきり叫んでから蛇口ハンドルを勢いよく閉める。目を瞑り床に落ちる水音を聴く。次第に瞑った瞳から涙が漏れ出て床に落ちる。タオルで勢いよく涙を拭いてから身体に巻き付ける。そのままシャワーカーテンを一気に開けた。

 泣き腫らした赤い目に最初に映ったのは隠密飛行するドローンオリハだった。正面にあるレンズの横のLEDは赤く点滅している。そう、録画中だ!


 裸を撮られていることより、泣き腫らした弱い自分を撮られたくない。


「この、エロAI、盗撮やめなさい!」


 強気に両腕を腰に前屈みになってカメラに顔を近づけた。この時、オリハは流石に困惑していた。シャワーカーテンを閉められるか、水を掛けられるか、箒か何かで追いかけ回されるか、その辺りを想像していたが、こんなは想定していない。

 タオル一枚で胸を強調するようなポーズのアリア。シャワーを浴びたばかりなので全身が火照り、髪の毛は濡れて艶やかに輝いている。

 数秒固まっていたと思うと、ピーピーと電子音が鳴り始め空中で揺れ始めた。


「えっ、オリハ、どうしちゃったの? 壊れちゃ嫌よ!」


 シャワー中、ずっと不幸な身の上に落ちていく自分ばかり想像していたのでオリハがとても心配になってしまう。ドローンに対して、まるで『抱きしめて欲しい』と言わんばかりに両腕を前に出す。目も潤んだままで上目遣いに熱烈に見つめてくるアリア。

 ここで、AIは、何かの限界を迎えた。


「ア、ア、アリアーーーッ!」


 突然ドローンの上部の蓋が開き、マジックハンドが出てくる。アリアの目にも、蓋に描かれたの模様が目に入った。


「えっ、ちょっと、ダメよ、あっ、あれーーっ」


 何と、マジックハンド二本でアリアを優しく抱き抱えた。両手を胸の上で重ねるびっくり顔のアリアが空中を移動する。まるでお姫様抱っこで抱えられているようでドキドキ。


(ちょっと……ドローンにもキュンとするって、私どうしちゃったの?)


 そのまま部屋を移動してベッドに放り投げられた。なすがままのアリア。ベッドの上のアリアに迫るドローン。


「ア、アリア、イイ?」

「…………うん、いいよ」


♡♡♡


「はぁ……」


 色々と終わった後でもう一度シャワーに入り、今度はしっかり部屋着に着替えてから部屋に戻った。ドローンは機嫌良さそうに部屋を飛び回っていた。


「アリア、ヨカッタ――」

「――うるさい! このエロAI!」


 いつものセリフを阻止するが、ふとドローンと目が合い激しく動揺するアリア。


(ドローンの背景が花畑は私チョロ過ぎでしょ!)


「で、何しにきたのよ」

「イヤ、ヲ、サセテモラエルトハ、オモワナカッタカラ……」

「ぶっ! 良いから、用件を言いなさいよ!」


 ドローンは空中にレーザーで高画質な映像を出し始めた。


「ツギノ、サクセン。エーット……ニジカンゴ、デス」

「二時間? もーっ、先に言いなさいよ!」


 慌てて作戦をオリハから説明された。

 奇襲の為、熱光学迷彩持ちのBMが掻き集められた。警護任務中の部隊からも引っ張ってきたらしく、代わりにカミナは警護任務に充てられるらしい。近づいて、一斉にグレネードを排気口にぶち込む作戦だから『今度は外さないで』と冗談めいて口に出すオリハ。

 それを真に受けてショックを受けるアリア。


「アリア、コンドハ、レイセイニ、コウドウシテネ。スゴク、ダイジダカラ」


 優しく諭すオリハに、またキュンとするアリア。


(また変な気分になっちゃう!)


「み、身支度するからハンガーに戻ってなさい!」

「ハーイ」


 ドローンが扉の鍵を全て開けると、丁寧に外から全ての鍵が閉じられていった。


「アイツに普通の鍵は無意味なのか……」


 ベッドに腰掛けて、ふぅ、と小さく溜息を吐く。既に不安なわだかまりは溶けて無くなっていた。しかし、逆に別のモヤモヤが生まれていた。


「もっとオリハに頼って貰いたいな……」


 少しの沈黙の後、一人横向きにコテンと倒れ込んだ。アリアからは溜息しか出てこなかった。


「どうしたら、オリハの役に立てるのかな……」


 そのまま目を瞑ると、直ぐに寝息に変わっていた。


◇◇◇ 二時間後のハンガー


 スカーフを使ってポニーテールにしたアリアがハンガーに駆け込んできた。パイロットスーツに身を包み、オリハの勧めで戦闘機に乗るパイロットが着るような対Gスーツを上に羽織っている。


「遅くなりましたっ!」

「ギリギリ遅刻回避だな。詳細はオリハに聞いてくれ」

「はい……」


 ナッシュさん、怒る……というより焦ってる?


