第18話 お嬢様の味方

 どうやら俺の正体がバレた訳でも無さそうなので、適当な言い訳を考えてみた。


 「そ、そろそろ13才になるし、私も少しは落ち着かないとね。君達に嫌わたくないし」


 名前も分からない目の前の令嬢に微笑みかけた。すると何故か3人の令嬢達は「まぁ・・・」と言って頬がさらに赤く染まった。


 (なんだ?やっぱりお茶に酒でも入ってるんじゃ・・・)


 そう思いかけたら、


 「あ、あの、私達エルシアーナお嬢様の味方ですわ。フランシーヌ様のお茶会で、こんな事言うのは何ですが、第一王子殿下の婚約者に一番ふさわしいのはエルシアーナ様だと思いますの」


 小声でそう言って、テーブルに居る4人だけに聞こえる様に顔を寄せた。


 「そうですわ。王子殿下の瞳の色の青いドレスも、エルシアーナ様が一番似合ってらっしゃいますもの」


 「そうですわ。私もそう思いますわ」


 どうやら、この3人の令嬢はお嬢様の味方らしい。我儘で激しい性格のお嬢様だけど、嫌われている訳では無いのかな?


 (確かに、俺もお嬢様には無茶な事を言われてるけど、嫌いでは無いもんなぁ)


 真っすぐで裏表の無いエルシアーナ様は、何となく憎めないのだ。だから、お嬢様の評判を下げるのは、俺の本意ではない。ここはしっかり友人達に好印象を持ってもらわないと。

 俺はエリックのアドバイス通りに、令嬢達ににっこり笑って3人を褒める事にした。


 「ありがとう。君達の様な可愛い人にそう言われると、嬉しいな」


 「まぁ!エルシアーナ様ったら・・・」


 そう言うと、3人の令嬢はため息をつきながら、恥ずかしそうに両手を頬に添えた。なんだかぼうっとした顔で俺を見てる。


 (?)


 さっきからの、この周りの反応はいったいどう言う事なんだろうと訝しく思っていたら、突然サロンの中にけたたましい声が響いて来た。


 「ごきげんよう、皆様!」


 声の主はメラニー・オルグレン侯爵令嬢。今日も赤い巻き毛を揺らしながら、周りを威圧する様に顎を逸らせている。

 光沢のある青いドレスは、宝石やスパンコールが沢山付けられていて、いかにも派手派手しい。貴族の事なんか良く分からない俺でも、お茶会には少し煌びやかすぎて浮いている気がした。

 だけど当の本人はそんな事を気にする様子も無く、ソファで休んでいるフランシーヌ様を見つけると、ずかずかと近寄って行った。


 「お招き頂き感謝いたしますわ。さすが公爵家、素晴らしいサロンですわね。伝統的な調度品が素晴らしいですわぁ。でも、私達若者からすると、いささかその価値が分かりにくい気がしますけどね」


 要はこの部屋は古臭いと言いたいのだろうか?

 フランシーヌ様はソファに座ったまま、顔をこわばらせている。メラニー様はその様子を見て、


 「あら、フランシーヌ様、お顔の色が優れないようでしてよ?もしかしてお体が弱いのかしら?そんな事では王子殿下の婚約者は務まらなくてよ」


 そう言ってくすくす笑った。いつの間にかメラニー様の周りに、数人の令嬢が集まって、一緒になって笑っている。これがいわゆる、取り巻きと言うものだろうか?


 それにしても、いくら侯爵令嬢だからって、相手のフランシーヌ様はランクが上の公爵家の令嬢。あんな口の利き方をしていいのだろうか?庶民の俺でも心配になってくるぞ。

 すると、俺の隣に座っている令嬢が、ひそひそ声で耳打ちしてきた。


 「メラニー様ったら、最近ご自分のオルグレン家が勢力を付けているからって、少し態度が大きくなっているのですわ」


 「そうそう、それでフランシーヌ様が大人しい方だと言うのを良い事に、言いたい放題。あれではさすがにフランシーヌ様がお可哀そうですわ」


 見ると、フランシーヌ様はさっきまで真っ赤な顔をしていたのに、今は白い顔で震えている。これじゃメラニー様の言う様に、本当に体が弱いみたいに見える。


 「メラニー様は以前から、自分の気に入らない人に対して、酷い言葉をぶつけるのですわ。だけどあの方が恐ろしくて、誰も文句を言えなかったのです。エルシアーナ様以外は」


 「へ?」


 3人のご令嬢の目が、どことなく期待に満ちて見えるのは気のせいだろうか?


 (お、おいおい!)


 俺は、このお茶会では目立たず、波風立てず、ひっそりと乗り切る事を目標に決めていたんだぞ!?

 だけどきらきらした令嬢達の瞳に誘導される様に、もう一度フランシーヌ様を見ると、青い顔で目に涙を浮かべている。その前で満足そうに笑っているメラニー様を見て、さすがにやり過ぎでは無いかと思った。


 そして気付けば俺は、椅子から立ち上がり、フランシーヌ様を背に二人の間に割って入っていた。これ以上彼女がメラニー様に怯えるのを、見てられなかったのだ。


 「あ、あら!エルシアーナ様じゃない。相変わらず無粋な方ね。な、何かご用かしら?」


 メラニー様の態度は相変わらず大きいままだけど、一瞬だけ顔がこわばったように見えた。

 もしかしたら、お嬢様の事を苦手に思ってるのかな?それにしては、この前の夜会では向こうから絡んで来たけど。


 (ど、どうしようかな・・・。思わず出てきちゃったけど、何とかこの場を穏便に収めるには・・・)


 俺は必死で頭を振り絞った。そしてとにかくメラニー様の機嫌を取ろうと、口元に笑みを浮かべた。


 「ごきげんよう、アマリリスのかた。今日の貴女も朝露に濡れた花びらのように輝いてるね」


 そう言うと、メラニー様の顔から笑みが消えた。顔が首まで真っ赤に染まり、何か詰まった様な口をして、さらに目が泳いでいる。


 (ん?メラニー様も風邪でもひいてんのかな?)


 だけど、ここで止めるわけにはいかない。なんとかしてメラニー様の関心をフラン様から引き離さなくっちゃ。


 「毒を孕んだ花も、近寄り難くて魅力的だけど、少しフラン様には刺激が強いようですよ。貴女の可愛らしい棘は、私だけに独り占めさせて欲しいな」


 そこまで言うと、メラニー様は突然ふらふらとよろめき出すと、フランシーヌ様が座っているソファへと倒れ込んでしまった。


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