第19話 権力が欲しいのよ

 「あっはっはっは・・・傑作だわ。その時のメラニーの顔をその場で見たかったわね。よくやったわ、アッシュ。褒めてあげる」


 お嬢様はお腹を抱えて痛快とばかりに大笑いした。


 「笑い事じゃ無いですよ。メラニー様は倒れてしまうし、周りからは悲鳴が上がるし大変でした。しかも結局、その後直ぐにお茶会はお開きになってしまったんですよ?」


 フランシーヌ様だけでなくメラニー様も体調を崩してしまったみたいで、ぐだぐだのまま公爵家主催のお茶会は解散になってしまったのだ。


 (いったい何だったんだろう?あのカオスなお茶会は・・・)


 今、俺はお茶会の話を聞いて欲しくて秘密の四阿へ来ている。昨日のお茶会の出の事を早く二人にに聞いて欲しかったからだ。

 だけど、どういうわけか四阿にはお嬢様しか居なかった。聞くとエリックは仕事が忙しいようで、今日は来れないらしい。

 「これを置いて、屋敷に戻っちゃったわよ」お嬢様はそう言って、サンドイッチとお菓子のは言ったバスケットを、つまならそうに持ち上げた。


 仕方なく俺は、お嬢様に昨日の顛末を話して聞かせた訳だったのだが、まさかこんなにウケるとは・・・。


 「メラニーって前から気に入らなかったのよねぇ」


 お嬢様はサンドイッチを一口かじり「あら美味しいわね」と言った。


 「あの子はね、いつも自分が一番じゃ無いと気に入らないのよ。だから偉そうにして、やたらと攻撃してくるのよね。相手が落ち込むの見て喜ぶわけ。ほんと性格悪いったら」


 「偉そうなのは、お嬢様も同じじゃないんですか?」


 「お前も言う様になったわね」


 お嬢様はじろっと俺を睨んだ。


 「まぁ良いわ。メラニーを黙らせた事で許してあげる」


 そう言って残りのサンドイッチを口に放り込むと、指を舐めた。どうも、お嬢様は俺の体になってから行儀が悪くなったようだ。元通りの体に戻った時、大丈夫なのかと要らぬ心配をしながら、ふと思いついた疑問が口に出た。


 「そう言えば、お嬢様は第一王子殿下のどこが好きになったのですか?」


 「はぁ?何言ってるの、お前」


 「いえいえ、確かに王子は背も高くて、かなりイケメンですけどね。でも俺も夜会でダンスしたぐらいじゃ、どう言う人物か分からなくて・・・。いったい、いつ殿下とお知り合いになったのですか?」


 そう聞いてみると、お嬢様は一瞬ぽかんとして、次に呆れたように俺に言った。


 「馬鹿ね。サーフェス殿下になんか、会った事無いわよ。婚約者候補選定の夜会で初めて会う予定だったんだもの」


 「え!?じゃあ、何で王子と結婚したいんですか!?」


 会った事も無い人を、どうやって好きになったんだ?

 お嬢様は次のサンドイッチを選んでいる。どうやら違う味の物を探しているようだ。


 「別に王子と結婚したい訳じゃ無いわよ。王子妃になりたいだけ。ひいては王太子妃から王妃ってことよ」


 「なっ・・・王妃!?え?何の為に?」


 「権力に決まってるでしょ!王妃になれば権力が手に入るじゃないの。どんな奴でも言う事を聞かせられるだけの権力が!」


 サンドイッチを握り潰しながら力説するお嬢様に、俺は完全に引いていた。否、ちょっと恐怖すら感じていた。


 (そ、そりゃあ、この国での女性の最高権力者と言えば、王妃様だろうけど。そんな理由で!?)


 いったい王妃になって何をしたいんだ、この人は?もしかしてこの国を自由に操りたいとか思ってるんだろうか?

