第26話 隣国の王女

 ロレンスの金褐色の髪が四阿を抜ける風に揺れた


 「これはこの国の最高機密だとも言える話だから、他には漏らさないで頂戴ね」


 そう前置きをしてロレンスは話し始めた。


 「あのね、20年前にも貴方達と同じように、体が他の人と入れ変わるという事件があったの。そしてその当時者というのが、実は亡くなった王妃様なのよ」


 「え!?」


 「嘘でしょ!?」


 驚愕の事実に俺は思わず腰を浮かせ声を上げた。

 お嬢さまもテーブルに付いていた両肘を元に戻し、エリックも黙ったまま目を見開いた。


 「この国に婚約者として訪れて直ぐの事だったわ。実は結婚式も入れ替わった状態で行ったそうよ。日取りは決まっていたし、各国からの招待客も沢山来る予定だったから、延期をするのは難しかったそうなの」


 (い、入れ替わったまま結婚式!?)


 「そ、そんなじゃあ・・・その・・・結婚生活は・・・」

 

 おろおろと聞いた俺にロレンスは答えた。


 「安心してね。サーフェス王子を授かった頃にはちゃんと元に戻っていたはずだから」


 ロレンスはそう言うと口元に手を寄せて「フフッ」と笑った。恐らく俺が焦りながら想像したことを見抜いたのだろう。


 (は、恥ずかしい・・・)


 俺は顔が熱くなるのを感じた。

 別にすけべ心からそんな事を考えたわけでは無い。断じてそうではないのだ!

これは俺にとっては真剣な問題であるからなのだ。


 (す、少し不安に思ってたからな・・・ちょっと焦った)


 今まであえて口にはしなかったけれど、もしこのまま俺たちが元の体に戻れなかったとしたら俺は・・・


 (・・・多分この国の貴族の誰かに、侯爵令嬢として嫁がされることになる)


 ぞくりと背筋に走るものがあり、俺は頭を強く振った。


 (落ち着け、大丈夫だ。王妃様は元に戻ったんだから)


 それはちゃんと戻る方法があるという事なのだ。

 そんな俺の内心の葛藤を知っているのか知らぬのか、ロレンスは話を戻すわねと言って先をつづけた。


 「あなたたちが生まれる前の話になっちゃうけど、当時この国は隣国のゼネキアと関係が悪くて、国境近くでは争いが絶えなかったのよ。だけどそんな状態が続くと、どちらの国も国力が弱まってしまうわ。そこを他の国に狙われたら大変なことになるでしょ?だから当時の両国の王は和解を決断し、その証として王妃様・・・その当時はゼネキア国の王女だったわね・・・14歳のアン・ソフィア様と、当時第一王子で16歳だった我国の王バートラム様との結婚が決まったわけなの」


 エリックはロレンスの説明に訳知り顔で頷くと、


 「そのあたりの事情は本で読んだことがあります。最初は国民からも反対意見が多かったそうですね。隣国とは長い間争いが続いていたらしいですから」


 「そうなのよ。貴族にも反対するものが多かったわ。だけど、この国に初めて来られたアン・ソフィア様の姿を見て、そしてそのお声を聴いた途端に国民も貴族たちも、ほとんどの人が意見を変えたわ。だって、彼女はそれはそれは美しくて聡明で、それに堂々としているのにユーモアもあって・・・皆があの方に魅了されていたわ」


 「確かに綺麗な方だったわね。私は小さい時に、ちらっと姿をお見かけしただけだけどね。確かお父様に連れられて王宮に行った時だったわ。お父様は若い時からずっと今の王と懇意にして貰っているのよ」


 お嬢さまは旦那様の事を自慢するようにそう言った。


 「あの時の事は今でも覚えてるわ。お城の庭で王妃様は薔薇に囲まれて、あの方私を見て微笑んでくださったの。私は花の女神かと思ったのよね」


 (そんなに奇麗な方だったんだ)


 お嬢さまがこんな風に手放しで人を褒めるのは珍しい。

 俺も遠くからでもいいから見てみたかったなと思った。まぁ平民の孤児にはどちらにせよ雲の上のような方だ。


 (今、俺がお嬢様や、第一王子様なんかと口を交わしている状態が異常なんだよなぁ)


 そんな風に思っていたら、エリックが眼鏡の奥の青い瞳を光らせながらロレンスに問うた。


 「それで王妃と体が入れ替わってしまった相手は誰だったのです?」


 (そう言えばそうだった!入れ替わったって事は相手がいるんだった)


