第24話 リーシャの策略

 「げっ・・・」


 そのシーンを見た瞬間、俺は何が起きたのか理解した。

 宮廷の輝かしいホールで目の前に広がる光景は、まるで劇の一幕のように作り物めいている。 煌びやかなシャンデリアの光が、緊張感を際立たせていた。


 「あ~あ・・・リーシャの奴やりやがった」


 「え?」


 俺の呟きが聞こえたのか、王子が怪訝そうな顔を向けた。彼の青い瞳は問いかけるように俺をしばし見つめたが、その視線はすぐに混乱の中心へと移った


 その後はもう、どたばたの異常事態だった。


 「この無礼者!たかが田舎子爵の娘の癖に!」


 居丈高に怒鳴る声が、会場の隅々まで響き渡った。そして再びリーシャに向かって腕を振り上げ、掴みかかろうとする。

 仮面を付けていてもすぐ彼女だと分かる赤い髪を振り乱し、喚き暴れるメラニー嬢を周りの大人が押さえつけた。


 「放しなさいよ!私はオルグレン侯爵家の令嬢よ!」


 メラニー嬢の叫び声が再び会場を揺るがす。しかし彼女の訴えは無視され、引きずられる様にして、会場から連れ出されていった。


 「悪いのはあの女なのよぉ・・・!」


 最後の声がリフレインしながら会場に響いた。


 リーシャはと言えば、床に倒れ込んだままさめざめと泣いている。それを近くにいた令息や令嬢達が慰めているようだ。

 そしてちょっと格好の良い若い男性が彼女の手を取ると、抱き寄せるようにして起き上がるのに手を貸した。誰かは知らないけど、周りの他の男どもが悔しそうな顔をしながらも何も言わないところをみると、身分の高い奴なのだろう。


 メラニー嬢に叩かれせいかリーシャの顔からは、仮面が飛び、頬は手の形に赤く腫れていた。


 「うわっ・・・ずいぶん・・・」


 結構、酷くやられたなと思った。メラニー嬢は激しやすそうなタイプだし、思いっきりはたかれたのだろう。


 だけど、俺は知っていた。これはリーシャの策略だ。


 (してやったりってとこか・・・)


 今の一連の出来事は、ここに居たほとんどの人物が目撃している。第一王子だってその一人だ。これできっと、メラニー嬢は婚約者候補から外されてしまうだろう。


 (この前の夜会で俺に仕掛けてきたのと同じ手だな)


 それを証拠に悲し気な顔をしているリーシャの目には満足そうな光が浮かんでいる。彼女の策略は完璧に機能した。ライバルの一人を消すことにすることに成功したのだから。


 「ん?」


 そのリーシャが何故かこちらをチラチラ伺っている事に気付いた。


 (なんだ?何でこっちを見てんだ?)


 一瞬、気味悪く思ったが、


 「あ~、そっか!」


 彼女が見てるのは俺では無いことにすぐ気づいた。

 俺は王子にこそっと話しかけた。


 「どうやら彼女、王子に構って欲しいみたいですよ」


 「そのようだな」


 「行かなくて良いんですか?婚約者候補が殴られたんですよ?」


 しかも殴った方も婚約者候補だ。王子としては、何かフォローすべきなんじゃなかろうか。


 だけど王子は冷めた目で、騒ぎを見つめているだけだ。


 「リーシャは王子に来て欲しいみたいですよ。ほら、さっきからずっとこっちを見てます」


 「興味は無いよ。放って置けばいい」


 そう言って王子は椅子から立ち上がった。


 「エルシアーナ嬢」


 (ん?)


 王子は突然跪き、俺の手を取ると手の甲に口づけをした。


 「お、おい!?」


 (何を!?)


 王子はニヤッと笑うと、


 「それでは、また」


 そう言って、さっさと会場を出て行ってしまった。


 「な・・・」


 (何てことをしてくれるんだよ!?)


