P02:空に落ちた日【02】

「コッチダ……」


 アリアには確かに聞こえた。しかし誰が喋ったか分からない。


「えっ? どこ!」

「コッチダ、コッチニコイ……」

「どこ、どこ、どこーーっ!」


 無機質な音声の方に向かって必死で走り出す。背後からは明らかに数体の何かが追いかけてくる。


「はぁはぁ、た、助けてーっ!」


 怖くて、とても後ろは見れない。背後から何かが迫る気配を感じる。逃げるように茂みを避けて走り続けると少しだけ開けた場所に出た。その瞬間、轟音と共に目の前の地面が盛り上がると四、五メートルの何かが現れた。


「えーーっ? はぁはぁ、車? じゃないし……えぇっ? うわっ、大きい……」


 背後から何かが迫るのも忘れて地面から出てきたを眺める。すると、空気が漏れる音と共に扉が開いた。中にはポツンと椅子が一つ見える。その周りには何かが点滅している。


(扉開いたー! これは、入れってことなのー?)


 後ろからはに追いかけられてる、考えている時間はあまりなさそう。


(ど、どっちが正解なの?)


 椅子と後ろの茂みを交互に見つめるしかないアリア。


「ハイレ!」


 すると、目の前から焦ったような機械音声がした。


(ぷぷっ、なんか焦ってる。カワイイわ!)


「ハイレ! イソゲ!」

「よし、こうなったら……お邪魔しまーーす!」


 少しだけ焦る声に人間らしさを感じると、何故か信頼できる感じがした。だから扉の中に入ることにした。

 一気に部屋に飛び込むアリア。


(わー、入っちゃったー! 食べないでねー!)


 背もたれに向けて飛び込んで両手をつく。クッションは思ったより柔らかい。入るや否や、『パシュン』と音がして背後の扉が閉まった。


(あっ? 扉閉まっちゃった。閉じ込められちゃった。どうしよう……でも……さっきより安心する)


 外の音が聞こえてこないので静かで落ち着く感じがした。座面に正座して暫し待つと目が暗さに慣れてきた。辺りをよく見回すと、ランプがいくつも点滅してる。更によく見ると、まるでスマホやタッチパネルのようなものが所々にくっついていた。

 そっとパネルの一つに触ろうと指を伸ばすと、突然明るくなった。


「眩しっ! あら、明かりがついた……のね」


 辺りをもう一度見回す。液晶テレビに三百六十度囲まれた部屋の中に椅子があり、アリアはそこに逆向きに正座していた。

 スポーツカーの運転席というよりは、飛行機の操縦席。それも戦闘機のそれに近い。


「へーっ……かっこいい……」

「……カワイイ……」


 少し戸惑った機械音声が聞こえた。


「ん? 何か聞こえ……」

「ンゴホッ……マ、マッテイタゾ……ソラ、カラ、アラワレシ、ショウジョヨ」


 何となく威厳のある……というよりは無理矢理に威厳を出そうとしている機械音声が聞こえてきた。


(キターーッ! 私、聖女なの? 勇者なの? どっちどっち? 魔法使いでも良いわよー!)


「あ……あなたは?」

「……マ、マズ、コ……コ、コノ、イスニ、スワルガヨイ」


 カタコトの機械音声マシンボイスが椅子を勧めている。


「ここに座るの?」

「ソ、ソウダ……」


 アリアのパッと見の印象は完全に『ゲーミングシート』だ。弟がお年玉で椅子買うと聞いた時は驚いた。でも現物を見るとなかなかカッコよくて、そこに座ればゲームが捗るという弟の言い分も分からなくもなかった。

 クルッと反転して座り直す。


「よいしょっと……へへへ、アニメに出てくるロボットのコクピットみたい。わー……カッコいい……」


 しっかりフィットで、がっちりホールド。

 高級な座り心地に満足のアリア。


「ヤ、ヤワラカイ……」


 ボソリと声が漏れる。


「えっ?」


 少しだけ間が開くと外の映像が周りのモニター全体に映った。何かを誤魔化すようなタイミングだったが、あたかも外に放り出されたように錯覚するほどの高解像度の映像だ。

 感心して見ていると、さっきの人型ロボットが自分達の周りを囲んで何かを探していることに気付いた。


(怖っ! もしかして……私を探してるの?)


 突然の恐怖の再来で声も出ない。


「アレハ、ハンキゾク半機族ダ」

「えっ? ハン……キゾク? 何それ?」

「イキモノ ト キカイノ、マザリアッタモノダ」

「えー……マンガみたいよ。それにしても……怖い顔」


 普通の人と同じサイズに思える。犬型のロボットも見えた。どれもこれも感情は推し量れない。無表情で不気味だった。

 ふと彼らの首に骸骨をあしらったネックレスがかかっていることに気づいた。悪い考えしか思いつかない。怖くなってきて何でもいいから喋りたくなる。


「ねぇ、あの人達、何してるのかしら……」

「オマエヲ、ツカマエテ、トロフィー、ニデモスルンダロウ」

「うげっ……怖い……」


 恐怖で全身に寒気が走り肩を抱いた。


「ソレカ、ナカノ、ニクヲ、ウリニデモダスンダロウ」


 怖気に全身が震える。ここで、この部屋の安全性が急に心配になるアリア。

 意を決して確認してみることにした。


「あのー……私を助けてくれたの?」

「……ソウダ」


 少しだけ空いた間に不安を感じる。不審そうにしていると、アリアの不安を察してくれたのか正面のコンソールによく見る顔文字が現れた。


「コノホウガ、ハナシヤスイカ」


 前の世界ではよく見た顔文字。


(ふふ、これだけで話しやすくなった。優しい子なのかな……)