 ロレンスはエリックの質問に、何とも言えない複雑そうな顔をした。

 そして


 「ちょっと待ってね、順に話すから」


 そう言うと一つ咳払いをして、何故か慌てたように話を続けた。


 「さっきも言ったように王妃様はそのご自身の素晴らしさで、この国に受け入れられたの。・・・だけどね、やっぱり隣国との和解を邪魔しようとする者もいて、ご結婚前の婚約期間の時に何度か刺客が送られてきた事があったそうなの。なんとか護衛騎士達の働きで阻止する事はできていたらしいのだけど、ある時メイドに扮した刺客にテラスから突き落とされてしまったの・・・」


 「え!?」


 一瞬俺はあの時の状況を思い出していた。


 蔓薔薇の絡まる壁。

 そしてテラスから落ちてきた青い布・・・


 (まさか・・・もしかして・・・)


 ロレンスは濃い顔に憂いを含ませながら話した。

 そしてそれはほとんど俺の想像と合っていたのだ。


 「それを助けようとした護衛騎士の一人が一緒に落ちてしまったのよ。幸いテラスは2階だったし、落ちたのも植え込みの上だったから、お二人とも気を失われたけど大した怪我は無く無事だったの。だけど・・・」


 「だけど・・・!?」


 ごくっと息を飲むようにお嬢さまが聞き返した。


 「気が付いたら体が入れ替わっていたというわけ。当人達も周りの者も、それはもう大変だったと思うわ。私はその時の状況を見たわけじゃないからあくまで想像だけどね」


 (分かる・・・めちゃくちゃ分かる・・・)

 大変なんて言葉じゃ言い表せない。俺だって天地がひっくり返ったという気持ちが、こんなにしっくり来ることは無かった。


 エリックが溜息をつきながら首を振った。


 「20年も前に、まさか王族の方がエリックやお嬢様と同じ目にあってたなんて、全く思いもよりませんでした」


 眼鏡の奥のいつも冷静な目が少し戸惑っているように見える。

 

 そしてその時、お嬢様が思いついたかのように口を開いた。


 「ねぇ、ちょっと待って!その頃の王様って・・・ああその時はまだ王子だわね。ややこしいから王様で良いわ。王様って16歳だったんでしょ?もしかしたら婚約者の選定をやっていたんじゃないの!?」


 お嬢様の言葉に俺もエリックも「あっ!」と声を上げた。そしてロレンスは深く頷き、


 「その通りよ!やっぱり今みたいに5人の候補者が選ばれていたの。確か私の従妹もそうだったわ。彼女もだけど、候補者達は皆たいそう悔しがっていたそうよ。だから王妃様を狙ったのも婚約者候補達の関係貴族だった可能性が高いと思われたの。だけど結局、黒幕が誰なのかは分からなかったらしいわ。それにもしかしたら裏で糸を引いていたのは隣国だった可能性もあるものね」


 それを聞いて俺は「え?」と疑問に思った。


 「まさか、だって自分の国の王女じゃないですか。なのに刺客を送ってくるなんて・・・」


 そんな事はありえないと思った。

 だけどロレンスもエリックも首を振る。そしてお嬢様まで、俺に向かって人差し指を立て、それを横に振ると、


 「あんたって甘いわねアッシュ。権力と金の欲にしか興味の無い貴族だったら自分の目的の為に親兄弟だって手にかけるわよ。そういう奴って思ってるより結構多いわけ。しかも男も女も関係ないのよ。あんたメラニーに会った事あるでしょ?」


 お嬢様に呆れたようにそう聞かれて、俺は「は、はいっ」と返事をする。


 「あの女なんてその典型よ。まだ子供だからやる事も幼稚だけど、ああいう奴が大人になると厄介なのよ。でも分かりやすいからマシだけどね」


 するとその横でエリックも頷き、俺に顔を向けた。


 「その点に関してはお嬢様の言う通りですね。危険なのはリーシャのような奴だよ、アッシュ。あいつは自分の目的の為に手段を選ばないうえに、悪意を隠すのが上手いだろ?」


 苦々し気にそう言ったアッシュの言葉に、俺は3人の言ったことが少し腑に落ちた気がした。

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庭師、わがまま令嬢やります 優摘 @yutsumi

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