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P08:アーティファクト【01】

「んふふーんふーん……」

「ハァー」


 陽気な鼻歌と機械音声マシンボイスのため息が聞こえる。


「オリハ、準備いい?」


 アリアの部屋の一角には白い布が張られていた。生活感のある家具なんかを隠して撮影スタジオが作られている。可愛らしいワンピースに身を包んだニコニコのアリア。目の前の机の上にも可愛らしい服やアクセサリーが置いてある。


「ハイ……キュー」

「始まりましたー! EuroTUBEユーロチューブ随一のオシャレなチャンネル『ファッションチェック・アリア』の時間ですよー」


 アシスタントはドローン一体。ライトからカメラアングルから音響、編集まで全てやらされているオリハ。かなりやる気は無いがアリアの承認欲求を満たす為に全力だ。ここ二週間はご褒美無しで、色々と溜まっていたが、またアリアとイチャイチャすることを夢見て頑張っていた。


「それでは、サン・クルーズで見つけたカワイイを大紹介! 今日の一つ目は、このワンピースでーす!」

「ハイ、ボウフウ、デスヨ」


 器用にマジックハンドを伸ばしてカメラを持ちながらアリアの上で本体がライトアップ中。ドローンの推力を上げて旋風つむじかぜを巻き起こすとアリアのワンピースが捲れ上がった。


「コラーっ! 真面目にやれー! エロチャンネルじゃないんだからー!」

「……パンチラ、シッパイ……ハイハイ」


 推力を元に戻して真面目にアングルを整える。


「マァ、ニコニコノ、アリアヲ、ミルノハ、タノシイケドナ……」

「なんか言った?」

「イエ、ナンデモナイデース!」


 このチャンネルはそれなりに若者、特に女子達に人気だった。男向けのエロやバイオレンスばかりで見るものが無かったところに、正統派の一般向けチャンネルだったので、それなりに視聴数を稼いでいた。

 エロチューブに出演した時の百分の一位だけど。


◇◇


「あはは、あー、楽しい! あっ、またローズちゃんコメントくれてる。『次は秋のニットの着こなし希望』ね。さて、次のテーマも決まったわよ!」

「エーッ、ペース、ハヤイ……」

「うるさい! 私の役に立てて嬉しくないの?」

「イエ、ウレシイデスー……」

「よろしい!」


 腕を組んで低空でホバリングするドローンを見下ろしていると部屋の扉がノックされていることに気づいた。


「はいはーい、お待ち下さいね……ってナッシュさん、あれ? カミナさんも。どうしましたか?」


 ドアの前にはナッシュとカミナが立っていた。


「楽しそうで何よりだが、次の作戦への参加依頼だよ」

「そういうこと。アリアちゃん、お願いして良い?」


 態々こんな時間に来てくれる、というのが普通ではない。アリアは『頼られてるー』と鼻高々。オリハは面倒ごとを予想して『メンドイ』といった感じ。


「分かりました! いつですか?」

「ソリャ、アシタ、ダロ……」


 ドローンから聞こえてくる諦めたような声。少し申し訳なさそうなナッシュ。反対に指をパチっと鳴らすカミナ。


「オリハかい? 話が早いね」

「すまんな。BMバトルマシンが三体ほど突然現れた。罠の香りもプンプンするが街に近過ぎる。流石に出向いて倒さざる得ない」

「ナゼ、オレタチガ、エラバレタ?」


 機械音声でも分かる不信感。


「ちょっと、オリハ。そんな言い方良くないわよ」


 小声でドローンに注意するアリア。ナッシュは『降参』といったポーズを取っている。


「大口の警備任務があるんだよ。数を出せばたんまり儲かる仕事だ。だから、お前らみたいな単騎でも役に立つヤツらを残してたんだ」

「デ、イチバン、ヤバイ、アンケンガキタ、トイウコトカ」

「御名算だ。そう言うなよ。報酬はその分出せると思う。では明日六時、午前中には片付けてしまいたい」

「ワカッタ。ホウシュウ、ハズメヨ」

「あぁ、その辺は任しとけ」

「じゃあねー、アーリアちゃーん」


 一応の目的を達成してナッシュとカミナは帰っていった。


「ホウシュウ、モンクナシ……ヨッポド、キケンカ?」

「何ブツブツ言ってんのよ。明日は早いんだから、もう寝ましょう」


 慌てるドローン。


「エェ? ゴホウ――」

「――明日任務!」

「ハイィーー……」


 仁王立ちのアリアの勢いに負けて、ドローンも部屋をヨタヨタ出ていくと、バタンとドアが閉まった。


「マータ、ヒトリカァー……」


◇◇◇ 翌朝ハンガー


 ハンガーはガランとしていた。最大でジャック、クイーン、キングの三大隊、一大隊が六つの小隊で編成されている。一小隊が四、五機なので百体ほどのBMがいつもは鎮座している。

 予備機を合わせても二十体ほどしかハンガーには居なかった。


「さて、行きますかね。皆んな、準備良い?」


 カミナの声が聞こえてくる。

 どうやら、昨晩は敵BMは三体と言っていたが、今朝の確認では五体に増えていたらしい。湧く場所があるのか、隠れていたのか、ナッシュも今回の敵の動きを計りかねているようだった。