 無茶苦茶なお嬢様だとは思ってたけど、王子妃になりたい理由があまりにも殺伐としていてげんなりする。


 「ちょっと、なんて顔をしてるのよ。・・・別に権力を悪用しようなんて考えて無いわよ」


 「は、はぁ・・・。じゃあ何がしたいんです?」


 そう聞くと、お嬢様は少し言葉を詰まらせた。そして俺の事を上目づかいで見て、


 「ここだけの話にしなさいよ?」


 「は?」


 「絶対にエリックには言わないって言ってるのよ!」


 「は、はい!」


 思わず返事してしまったが、そんなに秘密にしたいのだら、別に聞かなくても良いんだけど。

 そう思ったが、お嬢様は真剣な表情で話し始めてしまった。


 「私って、この国でも有数の権力を誇る、ドルトムント侯爵家の令嬢なのよ」


 「はぁ、そうですね」


 「そんな由緒正しい家の娘は、恋愛結婚なんて出来ないわけ。うちのお父様は甘いけど、さすがにそこまでは許してくれないもの。家の家格や力関係を考えた政略結婚をするのが普通だわ」


 「そ、そうなんですね」


 いったい、何の話なんだろう?いまいち着地点が想像できない。だけど、いつものお嬢様らしからぬ真面目な口調に、少し興味が出てきた。

 お嬢様はソースの付いた手をナフキンで拭きながら話を続けた。


 「だから、もうずっと前だけど、エリックに頼んだ事があったのよ。私が結婚してこの家を出る時、一緒に付いてきて頂戴って。この私が頭を下げて頼んだのよ!?それをあの薄情男、なんて言ったと思う?」


 凄い勢いで詰め寄られ、俺は仰け反りながら「わかりません」と首を振った。


 「あいつは『自分を雇っているのは旦那様なので無理です』って、あっさり断ったのよ!信じられる?だけど・・・もっと酷いのはその後の方よ。お父様は私には甘いから、執事見習いの一人や二人、私にくれるわってそう言ったら、今度は何て答えたと思う!?」


「な、何て言ったんですか・・・?」


 俺の体になっているお嬢様に、肩を掴まれた。なんだか嫌な予感にビビりながらも俺は聞き返した。


 「『よその屋敷に行ってまで、お嬢様のお世話をするのはまっぴらごめんです』ってそう言ったのよ!酷くない?ねぇ、酷いでしょっ!?」


 そう言って、掴んだ肩をガクガク揺すられた。お嬢様の体の俺は、抗う事も出来ず、このままむち打ちになりそうだ。


 「おおおお、落ち、つつ、着いてください。くく、首がもげそうです。エリックの口が悪いのは、いつもの事じゃ無いですか」


 揺すられてたせいで上手く喋れない。それでもお嬢様はハッと我に返ったのか、俺の肩から手を離した。そして拗ねた様にぷいっと横を向く。


 「あの時は結構、緊張しながら聞いたのよ?・・・エリックなら付いて来てくれるとも思ったのに・・・」


 そう言って俯いた様子が、いつもの自信満々のお嬢様らしく無くて少し驚く。先が分からなくて不安で一杯の、普通の女の子に思えたのだ。まぁ、見た目は俺の体なので、違和感しかないのだけれど。

 だけどそれがどうして、王子の妃に繋がるんだ?

 話の先が掴めなくて思案していると、お嬢様がこっちに向き直った。


 「だから、王子妃になって権力を掴んでやろうっと思ったのよ!」


 「え?どう言うことです?」


 「察しが悪いわね、お前は。侯爵令嬢の言う事は聞けなくても、王子妃・・・先の王妃の命令なら断われないでしょ?」


 お嬢様はくっくっくと、口の端に凶悪な笑いを浮かべた。


 「王妃になって、エリックを王妃付きの執事に召し上げてやるわ!そうすれば、嫌でも私から離れられないわ!」


 おほほほほと高笑いするお嬢様を見て、俺は呆気に取られた。


 (ズレてる!・・・完全にズレてる気がするけど・・・)


 そして、薄っすらと気が付いていたけど、あえてお嬢様に聞いてみる事にした。


 「あのう・・・お嬢様はどうしてそこまでして、エリックに付いてきて欲しいんです?そりゃあ、あいつは優秀な奴ですけど」


 するとお嬢様はキョトンとした顔で、


 「そんなの一緒に居ると面白いからに決まってるじゃない。あいつは無礼だけど、頭が良いし、昔から私に対してもおどおどしない所が気に入ってるのよ。・・・離れたらつまんないじゃない」


 それは面白いんじゃ無くて、楽しいの間違いですよ。そう言いたかったけど、口には出せなかった。

 何のことは無い。本人が自覚しているかどうかは分からないけど、お嬢様はエリックの事が好きなのだ。

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