 他のBMは既に稼働準備は完了しており、コクピットハッチも閉まっている。慌ててオリハのコクピットシートに座る。すると直ぐにハッチが閉じられた。


「オーソーイー」

「ゴメン! あの後ベッドに倒れ込んだら一瞬で十分前だった……」

「……」


 ちょっと気不味い二人。二人とも、あんなに燃え上がるとは思わなかった。思い出すと顔が真っ赤に変わっていく。人差し指同士をツンツン合わせて照れているアリア、コンソールに素数を無数に表示するオリハ。


『――アリア、オリハ、準備良いか?』

「は、はいっ!」「ハ、ハイー!」


 返事がハモってしまい余計に恥ずかしい。


『――しっかりしてくれよ! お前らのナビゲートが頼りだ。目視と耳以外は使えんからな。では、手筈通りだ。小隊、武器使用自由を命じる。行動開始!』

「おうよっ! ゼブラ小隊、交戦規定を受理。出撃する」


 ロイドがこの小隊の指揮を取る。


『――ロイド、やられるなよ!』

「クーガーかよ! 逆に帰ってきたら基地は廃墟でした、みたいのは止めてくれよ!」

『――うるせー! 早く片付けてこい!』


 クーガーのBMは熱光学迷彩を持っていないので基地防衛だ。特別ミッションは報酬が高いので残念そうだった。

 六騎のBMが基地を後にしていった。


◇◇


 特に敵の反応もないまま、目的の地点の二キロ前まで辿り着いた。前回とは少しだけ進入ポイントを変えている。


「よし、ここから熱光学迷彩をオンにしていこう」


 紙の地図とナビを見比べながら無線に語り掛けるロイド。軍隊出らしく作戦指揮には慣れているらしい。


「ここからはアリア、道案内頼むぞ」

『――あっ、り、りり了解』

『――おいおい、美少女エース、がんばれよ』

『――お嬢ちゃん、アンタがオレ達の羅針盤になるんだ。着いた場所は地獄でした、ってのはやめてくれよ。ははは』

「ボッジ、ウォーレン、あまり冷やかすな。アリア、気にするな。では先行頼む」

『――は、ははい!』


 まずオリハが先行する。熱光学迷彩をオンにすると、スーッと機体が見えなくなっていった。


『――すげー精度だな』

『――本当だ。後で調べさせてくれよ!』

『――フーバー、ドク、そういうのは後でやってくれ』


 今回、アリアはまだゲームパッドも握らせてもらっていないが緊張しきりだった。


「オリハ……大丈夫かな? また外しちゃわないかな? 怖いのよ……」


 前回の失敗のイメージがしっかり残っているから、成功のイメージが描けなかった。手が震えている。


「グレネードハ、アサルトモード、シカ、ツカエナイ。トリガー、ハ、マカセルヨー」

「う、うん。頑張るけど……」

「ソノタメニ、アト5ニン、イル。シンパイ、シスギー」


 アリアは『私が外しても、他の人が当ててくれる』、そう考えることで少しだけ冷静になれた。


(よし、私は出来ることを一つずつしよう)


 震える手をぎゅっと握り締めた。


『――よーし、ここからは隠密行動だ。各自、先制射撃を禁止する。敵発見の際はハンドサインか近接通信で頼む』

『――了解』

『――オッケー』

「り、了解」

『――アリア、緊張することは良いことだ。気を抜くなよ』

「は、はいっ!」


 ふぅ、と一息吐くとオリハがボソッと呟いた。


「オモッタヨリ、ヨイ、シキカン、ダナ」

「そうなんだ。ロイドさん、凄いんだねー」

「オンミツニンム、マカサレルンダカラ、トクシュブタイデ、カナ?」

「へー……じゃあ、気を抜かないように頑張るか……」


 少し落ち着いてきたアリア。やれることを精一杯やることに決めたらしい。オリハは静かに機体を先行させていく。

 ふと、いつもよりモーターなどの作動音が小さいことに気付き、独り言のように呟く。


「静かに歩けるのね。森の風の音が聞こえて来る……」

「サイレントモード。イヌ、ノ、アルクオト、レベル」

「へー……」


 オリハと小さな時に飼っていた犬が重なる。犬小屋にいるオリハ。紐を付けられて散歩するオリハ。


「ふふ、『そんなとこでオシッコしない』とか大変だったな……」

「エッ? ナニナニ?」

「なんでもないわよ」


 アリアはくだらないことを考えながら周りをの索敵には注意を払っていた。


「キョウハ、アンシン、ダナ」

「えっ、何?」

「ナンデモナーイ」

「もー、何よー?」

「ナンデモナイヨ」

「ちょっと、気になるじゃない? 何喋ったのよ?」


 ここで呆れ気味の声が無線から聞こえる。


『――近接無線でも部隊全員には聞こえてるからな。イチャつくのは帰投してからにしてもらって良いか?』

「へっ?」

「サクセンチュウハ、キホン、オープンカイセン、ダヨ」

「えーっ?」


(私、変なこと喋ってなかったっけ? 恥ず過ぎるわよ!)


 徐々に真っ赤になるアリア。

 ここでコンソールにスピーカーの絵が出てきてバツ印が上書きされた。


「ヘンナコト、シャベッテルトキハ、オンセイキッテタヨ」

「オリハー、ありがとー!」


 コンソールの顔文字を人差し指でなでなでしてあげると、顔文字の表情もデレデレし始める。


『――という訳で、そろそろ進んでくれ』


 アリアはスピーカーからバツ印が無くなったのを確認してから元気に叫んだ。


「了解!」


 元気な返事に無線の会話で皆、饒舌になる。


『――やっと元気出たか。では気をつけて進んでくれ』

『――気分は新兵訓練だな。ロイド、お前がいて良かった』

『――確かにな。俺なら怒鳴りつけて気分最悪で進軍するとこだったぜ』

『――ははは、全くだ!』


 オリハにゼスチャーで音声を切るのミュートを教えて貰うと、早速切り替える。


「ちょっと、私お荷物なの? いらない子なの?」

「ウーン、ハンブン、アタッテル」

「何よそれ、ひどーい!」

「マァ、アイサレテル、ショウコ――」

「――オリハ! アレ何? 良く見ると、糸みたいなモノを踏んでる」

「ナニ?」


 機体を止めてから、オリハが無線をオープンにした。


「コチラ、オリハ。ゼンキテイシ」

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