 ハンガー格納庫内で既に騎乗している四人に作戦ルームからマイクで語りかけるナッシュ。スピーカー越しの声も何時もより覇気がない。


『――すまんな、現状で敵は五体確認しているが、此方からは四騎出すのが精一杯だ』

「まぁ、カミナとアリアの二人と一緒だ。こんなのボーナスミッションだろ?」

『――そうは思うが……』

「オッケーだ。ロイド共々稼がせて貰おう!」


 今回、アリアとカミナと共にチームになったロイドとクーガー。中堅どころといった感じでカミナに言わせても腕に不安は無いらしい。コクピットを開けているので、まだ皆の肉声が聞こえる。


「よーし、サクッと倒して酒でも飲もうぜ、ねぇ、アリアちゃーん!」


 隣のBMからは陽気なカミナの声が聞こえてくる。報酬が高いのでやる気に満ち溢れていた。


「はい。カミナさん。ロイドさん、クーガーさんもよろしくお願いします!」

『――油断するなよ! 動きが変なんだ。罠でも張ってるかもしれない。気をつけろよ! よし、小隊、武器使用自由を命じる。行動開始!』


 ナッシュの交戦規定の伝達を合図に全員がキャノピーを閉じて移動を開始した。今回はカミナが小隊の指揮を取る。無線からカミナの声が聞こえてきた。


『――マッドドッグ狂犬小隊、交戦規定を受理した。出るぜ』

『――おうよ!』


 ロイドがクーガーの気合いの声も聞こえてきたが、すぐにBMの動作音に紛れてしまった


◇◇


「カミナ……しかし、狂犬はねーだろ」


 ロイドが笑いを噛み殺しながら無線越しにカミナに尋ねる。ある程度まではオートパイロットで移動するので、敵が不意打ちしてこなければ移動中は暇なものだった。


『――うるせー! 小隊のコードネームで空いてるのがスタピッドフロッグとマッドドッグしか無かったんだよ!』

「えっ?もう一個の方が格好良くないですか?」


 スタピッドフロッグ、なんか必殺技みたいじゃない?

 アリアの素朴な疑問。一瞬タイミングを空けて三人からの無線と機械音声の声が揃う。


『『『――だぞ⁈』』』


 暫くの間バカにされるアリア。目標地点に近づく頃には顔を真っ赤にして怒っていた。反対に、カミナはアリアを酒の肴にコクピット内でウイスキーをあおっている。


「うぷぷ、アリアちゃん、そろそろおさまってね。予想ポイントまで二千五百メートルだけど……あれ? レーダーに反応なし」


 流石に歴戦。飲んでいても酔ってはいないカミナは淡々と索敵を開始している。


『――おい、居ないって……』

『――姿形一つ見えないだと? 何処いった』


 左右を崖に囲まれた谷間がずっと続いていて、その奥が予想ポイントだ。その辺りは大きな岩が点在しているが、辿り着く迄に上から襲われたら反撃しようがない。カミナも隊長として迂闊な指示は出せない。


「あそこの巨岩の辺りが予想ポイントよ。どう思う?」


 ちなみに予想ポイントは衛生画像からコンピュータがシミュレートした予測到達地点のこと。二、三時間に一回の情報を使った予測なので数キロ離れた場所に居ることも多かった。


『――予想は外れてんのか? 取り敢えず、この地形では闇雲に進めんだろ』

『――そうだな。ズレたとしたらどっち方向だ? クーガー、得意だろ? 何処にいった?』

『――知るかよっ! ロイド、お前が見て来いよ』

『――敵も居ないのに行くかよ!』


 皆が少し焦っていることに気づいたアリア。一人プンスカしていたが周りの空気に気付いて急に怖くなってきた。


「ねぇ、オリハ……大丈夫なの?」

「ウーン……コレハ、ナンカ、ワナッポイ」

「えぇー? どうするのよ」


 揉めているうちに五個の光点がレーダーに現れた。丁度巨岩のある辺りだ。


「おっ、居たぞ! さっさとやっちまおうぜ!」


 ここでロイド機が射撃しながら前に出た。カミナが慌てて牽制する。


『――待て! 流石に少し怪しい。警戒を厳にして……』

「へへ、五十万の追加ボーナスゲットだぜ!」


 喋ってるうちにロイドは調子に乗ってどんどん前進していく。すると前方の岩陰に敵BMが視認できた。仕方ないので援護射撃を開始する他の隊員。


『――ロイド! 敵を確認したら一度下がれ。無駄にダメージ喰らっても修理費が高くなるぞ!』

「うるせー、カミナ! このまま撃破する!」


 岩陰のBM一体がロイドの攻撃をまともに受けて爆散した。後退する四体。


「よし、残りも頂くか!」

『――ロイド、一旦下がれ。深追いするな!』

『――カミナの言うことを聞け! 突っ込みすぎだぞ!』

「クーガーもかよ! 俺に黙って続けば――」


 テンション高いロイドの声が突然の銃声に掻き消された。猛烈な射撃が崖上から始まった。

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