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P11:スリーポイントは外せない【01】

「ゴメーン、アリアちゃん機嫌直して、お願い!」


 平謝りのカミナ。スタスタ前を歩くアリアに向かって手を合わせながら追いかけている。クルッと振り向き溜息一つのアリア。


「もう良いですよ。それよりヘンなこと、もうしないで下さいね!」

「分かった、分かったって、約束するよ」

「はい、約束されました。じゃあ仲直りですね」


 にっこり笑顔に変わったカミナ。

 許すの早かったかな? まぁ良いか。カミナさんも悪い人じゃないからなぁ。


「ありがとう、アリアちゃん! じゃあ今晩奢るよ、お酒でも一緒にどう?」

「それがダメなんですっ!」


◇◇


「ホントにもう! 今度はナッシュさんも一緒に飲んで変なことしてきたら怒って貰おっと」


 整備用のツナギを着ているアリア。上半身を脱いで腰に袖を縛っているので、謎な柄の白Tシャツ姿だ。ハンガーの中、オリハの前に胡座で座り込んでジュースを飲んでいた。


「しかし暑いよねー。ねぇ、オリハ、整備は終わったの?」

「サッキ、オワリ。シツド、タカイカラネ。コクピットニ、クル? エアコン、アルヨ?」

「触手伸ばしてきそうだからヤメておきます」

「バレタカ……」


 昨日は怖かった。やっぱり皆んなが真剣な声で相談してるのを聞くのは怖い。選択を間違えると命に関わるってことだから。

 敵BMから発射された粒子ビームの輝きを思い出して少し身震いする。


「アリア、オシッコ、ガマンシテルノカ?」

「ぶっ! うるさい! 昨日のことを思い出していただけよ」

「アァ。アレネ……スゴク、サンコウニ――」

「――帰ってきてからじゃない! 今日もご褒美無し!」

「エェーーー!」


 オリハと賑やかにしているとナッシュが近づいて来るのが見えた。偶に思うけど、ナッシュさん暇なのかな?


「アリア、昨日はありがとう。少しレポート纏めてるんだ。教えて欲しいことがある」

「あっ、はい。分かることであれば」

「ナンニモ、ワカラナイ、ダロウケドナ……」

「こらっ、オリハ!」

「お前ら、ホントに仲良いなぁ」


 呆れ気味のナッシュがタブレットを手に持ち直し幾つか質問を始めた。


「アーティファクト持ちはどんなヤツだった?」

「えーっと……」

「ゾクニイウ、『バンディット』ガタ。リュウシビームハ、テニモッテイタ」

「なるほど。何発、どんなビームを撃ってきたんだ?」

「えっ、えーっと、オリハ……二発だっけ?」


 小声でオリハに聞くアリア。


「4ハツ。アリア、アッチデ、カラダ、ウゴカシテキテ、イイヨ」


 BMオリハの左手がハンガー横の運動場を指差している。


「ちょっとー、除け者にする――」

「――アリア、すまん。ちょっと急ぎなんだ。オリハに直接聞かせて貰って良いか?」


 ナッシュさんからは少しだけ焦りと面倒臭さと苛立ちが見えるわ。


(だからって、失礼しちゃうわ!)


 アリアは不貞腐れた表情に変わると、すっと立ち上がる。


「はーい、分かりました! 聞き分けの良いアリアは身体でも動かしてますよっ!」


 歩いてハンガーから出て行った。残されたナッシュとオリハ。


「すまんな、オリハ。後で機嫌取っといてくれ」

「キニスルナ、イツモノコトダ……」


 二人してこの後の面倒を想像してガクッと俯く。


「さぁ、続きだ。さっき粒子ビームは四発と言っていたが……」


◇◇


「ホントにもう、失礼しちゃうわ!」


 プリプリ怒っているが、内心は不安だった。オリハは皆の役に立っている。でも、の私は何の役にも立っていない。いつもオタオタして怯えているだけ。


「……ホントにもう……」


(オリハがご褒美に……私に飽きたら、もうこの世界では生きていられない。どうしたら……)


 これがここ最近の一番の悩み。立ち止まって思い悩んでいるとアリアに声が掛かった。


「アリアー! どうだ、一緒にやるかい?」


 声を掛けられた方向を見ると、バスケットコートくらいの広場に整備士やパイロットが十人ほど集まっていた。


「何してるんです……」


 近づいていくと、ボールが飛んできた。そのボールを驚きもせずに受け止めて更に近づく。


「ナイスパス。これってバスケットボールなんですか?」

「あぁ? バスケだよ」

「バスケットボール……何か正式名称はそんなんだったか?」

「確かな。でも、バスケはバスケだ」


 ロイドとクーガーも居た。目を輝かせるアリア。


「私、経験者ですよ。ほらっ!」


 ドリブル数回でスリーポイントラインに近づくと両手でシュートするアリア。ボールはゴールに音も無く吸い込まれた。


「やるじゃん! よし、1on1ワンオンワンやろうぜ!」


 いつも冷静なクーガーが勢いよく起き上がるとゴールの下で転がるボールを手に取りドリブルしている。フリースローライン辺りまで移動するとアリアを手で誘った。


(よーし、異世界転生っぽい展開よ! ここで皆から一目置かれるようになるのね!)


