第17話 初めてのお茶会
1週間後、俺はドレスを着てお茶会に参加していた。言っておくが、もちろん渋々である。
主催者はロレーヌ公爵家令嬢のフランシーヌ様。第一王子殿下の婚約者候補の一人であり、最有力候補とされている方だ。
(だったら婚約者なんて、もうこの人に決定で良いじゃん)
どうしてわざわざ5人も選んで、競わせるような事をするんだろう?貴族と言うのは暇なんだろうか?おかげで俺は良い迷惑なのだ。
今日のお茶会には、他の婚約者候補達はもちろん、他の貴族のご令嬢達も大勢参加しているらしい。エリックから聞いた話によると、こう言った催しが続く中で、少しずつ派閥が出来上がって行くとのことだが・・・。
俺はエリックとの会話を思い出していた。
「良いか。貴族の社交界の中で同年代の味方を作るのも大切だ。その点お嬢様は、性格がかっ飛び過ぎてて無理だったんだが、お前なら出来る」
「出来るかよ!・・・何度も言うけど俺はただの庭師なんだって。貴族でも無いし、令嬢どころか女ですら無いんだぞ。んなのどうすりゃいいのか分かんないよ」
「大丈夫だ。この前、説明しただろ?夜会の時のキャラで行こう。中性的なキャラは、お嬢様の見た目にも合っているし、上手くハマれば同性からは嫌われにくい。喋り方も少し丁寧にするくらいで、あまり変えなくて良いし。お前なら、そのままで出来る!人たらしの特技を発揮させろ」
「んな特技、持った覚えない!」
エリックもお嬢様も、俺に無茶を言い過ぎる。
(それでも言われた通りにお茶会に参加してしまうってのが、自分でも情けない所なんだよなぁ)
仕方がない。これが俺らの力関係だ。
俺はロレーヌ公爵家のサロンに入ると、意を決して令嬢のフランシーヌ様の前に進んだ。
(よし、とにかくまず挨拶だ!)
緊張するが、こればっかは避けられない。さっさと終わらせて、後は目立たずひっそりしておこう。
俺はエリックの言われた注意点を頭の中で反芻する。あいつが言ってたのは・・・
―――いいか、一人称は私。お嬢様言葉は使わずに、丁寧に話せ。微笑みを絶やすな。後は王子のマネをしろ。
(王子のマネっていうの良く分からん・・・が)
とりあえず俺の思う王子のイメージを思い浮かべながら、胸に手を当ててゆっくりと頭を下げた。
「お招き頂きありがとうございます。フランシーヌ様」
そう言って笑みを浮かべたが、これだけじゃ物足らないような気もする。だから、フランシーヌ様の頭に付けている大きなリボンに、そっと手を伸ばした。
「花の様な貴女に、蝶が止まってるようですね。可愛らしい」
何気にそう付け加えると、周りにいたご令嬢達から「きゃあ!」「まぁ!」と言う悲鳴のようなどよめきが上がった。そして驚いた事に目の前のフランシーヌ様がふらっと横に倒れそうになったのだ。
「ちょ、フランシーヌ様!?」
慌てて抱きかかえる様にして支える。
(う・・・重・・・)
エルシアーナお嬢様の体は、やっぱり非力だ。ちょっとは鍛えた方が良い気がする。
(筋トレでもしてみっか)
そんな風に思いながらフランシーヌ様の様子を見て、俺はえ?っと驚いてしまった。何故なら俺ともう一人の令嬢に支えられている彼女の顔が、耳まで真っ赤に染まっていたからだ。
「だ、大丈夫か?フランシーヌ様」
「だ、だだだ、大丈夫れす・・・」
いや、大丈夫じゃないだろ。どもり過ぎだし、呂律も回ってない。
(もしかして間違ってお茶じゃ無くて、酒でも飲んだんだろうか?)