 俺は恐る恐るリーシャの方を横目で伺う。

 すると思った通り、ほの暗い熾火の様な目で彼女は俺の方を見ていた。


 (やべ・・・くっそ、ターゲットにされた)


 俺は慌てて立ち上がり、逃げ出す様に仮面舞踏会を後にした。


         ◇◇◇


 「と言うわけで、次はお茶会だろうと夜会だろうと、リーシャは遠慮なく攻撃してくると思う」


 次の日俺は、エリックにそう報告した。

 エリックの呆れた様に見下ろす目が怖い。


 「俺のせいじゃ無いぞ!王子がおかしな事をするから・・・」


 そう言うとエリックが大きくため息をついた。


 「たらし込んだのはお前だろう…まぁ、予想はついてたけどな」


 「何の予想がついての?」


 四阿の中にリボンだらけのツナギを着たお嬢様が、ロレンスと一緒に入って来た。


 「には関係ない話ですよ」


 (そうだった。ロレンスがいるから、そう呼ばないとな)


 危うく自分が返事しそうになって、俺は口を押さえた。


 エリックは何事も無かったようにさらりとそう言うと、お嬢様と新しい庭師のロレンスにお茶を用意した。テーブルの上には既に、サンドイッチや焼き菓子が並んでいる。

 ロレンスはそれを嬉しそうに眺めると、


 「ここでのお仕事は本当に最高ね」


 ウィンクをしながら焼き菓子を手に取った。


 お嬢様とロレンスの同僚関係は相変わらず上手くいってるようだ。腕の良いロレンスのおかげで庭も生き返ったように奇麗になって有難い限りである。


 「ロレンスは一体、どこで庭師の修行をしたんです?」


 公爵家の御子息様が庭師に弟子入りというのも、おかしい事だ。するとロレンスは


 「実はわたくし、王城の庭で学びましたのよ」


 そう言って、懐かしそうに目を細めた。


 「王妃様の薔薇園の専属庭師に、無理を言って弟子入りしましたの」


 それを聞いて俺は興奮した。


 「王妃様の薔薇園だって!?」


 それって前に夜会で見た素晴らしい薔薇園の事じゃないか!そしてあの時会った不思議な少女の事を思い出す。


 (身分の高そうな女の子だった。身に着けてるものも豪華だったし・・・。彼女は一体誰なんだろう?)


 それに確かあの時、


 ―――アリーシア・ファンドアールには、お気を付けなさいな


 彼女はそう言って注意してくれたのだ。案の定あの後、リーシャの罠に嵌るところだったのを危うく逃れたのだ。


 ピンク色に光るシルバーの髪に紫の瞳の、思わず息を飲むほど綺麗な少女だった。思い出すだけで胸がドキドキしてくる。


 (また会えないかな・・・)


 花以外で、そんな風に思ったのは初めてかもしれない。王妃様の薔薇園に行けばまた会えるだろうか?


 (ロレンスに、連れて行ってもらえるように頼めないかなぁ・・・)


 そう考えながらも、なかなか言い出せずにいると、


 「ねぇ、王妃様って確か3年前にお亡くなりになった方の事?」


 お嬢さまがサンドイッチをかじりながら、ずけずけとそんな事を聞いた。


 「そうよ。まだお若かったのに・・・薔薇にもとても造詣が深くて・・・」


 そう言って、ロレンスは鼻をぐすんとすすり上げた。


 「珍しいピンクシルバーの髪に紫水晶のような瞳の、素晴らしく美しい方だったわ。ご自身がまるで薔薇にようにね」


 (え?)


 その描写はまるで、あの時会った少女そのものだった。


 (も、もしかしたら!)


 「お、王妃様には娘さんがいたんじゃないですか!?そっくりな」


 思わずそう聞いた俺に、ロレンスとお嬢さまが怪訝な表情で顔を見合わせた。


 「王妃様の子供は第一王子のサーフェス様だけよ」


 (あれ?)


 「そうそう、他の側妃様には王女がお生まれになってるけどね」


 「そ、そうなんだ・・・」


 どうやら、俺の早とちりだったみたいだ。てっきり王妃様の子供かと思ったのだけど。


 (じゃあ、あの少女はいったい何者なんだろ?)


 亡くなったという王妃と同じ髪と目を持つ彼女は・・・。


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