 ホッと息を吐く。


「ありがとう。助かりました。私の名前は松本アリア。アリアと呼んでください!」


 すると画面の顔文字が笑ってるものに変わった。感情が分かると安心できる。


「オレ、ハ、コノ、マシーン ヲ アヤツルAIエーアイダ。ナマエ ハ オリハ……オリハ……」

「へー、オリハね。ふふ、可愛い名前」

「ブッ! カ、カワイ……」


 言葉に詰まるAI人工知能。コンピュータの無機質さと真逆の雰囲気に微笑みながら顔文字を指で突く。


「えーっ? 照れてるの、もしかして……」

「ウ、ウルサイ!」

「カワイイわね、オ・リ・ハ!」


 アリアは何となくこのオリハと呼ばれる存在より立場が上になった気がした。指で顔文字を突く度に狼狽えた感じの顔文字に変化する。


(これは楽しい……はっ、これは弟を揶揄ってる時みたい。なら私がお姉ちゃんね!)


 その時、スピーカーから『カンカン』と音がしてきた。


「キタカ……」


 外の映像に目を向けると、人型ロボット達の構えた銃から花火のような光が瞬いている。此方に向けて銃を撃ち放っていることに突然気付いて恐れ慄くアリア。


「ん? わーっ、撃たれてるー! 死んじゃうー」

「オチツケ、アレナラ、ナンパツ、ウタレテモコワレナイ」


 冷静になって観察。振動さえ感じない。確かに大丈夫そうだ。


「良かったー、死ぬかと思った……」


 その時、地震のような地響きと共に『ドコーーーン!』という轟音が耳に飛び込んできた。


「わわわわー、なになにっ!」

「マズイナ……バトルマシン、モキタ……」


 椅子からずり落ちそうになるアリア。周りのモニターを確認すると、大型のロボットが銃を構えて近づいて来るのが見えた。大きな銃から発せられるマズルフラッシュと共に轟音と振動が襲った。

 狼狽えながら顔文字を突くアリア。


「オリハ! ど、ど、どどうすれば良いのよ!」

「……デハ、オマエガ、ヲ、ウゴカシテ、タタカエ」


 コンソール横の蓋が開くとアリアの両手にゲームパッドが飛び込んできた。


「バトルマシン……? えっ、ゲームパッド? これでホントの戦争やるのー!」


 急な展開に驚くが、ゲームパッドを手に持つと、急に現実感が薄れてきた。


「ヤジルシ、ウエガマエ、Bボタン、ガシャゲキダ」


 正しくゲームの操作方法の説明。


「これは……ゲームね。シューティングゲームよね。よし、弟をコテンパンにした腕前、見せてやる!」


 ゲームパッドを構えて腕捲りのアリア。

 これは異世界転生っぽいわよ。ということは、私の隠された才能が発揮されるのね!

 ゲームパッドを手に前のめりで敵を睨みつける。


「いくわよ! ヒアウイゴーー!」


 アリアが叫んで気合いを入れる。

 パッドの上ボタンを押すと振動と共に部屋ごとエレベーターのように上がっていく気がした。


 アリアの目には鉄の部屋にしか見えなかったが、降着ポーズから立ち上がると、そこには二足歩行の戦闘機動兵器バトルマシンが現れた。

 自立歩行を始めるバトルマシン。

 しかし三歩目の足を踏み出したところで敵の弾丸が地面で炸裂して出来た穴に足を踏み外して盛大にコケた。両手を地面に膝をつく体勢だ。


「ねぇ……何が起きたの?」


 アリアが見ているモニターは地面しか映っていない。


「ツマズイタ、ダケ」


 顔文字の横に表示されたロボットの絵は躓いて膝を突いている。


「えっ? コケたの?」

「ソウ」


 コクピットの中ではいつの間にか肩と腰の四点で支えられたアリア。九十度傾いたコクピットの中で椅子に固定されているので長い髪の毛がコンソールに垂れている。びっくり顔で固まっていたが、状況を理解すると涙が出て来た。


「ムリよー! ムリムリ、ムリよー! 三歩歩くのが精一杯。あーん、助けてよ……オリハ、助けてよー!」


 瞳から流れる涙がそのままポトポトとコンソールに落ちる。とてもマトモに動かせる自信は無くなっていた。


「ゴクッ……ワ、ワ、ワカッタ……」

「えっ、ホント! お願い、お願いよ、オリハ!」


 上擦る機械音声のオリハにも不信感無く両手を胸の前で合わせて懇願するアリア。


「ウホンッ、デワ……タスケテ、ヤルカラ、アトデ、ダイショウ、ヲハラエ」

「……えっ? なになに? ダイショウ……大将軍?」

「クッ……ゴ、ゴホウビ、ダヨ!」


 苛立つオリハと何で苛立ってるのか全く分からないアリア。でも『ゴホウビ』は『ご褒美』と理解できた。


「あぁ、ご褒美ね。分かったわ。何でも良いわよ、オリハの好きなことしてあげる! だから助けて!」


 焦って答えると、不思議と部屋の中に力がみなぎってきた気がした。色んなランプや計器が点滅し始める。

 まるで、部屋自体が興奮しているかのよう。

 するとオリハの焦るような、嬉しそうな声がコクピット内に響いた。


「ゲ、ゲンチ、トッタゾ! デワ……」


 その時、アリアに見ることはできなかったが、バトルマシンの頭部の両目が紅く光っていた。そう。展開が思い通りに進んだので、オリハは既に興奮していた。

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