第22話 本当の笑顔
(に、逃げよう・・・)
気付かないふりして、この場から去ろう。
そう思って、ゆっくり椅子から立ち上がろうとした時、突然隣から手首を掴まれた。
(げっ?)
予想外の事に、俺は中腰のまま固まってしまった。そして掴まれた手に引っ張られる様にして、もう一度ストンと腰を下ろしてしまった。
(げげ・・・)
「なぜ逃げるんだ?」
王子は手を離さなまま、そう聞いた。
緊張で汗が背中を伝い落ちる。
「に、逃げたわけでは・・・」
(あるんだけどさ)
どうしよう?
どう返事するのが正解だ?
いや、それより何で王子がここに?
一体、俺に何の用?
「聞きたい事がある」
「は?」
(俺に?)
いや、俺の方が聞きたい事が満載だよ!?
そんな風に思いながら、頭の中がクエスチョンマーク一杯であたふたしていると、王子はやっと手を離してくれた。そんなに強い力で握られたわけじゃなかったけど、思わず捕まれた手首をさすってしまう。
(何だよ一体・・・俺に聞きたい事?)
全く思い当たる事が無いぞ。
聞きたい事があると言った割に、王子はなかなか話始めない。それにお互い隣に座っているのに、正面を向いて目を合わせないままだ。
俺が沈黙に耐えられなくなってきた頃、王子が俺に静かに言った。
「先日の夜会で、私はそんなに疲れて見えただろうか・・・?」
「え?」
「ダンスの時、君は言ってただろう?」
(あ!)
思い出した!そう言えば、あの時、つい口からぽろっと出たんだっけ。
―――お疲れ様っすねぇ
やっべ。貴族の令嬢としては、あり得ない口調だ。
もしかして、これは無礼だったのかも?
王子はそれを注意しにきたのか?
(マズい)
俺は慌てて、頭を下げた。
「あ、あの時はたいへん失礼な事を言いまして、その・・・申し訳無いです!」
実際に王子のお叱りを受けるのは、周りから見ればお嬢様なのだ。俺のせいでお嬢様の評判が悪くなるのは困る。そうなると、俺がお嬢様に何をされるか・・・。
そう考えると背筋が寒くなり、俺は必死で謝まった。
「は、初めての夜会で緊張しておりました・・・ので、少々言葉使いが・・・すみません!」
少々どころじゃ無い言葉使いだったが、ここはそれで押し切ろう!
だけど王子はぺこぺこと平謝りする俺に、
「謝罪はいらない。君の言葉使いは気にしていない」
(え?)
「さ、さようですか」
(何だ・・・叱られるんじゃないのか)
だったら何なの?
「どうして、私が疲れていると思ったのかを聞いているのだ」
そこで初めて王子は、俺の方に顔を向けた。つられる様に視線を合わせると、湖水の色をした目が真剣だった。
俺は思わず、唾を飲み込んだ。
(こ、これは真面目に答えないと駄目なやつだ)
気持ちを落ち着かせるように、軽く深呼吸する。そうして俺は、あの時に思った事を隠さず素直に説明する事にした。
「そのう・・・あの時はですね。殿下は令嬢達とのダンスをするのに、乗り気じゃないのかなって思ったんです」
「・・・なぜ?私は楽しそうでは無かったか?」
「楽しそうなフリしてるように見えました」
そう言うと、王子は黙ってしまった。
しまった、また思った事を素直に言い過ぎたか?
「す、すみま・・・」
「構わない、続けて」
謝ろうとした所を遮る様に言われた。
(え・・・?続けんの?)
なんだか凄く不敬な事を言ってる気がしたが、中身は男同士の気安さもあって、俺は話を続けた。
「王子は一人なのに、婚約者候補は5人じゃないですか。それって一人で5人を相手するって事だし、普通に面倒臭いだろうなと。それに選ばれた5人って、もしかしたら王子もあの時に、初めて会ったんじゃ無いですか?」
そう聞くと、王子は不思議そうに俺を見た。
「面識など関係無い。婚約者候補から妃を選ぶのは儀式のようなものだ。昔からの慣習だから、従わないわけにはいかない」
(あ~・・・やっぱりそうか)
「だとしたら、やっぱお疲れですよねぇ」
想像しただけで溜息がでる。
いくら相手が可愛いご令嬢達でも、今まで会った事も無い人の中から自分の伴侶を選ばなきゃいけないんだから。
「しかも5人の候補者だって、殿下が選んだわけじゃ無いですよね?リーシャ以外は国の有力者の令嬢ばっかって聞いたし、あれ?・・・ってことは、もしかしてリーシャは殿下が選んだってことですか!?」
驚いて、思わず素で聞いてしまった。
「リーシャと言うのは、もしかしてアリーシア嬢のことかい?子爵令嬢の?」
「うあ?・・・あ、そうです」
マズいぞ!そう言えば、彼女の本名は、俺達しか知らないんだった。
「驚いたね。君達が愛称で呼ぶほど仲が良いとは知らなかった」
「え?い、いえいえ、そう言う事では無くて・・・えっと、そのう・・・」
しどろもどろに否定する俺に、王子は怪訝そうな顔を向けた。
困ったな。どう説明したら良いんだ?っていうか、どう誤魔化せば良いんだ?
「え~っと、つまり、私が勝手にそう呼んでいるだけです、はい、彼女の事を。だってあの人、可愛いじゃ無いですか?だからなんか、そう呼びたくなって・・・」
いっそ笑ってやれと思い、あはははと明後日の方向を見ながらすっとぼける俺に、王子はくすりと笑った。
(おっ、笑った顔を初めて見たぞ!)
張り付けた様な作り笑いじゃ無い、彼の本当の笑顔を初めて見た気がした。残念ながら仮面越しだったけど、目がちゃんと笑っているのが分かる。
王子はさらにくすくす笑いながら、
「おかしな人だね、君は。確かにアリーシア嬢は、私が婚約者候補に居れる様に提案したんだ」
「じゃ、じゃあやっぱり!」
殿下はリーシャが好きなのか!?
言っちゃ悪いが、趣味が悪いぞ!あれは花は花でも毒花だ。
だけど、殿下の次の言葉は俺の予想の斜め上だった。
「だけど、君が思ってるような理由じゃない。詳しくは言えないが、彼女を近くで見張りたいと思っただけだ」
「は?見張り?」
(何でだ?)
王子はそれ以上説明する気は無さそうだった。穏やかな目で、こっちを見ているだけだ。
「でも、リーシャは殿下の妃になる気満々だと思いますよ?まぁ、他のご令嬢達もそうかもしれないけど・・・」
すると王子は訝しむ様に「君は?」と聞いた。
「あ?」
(何が?)
「君だって、私の妃になりたくて、夜会に出てるんじゃないのかい?」
「ああ!」
(そっか、普通はそうだよな。・・・ん~これは、どう答えるべきだ?)
エルシアーナお嬢様は、サーフェス王子の妃になりたいと広言している。だけどその理由は権力を持つためで、さらに言うとエリックを自分のそばに置くためなのだ。
(だけどさ。やっぱエリックの事を好きなら、王子の妃を目指すのは違うと思うんだよなぁ)
そう思い、俺は王子への返事を考えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます