第21話 夜会再び

 結論を言ってしまうと新人庭師ロレンスの腕前は、想像を超えて素晴らしいものだった。


 「す、凄い!」


 花木に対する知識が深く、経験も豊富な彼の手腕で、1週間も経たないうちにドルトムント侯爵家の庭園はみるみるうちに元の様に・・・いや、ここは正直に認めよう・・・前よりも美しく輝きを増していったのだ。


 「感動です!ロレンス。貴女は天才だ!」


 「うふふふ、ありがとう、お嬢様」


 語尾にハートマークが付きそうな程、可愛らしく小首を傾げながら、ロレンスは太い声でそう言った。 

 

 (無尽 蔵の力と体力!その上女性的な繊細な感性。この人は庭師として最強じゃ無いか!?)


 気さくな彼は、自分は庭師で公爵家からは出てるから、敬称付けないで呼んで欲しいとも言った。何て良い人なんだろう。

 俺はすっかりロレンスの信奉者になってしまった。


 「私だって手伝ってるって事を、忘れないでよね」


 ロレンスの横で腰に手を当てて、お嬢様が俺に文句を言った。


 「も、もちろん忘れて無いです!」


 「アッシュは良くやってくれてるわよぉ。私とすっごく気が合うし」


 「ね~っ!」


 二人は仲良く腕を組んで頷き合った。

 俺もエリックも予想外だったのは、ロレンスとお嬢様がすっかり意気投合してしまったことだ。


 最初、お嬢様がロレンスと会った時の事だった。対面するなりお嬢様は、「ねぇちょっと!その服どこで買ったの?凄く良いじゃない、私も欲しいわ!」と、ロレンスの作業着をべた褒めしたのだ。


 それに気を良くしたのか、ロレンスもお嬢様の事を気に言り、初日からずっと優しく丁寧に庭仕事を教えてくれている。


 (おかげで庭が蘇ったから、文句はないんだけどな)


 ちなみにロレンスの作業着は手作りらしく、お嬢様用の作業着を一晩で作り上げてしまった。だから今、二人はお揃いのレースやリボン付きの作業着を着て仕事をしているんだけど・・・


 (キツい・・・俺の姿でこれはキツい・・・)


 そうなのだ。俺は自分がフリフリの作業着を着て喜んでいる姿を、毎日見せられているのだ。

 どうやらロレンスは、お嬢様の事を自分と同じで『体は男性、心は女性』のお仲間だと思っているようだ。

 悲しいのは、それが大正解ってことだ。そして俺は『体は女性、心は男性』なわけで・・・。


 (これ、俺とお嬢様が元に戻ったら、どうなるんだ?元に戻っても、戻らなくても不安しかないぞ)


 だけどさっきも言ったように、ロレンスの腕は超一流だ。作業着の事はなるべく意識の外に置く様にしょう。今は庭が奇麗になった事を喜んでいたい。

 

 そんな風に思いながら過ごしてたある日の事だった。いつもの四阿でエリックが1通の招待状を俺に手渡した。


 「来たぞ、次の夜会だ」


 一気にテンションが下がり、俺はがっくりとベンチに手を付いた。


 「・・・やっぱり出なきゃいけないのか?」


 「そうだな。今回のはこの国の有力者のハワーズ公爵が主催だ。公爵は先王の弟君で、王家との繋がりが深い。だから第一王子も出席予定だから、婚約者候補は全員参加が当たり前だな」


 そう言って、エリックは俺の手にある招待状を指差した。


 「先日のお茶会と違って、絶対リーシャも参加してくるだろうから気を付けろ。あいつはメラニー嬢ほど扱いやすい相手じゃ無いからな」


 「メラニー様だって、扱い易いなんてこと無いと思うけど・・・」


 それほどリーシャが危険人物だって事か・・・。




 夜会当日、やっぱり青色のドレスを着て、俺は夜会に参加した。


 前も思ったけど、お嬢様の衣服は青色の物が多い。余所行きのドレスも普段着も、形や材質は違うけど、ほとんど青色なのだ。メイドのマーリは第一王子の瞳の色だって言ってたけど・・・


 (何のこっちゃない、エリックの瞳の色だよな)


 思い返せば王子の瞳は青色よりも、もっと水色に近い気がする。


 (お嬢様は自覚が無いだけで、エリックの事しか見てないんだよ)


 当のエリックはどう思ってるんだろう?あいつの事だから、気が付いてない事は無いと思うんだけど。

 本人に聞くのは、いくら友達でも微妙な内容だ。

 

 ハワーズ公爵の屋敷には、沢山の貴族達が集まっていた。だけど、前回の夜会の時とは少し様子が違っていた。どう言うわけか皆、目元に仮面を付けていたのだ。


 「な、何?」


 俺は驚いて思わず立ち止まってしまった。


 「ああ、エルシーは知らなかったのかい?今日の夜会は仮面舞踏会らしいよ。ほら、これがお前の分だよ」


 お嬢様の父上である旦那様・・・ドルトムント侯爵はそう言って、俺に可愛らしい形の仮面を手渡した。

 今回は侯爵夫妻が、一緒に夜会に参加している。奥様は自分も仮面を目に付けると、溜息をついた・


 「本当は仮面舞踏会なんて、若い子供が参加するものでは無いと思うのだけど・・・」


 心配そうに俺の方を見る。どうやら今回一緒に付いて来たのも、娘が心配だからみたいだ。


 「ハワーズ公爵は面白い事が好きなんだよ。普通の夜会じゃ満足できないのだろう」


 なるほど、前回の夜会と違って、参加しているのは大人が多いみたいだ。お嬢様ぐらいの子供の姿はほとんど見かけない。


 (それでも、王子が来るからには婚約者候補達は、みんな来てるんだろうな)


 見回すと少し離れた所に、見覚えのある赤い髪がちらちら見えてドキッとした。


 (・・・あっちの方には近づかないでおこう)


 俺は回れ右をして、他の人と話をしている旦那様と奥様から離れて食べ物が置いてあるブースに向かった。夜会での俺の唯一の楽しみと言えば、これだけなんだ。


 「おお~っ!滅茶苦茶、美味そう!」


 令嬢の行動としては、グレーゾーンかもしれないが、ウキウキしながら色んな料理を皿に盛って、椅子に座った。どうやらハワード公爵は食通の様だ。


 脇目も振らず、ソースのかかった旨い肉を堪能していると、俺の隣の椅子に誰かが座る気配がした。


 (ん?)


 他にも席は沢山空いている。なのに、わざわざ隣に座るなんてどう言う事だろう?まさか、お嬢様を狙う変態か?

 不審に思ってチラリと横目で伺ってみて、俺は食べてた肉が咽に詰まりそうになった。慌てて皿をテーブルに置き、顔を正面に戻す。


(ぐっ・・・う、嘘だろ・・・)


 さらさらした癖の無い輝く銀髪。仮面越しにも分かる、湖の様に輝く青い瞳。


 (第一王子サーフェス殿下・・・何でここに!?)


 思わぬ人物の登場に、俺は震えあがると同時に思考が停止した。 

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