「はい、クーガーさん、負けませんよ!」


◇◇


(はい、結果はでした)


 アリアと他のメンバーでは基礎体力が違いすぎる。相手のカットインは止められない。ジャンプ力も無いからシュートを止められない。唯一の武器はスリーポイントです。外から何本か入れられたので、何とか互角の勝負に持ち込めていた。


「はぁはぁ……よ、予想と違う。こういう時は転生モノなら大活躍がお約束じゃないの?」


(私の隠れた才能はいつ開花するのよー!)


 何故か不機嫌そうなアリアを見て、周りは少し不思議そう。


「強いな、アリア。特に遠くからシュートをポンポン入れてくるのは参ったよ」

「あら、そう?」

「そうよ、アリアちゃん。実戦でもカミナさんに続くエースが女の子なのは同性として嬉しいわ」

「突然現れた美少女がトップパイロットなのは格好いいわよ!」

「えーーっ、褒めすぎですよー」


 皆から褒められて嬉しそう。アリアが尻尾をブンブン振る犬に見える。さて、もう一試合という感じで休んでいた人達が立ち上がり始めたところでアリアを呼ぶ声が聞こえてきた。


「アリアー! すまんが良いか?」

「ナッシュさん!」


◇◇◇ 数時間後のハンガー


「今度はスパイ任務なのよね!」

「オチツケ。テイサツニンム、ダゾ」

「同じよっ! よーし、頑張るわよー」


 アリアがコクピットの中で妙に張り切っている。


(ここで頑張ってエースの名をほしいままにするわよ!)


「ムダニ、ハリキルナヨ。コウイウトキガ、イチバンアブナイ」


 思いっきり見透かされて恥ずかしくなるアリア。


「何よっ! 私だって頑張れるんだからね!」

「アマリ、ムチャシナイデネ」

「フーンだ! 『アリアとオリハ』出撃準備オッケーです」

『――アリア、オリハ、面倒ごとすまない。カミナもまだ整備中だから単騎偵察になっちまった』


 ナッシュの声はまたも申し訳なさそうな声色だ。苦労が絶えない。


『――アーティファクト持ちが湧き始めたから怪しいと思っていたが、早速敵のベースが確認された』

「……ねぇ、ベースって?」小声で聞く。

「コガタノ、キチダ。セイサンセツビヲ、モタナイ、キボ、ダナ」

「…………?」

「アトデ、セツメイスル……」


 あ、呆れられた。寂しい。

 両手の人差し指を胸の前でツンツンしていじけるアリア。


『――偵察だけで良いぞ。ウチで片付くレベルか違うかの判断頼む。では、アリアとオリハ、武器使用自由を命じる。行動開始!』

「はい! 交戦規定を受理しました。出撃します」


 単騎でハンガーからゆっくりと移動を始める。その中でアリアは無駄に興奮していた。


「ねぇ、『交戦規定を受理』ってカッコよくない? ねぇ、ねぇったら!」

「キマリゴト、ダヨ。メンドイダケー」

「えーっ、プロフェッショナルって感じよ!」

「ナンカ、フアン……」



――オリハの不安は後に的中するのだった



◇◇◇ 敵ベース近くの森の中


ヲ、ツカウカラ、センサーガ、ツカエナイ、カラネ。アヤシイ、トキハ、テッタイ」

「えっ、弱気じゃない?」


 茂みの中で屈むBM。敵にも見つかっていないが、まだ敵の姿も見ていない、というよりライフルさえ構えていない。それがアリアには不満だった。


「活躍できてないよー」


 これでは皆んなから褒めて貰えないよ!

 アリアの頭の中には皆から称賛されまくる自分の姿が浮かんでいたが、それが脆くも崩れ去ろうとしていた。


「もう少し近づこうよー。ねぇ、オリハ。ねぇ、ねぇ、ねぇ!」


 オリハ少し無言。


「コマッタナ……」


 搭乗者アリアの心配をするAI人工知能。気分は教官だ。少し痛い目を見せることにしたようだ。


「ナラ、ヤッテミテ」


 いつものゲームパッドが飛び出てくる。それを空中で受け取るアリア。鼻息荒く、前屈みになってやる気満々だ。


「では、偵察にゴーゴー!」

「ハイ、ドウゾ」


 オリハ的にはセンサーが使えないと霧の中にいるようなモノだったが、アリアからすると、目と耳が正常なら特に不安は無かった。


「ゆっくり歩くよー」


 パッドの上ボタンを浅く押してゆっくり進む。時折しゃがんだり、止まったりと一応は気を付けているらしい。鳥の声しかしない。他の音は自分が進む音だけ。


「レーダー、セキガイセン、カクシュセンサー、ツカエナイ、ノハ、フアンダナー。ソロソロ……」


 帰投を勧めようとしたところで、アリアの目とオリハの画像解析が同時に人工物を見つけた。


「あれは何? ベースかな?」

「…………ワカラナイ」

「えーっ、どうする?」


 建物、というより排気口に見えた。陽炎が見えるので、熱風を吐き出しているようだった。


「ナンダ……ナニヲ、ヒヤシテル?」

「どうするの?」

「ワカンナイ」

「がくっ。もー、しっかりしてよね!」


 少しイラッとするオリハ。


「フンッ! ダッタラ、アレダケノ、ハイネツ、ダ。グレネードヲ、ブチコメバ、タオセルヨ、タブン!」

「えーっ、じゃあ、そのを出してよ!」


 オリハ的にも「売り言葉に買い言葉。今の発言は失敗」と思ったが、発した言葉は戻せない。


「エーット……」

「オリハ、往生際悪いぞ」


 少しムカつくAI。機械音声マシンボイスまで不機嫌だ。


「ジャア、ジブンデ、ヤッテネ」


 コンソールに『mode change ASSULT』と赤く点滅している箇所が出てきた。そっと指で押してみると『are you ready? Yes or No』とその下に表示された。


「エランデ。ハイ、カ、イイエ」

「あっ、いつものヤツね。ではポチッとな。もちろん『Yes』よ」


 コンソールに一瞬『ok』が表示されると、プログラムのような長い英文がツラツラと表示される。目を奪われて困惑していると、HMDヘッドマウントディスプレイが被さっていた。

 オリハの背中からは筒状のバズーカ砲が細いアームで展開した。左手に装備すると、HMDには今まで見たことがない複雑な照準レティクルが現れた。コンソール下にはいつものトリガー付きレバーが出てきている。


「グレネードハ、ムユウドウダン、ダカラ、ガンバッテ、ネラッテネ」


 視線を上げ下げして照準を動かすと、表示されている色々な数字やグラフが小刻みに増減する。見ているだけで、これまた目が眩む。


「何これー……」

「レティクルノ、センターマデノ、キョリ。アトハ、フウソク、トカダヨ」

「えーー……」


 何となく今までのいたせり尽せりな感じがなくて不満げなアリア。突然セルフサービス始めましたって言われても。

 でも、小さいとはいえ喧嘩中だ。簡単には謝りたくない。



――それに、これくらいできないと捨てられちゃう



 変な想像が頭から離れない。


「やってやるわよ! 見てなさい、驚きなさい!」


 さっとレバーを掴むと排気口を狙うアリア。排気口をセンターに捉えた。


「チナミニ、フウソクヲ、コウリョシナイト、ゼッタイニ…………アァ!」


 アリアはセンターに捉えた瞬間、トリガーを引いていた。


「よしっ! 完璧!」


 スリーポイントなら完璧なショットよ!


「ゼッタイニ、アタラナイ。フウソク0.8Mダカラ……25センチ、ハズレル」

「えっ、何それ?」


 残念そうなオリハの声が聞こえてきたので顔文字を睨みつける。少し困った顔が見えた。放物線を描く弾頭に視線を向ける。

 オリハの予想通りほんの少しだけ右に逸れたので、排気口自体に直撃して爆発した。何となく、ゴールから嫌われてくるんとリングを回って外れるイメージと重なった。

 でも、ギリギリ当たった!


「当たったー!」「ハズレター!」


 同時に叫ぶ二人。


「オリハ、ちょっと、失礼じゃない? 完璧に当たったでしょ!」

「イヤ、アソコデ、バクハツシチャ、ダメダヨ。ナカニ、ハイラナイト……」

「えっ、そうなの? じゃあもう一度!」


 外れちゃった……頑張らないと!

 狙い始めた瞬間、森の木々がザワっと動いた気がした。鳥肌が立つのを無視して集中して狙う。


「アリア! ソクジ、テッタイ! イソゲーー!」


 オリハから本気の機械音声。

 刹那にモニターに映る木々の違和感の正体が、全て敵BMだったと気付いた。既に周りを囲まれている。心臓がキュッと冷たい手で握られた感じがして身体が硬直して動かない。


「何で…………何で突然こんな近くに沢山居るのよ!」

「ネツコウガクメイサイダ!」


 オリハが何かを勝手に操作すると、敵の位置がレーダーや画面に表示された。その数、三十体を超えている。


「ゼンソクコウタイ! コントロール、モラウゾ!」


 焦る機械音声には何も返せない。その瞬間、ポンポンと何かが発射される音が聞こえた。

 オリハはチャフとフレアとスモークをありったけばら撒いて全速後退を開始。ローラーダッシュとスラスターを最大出力にすると、アリアが今まで体感したことのない速度で後ろに進んでいった。直後に敵のマズルフラッシュが無数に瞬き、閃光弾が機体に何発も直撃した。


「40ミリ、ハ、イタイー。デモノ、ソウコウナラ、ナントカ……」


 少しだけ声色が柔らかくなったと思ったら周りの地面が爆発し始めた。


「リュウダン、ハ、ダメーーー!」


 反転すると全速力で逃げ出すオリハ。敵の偵察部隊とも出会でくわすが反撃せずに撤退している。モニターには警告灯が幾つも赤色点滅していた。


「アリア、アトデ、オセッキョウ!」

「な、何でよ!」


 久しぶりにアリアは悪いことして先生に怒られる前の生徒のサイアクな気分だった。

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