「少し休んでは?ソファに行こう」
俺はフランシーヌ様の手を取って、ソファの方へ誘導する。エリックに教えて貰ったエスコートとやらが役に立った。
「あ、ありがとうございます・・・エルシアーナ様」
「どうぞエルと呼んでくれないか?同じ婚約者候補の仲なので」
実は俺の本名はアシェルなのだ。孤児院ではエルと呼ぶ子達も居たので、馴染みがある。
(エルシアーナ様なんて仰々しく呼ばれても、自分の事だなんて思えないからな)
フランシーヌ様は何故か感激した様子で目を輝かせると、
「エ、エル様!では私の事もフランと・・・」
「光栄です。フラン様」
そう返して笑みを浮かべると、フランシーヌ様は「ああ・・・」と言って、ソファに横たわってしまった。
やっぱり具合が悪いようだ。そっとしておいてあげよう。
フランシーヌ様のソファから離れながら、俺は急いで目立たない場所を探した。
(1時間もいれば十分だって、エリックが言ってたからな。隅っこで大人しくしてよう)
だけど、そう思った途端に何人かの令嬢に捕まってしまった。
「エ、エルシアーナ様、こちらのテーブルでお菓子を頂きません?」
「わたくしの事を覚えていらっしゃるかしら?先日の夜会の時に、お側に居たのですが」
「こちらで少しお話しません?第一王子殿下の事もお聞きしたいですわ」
(え?)
3人の令嬢に囲まれる様に声をかけられて、うっかりテーブルに座らされてしまった。
(な、何で?)
どうもこの方たちは、お嬢様の顔見知りの様だ。仕方なく、お茶を飲みながら目の前のお菓子を口に入れた。
(う・・・旨いぃぃ!)
お嬢様になってしまってから、唯一嬉しいのは、今まで見た事すらも無かった美味しい物が、こうして食べれる事だ。
(何せ今までは、食事のほとんどをハンスに取り上げられてたからなぁ・・・)
優しいメイドさん達やエリックがこっそり差し入れをくれて無かったら、庭師の肉体労働に耐えれてなかったかもしれない。
有難い思いで、高級なお菓子を味わっていると、目の前に座っている令嬢が俺に話しかけて来た。
「あ、あのエルシアーナ様。少し雰囲気がお変わりになりましたが、何かございましたの?」
(ぐほっ!)
危うくお菓子を喉に詰まらせるところだった。俺は心中で大汗をかきながら、この令嬢の言葉の意図を考えた。
(え?何!?この子何言ってるの!?もしかしてバレたの?俺がお嬢様で無いって分かっちゃった?)
頭の中がぐるぐるしたまま、口をつぐんでいると、当の令嬢はポッと頬を赤らめた。
「あ・・・不躾な事を聞いてしまいましたかしら?エルシアーナ様は以前から勇ましい方でしたけど、最近はすごく格好良くなった気がして・・・」
そう言って、恥ずかしそうに俯いた。
(ん?・・・勇ましい?・・・格好良い?)
戸惑っていると、左隣の令嬢がうんうんと頷きながら口を開いた。
「そうですわ。前のお茶会の時はメラニー様に茶器を投げつけたでしょう?あの時はさすがに驚きましたけど、でもそれは、あの方がデボラに酷い事を仰ったからですから」
すると右隣りに座っている子リスの様な小柄な令嬢が、俺を見て頭を下げた。
「私は助けて貰って、嬉しかったですわ・・・」
そう言って、ほんのり頬を染めた。どうやらこの方がデボラ様のようだ。
「だけど以前は少し怖く、んんっ・・・近寄り難かったのですが、先日の夜会では大人っぽい対応をされて・・・私、見惚れてしまいましたわ」
(怖いって言いそうになったのを、言い直したよね?)
だけど、今の話を聞いて俺はお嬢様を見直した。どうやら単なる癇癪や我儘でティーカップを投げつけた訳では無さそうだ。もしかしたら、他の令嬢を助ける為だったのかもしれない。やり方は過激すぎたかもしれないけど。
(それにしても、ティーカップ投げつけた相手って、メラニー様だったのか・・・)
夜会で見たメラニー様は、赤い髪のエキセントリックな少女だった。喧嘩を売る相手としては、最悪なのでは無いだろうか。
だけどエルシアーナお嬢様はそんな事気にしなさそうだな。それに最悪な喧嘩相手と言う言葉は、エルシアーナお嬢様にも言えるんじゃないだろうか?
(本人には絶対言えないけどな)
帰ったらエリックにこの話をしてみようか。あいつなら分かってくれそうだ。俺は話た時のエリックの笑い顔を思い浮かべて、楽しくなっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます